第十三篇『歌を忘れた金糸雀は』下
この物語を読み終えた時、貴方は自分が怪物でないと言い切れますか?
コンサートの時間は長いようで短かった。今全ての演目が終わり、盛大な拍手の中アカリナは舞台の裏へと消えて行く。そんな中、コモドとラビアは遂に気が付いたのであった。
「アレ、ケンちゃんは何処だ?」
「おかしいわね、あんなに楽しみにしてたのに」
「とにかく探そう、ラビアはアッチを頼む」
「分かったわ……ってコモド! サモナーは!?」
「え? ……嘘だろォ!?」
二人は別方向に駆け出すのであった。その様子を舞台裏から見るアカリナもまた、違和感を生じていたのであった。
「リトアが遅いわね……何処で何やってるのかしら」
果たして、ケンとリトアを見つけるのはアカリナが先か、コモドかラビアが先か。
「……コンサートは終わったようね」
「そうみたいだね。そろそろコモドさん達も気付く頃だろうね」
「いつまでもアンタの相手はしてられないわ。粒介術!!」
ポケットから取り出したボール状の物体を手に唱え始めた。
「ファントムゾリュージョン!!」
地面に叩きつける。途端に中身の粉末が辺りに広がり出した。咄嗟に鼻と口を抑え、目を閉ざしてケンは飛び退いた。目を開けたケンの視界に映ったモノ、それは。
「え、分身した……!?」
さっきまで対峙していた相手が、何と七人に分かれて四方八方に逃げ回っている。いずれもホンモノと寸分違わぬ外見であった。刀を前方に構え、じっとその姿を目で追い始める。
(ホンモノはどれだ……さっきコンサートの最中に術を使ったとか言ってたな、ということは僕には何らかの形で分かるはず……!!)
目を閉じるケン。足音が聞こえてくる。相手の数は七、だが足音が聞こえるのは一カ所だけ。
(昔ドラマで見たな……暗闇殺法……心眼……目を閉ざした時にこそ、千の目が開く……!!)
刀を構えたまま、ケンの動きが止まった。この目が開かれる時にこそ、ケンの太刀筋が激流と化すのだ。
「そこだッ!!」
強烈な峰打ちが降ろされた。一瞬にして、七つに分かれていたリトアの分身が消える。そう、目で見えているリトアに、ホンモノは存在しなかったのである。
「何で……?」
ガクッと膝を付き、右腕の付け根辺りを抑えてリトアは呟いた。
「せっかく仕入れた天肆の粉が……アタイの切り札の術が……通じないなんて……!?」
ダラリと垂れた右腕。今の一撃で鎖骨を折られたのだ。
「さぁ返せッ!!」
「そうはいかないわよ。レーベンビューネ!!」
第三者の声と同時に巨大な腕がリトアをかっさらう。ケンが見上げたその先に、コンサートで歌っていたあの姿が槍を片手に立っていた。
「随分とあたくしの妹を可愛がってくれたようね」
「アカリナ・セリス!! そのサモナー返せ!!」
最早別人のような口調で、ケンは刀を向けつつゴーレムの上にいるアカリナとリトアに向かって叫んだ。
「そうはいかないわ。それに、コモドの側の人間に目論見を知られた以上は生かしておけないの」
槍でケンを指し示すと、アカリナのゴーレムことレーベンビューネの巨体がケンに迫って来る。
「天肆の粉を無効化するなんて大したモノね。でも生身でゴーレムに勝てる闘術士なんていないわよ」
勝ち誇ったような声が響く。咄嗟にアダーを構えて矢を放つケンであったが、流石に無謀が過ぎた。吹き矢ではゴーレムの頭上にいる人間に命中することはないのである。
「逃げなきゃ……!!」
アダーを収め、刀を持ったまま後ずさるケン。しかし無情にもレーベンビューネの手が彼に迫る。腰を抜かすケン、彼の姿を巨体の影が覆い尽くそうとしていた。
(もう、ダメか!!)
観念したのか、ケンはギュッと目を閉じた。だが押し潰される気配がない。そして不意に耳に入った低い声が、ケンの目を開けることとなるのであった。
「ケンちゃん、ようやった。ここから先はおっちゃんに任せるんだ」
開かれたケンの目に飛び込んだモノ。それは紛れもなく、リトアによって盗まれたゴーレムサモナーの持ち主、コモドの雄姿そのモノであった。右の手甲から強化したての巨大な三連式の刃を生やし、ケンに迫っていたレーベンビューネの手をバッサリと斬り落としている。
「お子様のイタズラにしては度が過ぎるぜ。降りて来い。降りなければ引きずり下ろすぞ!」
「ようやく出て来たわね……!!」
レーベンビューネの巨大な足がコモドに迫る。ステージとして使われるだけあって、極めて頑丈かつ大きな面積で地面を捉える仕組みとなっている。
「コモドさん、あの人達、コモドさんのサモナーを盗んでる!!」
「分かった! お仕置きだぜお嬢さんがた!!」
コモドは、ピアスについた牙を弾き、青白い揺らぎを指にとる。素早く握り潰すと手甲の刃にその揺らぎが宿る。
「響牙術! ヴィブロスラッシュ!!」
大きく振りかぶり、コモドの巨大な刃から放たれる青白い揺らぎの斬撃がゴーレムの頭上に待つアカリナ達に迫る。
「もらった! 媒封術、スキルナッパー!!」
アカリナが槍を手に、コモドの放った飛ぶ斬撃を迎え打つ。たちまちコモドの攻撃は穂先に吸収されていった。
「チッ、媒封術か」
「お返しよッ!!」
アカリナの振るった槍から、青白い揺らぎの刃が放たれる。それを見たコモドはまずケンをその場から抱え、敢えてゴーレムのいる方向に突進することであった。
「え、コモドさん何考えてるの!?」
「ゴーレムは確かにでかくて強い。だがな、小回りは利かねぇんだよ!!」
人間と比べて巨大な腕と巨大な脚。一撃の威力であれば人間相手に無双の威力を持つゴーレムの巨体。だが自らもゴーレムを作るコモドの頭にはその弱点も入っていた。ゴーレムは近過ぎる小さな相手に対しては却って何も出来ないのである。
「しっかり掴まってろよ!! 響牙術、エッジクローカー!!」
身に付けたマントの縁に刃を発生させ、コモドは何とレーベンビューネの足に飛び乗るとそのままスネにあたる部分に斬り付けて行く。更に外したマントを、このゴーレムの右腕の真下から投げ上げた。投げられたマントはブーメランのように回転しながら右腕をそっくり斬り落とし、そのバランスそのものを大きく崩壊させるのであった。
「きゃあッ!?」
足元を崩された姉妹は見事に地面に落とされることとなった。何とか着地するも、ゴーレムの再生が追いつかない。一方的に攻撃を仕掛ける目論見は失敗に終わったのだ。
「……返してもらおうか、俺の魂を」
刃を手甲に格納し、ケンを降ろしながらコモドが口を開く。低く抑えた声でありながら、そこには確かな怒りがこもっていた。
「ダメ……あたくし達のお爺様から奪った技術で作ったんでしょう、渡すワケにはいかないわ」
「お爺様だと。それと俺と何の関わりがある」
「コモド……貴方、デング・アエデスを知ってるわよね」
「デングだと……!!」
コモドの目元が急激にヒクつき、顔全体にキズ跡が浮かび出る。激昂した証であった。
「てめぇら、あのゲス野郎の孫かァ!! どこまで俺を苦しめる気だアイツ!!」
「何てことを言うの……お爺様の命を奪っておいて何でそこまで」
「何だって、俺がデングを殺したことになっているのか!?」
「えッ!? 確かデングって、ンザムビをかけられて……」
ケンの言う通りであった。デングの命そのモノを奪ったのは、コモドではない。
「ンザムビですって!? お爺様は貴方に殺されて、骨しか残らないような姿にされたと聞いたわよ!!」
「そうだ、確かにコモドさんは貴女達の爺さんと闘ったし、最期は骨しか残らなかった。だけど俺が闘った時には既に死んでいたんだ、ンザムビがかかってたんだよ!!」
「嘘よ、何でお爺様がンザムビをかけられなきゃいけないの!?」
頭を抱えるアカリナ。一方でリトアは左手だけで、リング状の刃を回しながら構えている。
「てめぇらホントに何も知らねぇのか!! 良いか、てめぇらの爺ちゃんはな、喉を誰かに溶かされて、死体になって国境付近で発見されたんだ。そして関所で調べてたら突然暴れ出して大騒動になったんだよ!!」
「そんな嘘を誰が信じるモンか!! アタイ達の爺様はそんな恨みを受けるような人じゃない!!」
そう叫びながらリトアは刃を投げた。それを片手で弾き落とし、コモドが吼え猛る。
「……孫の前では随分と良い顔をしていたんだな。良いか! デングはな! キャンバスコットで技術の横流しで大金を得た後に!! 何処かに姿を消しやがったんだ!! 俺の親友まで殺してな!! それが俺の知ってるアイツの姿だッ!!」
「僕が知ってる姿はもう死んじゃってた後だけどね、関所に行けばしっかりと記録が残っている。コモドさんは君達のお爺さんの仇ではない、他の誰かがやっているんだよ。本当なんだ!!」
肩で息をしながらケンも噛み付いた。
「……もう良い。もう戻れないのよ。あたくし達にとってのお爺様は良いお爺様でしかなかった。仮に本当にコモドの言う通りのことをしてたとしても、ゴーレムを差し向けたあたくしは闘術士の中でも外道として疎まれるだけ……!!」
「いっそのことここで死んでもらうわ。あそこまで侮辱されてたまるモノか……!!」
「そんな……どうして信じてもらえないんだよ……」
頭を抱えるケン。その肩をポンと叩いて、コモドはボソリと呟いた。
「話し合いはもう終わりだ。これからは殺し合いだぜぇ……!!」
コモドの顔を見たケンは心から寒気を感じたのであった。背筋も凍るような凄まじい笑みを、コモドは見せていたからである。
「コモドさん……? 一体何を考えてるの……!?」
大ジャンプと共に姉妹へと飛び掛かるコモド。飛来するリトアの刃を見もせずに叩き落とし、槍を構えるアカリナに向かって前蹴りを仕掛ける。槍ごと体勢を崩されるアカリナに更に掴みかかろうとするコモド。この光景を見たケンの脳裏に浮かんだのは、かつて自分がナビスに連れ去られた時、コモドが自分を無視してひたすらにゼーブルに飛び掛かっていたあの姿であった。
(今アレを起こしたらまずい! 相手は誤解をしているだけだ、闘う理由なんてないはずなんだ!!)
コモドはアカリナの腕を乱暴に掴み上げて槍を落とさせ、そのままリトアに向かって投げつけた。最早コレは戦闘などではない。実力はあまりにも開きすぎていたのだ。脚を使って槍を拾い上げ、逆に突き付けながらコモドが叫ぶ。
「サモナー持ってんのはどっちだ」
アカリナの目線がリトアに移る。
「てめぇか」
コモドの目が、リトアの持つサモナーを捉えた。素早く槍を使ってサモナーを回収する。一方でアカリナは自らのゴーレムであるレーベンビューネの様子を見た。腕と脚が、何とか形になってきている。
「助けて!! レーベンビューネ!!」
その声に応え、レーベンビューネの目がしっかりとコモドを向いた。残っていた左手で、素早く彼の体を握り込む。
「コモドさん!?」
「フン、所詮は舞台装置。ネグロフもデレックも搭載してなかったようだな」
「それがどうかしたって言うの!?」
「エメト、ルクトライザー!!」
いつの間にカードを差していたのか。不意に地面から突き上げられた拳がレーベンビューネの左腕を打ち砕いたのであった。解放されたコモドは悠長にカードを取り出すと、
「ネグロフ」
呪文を込めた後にサモナーに差し込み、叫んだ。
「フィストボンバー!!」
次の瞬間、ルクトライザーの炎をまとったストレートが、一瞬にしてレーベンビューネに風穴を開けたのであった。内部の魔力を全て燃やされ、レーベンビューネはたったの一撃で土に戻っていくこととなった。
「レーベンビューネッ!?」
脱力し、がっくりとうなだれるアカリナ。だが、次の瞬間である。
「次はてめぇの番だ!!」
手甲についた蛇腹状のパーツを合わせ、ルクトライザーの挙動がコモドと連動する。コモドの手の動きに合わせて、ルクトライザーはアカリナを片手で捕らえたのであった。
「姉さんッ!!」
「放……して……ッ!!」
「コモドさん……? 何を、考えてるの……!?」
ケンには一瞬だけ理解が出来なかった。今、彼が、一体、何をしでかそうとしているのかを。
「やめて!! 姉さんを離して!!」
リトアがコモドにかかり、左手だけでもその動きを止めようとする。
「邪魔すんな! 良いかよく聞け。俺は闘術士である前に一人の職人だ。ゴーレムってのはな、職人の魂であり聖域なんだよ。そこに汚ぇ手で触れておいて今更命乞いか? 笑わせるなッ!!」
襟首を掴み、至近距離で怒鳴りつけるコモド。いつもの優しい姿などここには微塵もない。
「コモドさんッ!! ……それ以上やったら、今度は僕が許さない」
ケンの刀はいつの間にかコモドに切っ先を向けていた。
「……ケンちゃん。向ける相手が違うだろ?」
「コモドさん……正気に戻ってよ……いつものコモドさんに戻ってよ!!」
コモドの傷跡が強く充血する。ルクトライザーの手に囚われたアカリナを強く睨みつけ、自ら連動させている右手を一気に握り込もうとする。しかしその時である。
「火尖脚砲!!」
コモド目掛けて火炎弾が飛ぶ。驚く彼の視線の先にいたのは、先程別行動に出たはずのラビアであった。
「コモド! 好い加減にしなさいよ! アンタの手は、無抵抗になった女を苦痛と共に逝かせるモノじゃないわ!! あたしの脇腹から差し込んでイかせるのがあんたの手でしょう!?」
「ラビア……君なら分かってくれると、思ってたんだがな……」
「第一ね! 同郷の友人がこんな目に遭って、助けない方がおかしいでしょう!! 今すぐ放しなさい!!」
「ラビア。いくら君の友人でも、許すことが出来ないモノはあってね」
それだけ言うとコモドはアカリナに視線を戻す。
「自分が今やらかそうとしたことがどういうモノか、その身を以て知るんだな!!」
「コモド、外道に堕ちるんだったらあたしも相手になるわよ」
ラビアの爪もまたコモドを向いた。
「外道を殺せば俺も外道か! ……滑稽な話だぜ」
「コモド、落ち着いて聞いてちょうだい。確かにアカリナがやろうとしたことは許されないわ。その時点ではね」
「なら何故俺を止める!」
「同じように、コモドがやろうとしてることも許されないのよ。それが何故分からないの?」
「そうか……そうなのか……」
がくりと下を向いたコモド。その様子をみたラビアとケンは得物を収めた。しかし、安心するにはまだ早かったのである。
「……ラビア、てめぇもグルだったんだな」
「何でそうなるの!?」
「そうでなければ、歌やら何やらに興味がないと知ってチケット渡すはずがねぇからな……」
鋼の爪を外したまま、ラビアはコモドの手をグイッと掴む。そして自らの頬になぞらせた後、こう言ったのであった。
「コモド……はっきり言わせてもらうわ。貴方の手ね。今は何の魅力も感じられないの。何故かしらね?」
「ラビア、この期に及んで手の話か」
「違う女を抱えてるからかしら、それとも土の手と連動してるからかしら。どちらも違うわね、今の貴方が、自ら外道に堕ちようとしているからよ」
諭すような口調で、ラビアがコモドに詰め寄る。そんなラビアに目を合わさず、コモドは口を動かした。
「外道に堕ちたって構うモノか。ラビア、そんなてめぇは何で外道に堕ちた友人をかばうんだ? てめぇも仲間だからか? 外道の仲間だからか?」
「アカリナ達はコモドを仇だと思っている。だけど貴方は違うと知っている。なのに何故、これ以上やり合う必要があるって言うの? コモドだって本当は気付いているはずよ。話し合うことを放棄して怒りに逃げて、その先で取り返しのつかないことを起こす、そんなのは外道は外道でも腐れ外道って言うのよ」
「うるせぇ……耳元でギャンギャン騒ぐんじゃねぇ!!」
コモドが耳と眼帯の両方を抑え、ラビアとケンから距離をとっていく。その隻眼は最早、猜疑に歪み切ってせせら笑う表情をも映していた。
「コモドさん……ダメだ、疑心暗鬼に陥ってる」
「良いかてめぇら、歌を利用して俺を陥れようなんぞ、歌の意味を忘れた小鳥のやることだぜ。そんな輩はァ!!」
コモドの、憤怒と猜疑と、諦観と憎悪に暗く燃え上がる隻眼が、囚われのアカリナに向けられた。
「裏の山にでも埋めてやらァァアア!!」
「やめてェェエエ!!」
リトアの叫びも空しく、コモドの手は握られた。一瞬、コモドの表情が歪んだ喜びに満ち溢れる。だが、その表情は再び曇り出すこととなった。目の前の光景で、おかしな現象が起きていたのである。
「……何故だ、ルクトライザー。握り潰せ、お前を盗んだのだぞソヤツは。何故だ……何故俺のやった通りにしないッ!!」
ルクトライザーが、コモドに答えるかのように振り向いた。首を横に振っている。
「ルクトライザー……まさかお前、許したのか? 俺の魂が……何故そんなことを……!!」
体中から力が抜け、がっくりと膝をつくコモド。一方でルクトライザーはしっかりと地面を踏みしめたまま、アカリナをそっと地面の上に降ろすのであった。
「姉さん!!」
「リトア!!」
喜び抱き合う姉妹、そこにラビアも加わるのであった。
「何故だ……ルクトライザー……どうして俺の連携を切ったんだ……」
「コモドさん……ルクトライザーにはきっと分かったんですよ……」
そう話すケンの脳裏に浮かんでいたのは、他ならぬコモドの言葉であった。
「作った職人の魂のこもった分身なんでしょう? 互いの意思疎通がきちんと出来て初めて出来る芸当、なんでしょう? コモドさんだってホントは分かってるはずです、今のはコモドさんの方が間違ってるって」
「俺が……俺を止めたのか……」
うなだれるコモドに、ラビアが近付いて来る。
「ハァ……コモド、お土産よ」
ラビアが何かを投げて渡した。コモドの眼前に転がって来たモノ、それを見て彼の瞳孔が開く。
「ゴブリンの頭……!? と、いうことは……」
「ブラックバアルよ。アンタね、相手を許さないのは大いに結構だけどね。あとちょっとで、ホンモノの外道の掌で踊ることになるとこだったのよ」
「そう、その通り。コモドは我らが踊り手だ」
そこに新たな姿が現れ、コモドを始めとした皆が目線を向ける。
「……前説のお兄さん?」
ケンの言った通り、その姿とはアカリナのコンサートの前にアイサツをしていた、事前説明のスタッフであった。
「アカリナがコモドを殺せばそれで良し、コモドがアカリナを殺して外道となればそれも良し。それが我々の計画、そして吾輩の書いたシナリオ……」
「何者だ……正体を表せ!!」
スタッフは顔の縁からベリベリと剥がし、一瞬で着替えて見せた。そこにいた人物とは。
「ペオルさん!? 貴方が何故!?」
コモドが驚愕する。酒場で知り合った呑み友達が、今何故このような場面で出て来たのか。その答えが今明かされようとしている。
「吾輩は千の顔を持つ者、そしてインクシュタットの暗部を統べる存在……」
左の手袋が外される。手の甲に刻まれた、ドクロを背負ったハエを象る緑の紋章が光を放つ。その手を顔の前にかざすと、たちまちその顔は異形の姿へと変わり果てるのであった。
「ゼーブル……!! てめぇがゼーブルだったのか!!」
「いかにも。改めて自己紹介としようか。ペオル=ゼーブル・フォン・グリューネフェルト。嬉しいぞコモド、吾輩に仲間がいたとはなァ!! アカリナ達の仇が別にいると分かっていながら、貴様は己の逆鱗に触れた者を躊躇なく手にかけようとした!」
「ぐっ……!!」
「そんな者は怪物だ、心に鬼を飼っている。殺戮の衝動こそ貴様の本質なのだ!! そう、吾輩やナビスと同じ、怪物だァ!!」
「怪物……俺が……!!」
「ついこないだ、酒場で喋っていたなァ? 闘う度に何かが抜け落ちていくような、だったか?」
拒否することは出来なかった。酒場で語った恐怖、闘う度に何かが抜け落ちて行く感覚。気が付いた時には、取り返しのつかぬことをやってしまう所であった。あの日弱音を吐いた「なりかけ」は、ついに「なってしまった」と自覚したのである。
「長話が過ぎたか……死神コモドよ、怪物同士楽しもうではないか」
懐から何かを取り出すゼーブル。右手の中に輝くそれは、黄金色に塗装された一流のゴーレムサモナーであった。
「貴様がルクトライザーを使いこなすように、吾輩にもまた一流の愛機が存在する。見せてやろう……ブラックネメア!!」
ゼーブルの声に応え、黒い機体が地面を突き破り姿を現した。獅子を思わせるタテガミのレリーフ、牙を剥いた獰猛な顔、両手の指先には長く鋭い爪。
「申し遅れたな。吾輩がこのようにアイサツをする時、それはこの場にいる者全てに死をもたらす時だ。やれ」
ゼーブルの合図一つで、ブラックネメアが激進する。コモドが命令を下すよりも早く、ルクトライザーは駆け出した。ぶつかり合う拳と拳、だが砕け散ったのはルクトライザーの方であった。
「ルクトライザーッ!?」
コモドが叫んだ。その一方で。
「ゼーブル! これは一体どういうことなの!?」
アカリナが声を上げた。そこに気付いたコモドが振り返り、口を開くのであった。
「アカリナ、そしてリトア! よく聞け!! 君達の爺様をやったのは……アイツだ。あの右手に仕込んだ毒で、爺様はやられたんだッ!!」
「何ですって……」
「ゼーブル、貴方、お爺様とお友達じゃなかったの……?」
「知ったことか。ヤツは取引相手に過ぎん、そればかりか金で目を曇らせて一方的にこちらの提案を断ったつまらん男よ。なればこそ処刑し、コモドへの刺客として仕向けたまで……」
「そんな……」
騙されていた。その事実に愕然とする姉妹。その一方でルクトライザーは、ブラックネメアの一撃一撃に防戦一方となっていた。その辺の土で体が作られるルクトライザーと違い、ブラックネメアの体は。
「無駄だコモド。ブラックネメアは黒曜石で体の造られたロック式だ。クレイ式のルクトライザーではまず敵うまい」
「だったら……直接てめぇから奪い取るまでだ、そのふざけたサモナーをな!!」
腕を振りかぶり、今まさにコモドが飛び掛かろうとする。それをじっと見つめるゼーブル、その手袋を抜き払った右の毒手を使い、迎撃せんと構えをとるのであった。
~次篇予告~
遂にコモドに正体を明かしたペオル=ゼーブル。その激突の舞台裏で、蠢く姿があった。
蘇りつつある記憶、人として残された脳が機械の体に囁きかける。
次篇『緑眼の魔人はかつての友』我は……何だ?




