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異世界奇行 ~ダーメニンゲンの詩~  作者: DIVER_RYU
第一集『暗黒組織ブラックバアル』
25/61

第十一篇『鮮血に染まるスミナ河』下

この物語を読み終わるころには、怪物とは何かを考え始めていることでしょう……。

「でやァッ!!」

「シャシャシャシャ!!」


 振り下ろされる刃と、迎え打つ刃が火花を散らしている。素早い二撃目が旋回を伴い、コモドの首を狙う。もう片手の手甲が鎌を防ぐも、今度は回る鎖が絡みつく。三撃目の針が飛び出した。鎖が絡んだままの左腕と、鎌をかけられている右腕が合わさりなんとかしのぐコモドであったが、このままでは身動きもとることが叶わない。


「シャシャシャ!!」


 右腕にかけていた鎌を引き、鎖を掴むとナビスはコモドの脇腹を狙った。咄嗟に右の手甲で防ごうとしたコモドであったが、刃はなんと背中のアバラの隙間を捉えていた。焼けるような痛みがコモドを襲う。


「惜シイナァ。アト少シデ、オ前ノ心臓ガマロビ出ルトコダッタゼェ?」

「ふざけんなァ!!」


 痛みを堪えて脚に力を込め、コモドはその場で前蹴りを繰り出した。軸足にした右のふくらはぎから血が滲み出てくる。蹴り押されたナビスに伴い、引かれた鎌の刃がコモドの鮮血を散らせている。


「ガァァ……!!」


 激痛に左の脇腹を押さえるコモド。ナビスの言う通り、あと少しずれていれば心臓をやられていたであろう。


「シャシャシャ」


 再び自身に目掛けて真っ直ぐに飛んで来たナビスの鎖鎌と、が激しい音を上げながら衝突する。同時にもう一方の鎖鎌が横に小さい放物線を描きながら迫って来ていた。背中から再び、その鋭い鎌で刺そうという魂胆だろう。


「同じ手を二度も喰うかッ!」


 拳に更に力を込め、手甲の刃で素早く正面の鎌を叩き落とすと、直接見ることもなく背後の刃を手甲による裏拳で弾き返した。


「ヤルジャネェカァ……」


 両手の得物が手から離れた。今が絶好のチャンスである。コモドは、ナビスの軽口に反応することなく、正面の敵に向かって疾走する。


「オイオイ、背中ニ目デモ付イテンノカァ!?」


 背後から来た鎌がコモドに当たることなく通過する。ナビスがそう発言したのはコモドが前転でこの一撃をかわした時だった。引き戻した刃が背後から迫っているのは分かっていた、だからこそ意識さえしていれば気配を読んで難なく回避出来るようになる。当然、一般的な闘術士には真似出来ぬ芸当であり、コモドの腕前を如実に物語っていた。


「てめぇの動きは既に見切った。格下や手負いとしか戦わなかったツケが回って来たな!」

「シャシャシャシャ!!」


 狙いは首、手甲から生えた刃を水平に構え、あと三歩で一撃必殺の間合いに近付き――コモドは怪我のしていない方の脚で思いっきり地面を踏み込んで後方に飛んだ。さっきまで彼のいた場所に、あの太く鋭い針が刺さっている。


「コレダカラ、殺ス相手ハ無抵抗ナヤツニ限ルノサ」

(今の狙いは心臓だな。あのまま首をカッ斬ろうモンなら、やられていたのは俺の方だ……)


 コモドの頬に冷や汗が伝って落ちてゆく。あの時、彼は誘導されたのだ。随分と手馴れた方法で、ナビスは己の間合いを利用したのだ。心の何処かでナビスを侮っていたことを、コモドは自覚させられることとなった。相手は、イリーヴやカニスといったこれまでの刺客達と比較しても引けを取らぬ、まさに強敵であった。


(チキショウ、厄介だぜ、二段攻撃を進化させた三段攻撃……ならばこちらは……!!)


 そして決断的に立ち上がると、壁に向かって跳んだ。先程ナビスがケンに攻撃を加えた時のように、背後に飛ぼうという心づもりなのか。


「シャシャ?」


 鎌柄を両手に握ったまま、ナビスの目付きが変わる。


「ダァァーッ!!」


 再び壁を蹴るコモド。その軌跡に痛々しい赤が描かれている。そして二度目の壁蹴りの勢いをそのままに、コモドは手甲の刃を構えるとその場から横軸に回転しつつナビスの元に跳んだ。刃が振り下ろされる、その動きを読んだナビスは鎌を向けて迎え討とうと構えている。


 一太刀が下ろされた。勢いのついたその一撃がナビスの手から鎌を落とす。続けて二太刀、その場から一気に走り抜けつつコモドはナビスの脇腹を狙った。鎌についた鎖、その根元がアバラの位置にあると見抜いたためである。そして背後に回り込んだコモド目掛けて、ナビスはあの針を繰り出した。針は確かにコモドの右肩を捉えた。だが彼の表情が歪むことはない。なんと刺さる寸前で、コモド自身の手が掴んでいたのである。


「何ィ!?」


 素早くもう片手で針を掴んだコモド。斬り付けようと咄嗟に鎌を投げ付けたナビス、だがコモドはナビスの折り畳み式の巨大針の、関節をわざと鎌にあて、そのまま折ってしまったのであった。コモドの策、それは相手の反応速度すら上回る速さと、精密な狙いによる二段攻撃であった。そして敢えて距離をとったことにより針を処理することに成功したのである。三段攻撃を、二段攻撃で破ったのである。


「シャギャアアアアアアア!!」

「お返しだ!!」


 コモドは折れた針を投げつけた。ナビスは片手でそれを弾くと、


「ヨクモヤッテクレタナ! 実ノ親ガ見テモ分カンネェクライニ斬リ刻ンデヤル!!」


 激昂したナビスが突撃する。鎖の千切れた鎌を二つ持ち、その眼には明らかな憎悪が映っていた。それに対しコモドはピアスに付いた牙を弾くとそのまま握り潰し、両の拳を突き合わせた。両方の手甲に、青い揺らぎが灯る。


「響牙術、ヴィブロスラッシュ……二段斬り!!」


 鎌を振り上げまるでカマキリの如き姿のナビスに、今コモドの跳び蹴りが炸裂した。片足が触れたその瞬間にもう片足が強く蹴り込み、コモドの体が上体を反らした形で宙を舞う。そして背後に戻りながら放たれた、二つの揺らぐ斬撃がナビスの両腕を襲ったのであった。ボトボトッ、と立て続けに音が響く。腕を失ったナビスは足元の溝でバランスを崩し、そのまま横倒しとなってしまった。そこに、再びコモドが体を捻って宙を駆ける。肘を曲げ、手甲から生えた刃を真下に、コモドは全体重を手甲剣を通じて落とした。ナビスの心臓部が、貫かれた。


「シャ……シャシャ……オレハ……マタ、死ヌ……ノカ……」


 目にギラついていた光が消え、怪物は遂に沈黙した。だがその表情は皮肉にも穏やかそうにも見える。


「ケンちゃん……大丈夫か……」


 コモドはケンの元に駆け寄った。硬直していた手はある程度自由を取り戻しており、何とか立って歩ける程度には回復している。


「コモドさん……ウッ」

「無理して喋るな。それより今は家に帰ろう、そんで痺れがとれるまでとにかく休むんだ、良いね?」




 翌朝。ナビスの死体を持ってコモドとケンは役場を訪れた。高額な賞金と交換すると、二人は町へと赴くのであった。


「ケンちゃん、治りが早いんだな」

「コモドさんこそ。昨日あれだけ血を流してたというのに」

「母さんに薬草を使ってもらった。ただ結構使っちまってね、そこで今から買いに行くってワケよ」


 袋に入った金貨を見ながら、コモドが呟く。


「これだけあれば、俺のケガを治してもお釣りが来るぜ。今夜はとことん呑むぞ」


 人通りの少なくなったペンタブルクの町並み。だが所々に、花が添えられているのが目に入る。二人とすれ違う複数人の行列、その手には棺が抱えられていた。女性の顔写真が、枠の中で笑っている。


「アレは……」

「ナビスの犠牲者だ。すぐそこの花束の位置で、やられたらしい」

「アイツに……?」

「嗚呼。あともう少しで家に着くとこだった、そうだ」


 行列の中、すすり泣く子供達と共に黒衣の女性が歩いてゆく。


「どうやら、子供の引き取り手が決まってるらしいな。いざという時のために魔女に頼んでおく、そういう親も多いぜ」

「ナビス一人で、あのような悲劇が十件も……」

「ケンちゃん、行こう。ブラックバアルと闘うなら、あんな惨劇を少しでも食い止めたいのなら。さっさと用事済ませて休むんだ」


 吸血ナビス。巨悪の手により蘇り、解き放たれた怪物はペンタブルクに確かな爪痕を残して散って逝った。しかしこれで終わりではないだろう。暗黒組織ブラックバアルの全容は未だ暴かれることなく、コモド達はこれからも闘い続けるのだ。


「……フン、ナビスは死んだか」


 複眼にその映像を見ながら、ゼーブルは呟いた。


「まぁ良い。ガブルド、今戻してやるぞ」


 ゼーブルは、ガブルドの額からオルニソを切り出すと、止血だけしてその場に寝かせるのであった。


「貴様の反逆などいつでも鎮められるのだ、役に立つうちは殺しなどせぬ。せいぜい役に立つが良い」


 それだけ言い放つと、ゼーブルは姿を消した。そして、数十分した後のことである。


「あ……ああ……うぅ……」


 額の痛みから、ガブルドは目を覚ました。


「何が起きたのじゃ……確か、ゼーブルのヤツの、人形達を見ようとして……いかん、何も思い出せん。人形の顔も、服も……ワシに一体何が……」


 あの恐怖体験は、ガブルドの脳からすっかり消えてしまっていた。気が付いた時には自分の工房で、どういうワケか頭に包帯を巻き付けた状態で眠っていたのである。


 不意に、ガタンと物音が聞こえて来た。扉がまるで体当たりでもされたような音と勢いで開き、黒い機体が転がり込んでくる。それに気付いたガブルドが駆け寄った。


「イリーヴ! 何が起きたのじゃ!?」


 ガブルドの目に映ったイリーヴの姿はあまりにも痛ましいモノであった。ふくらはぎを削られ、脇腹がへこみ、そして頭部や腕が水浸しとなっている。


「今、すぐ、直してやるからの!!」


 そう言ってガブルドは工具箱に手をかけた、その時であった。


「待て。聞きたいことがある」

「……何じゃ、イリーヴ?」

「我は、何だ」

「イリーヴ……?」


 肩を掴まれ、問われるガブルド。


「イリーヴ、お前はワシの造った機械人形、それも最高傑作のオートメイトじゃ。しっかりせい」

「嘘だァッ!! ならばあの光景は何なのだ、我がコモドと闘った時、我にないはずの両親の顔が浮かんだ! お前の顔ではなく、両親の顔がな!! 我は何故あの男女を両親だと思ったのだ! 我は……我は本当に人形なのか!?」

「何……記憶が戻ったと言うのか……」


 ガブルドの襟首をつかみ、激しく揺さぶりながらイリーヴは問い続けた。


「記憶が戻っただと!? なれば我は何なのだ! お前は我に何をしたァァア!!」

「分かった、話す、話すからその手をどけてくれ……!!」


 イリーヴはガブルドの体をまるで投げるかのように解放した。壁にぶつかり、よろめきながらもガブルドは立ち上がると、近くのイスを引き寄せて腰かける。そしてゆっくりと口を開くのであった。


「……お前がワシの元に来た時、既に瀕死の重傷を負っていた。体は既に銃で何発も撃ち抜かれ、助かるようには見えなかったのじゃ……」

「我は撃たれたのか? 誰だ、誰がやったのだ!!」

「知らん! ただお前を運び込んだ男はこう言ったのじゃ、この男に機械人形の体を与えて蘇らせろとな」

「その男は誰だ!!」

「ゼーブル……お前を助けたのはゼーブルなのじゃよイリーヴ!!」

「なれば……なれば……ぐぅぅぅ……!!」


 イリーヴは頭を抱え、その場でうずくまる。


「なればガブルド! 何故お前はゼーブルを敵だと吹き込んだ!! ゼーブルは我を助けたのではないのか!?」

「それはなイリーヴ、ヤツはお前を利用する目的でワシに預けたからじゃ。ゼーブルは力こそ持っておるが、ヤツがインクシュタットを掌握したところで統治など出来ん! だからこそヤツがこの国を手中に収めたところでその首を刎ねれば、そのままワシらの天下になるのは見えておったからじゃ!!」

「何だと……なれば我は……我は……!!」


 頭を抱えていた手を下ろし、イリーヴはその場から立ち上がる。


「ガブルドォ!! お前もゼーブルと同じだ、我を利用したいだけではないかァァアア!!」

「ヤツとは違う!! ヤツに従えば、いずれはお前も消されることになる! 消される前にヤツを消すのじゃ!!」

「消される前に消すだと……なれば記憶が戻った我はどうなる……」

「イリーヴ、よく聞くのじゃ。ゼーブルにこのことが知られれば、お前はヤツの従者としての資格を失うこととなる。ゼーブルが求めていたのは忠実な機械人形の下僕しもべにして、自らを害する存在を確実に排除する用心棒じゃ。つまり今のお前ではヤツの眼に叶うことはなくなり、それ即ちイリーヴの死を現すのじゃぞ!!」

「そうか、我の生殺与奪の権限はヤツが握っているのだな……だがお前もそうなのだろう!!」

「そうじゃ、だがワシはお前を殺したりなどせん! お前はゼーブルを殺すための切り札なのじゃからな!!」

「もう良い!! もうたくさんだッ!!」


 怒りの裏拳がガブルドを吹き飛ばす。机に激突したガブルド、その余波で墨壺の中身が近くの設計図を黒く染め上げていく。ガブルドの首を片手で掴むと、イリーヴは宣言するのであった。


「さよならだ、ガブルド。我はもう、誰からも利用されることはない」

「待てイリーヴ! そうなれば誰がお前を直すというのじゃ!?」

「必要ない。見ろ」


 イリーヴが指差したのは自らのふくらはぎであった。刀で抉られたはずの部位にワイヤー等が絡みつき、既に元通りになりつつある。


「な……どういうことじゃコレは……!?」

「お前も知らぬうちに、我にはこのような力があったということだ。どうせゼーブルが仕込んだのであろう」

「アヤツ……!! そうか、いざとなればワシをいつでも……!!」

「ガブルド。ゼーブルの意志があろうとなかろうと、我にお前はもう必要ない」


 イリーヴの、首を掴んでいない方の手から、あの扇子状の刃が展開する。


「やめろ……やめろォォォオオオ!!」


 一瞬の出来事であった。目を覆うカバーに鮮血が散り、ガブルドの体は崩れ落ちた。その着ているモノの一部をちぎり取ると、イリーヴはカバーにべったりと付いた血を拭い去って、捨てた。


「もう一度、あの男に会えぬだろうか……」


 そう呟くと、イリーヴはしっかりとした足取りで部屋を後にするのであった。機械人形、その脚が向かう先は、あの記憶を取り戻す拳を放った男の元。彼は今いずこにあるのか。今、コモドともブラックバアルとも敵対する、第三勢力の産声が、機械の足音として響き続けるのであった。


 ゼーブルがガブルドの工房に再び赴いたのは、それから一時間程経った後であった。不自然に開いた扉、ふらつきながら入り込んだ足跡と真っすぐと出ていく足跡を見るや否や、彼はノックもなしに工房の中へと入り込んだ。


「ガブルド、いるのだろう。イリーヴは何処だ」


 返事がない。妙な予感を胸に、ゼーブルはランプを片手に扉を開けた。そこには……


「ガブルド……短い付き合いだったな、今思えば」


 墨壺からこぼれた黒いインクと赤い血のマーブルの上で、机の上で大の字になって横たわり、頭と胴体が泣き別れとなった、ガブルドの姿がそこにあった。その首の断面を見て、ゼーブルは確信する。特徴的なギザギザの、まるで薄い金属片を扇子のように重ねて広げてぶつけたような切り口に彼は見覚えがあったためである。


「イリーヴだな。吾輩の命令もなくガブルドを殺すとは、さては……」


 ゼーブルはガブルドの遺体をその場で回収すると、工房の裏庭を掘って埋めた。そして工房内にあった資料、製図、工具といったその他諸々を集めると、ゴブリンを数体使って運び出させるのであった。


「さて、後は……」


 仮面に付けられた赤い複眼から、鋭い閃光が放たれる。工房のあちこちに貼り付けられた爆燃符に、その光が伝搬する。たちまち工房は炎に包まれ、跡形もなく消え去ることとなった。湿気の多い魔女喰いの森の中、炎は周囲に燃え広がることなく、そして死した者もまた闇から闇へと消え去るのである。


「イリーヴ……そうか、コモドとの接触で記憶が戻ったか。あの死神、何処まで我々の行く手を阻むのやら……」


 ブラックバアルという組織に、大きな変化が訪れたのは言うまでもない。ゼーブルは今、新たに増えた敵に対し、いかなる手段で報いるかを考え始めた。仮面の下の顔に邪悪な笑みを浮かべながら。彼は如何にして、この状況を楽しむつもりなのであろうか。コモド、ゼーブル、イリーヴ、それぞれの因縁が今、絡み始めようとしているのであった。




「アイツ、本当に吸血ナビスだったってな」

「そうでもなきゃ一晩でアレほどの被害は出せないさ」

「でもどうやって生き返ったんだろう、やっぱ例の暗黒組織の仕業かなァ?」


 人の少なくなった酒場にて、コモドは一人酒を口にしていた。噂話が聞こえてくる、やはりナビスの話題である。


「隣、良いですかね」

「嗚呼、ペオルさんじゃねぇか。どうぞどうぞ」

 

 呑み友達が来たことで、コモドは何処か嬉しそうな表情を見せる。


「今日の噂、随分と物騒ですね。吸血ナビスといったら随分昔の人ではないのですか」

「蘇ったんですよ、例の暗黒組織の差し金で」

「あー、噂の……ブラックバアル、でしたっけ」

「もう二度と、蘇って欲しくはねぇなァ」


 コモドは杯の中身を空けると、次の一杯を求めてマスターに手渡した。


「ところでどうしたんですかいペオルさんよ、その恰好は喪服じゃねぇですかい」


 コモドが指摘する。ペオルの服装はいつもよりも更に装飾の少ない、黒い服に身を包んでいた。


「ええ、昔からの知り合いがね。旅立ったのですよ」

「それはそれは……」

「先程ね、見送って来たのです。いつだって、知り合いの死は悲しいモノですよ」

「知り合いの死か……そうだよな……」


 コモドも思うところがあった。彼がトドメを刺して来た者はいずれも極悪人ばかりである。だがその死を悲しむ者は存在しないのか? 答えは否であった。カニスの顔が彼の脳裏に浮かぶ。


「聞いてくれますか。魔女集会の晩のことなんだけどね……」


 コモドはぼそり、ぼそりとあの晩のことを話し始めたのであった。


「……それは仕方のないことでしょう。貴方だって命を狙われていたのですからね」

「でも分からなくなり始めたんだよ。俺は確かに死神呼ばわりされるだけのことはやって来た、しかしそれが正しいとも信じていたんだ。でも……でも……!! ナビスと闘ってて思ったんだ、ホンモノの怪物を見て怖くなって来たんだ!!」


 ケンの前ではまず見せないであろう、弱い姿がさらけ出されている。


「コモドさん、このお話はもうこれくらいにしましょう、酒が不味くなります」

「すまん……ただ俺は、失う痛みを知っているはずなのに、どうして他人に強いる時はあれほどあっさりやれるのか、今になって疑問が沸いて来たんだよ……それに闘う度に、何かが自分から抜け落ちていくような、そんな感じまで……」

「コモドさん……。マスター、彼の分もお願いして良いですか」

「へい!」

「ペオルさん……もしケンちゃんと会っても、このことは内密にお願い出来やすか。こんな姿、彼に見せたら不安にさせちまう……」

「分かってます、分かってますから」


 ヒトと怪物。似て非なる概念にして、あまりに対照的な存在。その狭間でコモドは葛藤していた。他人を喜んで害して殺しを楽しむナビスの姿が目に浮かぶ。怪物になってしまった男を、怪物になりかけている男が仕留めた。酒は時に呑んだ人の心情を暴露させるという。コモドの口から放たれたのは、あくまでヒトであろうとする「なりかけ」の本音であった。


 ペオルに介抱されながら、コモドは酒場を後にした。実家であるラァワの屋敷に着くと、自分の部屋にまるで転がり込むようにしてベッドに横たわり、その意識を沈めていく。その様子を見ていたラァワが心配そうに呟く声を、彼は聞くことがなかった。


「コモド……日に日に酒の量が増えてるわね。大丈夫かしら……」


 コモドを送り届けた後に、ラァワの屋敷を見つめるペオル――ゼーブル、その表情はしたり顔であった。


「まさかの効果が発揮されるとはな。そうか、ホンモノを見て遂に気が付いてしまったか」


 宵闇に消えて行くゼーブル。コモドは今、敵対する人物の仮面の下を知ることがない。


「死神コモド、楽しみにするが良い。より大きな苦痛を用意してくれようぞ。ふはははははは……」


~次篇予告~


ラァワです。吸血ナビス、とんでもない相手でしたね。

さて、コモドは再びウラルさんの元に向かうようです。

次篇『盤上に踊れ我が駒よ』 お楽しみに

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