第十二篇『盤上に踊れ我が駒よ』上
一年と二か月ぶりの更新です。御容赦下さいませ。
「頭、痛ぇ……」
朝が来た。コモドはのっそりとベッドから起き上がると、側頭部を手の付け根で叩きながら洗面台に向かう。
「おはようコモド、食事が終わったらお使い頼んでも良いかしら」
「お使い? 良いけど何処へ?」
髪を結んで櫛にかけるコモドに、ラァワが話しかける。
「ウラルさんのとこにお薬を届けて欲しいの。頼めるかしら」
「薬ね、分かった」
「それと、ケンちゃんも連れて行ってくれるかしら。ウラルさんが会いたいって言うのよ」
「ケンちゃんに? なんだろな、まぁ良いや」
「あと最後に。休肝日くらい作りなさいよ」
「……はい」
ラァワが自室に入っていくと、コモドはそっと口の前に手を持って行き、ハァと少し息を吐いてみた。
「うわ、いつもに増して酒臭ぇな俺。今夜は呑むの、やめとこか」
顔に水をあて、小刻みに首を振るとコモドは食卓へと向かうのであった。
「ウラルさんが僕を? 何だろう……」
朝食を終えると、コモドはケンを連れて外に出た。
「知らん。ただあの人のことだ、話し相手が欲しいんだろうよ。家族以外にも」
「あー確かに、僕も入院したことあるから分かるなぁ……」
「ケンちゃんが? あんな平和そうなとこで何をやらかしたのさ」
驚いたコモドがケンに尋ねる。
「ちっさい頃に海でね、エイっていう魚に刺されちゃって。足を大ケガしちゃったんだよ」
「あらま、意外と面白そうなのいるじゃねぇかそっちも」
「うん、結構おっきな魚なんだけどね。尻尾の付け根にこれくらいの毒針を持ってるんだよ」
「うわえげつねぇ」
指で鉛筆ほどの大きさを示しながらケンは説明した。読者諸賢も潮干狩りの際にはくれぐれも気を付けて頂きたい。
「死ぬかと思ったよあの時は。今でも跡が残っててね」
「皆、大変な目に遭ってんだなァ……」
「でもアレ煮ると美味しいんだよね」
「……何かそっちの世界に行ってみたくなってきたぜ」
病室の番号を確認しながら、コモドとケンは部屋へと入って行った。
「おや、コモドさんにケンさん」
ベッドに座るウラルの様子は、以前と比べれば顔色が戻りつつあった。テーブルには格子状のマスで区切られたゲーム盤を置き、何やら絵の描かれた木札のコマを並べている。
「母さんからのお届けモンです」
「ああ、ありがとう」
ウラルに薬包紙を渡すと、コモドの視線はテーブルの上へと注がれた。
「ところで、それはひょっとして」
「ええ、息子が持って来てくれたんです」
八掛ける八の六四マス、チェスを思わせるゲーム盤ではあるが遥かに大きく、一方のコマは木の葉を思わせる形で丁度手に収まる大きさであった。
「ウラルさん、コレは一体……?」
「パトランガ。この辺りじゃ昔っからある、遊びですよ」
置かれたコマを回収しながら、ウラルが続ける。
「この『パトラ』とよばれるモノをね、どちらかが全部『散る』まで取り合うんです」
「へぇ……オセロかチェスみたいなモノかな……」
「ほう、そっちの世界にも似たようなモンがあるんか」
「あら、だったら話が早いですね。試しに打ってみますか、せっかくだし」
「良いんですか? え、じゃあ早速……」
慣れた手つきで素早く盤を用意すると、二つの箱からそれぞれ三つのコマ――パトラを取り出すウラル。いずれも同じ絵柄が描かれていた。
「ケンさんは初めてですし、初心者向けの簡単なやり方でいきましょうか。お互いに、動かし方の分かりやすいそのパトラだけでやりましょう。そのパトラは全て『剣士』のモノです」
「剣士……」
力強いタッチで描かれたと思しき筆の剣士が、パトラには刻まれている。
「本来パトランガってのはな、いくつか種類のあるパトラを自分で五つ選んで好きに組むんだ。ただいきなり全部は覚えられない、だから今回のやり方があるんだよ」
「あー、それで……」
「とりあえずその三つを、好きなマスに置いて下さい。ただし……」
ウラルが弾指を鳴らすと、盤の中央二列のマスが伸びてそびえ立ち、互いの視界を遮った。
「うわぉ!?」
「その壁の内側で考えて下さいね。無論その伸びたマスの上もダメです。準備が出来たらおっしゃって下さい」
ケンは剣士のパトラの一つを手に取った。実物の葉っぱよろしく、軸が下側に付いてるのが見える。同じ剣士のコマであってもよく見れば剣の構えが異なり、筆絵の周りには赤、青、黄と異なる色が塗られていた。
「これ、同じ剣士でも絵が違いますけど、他にも何か違ったりするんですか?」
「いえ、絵が違うだけです。剣士に限らず、複数存在するパトラは区別をつけるためにこうするんです」
「なるほど……」
「ああ、出来上がったら言って下さいね」
ケンはひとまず赤いパトラを、マスの一つに置いてみる。するとパトラの周囲四マスが白く点灯した。
「何か光った!?」
「パトラを盤に置いた状態で触れますと、周囲のマスが光ります。その光ったマスが一度の番でパトラを動かせる場所です。見ての通り、剣士のパトラは一度の四方一マスにのみ動けるんです」
「盤が教えてくれるのか……コレは分かりやすくて良いな」
そう呟くと、ケンはほぼ中央に素早く「品」の字のようにパトラを並べた。
「出来ました」
「では、早速やってみますか」
再びウラルの弾指が鳴らされる。盛り上がっていたマスが元に戻り、視界が開けた。奇しくも、ケンと点対称の位置に、ウラルのパトラは並べられている。
「お手本を見せるためにも、今回は私が先制と致します。よろしいですかね」
「お願いします」
ウラルの二本の指がパトラに添えられる。白く光ったマスのうち、前方に素早くスライドされる。
「そちらの出番です」
「はい」
ケンも指二本をパトラに添える。
(将棋かチェスみたいなモノかな、と言ったけどさ。どちらもあんまりやったことないんだよね……)
まるで石像の如く、ケンの指は動かない。考え込んでしまったのか。
「んー……ウラルさん、パトラの散らせ方を先に言っとくべきだったんじゃねぇですかね、コレは」
「嗚呼、うっかりしておりました。ケンさん、パトラを散らせるにはですね……ってケンさん?」
ケンの両目が閉じられた。
「……ほう、その差し方は」
ズイッ、と音を立ててパトラは移動した。ゆっくりと、ケンの目が開かれる。
「眠り差し……」
「いや、思い付かないから、目を閉じて適当に動かして見ただけ……」
「それを眠り差しって言うんだよケンちゃん」
「んー、先に説明をしておくべきでしたかね。パトラの散らせ方」
ウラルは決断的に、自分のパトラを一枚滑らせた。先程ケンが動かしたパトラに近く、あと一マスで隣り合わせになる。
「ケンさん。パトラを散らす、つまり取るには『仕掛ける』必要が御座います。隣り合わせにして下さい。今回のルールでは、貴方から仕掛けた場合は無条件でパトラを散らせることが出来ます」
「え、そうなんですか。じゃあ早速」
ウラルの言う通り、ケンは先程自分の動かしたパトラに再び指をやった。隣り合うパトラ。するとウラルの側のパトラが一人でに浮き、そのまま盤の外に弾き出されたのであった。
「これがパトラを散らすということです。相手のパトラを全て散らすことが出来たなら、貴方の勝ちとなります」
「え、ちょっと待って、僕から仕掛けた場合は、と言いましたけど、ウラルさんが仕掛けるとどうなるのですか……?」
「それをこれから、お見せしましょう……」
ウラルのパトラが、先程のケンのパトラの隣に置かれる。するとパトラに描かれた剣士が、まるで生命でも宿したかのように木札部分から起き上がり、互いに睨み始めたのであった。
「わ!? 何これ!?」
「これこそがパトランガの本来の楽しみ方です。ケンさん、どんな形でも良いんで、自分のパトラに手をかざしてみて下さい」
印を結ぶような指を立てて、ケンはパトラに向かって構えた。するとどうだろう。
(え、これは一体……!?)
相手のパトラに立つ剣士が、目の前で構えている。
「ケンちゃん、聞こえるかい」
コモドの声が響いた。
「今な、ケンちゃんはパトラに思念を送り込んだ状態になっている。間もなくウラルさんの方も動き始めると思うけどね、本来パトランガは仕掛けられたらこの『思念戦』によって闘うのさ」
「え、てことは僕、ウラルさんと剣でやりあうことになるの!?」
「そう。だけどこれで勝つことが出来たなら、逆に仕掛けて来たパトラを散らすことが出来るんだ。じゃ、がんばって」
「えええええええええええ!?」
「ボーベル、例の売り上げはどうだ?」
「えぇ、それはもう。このエマスの量を見れば納得いただけるかと」
赤い複眼の先に、大きな箱が差し出された。
「ゼーブル様、これならば……」
ゼーブルの横に控えた男が口を開く。その身長は軽く二メートルを超え、その顔には大なり小なり傷がついておりスキンヘッドと相まって異様な雰囲気を醸し出している。
「うむ。これだけあれば問題ない。御苦労であった。これからも期待しておるぞ」
「ハッ!」
「ではビアル、参ろうか」
去り行くゼーブルと、ビアルと呼ばれた男を見送り、先程まで膝を突いていたボーベルという名の男が顔を上げる。その首筋や腕にはあらゆる刺青が彫られており、タダ者ではないことを匂わせていた。
「見たかお前ら!」
「ヘイ!!」
ぞろぞろと男達が現れる。いずれも目付きの悪い、猫背でニヤニヤ顔のいかにもな三下どもばかりであった。
「ニオッゾの売り上げは順調だ、ブラックバアルの下について正解だったぜ! 笑いが止まんねぇや!!」
そう言って手元にある袋を男達に投げ渡す。
「コイツは今回の報酬だぜ!!」
「おおッ!?」
男達は袋の中身を早速空け始めた。そこから出て来たのは今回の報酬であろう金貨と、薬包紙である。彼らは揃いも揃って金貨など目もくれずに薬包紙を取り出し開くと、中には淡い黄色の粉が入っていた。それぞれ手に藁と思しき植物の茎を取ると鼻にあて、空洞になったそこから粉を吸い始める。恍惚な表情が彼らに浮かんだ。
「出来たて新鮮なニオッゾだ! ゆっくり味わえよ?」
このボーベルという男、彼の座る後ろには同じ顔の手配書が何枚も貼ってある。左から順に賞金が上がっており、ついに右端の紙には赤い枠が描き込まれていた。その下に書かれた一文が、彼の悪質さを顕著に表している。
『生命の有無は問わず』
直後、この文にナイフが突き刺さる。その元を辿れば、軽くほどいた手がそこにある。手首からたどれば、怠いながらも鋭い目付きで貼り紙を見つめるボーベルの顔があった
「……バカなヤツらめ。ブラックバアルの時代が来るってのに無意味なことしやがって」
十数分経った。ニオッゾの陶酔から醒めた部下たちに向かい、ボーベルは口を開く。
「さてお前ら、知っての通りこの後大仕事が控えている。この結果次第じゃブラックバアル幹部の地位も夢じゃねぇ。分かってるな!!」
「オウ!!」
「今を時めくイーゼルラントの歌い手、アカリナ・セリス! 彼女の舞台をオレ達で組み立てるのさ。その際にこのニオッゾも捌きまくる! いや、その前に彼女をニオッゾ漬けにしてやろう。そうすればインクシュタットはおろか、ダーメニンゲン連邦そのものがオレ達の金づるよォ!!」
「すげぇぞ兄貴!」
「そしてアカリナにニオッゾをキメた後は……お前ら、好きにしても良いぞォ」
「流石だぜ兄貴、話が分かる!!」
下品な笑い声が響き渡る。賢明なる読者諸君ならば最早お気付きであろう、彼らの売り捌くニオッゾとは依存性の高い危険な薬物である。我々のよく知るアイドルとも言える存在を広告塔として、彼らは一気に汚染地域の拡大を企んでいるのだ。ボーベルが持つ地図には赤くマークが付けられている。主にイレザリアの辺境が、赤く染まっていた。彼らの次なる標的として、インクシュタットは選ばれたのである。
「兄貴ィ、来ましたぜェ」
「……よォし、すぐに行く待ってろよ」
嗚呼、憐れな獲物が一人。彼らの元を訪れてしまうのか。
「ホントにここで合ってるのかしら……」
「間違いないでしょ姉さん。それにしてもジメジメしててイヤなとこね」
「もしもーし。ボーベルさんの事務所で間違いないですかぁー?」
よく通る女声が彼らの耳に入る。入口に立つ女性は二人、一人はマントに付いたフードを深く被りその素顔をうかがい知ることが出来ない。そして今しがた声をかけた女性は、鮮やかな金髪にこれまたマントを身に着けており、背中には何やら布で包んだ長い得物を背負っている。マントには羽を広げた鳥にも似た模様が刺繍されていた。
「こちらで間違い御座いません。何用で御座いますか」
先程まで下卑た笑みを浮かべていたボーベルが、一転してキリリとした顔になり女性を迎い入れた。
「お背中に見える得物さん、闘術士の者とお見受け致します。お控え下さい」
指三つ立てて付けた右の手を、額から左肩にあてた後に前に出し、ボーベルは腰を落とした。
「こちら旅から旅の流れ者で御座います、お控え下さい」
頭を下げ、女性もまた同じ動きで腰を落とす。独特なやりとりが始まった。
「お言葉に甘えまして、控えさせていただきます」
「お控えありがとう御座います。改めまして、兄さんには初のお目見えと存じます」
闘術士には、その持ち得る戦闘技術により、一般人とは色々と異なる所作、文化、決まり事がある。
「わたくし、ダーメニンゲン連邦が属国、緑も深きイーゼルラントにて生を受け育ち、長物の心得と少々ながら触媒を用いる術を身につけて御座います。成人した後には妹と共に旅から旅へ、術士としての修行と歌の興行にて心身を鍛える未熟者にて御座います。名はアカリナ、姓はセリス、そして」
「その妹、リトアで御座います」
任侠にも似たこれらのしきたりは、彼らの「持つ者」としての矜持、そして持ち得る力を悪行に使う「外道」を忌み嫌い見分けるためのフィルターとしても機能する。最も、それが醜悪な本性を覆い隠す結果にも、なり得るのだが。
「御丁寧なるアイサツ、ありがとう御座います。申し遅れて失礼致します」
芝居がかったやりとりが続く。だが三人の目は真剣そのものである。
「手前、生まれはアフリマニウムの眩しき神聖イレザリア帝国、直近になりこのインクシュタットして商いを広げし駆け出し者で御座います。名はボーベル、姓はバッカーク。お見知りおきのほど、よろしくお願い致します……堅苦しいのはここまでと致しましょう」
やっとほぐれた二人の顔、一方フードで顔を隠した女性、リトアの表情だけはうかがい知ることは不可能であった。
「お会い出来て光栄ですわ。今回の舞台を用意して下さるそうで」
「ええ、場所の確保等は出来ております。しかしながらいつまでも立ち話も何でしょう、ささ中にどうぞ」
中に入っていくアカリナとリトアの姿を、遠巻きに見つめる姿があったことには彼女らも、ボーベルも気付いてはいなかったようだ。
「……わざわざ来てもらってすまなかった」
「いえゼーブル様。むしろ、拙者にお声かけ頂き光栄に存じます」
「そうか。時にビアルよ。ボーベルの行く先をどう見るか」
複眼を赤く光らせ、ゼーブルは仮面の下の口を開く。
「ヤツにはもう期待出来ぬでしょう。前もってエマスを回収して正解だったかと」
「何がニオッゾだ。こんなにも早く政府にマークされてはたまったモノではない」
ゼーブルは吐き捨てるように呟いた。
「アヤツは退き際が遅い。イレザリアで派手にやり過ぎてインクシュタットには情報が筒抜け。足が付くのも時間の問題だった。あと吾輩としてはな、エマスになるという点を除けばニオッゾというモノは好かんのだ。あんな卑賤な薬に何故あれだけの民が飛びつくのやら……」
「廃坑を抱えた村、品性まで落ちぶれた貴族、どうにもならなくなったヤツらの娯楽で御座います故、そこには目をお瞑りいただけぬモノかと……」
「ふん。本来ならば吾輩の手で始末してやりたいくらいだ。だが……」
「ゼーブル様?」
仮面の下の顔が、あまりにも邪悪な笑みで満たされていく。
「アカリナを呼び込んだことに関してはよくやったと思っておる。あの女は『使える』からな」
「はぁ……ゼーブル様、早速エスカから鞍替えですか」
このビアルという大男、どうやらゼーブルの趣味に至るまで把握しているらしい。ガブルドとは信頼の置き方が少々違うようである。
「まさか。エスカの座はまだまだ揺らぐことはない。しかしあの女、少なくともボーベルよりは使えると思うぞ」
「まことで御座いますか」
「そうだ。それとビアルよ、『ブラックネメア』の調子はどうだ」
「はい、今拙者の部下達に任せてあります。本日の夕方には実装が可能かと」
ゼーブルはボーベル達の入った建物に向き直り、そっと嘯くのであった。
「もう間もなく、ボーベルのアジトは崩壊する。その後の様子を吾輩は見たい、先に工房まで戻るが良い」
「ハッ!」
ビアルはその場から姿を消した。
「踊るが良いアカリナよ。今日の舞台はそこのアジトだ。そこを潰した暁には、吾輩のパトラとしてくれよう……」
「終わった……あっさりと……」
真っ白な灰と成り果て、盤の前でうなだれるケン。一方でウラルの方はピンピンしていた。
「どうですコモドさん、久々に打って行かれますか」
「悪くねぇお誘いありがとう。だけど他にも薬届けなくちゃいけねぇんで。後で良いかい?」
「そうですか。じゃあその通りにしましょう」
ゲーム盤、改めパトラ盤を折り畳み、ウラルはゆっくりと茶を飲んだ。
「ケンちゃん、そこでちょっと待っとってくれ。何ならウラルさんの手伝いでも話相手でもしてると良いぜ」
「アッハイ」
微妙に気の抜けた返事を聞くと、コモドは病室を後にするのであった。
「ああ、そうだ。ケンさんに差し上げたいモノが一つ」
「え、何ですか」
ウラルはベッドの横にある棚から、布に包まれた何かを取り出し、渡した。受け取ったケンが早速中身をほどくと、中には銃砲身のほとんどないピストルに似た武器が出てくるのであった。
「私の愛用していた複列弾倉式吹矢銃、通称アダーです」
「良いんですか!? コモドさんから聞きましたけど、コレって貴重なモノでは」
「良いんですよ。今の私には無用の長物です。それに……」
軽くせき込んだ後に、続けた。
「少なくとも、今の貴方の方が使いこなせることでしょうから。嗚呼、口にあてる部分、新しいのに替えておきましたよ」
金管楽器の古びたマウスピースのような物体がウラルの手に置かれている。一方でケンの手にしたアダーには、ピカピカのそれがついていた。
「私には、これだけあれば十分です」
「分かりました。ありがとう御座います」
「貴方なら、立派な闘士になれることでしょう。その時には、五対五の本気のパトランガを楽しめることでしょうし」
「はいッ……!!」
パトランガはパトラとチャトランガを合わせた造語です。




