第十三篇『歌を忘れた金糸雀は』中
この物語を読む際には大切なモノを盗られないようお願いします。
「でェェやァッ!!」
「フンッ!!」
コモドの手甲、アルムドラッドの肘から生ずる黄金色の刃。イリーヴの手首にある、扇状に広がる漆黒の刃。両者がぶつかり合ったまま、火花を散らしている。コモドの掴みかかるような手つきが、イリーヴの長く鋭く尖った指先が交差する。次の瞬間、その掴みかかる手が急カーブを描き、イリーヴの腕を捕らえ、コモドの体がまるで放り投げられたかのように宙を舞う。以前にイリーヴを投げた時には復帰された後に締め上げられた。ならば今回は。
「トァァーーッ!!」
森中に響き渡りそうな程鋭い気合と共に、コモドの左の足底による空中回転蹴りがイリーヴの頭部に炸裂した。相手の方が体格も体重も遥かに上、なればこそ敢えて重石として利用する。その機転が見事に決まったのだ。
「何か思い出したか!!」
「グ……」
残心をとりつつコモドが尋ねる。
「バレルシャフト……!」
呟くようにイリーヴの声が響く。すると右手の前腕から手の甲にかけてに返しのついた、金属の棒が生成されてくる。
「あの時の銛か……!!」
ふくらはぎに喰らったあの痛みが記憶に蘇る。銛の切っ先を向けるイリーヴに対し、コモドもまた手甲同士を交差させて構える。左の手甲に生やしていた刃が格納され、一方で右の手甲の刃が長く伸び、約一メートルにまで肥大化する。素早い足捌きで回転したかと思えば、リーチの伸びた肘鉄がイリーヴを襲う。だがその左腕が刃を受け止め一瞬にして右ストレートと共に銛が、必殺のバレルシャフトがコモドに向かう。
「うぐッ!!」
コモドは鳩尾を捉えた銛を両手で掴み、苦悶の表情を浮かべている。顔中にキズ跡が浮かび上がり、事態の深刻さを表していた。銛を繋ぐ鎖を、イリーヴの左手が引く。ふらつくコモドの体が引き寄せられていく。
「ガァァァ……」
肩で息をするコモド。それを見てイリーヴは左手首の刃を展開した。トドメを刺す気でいるらしい。
「ぶった斬るつもりか」
「そうだ。我が故障したのも元はと言えばお前のせいだ。殺せば何か思い出せるかもな」
「俺は職人だ……俺に診てもらうつもりはねぇのかい?」
「お前にか? 笑わせるな。暗黒組織の人間もそうだった、我を利用するつもりだろう。おためごかしは通じぬぞ」
「ほざくんじゃねぇ! 随分と脳味噌をいじくり回されたんだな、さっきから支離滅裂なのが分からんか」
「……お前、鳩尾を刺された割によく喋るな?」
疑うことを強く学習した機械人形。中途半端に人間性を残した頭脳。その疑念が、皮肉にも今の闘いにおいてのみ正解を導き出そうとしている。そう、コモドの体に、銛は刺さっていなかったのだ。
「へっ、こうでもしなきゃマトモに話が出来ねぇだろう?」
そう言うとコモドは銛を腹部から離し、繋いでいた鎖を逆に銛へと絡め取り、一気にイリーヴへと詰め寄った。
「修理する気になったか?」
逆に銛を突きつけながら、コモドが尋ねる。
「我の敗けだ。好きにいじくるが良い」
両手を上げ、イリーヴが項垂れた、まさにその時であった。
「化鋼術、飛来槍!!」
文字通りの横槍が二人を襲った。素早くその場から離れるコモドとイリーヴ。
「誰だてめぇは!!」
コモドが、攻撃の飛んだ方向に向かって叫んだ。だが姿がない。
「それ以上の詮索は御遠慮願おうか」
森の中で声だけが響く。
「やれ、ゴブリン!!」
掛け声に呼応してゾロゾロと現れたゴブリン達。コモドはターバンを取り出すと、ピアスについた牙を指で弾いた。
「響牙術、ヴェレスネイカー!!」
意思を持ったかのようにターバンが空中を滑り、次々にゴブリンの頸部や腕部を締め上げて行く。複数のゴブリンを捕らえたターバンを木の枝に引っかけ、コモドはグイッと下に引っ張った。ピンと張ったターバンを指でつまんで弾くと、途端にバラバラになったゴブリンが森の中に横たわる結果となった。
「おい黒いの! 何処行った!!」
その頃には、イリーヴの姿も何処かへ消えていたのであった。回収されたのか、逃げおおせたのか。今のコモドには分かる術がなく、ただ立ち尽くすのみであった。
「コンサートの最中に、乱入してきたらヤだなァ……」
それからコンサートが始まるまでの間、コモドの物忌み生活は続けられた。工房の地下に篭り切り、ラビアとケンには泊まってもらった上で助手を任せてあらゆる作業に打ち込むのであった。
「それ、自分の手甲ですよね?」
「そうだよ。次に外出るまでに改良しとこうと思ってな」
「例の黒い人形対策、かしら」
「そんなとこだぜ」
手甲の肘にあたる場所からタガネを入れ、少しずつ溝を彫り進めている。
「この場所が手甲剣の“芽”と呼ばれる場所だ。こっから刃が伸びるんだけどね、そこを手首の位置まで拡張する」
「あの人形の、手首の刃に対抗するのね」
「でもどんな形になるんですか……」
「んー、いつも出てくるアレが、腕にそってもう二本ほど生える感じになるかな。そしてここで型を用意すると」
注射器にも似た道具でタルウィサイトを取り出し、あらかじめ作っておいた型に注入、内部で満たしていく。
「型を外したら……あそこで鍛造する」
中から出て来たのは、中央に切れ込みの入った長方形に象られたタルウィサイトの板金であった。ここで、一部の読者は疑問に思われるかもしれない。
「え、自在に形変えられるし、今のでそのまま刃物の形にしちゃえば良いんじゃ……」
ケンの言葉に構うことなく、コモドは鍛造機械へと向かっていく。炉に爆燃符を投げ込み、炎の色を見つめている。
「そう思うのもごもっともだが、俺の使うタルウィサイトはアフリマニウムの割合が少ないんよ。その分安くなるし体に対しての影響はほぼないんだがね、刃にするのはちょっと問題がある。だがそれを一気に解決するのが鍛造でな」
説明を交えつつ、火箸で挟んだ板金を高熱にくべてゆく。アフリマニウムは確かに便利な性質を持つが、希少な上に有毒な金属である。そこでアフリマニウムの割合を下げれば、それだけ安全な合金となる。しかしそれでは、アフリマニウム特有の持ち主の精神に反応して質量を変える性質が鈍り、刃としての機能は劣ってしまうこととなる。
「一度鍛造されたタルウィサイトには強いクセがつく。刃を展開した時の粘りや強度がまるで違うんだよ。特に今からやる折り返し一回でな、型抜きだけの手甲剣を軽く凌駕する逸品が出来上がるんだぜ」
機械で下ろされるハンマーの音が、地下室に響き続ける。ある程度叩くと再び炉にくべて、更に叩いてゆく。アフリマニウムの鍛造はわずかな工程で終了するが、職人の精神力と集中力を短時間で一気に絞り込む必要があるため非常に高度な技術力が求められる。折り返しが終わると再び熱し、今度は形を整えて行く。冷めた頃合いを見て何やら土を塗ると、ケン達に振り返って言うのであった。
「さぁ、楽しい楽しい焼き入れの時間だよ」
赤く熱せられた刃を、コモドは水に浸した。ジュウという音と共に湯気が上がる。本来であれば焼き入れは、刃の温度を色によって判断するため暗闇の中で行われる作業である。だがコモドには必要ないようだ。
「ところでコモド。こないだの黒い人形の件だけどさ。化鋼術の使い手が割り込んで来たんだって?」
「うむ。ゴブリンをけしかけて来やがった。姿を見せなかったがね」
冷めた刃を今度は砥石にかける。こうしてやっと一つ、刃は完成した。
「ゴブリンを抱えてるならブラックバアルの一員で合ってるよね、しかし姿を見せなかったのが気にかかるなぁ」
「そうだなケンちゃん。ラビアが闘ったというビアルという男と、同一であると確信出来ない。そこが厄介なとこだ」
コモドはもう一つ、型に入ったタルウィサイト板金を取り出し鍛造機械に向かっていく。
「仮に同一人物だとすれば、ビアルって随分とイケズな人なのね。あたしはもっと近づいて、あの手を味わってみたかったというのにさ」
「何、今度出てきたらコイツの試し斬りをしてやるよ」
少しだけ振り返り、コモドはニヤリと大胆な笑みを見せるのであった。
「時にケンちゃんよう」
「何ですか?」
先程と同じ工程を辿り、今度は一回り小さい刃が出来上がる。
「アンタ魂ってモンを信じるかい?」
「魂、ですか? こっちの世界でも同じ言葉はありますけど」
「念の為聞くけどどんな意味?」
「ヒトやモノに宿るモノ、ですよね。具体的な形はないけど」
「そうだな、その意味で大体あっとるわ」
会話を挟みながら作業が進む。二つの刃の根元に先程の注射器のような道具から出すタルウィサイトを塗り、手甲に作った溝にも同じくタルウィサイトを注いで合わせてゆく。
「俺がタルウィサイトを打つのは、その魂ってモンが宿ると考えてるからでもあるんだよ」
「あー、何だか分かる気がします。ゲームの中で刀鍛冶が似たようなこと言ってたような」
「……言葉の意味は分からんが、向こうにも同じ気概の職人がおるって解釈で合っとるかい?」
「そうなんだと思います」
出来上がったのは、前腕の尺骨にあたる部分から肘にかけて三つ、順々に刃の並んだ独特な形状の手甲剣であった。
「これ、もう一個作るの?」
「そうだよ、続きは明日だ。こうして合わせてしばらく置いておくことで、手甲に元居たのと鍛造されたのをゆっくり時間をかけて融合させていく。じゃ、休憩すっか。茶でも淹れようかね」
そう言うとコモドは額の汗を拭った後に炉の炎を消すのであった。
「しかし嬉しいよ。そちらの世界にも良い職人はたくさんいるんだな。俺も行ってみたいぜ」
「あたしも。さぞかし良い手の持ち主が……」
「あの、ヨダレ拭いて下さい」
「ただ俺がこんなこと考えるのにはね。職人の最大の仕事はモノに魂を込めることだと思うからなんだよ。まぁ原点がゴーレムだからってのもあるけどね。アレはまさしく作った職人の分身でな。自立した意思を持つれっきとした生命なんだよ」
「えぇッ!? ロボットみたいなのじゃないの!?」
蒼天の霹靂とでも言いたくなるような驚き方をするケン。思わずティーポットの中身がこぼれそうになる。
「そのロボットってのがピンと来ないけどな。俺のルクトライザー、俺の動きに合わせて手が動かせるでしょ。アレ互いの意思疎通がきちんと出来て初めて出来る芸当だからな」
「え、操ってたんじゃなくて、話し合ってた……!?」
「ケン君、そこまで出来るのはコモドだけよ。その辺の大多数の人間はゴーレムを単なるでかい土で出来たオートメイトだと思ってるから」
「……一応、特許取ってんだけどなァ。何処も使ってくれないんだよ」
キズ跡の一つをポリポリと掻きながらコモドは呟いた。
「魔女集会での騒動でも叫んでたね、何処にもマネされてないって」
「あーあ、特許料で生活出来ねぇかなァ」
「それは良いけど、あたしの脚も診て欲しいかなぁ。昨日、火尖脚砲使ったから」
「そうだったね。じゃ、カップ片付けたらケンちゃんも手伝ってくれ」
「はい」
数分後。コモドはラビアの右脚を火尖鉄脚の形態で外し、パーツごとに分解すると磨きをかけていく。
「ケンちゃん、この爆燃符を加工してくれ。火炎弾の元にするから」
コモドの指示を受けてケンは爆燃符を筒状に丸め、糊をハケで塗っていく。その隣で、立つことの出来なくなったラビアは新しい着け爪を砥石にかけていた。作業の進みと共に、話題もまた変わってゆく。
「……しかしブラックバアル、暗黒組織と名乗るだけあって全く素性が掴み切れん。しかも何処にでも現れやがる。ヤツらはこの国の陰を自称しやがるが、それで何を目的としているんだ?」
「僕がウラルさんから聞いたところによると、少なくとも今のこの国の魔女による文化や前提を好いてないみたい。だったらわざわざ荒らさなくても良いような気がするけどなァ」
「ああいうヤツらに、こちらの理屈なんて通じないわよ。だから厄介なんだけど」
研いだ鋼の爪を自らの髪一本に滑らせる。力を入れるまでもなく、髪は切れた。
「しかしこうして三人で話してると兄弟みたいね」
「俺が兄貴でケンちゃんが弟で、ラビアは妹……なのか?」
「ラビア姉さん……」
「意外と悪くないわね」
「中々モノ凄い姉貴が出来たなケンちゃん……」
ススを拭きとり、再び火尖脚砲を組み上げてゆく。
「じゃ、モノ凄い妹が出来ちゃったわね。コモド兄ちゃん」
「やめろ恥ずかしい。厠に行ってくる!!」
仕上がった義足を放り出して、コモドはそそくさと去り行くのであった。
「あら。可愛いんだからもう。それじゃケン君、その爆燃符が乾いたらこっちに頂戴ね」
外出せずとも忙しく、閉ざされつつも賑やかな日常は、意外にもあっと言う間に過ぎ去って行ったのであった。
遂に迎えた、青空コンサート当日。ジーペンビュルゲン内にある国立公園、その手前にある広場に今は大勢の人間が押し寄せていた。シンプルな造りの仮設ステージに楽器がいくつか並んでいる。
「ここは本来竜の保護区域でな。この辺りの竜は大体この先の“竜の谷”で育つんだよ」
並んで席についたコモドは、ケンにそう説明していた。長い待ち時間を、彼らはどう過ごすのか。
「見ろよアレ、ただならぬ雰囲気に何頭か見に来ちまってる」
「好奇心強いんですね……何か寝てばっかりのイメージがついてたからなぁ」
「好奇心のある生物は、知能の高さの証明でもある。特に竜の知能は人間を上回るんだぜ」
「え、そんなに!?」
「ケン君、生き物の知能に関しては人によって意見が分かれるのよ。あくまでコモドの、飛び抜けた竜好きの意見だからね」
その二人の隣で、ラビアが口を開く。
「まぁ、竜の知能が低かったら、俺はこの場におらんよ。そうそう、闘竜の繁殖期になるとここすげぇからな。俺毎年見に行ってるんだよ」
「え、交尾を?」
「違うわよ」
「闘竜はな、その時期だけこの公園に一斉に集まって来る。そして雌の竜はそれぞれ塚を作ってな、卵を中に産む準備に入るんだよ。谷底を走る竜脈の力で卵を孵すんだ」
「へぇ……」
ここぞとばかりに、コモドはペラペラと喋り続ける。幸いにも竜好きであるコモドにとって、ここは退屈しない場所であったらしい。
「で、見モノなのが雄でね。雌を巡って、雄同士で取っ組み合いの闘いを繰り広げる。すんげぇ迫力だぞ。あんな大人しい竜があそこまで躍動感出すんだから初めて見たなら感動するぜぇ」
「コンサートのお時間まで、あと五分となりました」
「アッハイ」
アナウンスが聞こえてやっと、コモドの口が止まったのであった。
「良いわね、リトア」
「分かってるわ、姉さん」
ステージの裏手にて、アカリナ達姉妹は何かを話し合っている。
「大丈夫よ、ビアルさんの計画通りなら、必ずコモドを仕留められるわ」
「ステージが起動し、コンサートが佳境に入ったところでヤツのゴーレムサモナーをすり取る。そしてコンサートが終わった後におびき出して、あたくしのゴーレム……レーベンビューネが一気に潰す!」
「ルクトライザーさえなければ……」
「ただの人!!」
コンサートが始まろうとしている。ステージに上がり、前説を行う男の様子を、随分と若者らしいキラキラした目で見つめるケン。マイクを握る手を凝視するラビア、そしてコモドはというと……。
(ゴーレム何処だよ……いつまで喋るんだコイツ)
既に飽き始めていたのであった。
「それでは、間もなく開始です!!」
前説男がステージから去った、まさにその時である。何の変哲もなかったはずのステージが突如割れ、組み替わり、巨大な腕が出現する。起き上がる巨体、両腕をまっすぐについて前傾姿勢となり、巨大な柱と化した。これこそまさにコモドの楽しみにしていたゴーレムである。その目から光が放たれスポットライトとなり、巨体で暗がりとなった舞台を照らす。そこに、遂に歌姫は舞い降りた。歓声と、拍手が巻き起こる。
「うぉぉおお凄ぇぇぇえええ!!」
席につく誰もが熱狂に包まれていた。噂の歌姫、その圧巻のパフォーマンス。元から流行に敏い若者であるケンやラビアだけでなく、芸能や歌等に疎いはずのコモドまでもが引き込まれている。ゴーレムの両肩から煙が噴き出す。その背後でぼそっと、術の名前を唱える者がいたことに、客席の者達が気付くことはなかった。
「粒介術……ゾリュージョン」
煙と思われていたそれが、一気に無数の小鳥へと姿を変える。時に客の頭に、客の肩に留まる小鳥達が、アカリナの合図で一気に空へと舞い上がった。舞台を構成するゴーレムに一斉に留まると、一瞬にして小鳥達は姿を消していく。手が張り裂けんばかりの拍手が、辺りに響き渡るのであった。……ただ、一人を除いては。
「凄い! 凄いよコレ! コモドさんもきっと気に入って……え?」
コモドの方に向いたケンの目に飛び込んで来たモノ。それは夢中になって拍手を送るコモドの、マントの隙間から何かを引き抜き堂々と去り行こうとする、謎の人物の影であった。しかしながらコモドだけでなく、周りの観客の誰も気付くことがない。そしてケンの目にははっきりと見えてしまった。その人物が引き抜いたモノ、それは!
「コモドさん……アレ、ゴーレムサモナーじゃ……!?」
大事なモノがすり取られた。そのことに気が付いたケンはそっと席を離れると、背をかがめて素早くその盗人を追った。会場から抜け出たその時、盗人は大胆にもフードを外し、そしてケンの方に向き直るのであった。ケンと同じような歳恰好の少女、奇しくもその顔は。
「え、アカリナ……さん?」
ステージにいたアカリナに酷似しているのであった。
「あら。術、効かないんだ」
多少驚きつつも、少女が口を開く。
「術だって……? 何を使ったかは知らないけど、手に持ってるソレは返してもらうよ!」
「コレ? ダメ。返すワケにはいかないの」
「何で!? それはあの人の、コモドさんの魂とも言えるモノなんだよ!!」
いつの間にか熱くなっているケンがいた。コモドと一緒にいた時間が彼を感化させたのか、それとも元々熱血漢の素養があったのか。今の彼には分からなかった。
「そうなの。じゃ、アイツが苦しむから丁度良いわ」
「コモドさんが君に何をしたって言うんだ……」
「知らないの? アイツが死神コモドって呼ばれてること」
「知ってるよ。そのアダ名、あの人が嫌がってるってこともね!」
「知っているならそろそろ分かって欲しいな。奪われたのよ、アタイ達もね!!」
「こないだのカニスと同じか……」
ケンの手が刀に添えられる。
「やり合おう、って言うの?」
「違うね。返してもらうよ、コンサートが終わる前に!!」
引き抜いた刀の切っ先を相手に向けてケンが吼えた。
「面白いこと言うね。でも、アンタ術を使えないんじゃないの?」
「何で知っている……調べたな?」
「ええ。ケンスケ君だっけ? コモドの弟分ね。戦力にはなりそうに見えないけど」
「う、うるさい!!」
「一方的に知っているのも何かイヤね。アタイはステージに上がってるアカリナの妹、リトア・セリス。これでも、闘術士の間ではちょっとは知られた存在よ」
「んな……!!」
「闘術士が、術の心得のない相手を一方的にいたぶるのは許されないの。退いてくれる?」
名ありの相手と知って、少したじろぐケン。だが刀を握り直し、絞り出すように口を開く。
「そうはいかない……もし敗けると分かっても、やらなきゃいけない時があるんだよ……!!」
「まぁ良いわ。眠っててもらおうかしら」
構えたリトアの両の手甲、その手首の位置をグルリと取り囲むようにして、刃が展開する。
「永遠にね!!」
手甲に発生した刃が分離、彼女の指を軸として回り出す。一度に二つ放たれたリング状の刃を、ケンは刀一つで叩き返した。工房の床下で、ぶら下げられた木刀と打ち合う訓練を思い出しながら。叩き返された刃は流体となり、リトアの手甲に再び収まるのであった。
「あらやるじゃないの。じゃあ良いこと教えたげる。アタイね、同年代とやり合って敗けたことは一度もないの」
「一度もない……!?」
「驚いたかしら?」
台詞の直後、今度は一気に四つもの刃を展開して放つ。リング状の刃は回転しつつ、ケンの四方を取り囲んだ。自らを取り囲む脅威に対し、この半人前はどう対処するのか。
『肩から力抜いて。力を入れるのはなぎ払う時だけ。時に優雅に時に激しく、流れるお水のように動くのよ』
目を閉ざす。何日か前にラビアの言葉が脳裏によぎる。
「観念したのかしら?」
リトアがそう口を開いた時であった。目を開くケン、同時に斬り上げられた一撃が早速刃の一つを落とす。足首を使っての縦軸回転と共に放たれた一撃がまた一つ、今度は逆手に持ち替えて受け止めた二つの刃、手の中で刀を回すと同時にその切っ先にリングの中を通してその場で回転させて見せた。
「お返しだッ!!」
持ち主に逆襲する二つの刃。それをリトアはかわすと同時に、指の間で受け止めて見せた。だが向き直ったその時、首元に冷たい感触が走った。刀の峰を首元にあてるケンの至近距離の視線が、リトアを睨みつけている。
「観念するのはそっちだ!」
「あら、勝てたつもり?」
リトアの余裕は決して口先だけのモノではなかった。既に肩で息をしているケンに対し、彼女は息を乱す様子すらなかったのだ。
「ヤァッ!」
気合と共に刀が手甲によって弾かれ、至近距離での掌打がケンの腹部を捉えていた。そのまま前のめりに倒れ込むケンから、リトアは間合いをとってこう言い放つのであった。
「うかつに近付くからこうなるのよ」
手甲から特大の刃を出し、指一本で回す。
「この大きさなら、首一つ軽々と斬り落とせるわ。そうされたくなければ今すぐ降参するのね」
一方のケンはというと、刀を地面に突き立て、無理矢理に体を起こしていた。うつむいたままの顔からは、表情を伺うことが出来ない。膝をついたまま、このままではあっさりと斬り捨てられてしまうのか?
「あら、ちょっと強く突き過ぎたかしら?」
こんな台詞と共に刃を手甲に収め、様子を見ようと近付いたまさにその時であった。
「痛ッ!? コレは……!!」
彼女の両肩を矢が捉える。顔を上げたケンのその表情、それは獲物を狙い撃つ狩人のように冷静であった。
「アダー……何でそんな骨董品が!?」
「コモドさんの恩人から頂いた貴重品さ。うかつに近付くからこうなるんだよ!!」
「この……ッ!!」
「君に大切な人がいるのと同じように、コモドさんを大切に思う人もまたいるんだ! さぁ返してもらうよッ!!」
コンサート中のスリには十分お気を付け下さい。




