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異世界奇行 ~ダーメニンゲンの詩~  作者: DIVER_RYU
第一集『暗黒組織ブラックバアル』
21/61

第十篇『人喰い蛇はかく語りき』上

この物語は文章より血が匂うことが多々あります。御容赦下さいませ

 魔女集会、無残に破壊される。この事件の衝撃はインクシュタットの台所たる、ペンタブルクの様子にまで影響を及ぼしていた。昨日、国内外を問わず多くの人が訪れる、祭りの当日の賑わいがそこにあった。昨昨日、そこには様々な商人が舟で訪れ貨幣と商品が飛び交う、まさに商業の中心地としての日常がそこにあった。今日、街中を歩く者はほとんど存在しない。喋る声も、足音も、威勢の良い屋台のかけ声すらも聞こえてこない。訪れた舟も、しばらくすれば帰って行く有様であった。


「イヤな静けさだねぇ……」


 舟でセピア湖に向かうコモドはボソッと一言漏らしていた。乗合にはもう一人の職人と、大きな丸太が一つ。


「全くですねぇ。自分ペンタブルクに来るのもかなり久しくて、こんなに寂しい街でしたっけ?」

「いつもはもっと賑わってるんですよ、クムバさん。こんなんじゃペオルさんも商売上がったりだろうなァ」


 クムバと呼ばれた職人はコモドよりも大柄で、丸太と良い勝負が出来る程の太さの筋肉質な腕を持ち、バンダナを巻き、体のあちこちに布を巻き付けている。


「噂に聞く、暗黒組織の仕業ですか」

「そうです、昨日ハデにやってくれましてねぇ」

「名前に違わず街全体が暗黒で覆い尽くされているみたいですな」

「全くですよ、おっとそろそろセピア湖ですぜ」


 丸太を下ろし、二人で端を抱えて現場に向かう。コモドはこの日、朝から外に出続けていた。破壊された祭壇を再建するために、ギルドに募集されたメンバーに自ら名乗り出たのだ。彼は責任を感じていた。暗黒組織を追跡している自分が舞手になったばっかりに、儀式を穢されることとなってしまったのだと考えたからである。


「コモドさん、貴方が責任を感じることもないでしょうに」

「いや、全く以て責任がねぇとは言えねぇです。それに、この工事なら良い宣伝になりますよ」


 そう言って、コモドは左胸に付いた黄金のゴーレムサモナーを指差した。


「あんた程のゴーレム使いが手伝ってくれれば百人力ですよ。しかしゴーレムってのは一度使うと半日は使い物にならんと聞いたんですが大丈夫なんですかい?」

「確かに生命力を結構消費しますがこの程度、問題ありませんよ」

「本当に無理はされてませんか? 昨日は大立ち回りをしたと聞いてるんですけども」

「心配には及びませんぜ、これでも休むという作業だけは怠ったことがねぇんで。今日の夕方には祭壇は元通りでしょう」

「それは心強い、是非ともお願いしますよ」


 固い握手を、二人の職人は交わしていた。




「意識が戻ったんスか!?」


 ミナージが声を上げた。


「ええ、予断は許されぬ状況ですがね。しかし意識が戻ったならある程度は安心でしょう。只今お母様が面会してますがいかが致しますか?」

「すぐに伺うッス……いや、ちょっとだけお待ち願えるッスか?」


 ミナージは紙を取り出し何かを書き込むと筒に入れ、病院の入り口から出ると指笛を大きく吹いた。すると、そこに大きな皮膜を持ったトカゲのような生物が飛来する。黒地に橙色のマダラ模様、翼を広げて三メートル程の大型の猛禽類を思わせる体格であった。


「アリファ、この筒を持ってラァワ様のとこまでお願いだ」

「ほう、炎飛竜ですか」


 飛び去るアリファの姿を見送りながら、コルウスが話しかける。


「オレが生まれてからずっと一緒にいる家族ようなもんッスよ」

「それは素晴らしい。……コモドさんも、本来なら貴方達のような関係を築いていたのでしょうね」

「嗚呼、聞いたことあるッス。仮にアリファが……想像もしたくも無いッスね」

「ところで、ラァワ様にどんなお手紙を?」

「父さんの意識が戻った、とだけ。ケンさん帰っちゃったし、コモドさんも仕事の最中だけど、それだけ分かれば安心すると思ったんスよ」


 アリファは筒を足で掴み、まっすぐに白い石造りの家へ飛ぶ。建物の周りをゆっくりと旋回すると、窓の一つに人影を確認した。近付いてみると、そこには二人、鍋の前でアレコレ話をしているのが見える。


「……ウラルさんには世話になりっ放しなのよ。特にコモドが成人になるまでは寄付をもらうことが多くてね」

「え、ウラルさんってそんな事もしてくれてたんですか!?」

「そうよ。あの頃はお金には苦労したからねぇ。私達共々あの人には感謝してもしきれないわ。ただね、自分の家族と私達を養うのはそう簡単なことじゃなくてね。コモドみたいにあの人にも物騒な二つ名があるのよ。人喰いウラルといってね」

「人喰い……!? あんな穏やかそうな人なのに……いや、よく考えたら所々覚えが……」


 魔女喰いの森の話をする時のウラルの様子を思い出して、ケンは勝手に納得していた。


「コルウス先生から聞いたかもしれないけど、彼が現役の頃の世代の人なら皆知ってる程度には有名よ。恐れる人も多いけど慕ってる人もまた多いの。さ、そろそろお昼にしましょう」


 ラァワが鍋の中身を器につけようとしたした時、彼女の目には窓に止まる飛竜の姿が映っていた。


「あら、アリファじゃないの。ケンちゃん窓開けて、この竜はミナージ君が飼ってる子よ」

「え、じゃあウラルさんに何かあったのかな……」


 アリファから筒を受け取り、ラァワは中身を読む。


「えーと……どうやらウラルさんの意識が戻ったみたいね。お昼の後にでもお見舞いに行きましょうか」


 二時間程すると、ケンは病院に着いていた。病室に入ると、ウラルはベッドで本を読んでいる姿が見えた。しかしながらその姿は痛々しく、顔の半分どころか全身あちこちに巻かれた包帯と、切断面に念入りに治癒符を貼られた右肩が目に入る。


「おやケンさんですね。ミナージの手紙を見て来たのですね」

「はい、ところでそのミナージさんは何処に?」

「帰しましたよ、妻も一緒にね。何せずっと一晩中つきっきりでここにいてくれたそうです、寝ないと持ちませんよ」


 ウラルは左手で持った本に、器用に同じ左の指先だけで栞を挟んで置いた。


「……あの時は申し訳ない」

「え?」

「コレですよ、コレ」


 ウラルは切断された右腕を指差した。


「ああ、いえ、そのなんていうか、こちらこそごめんなさい、一刻を争うような状況で、あんな」

「そう言って下さって助かりました。そうだ、お茶でもどうです?」

「あ、自分で淹れますよ」

「いやいや、ここに作ってあるんです」


 ベッドの横にあるテーブルにカップを並べ、片手のままポットから注ごうとする。だが、茶はカップから見事に漏れ出てしまうのだった。あわてて布巾で拭くケン、そしてポットを預かり自ら注ぐと、二人はゆっくりと話を始めた。


「どうもいけませんね、よりにもよって残ったのがこっちの腕だと」

「ウラルさん……」

「コモドさんみたいに両利きの人が羨ましいですよ。ハハハ……」

「……少しだけ、聞きました。コモドさんを助けて、その後も必死で働きながら、ずっとお金を送り続けていたって……」


 ふぅ、と一息するとウラルは答える。


「そうですか。確かに、私はラァワ様とコモドさんに稼いだ金を送ってました。……必死に、ですか」

「それで何か凄いアダ名が付いたって……」

「人喰いウラル……話したことありませんでしたね。私もね、故郷を失っているんですよ。コモドさんと同じ村、今では石碑だけが残るあの場所こそが私のふるさとなんです」

「えっ……!?」


 ウラルの青い目は、窓の向こうに見える国境の先を見つめていた。


「本当はね、コモドさんを助け出したあの日に、私は故郷に帰るはずだったのですよ」

「え……確かコモドさん以外は……」

「……久々に両親の顔が見たかった、しかし私の家は崩れてて、中からは見るも無惨な姿で倒れている両親が、運び出されたのです」

「そんな……そんなことって……」


 故郷を失った者がここにもいた。ケンを含め、帰れなくなった者が彼の周りに集まっているような気がしていた。


「両親だけではありません。私があの村に着いて最初に目についたのは、体が千切れ飛んで、目をひん剥いたまま、横たわってる親友の姿でした。ジェロンって言うんですけどね、隣に住んでいたヤツで子供の頃はいつも一緒に遊んでたんです。故郷を離れてもなお、日頃から彼とは手紙でやりとりをしてましてね。子供が生まれたよ、いつか会わせてやりたいって。本当に幸せそうでした」

「そんな形で、再会するなんて……」

「彼の亡骸を見てすぐにジェロンの家に向かいました。フローレス、彼の妻の無事を確かめたかったのです。とてもキレイな人でしてね、褐色の肌に輝くような銀色の髪で。それが……体中にガラスが刺さり、血まみれになって、しかも首があらぬ方向に折れ曲がって。見る影もありゃしなかったんです」


 いつからか、ウラルは残った左手で顔面を押さえていた。目元から流れ落ちる涙が、腕を伝ってシーツに染みる。ウラルの泣く姿を、ケンは初めて目にすることとなった。


「遺体を運び出すと、私は脚から力が抜けるのを感じました。気が付けば両膝をがっくりと突きましてね……空を、仰ぎ見てたんですよ。私に気づいた仲間に声を掛けられるまでずっとね」


 ケンはただ聞いているしか出来なくなっていた。ウラルは背を折り曲げ、左手で押さえた顔から目を覗かせて棚にあるモノを見る。布に包まれたそれを取ると、白骨化した自らの右腕が出て来たのであった。思わず、ケンは口元を押さえていた。


「親友と、その妻を運び出した右腕です。だがその右腕すら……もう元には戻らない……今度は何を、失えば良いんだ……」


 すすり泣きが続く。失い続けるだけが彼の生き様なのか。人喰いという二つ名から彼を知った者であれば驚愕と共に失望するであろう姿をウラルは晒していた。


「……仲間に声をかけられて我に返った時、ふと私にはすすり泣くような音が聞こえてきました。そして思い出したんです、あの家には手紙で知る限りはジェロンとフローレスと、飼い竜と幼い息子がいたはずだったんです。すると脚に急に力が戻ってきましてね、私は無我夢中でその声を探りました。そしたらね、少し離れたところでガレキに混ざって、闘竜の死骸に取り付き泣き続ける子供を見つけたんですよ」


 ウラルは、涙が収まるのを待ってから再び語り始める。その声には何処か力強さが戻って来ていた。


「血にまみれてこそいましたがね、母親譲りの銀髪と浅黒い肌が特徴的な子でした。目から血の涙を流してましてね、か細い声で泣き続けていました。誰の目から見ても危ない状態だったんです、だからすぐにラァワ様を呼びましてね。ええ、そうです。その子供こそがコモドさんなんです」


 タオルで顔を拭い、ウラルは続ける。


「コモドさんをラァワ様に引き渡し、遺体の身元確認や処理を役人と済ませる頃には、私の心にはぽっかりと穴が開いていました。もう帰れない、しかし帰りたかった。そんなのが募るせいでしょうかね、あの光景が目蓋の裏に焼き付いて、毎晩夢に出るんですよ。崩壊した私の故郷が、変わり果てた人達の姿が」

「あぁ……」

「こんな夢を見ないで済むのは、実は闘術士として勝利を収めた日だけで御座いました。勝利の美酒に酔った時だけ、眠りが約束されるのです。これに味を占めた私は、流れの闘術士として血の匂いのするところにはフラフラと寄り付き、他の人よりも多くの闘いに身を投じてきました。そして余った金を、どうせなら同じ村の生き残りのためにと、ラァワ様に送り続けていたのです」

「……ってことは、本当は金を送る事、よりも……?」

「今思えば、私が人喰いと呼ばれる本当の所以はここにあるのかもしれません。誰かを狩ることで眠りを得る、そんな生活を妻子を持った後も続けていたのですから。私はね、闘術士としてしか生きられなくなっていたのですよ。最もこうなってしまっては、復帰も難しいですがね」


 ウラルは自嘲するように笑い、右腕を布に包み直した。元あった場所にそれを戻すと、ケンに顔を向ける。


「そろそろ問診の時間です。長々と話してしまって申し訳ありません」

「いえ、そんな」

「時間が出来ましたら、また来てください。よろしければ、コモドさんやラァワ様も一緒に」

「分かりました、伝えておきます」




「正気で御座いますか、ゼーブル様!?」

「どうしたガブルド。随分と怯えた顔ではないか」


 ブラックバアル傘下の工房にて。いつになく怯えた表情で、しかしゼーブルに噛みつくガブルドの姿がそこにあった。


「何も試験体としてだけおいておくのも勿体なかろう。それにペンタブルクの様子を見たまえ、あんなにも静まり返ったのは初めて見る。儀式の破壊が功を奏した、今だからこそヤツを使うのだ」

「しかしゼーブル様、いくら人形の体に作り替えても、あの男の狂暴性は全く以て収まらぬのですぞ!」

「そこを利用するのだ。いつまでも閉じ込めてはおけまい。それに過去から蘇った恐怖が現れたとなれば、より一層この国に闇が広がるであろう。改めて命ずる、ナビスをペンタブルクに解き放て」


 そう言ってゼーブルの見つめた先には、全身に枷をつけられ吊るされて眠る、一体のオートメイトの姿があった。いや厳密には所々がオートメイトに置換された、ヒトの姿がそこにあったのだ。


「ナビス・ダムセルバグ。二五年前、あちこちで殺戮を繰り返しては被害者の血をすすると噂された闘術士。見せてもらおうか、改造された貴様の実力を」


 ゼーブルの複眼が光ると、ナビスと呼ばれた男から次々に枷が外される。そこに、三体のゴブリンが現れナビスを取り囲んだ。


「シャァァァ……」 


 口が開くと同時に不気味な音が響き渡る。その下アゴは機械に替えられており、裸の上半身には鋼に変えられたアバラ骨がせり出ている。細身の体格に、何処かゆらゆらとした動きは最早ヒトのそれには見えなかった。


「やってみろ、ゴブリン」


 飛び掛かって来た三体のゴブリンに対し、ナビスはアバラ骨に手をそえて構える。次の瞬間、ゴブリンのうち一体が上半身を斬り裂かれ、その場に崩れ落ちる。ナビスの右手にはアバラ骨を引き抜いて作られた鎌が握られていた。その柄の先端は、腹部にそのまま繋がっている。


「シャシャシャシャ!!」


 鎖に付いた鎌を思い切りブン回し、ナビスは笑い声と共にゴブリン達に駆け寄っていく。鎌をかわしたゴブリンに対し、今度は左手でもアバラを鎌に変え、付いた鎖を振り回しながら迫る。たちまち、バラバラに刻まれたゴブリンの遺骸が転がることとなった。残った最後の一体は最早怯えているようにも見える。だがナビスは歩みを止めようとしない。


「オマエ、ドンナ味ナンダ? シャシャシャ!!」


 ナビスが大きく口を開いたかと思うと機械となった下アゴが開き、折り畳まれた長い金属の針が伸びてゴブリンの胸を突き刺した。心臓部を正確に刺されたためか、ゴブリンはガクガクとした動きを見せたままその場から動かなくなった。


「ナンダ機械人形カ。マズイ、マズイ」

「見事だったぞナビス。表で思い切り暴れてみないか」

「暴レル!? 外ニ出ラレルノカ!!」

「そうだ。さぁ外に出てみろ」


 喜び勇んで出口に駆けて行くナビス。だが扉を開けた瞬間、


「グァァッ!! 眩シイ! 眩シスギル!!」

「暗闇に収め過ぎたか……」


 扉をすぐさま閉めるゼーブル。そこに恐る恐るガブルドが近付いてきた。


「ゼーブル様、決行は夜にした方がよろしいかと……」

「その方が良いようだな」

「なんなら、イリーヴも目付け役としてお供させますか」

「無論、そのつもりだ。ナビス、今夜はたっぷりと楽しませてやるぞ」


 ゼーブルは扉の向こうを見つめながら、呟くのであった。


「昨晩は儀式を奪った。今宵は恐怖を与えてやる」


 船着場。空に昇り始めた、ほんの少しだけ欠けた月が川の水面に揺れる中、一隻の舟が岸に近付いて来る。客を降ろして軽く会釈すると、船頭はその場に座り月を眺め始めた。


「モシ。セピア湖マデ願オウカ」

「へい!?」


 急に背後に現れた人影に驚く船頭であったが、振り向いた直後に彼を待っていたのは容赦のない斬撃であった。飛び散った鮮血が水面の月に降りかかる。


「ひぃぃぃ、な、何なんだお前は……!?」


 船頭の眼前にいる男は脇腹から鎖を伸ばし、先端に付いた鎌を振り回しながら船頭に迫っていく。


「吸血ナビス、知ッテイルカ?」

「そ、そいつなら死んだはず……うッ!?」


 船頭の首を、男――ナビスの口から放たれた針が貫いた。がくりと崩れ落ち、その場に膝を突いた船頭を川の方向に向かせるとナビスをその場から跳躍、屋根に上がり月を見ながら口を開くのであった。


「変ワッタ、変ワッタナ、ペンタブルクヨ。コレガ二五年ノ歳月カ」


 咀嚼するように、口に収めた針を味わいながらナビスは呟いた。


「ダガ、空ニ浮カブ月ト、血ノ味ダケハ変ワラナイ……シャシャシャシャ!!」


 セピア湖の岸では職人達が酒を交わしている。新たに造られた祭壇に酒を奉納するという目的も併せたこの宴が終わる頃、コモドとクムバは二人ペンタブルクの道を歩いていた。


「いやぁー、しかしコモドさんは凄いッ!! ホントに夕方で祭壇が完成するなんて!!」

「俺の腕によりをかけた自信作でさァ、あれくらいは朝メシ前よォ!!」

「でもお高いんでしょうー?」

「高いだけじゃねぇぜ、時間も掛かるし一週間はメシ抜きになるんだぜぇ」

「それはたいへんだぁ!!」


 酒の回った二人の職人が、話に花を咲かす。やがて舟着き場が近付くと、クムバは小銭を懐から出しつつ言った。


「コモドさんはどちらまで帰るんです?」

「今日はペンタブルクの実家に。ちょっと歩けばすぐですよ」

「そうです。では、また機会があれば一緒にやりましょう」

「そいじゃ、そん時ァまたよろしく!」


 クムバはコモドの姿を見送ると、船頭に近付き話しかける。


「イーゼルラントの近くまで、お願い出来ますか?」


 だが、船頭からは返事がない。


「もしもし船頭さん? アレ、聞こえてないのかな……」


 ポン、と肩に触れたその時、クムバの掌にベットリとした感触が広がった。驚いて手を放し、かがり火に近付けるとなんと、手は真っ赤に染まっている。そして鉄の匂いが鼻を突いた。


「血ィ!? え、船頭さん!?」


 松明を一本拝借して船頭の様子を見たクムバ。船頭の目は見開き、肩や胸に切り刻まれた痕が目立ち、更に首にはぽっかりと穴が空いている。


「ウワァァァアアアアアアア!? だ、誰か来てくれぇぇえええええ!?」


 家路に付こうとしたコモドにも、その声は聞こえた。踵を返し、体を出来るだけ前へと傾け足を運ぶ。ゆっくりと歩いて見て来た景色が一瞬で過ぎ去る中を急ぎ、駆け付けてみるとそこには座ったまま死んだ船頭と、背中に鎌が刺さって倒れているクムバの姿があった。


「クムバさん!!」


 コモドが飛び込む。背中に刺さった鎌には鎖が付いており、引き抜かれるや否や月光に照らされ旋回している。


「……何者だ!!」


 コモドが闇の向こうに問い掛ける。


「シャァァァ……獲物、増エタナ……」

「獲物だと?」


 鎖で回された鎌が、遠心力を伴い左から襲う。咄嗟に手甲が受け止めるも、今度は右から斬撃が来る。間一髪、手甲からせり出た刃が攻撃を防いだ。


「オマエ、ヤルナ」

「あんたこそな!」

「殺ス相手、無抵抗ナヤツホド面白イ。オマエハ強イ、見逃シテヤル」


 鎖に引かれて鎌が闇に消える。


「見逃してやるだと……? 待ちやがれッ!!」


 咄嗟に追いかけたコモドであったが、鎌を振り回す謎の存在は影も形もなかった。それよりも、今は。


「クムバさん、しっかり!」

「コ……モド……さん……」

「意識はあるようだな、すぐに医者まで連れてってやるからな!」


 懐から取り出した治癒符を背中に貼り、肩に背負ってコモドは病院への道を急ぐのであった。


蛇という生き物は手足をなくし、目蓋をなくし、肺も片方だけとなったトカゲなのだそうです。

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