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異世界奇行 ~ダーメニンゲンの詩~  作者: DIVER_RYU
第一集『暗黒組織ブラックバアル』
20/61

第九篇『土塊の巨人は赤月に立つ』下

この作品には 残酷描写 が含まれています。大切なことなので御了承下さいませ

 腰まで湖に浸かった状態で、二体のゴーレムはぶつかり合う。既に土で出来た体は泥として解け出しており、拳がぶつかるごとに、ハサミが叩きつけられるごとにあちこちが取れては散って行く。力では上回るドゥーマンダが、たった今ルクトライザーの右肩にある部位を切り落とした。


(力では上回ってたな、ならば速さだ!)


 拳を握り締め、コモドは両手の腕輪をぶつけるように交差した。するとルクトライザーもまた腕を交差させる。コモドの眼帯が見せる景色が変わり、ドゥーマンダの姿を正面から捉えた。硬く握り締めた拳を腰だめに構えると、同じくルクトライザーも構え始める。相手のハサミが迫るよりもわずかに早く、ルクトライザーの拳が顔面に刺さった。


「何、反応速度が上がっただと!?」


 巨大なハサミが却ってアダとなった。懐に潜り込んで来たルクトライザーが、残った左の肩当てでのショルダータックルを決め、更に裏拳一つで片方のハサミを吹き飛ばす。泥として削られた胴体から、青い光が漏れ出るのがコモドに見えた。しかしドゥーマンダの様子を見ていたカニスがコモドの挙動に気付き、斬りつけようとする。


「コモドさん危ないッ!!」


 飛び出して来たケンが刀で斬撃を返そうとするも片手で容易に弾かれる。しかしその声に気付いたコモドは素早く腕輪を交差させてゴーレムとの接続を切り、視界を確保するとケンを拾い上げた。式神符による翼はすでに消滅している。二人に剣先を突き付け、カニスは吠えた。


「コモド貴様か! 急に動きが良くなったと思ったら、貴様の動きをマネしてたのか!!」

「ウチの専売特許だぜ、まだ何処にもマネされてねぇけどなッ!!」

「ならば売れない技術を抱いたまま死んで逝け!!」

「……売れねぇ悲しみを知っててそりゃねぇだろ」


 ついにコモドとカニス、ルクトライザーとドゥーマンダの二対二の勝負の火蓋が、切って落とされたのであった。カニスの刃が迫るや否や、コモドは拳を握り込み薬指の爪でグイッと掌を押した。両腕の手甲の肘から刃が飛び出す。


「噂通り変な位置から生やしやがってェ!!」


 振りかぶって一撃を叩き込もうとするカニスの刃を、体を捻ったコモドの刃が弾く。同時に放たれた後ろ蹴りを手甲に付いた盾が受け流すも、今度はコモドが跳び上がって横軸回転と共に手甲剣を振り下ろす。再び受け止めようとした手甲の盾だが、重みを付けて放った一撃はこの防具にヒビを入れていた。そこを見逃さずコモドは素早く牙を弾くと、


「ケンちゃん、受け取れッ!」

「え、こう!?」


 そう言うなりケンの持つ刀に揺らぎを飛ばした。


「わ、わわ、これどうすれば良いの!?」


 青く輝きだす刀に驚くケンに更に言葉を飛ばす。


「ヴィブロスラッシュと叫びながら振り下ろせ! ヤツの手甲を狙うんだッ!!」

「分かった! ヴィ、ヴィブロスラーッシュ!!」


 ケンの力強い一撃が振るわれ、青く輝く刃が飛ぶ。手甲で防ごうとしたカニスであったが、咄嗟に防いだカニスの手甲は振動と衝撃により一瞬で砕け散ったのであった。そこにつかさず、コモドは牙を弾いて額にあて、全身に青く輝く揺らぎが広がっていく。


「響牙術、必殺! 震天竜魂脚!!」


 闘竜の姿がオーバーラップしながら駆け寄り、両足をそろえたままコモドは跳び蹴りを放つ。手甲のない手で防ごうとしたカニスであったが、防具を失ったその身に直接叩き込まれた一撃は彼の口から大量の血を噴き出させ、その場に倒した。


 ゴーレム戦の様子を見るコモド。ハサミを片方なくしたドゥーマンダは再生が間に合わず、ルクトライザーの攻撃に押されていた。頭部を掴まれ、腹部のパーツに手をかけられ、大量の水しぶきを上げながらドゥーマンダが投げ飛ばされる。そしてルクトライザーの目が、コモドに合図をした。


「ネグロフ!」


 カードを取り出し呪文が込められる。


「ゴーレムアーツ、必殺! フィストボンバー!!」


 炎を噴き出す拳を握り込み、湖に倒れ込んだドゥーマンダにルクトライザーは強烈な一撃を叩き込んだ。内部に込められていた魔力が爆散し、土へと還って逝く。


「ドゥーマンダ……!!」


 口から血を垂らし、這いつくばりながら、カニスはなおも手を伸ばしていた。そこに、ラァワが合流する。


「コモド、大丈夫だった?」

「母さん、やったよ」

「コモドさん凄いよ、あんな湖割って出てくるなんて!」

「嗚呼、アレ? 俺の力じゃないよ、弧玄杖が助けてくれたのさ」


 その後、頭を垂れながらコモドは続けた。


「あの杖は舞手を守る力があるんだけどね、それが爆発の衝撃で湖の底さ。責任は俺にある、次の儀式までにどうにかしねぇと」

「コモド、その必要はないみたいよ」


 ラァワが指し示す先を見ると、ルクトライザーが歩いて来るのが見える。そして手をそっと差し出して来た。そこには、湖に沈んだはずの弧玄杖が置かれていた。


「ルクトライザー! ありがとう、あの時拾ってくれたのかい!?」


 そっとうなずくルクトライザー、そして自らの左胸を指で差す。


「嗚呼、そうか。おつかれ、ルクトライザー。メト!」


 ルクトライザーの根幹を成していた青い光がサモナーに帰って行き、ゴーレムとしての体は土に還っていく。


「見た感じは無事みたいだ、泥を落として磨けばまた儀式に使えるようになるよ」

「それは良かったわ。ところで……諦めなさい、ゴブリン達なら御覧の通りよ」


 バラバラにされたゴブリン達の姿を見せて、ラァワはカニスに言い放った。


「コモド」

「分かってるよ母さん、今すぐ吐かせてやる」


 コモドはラァワに杖を預け、カニスの首に右腕を回して立てると、手甲の刃を左肩に突き立てた。このまま肘鉄を垂直に、深く刺し込めば彼は死ぬ。


「カニス。てめぇの負けだ。洗いざらい吐いてもらうぜ」

「……くそったれ」

「よく聞こえねぇなッ!!」

「誰が吐くかよ。死神コモド、さっさと刺し込みやがれ。そうしたくてたまらないんだろ?」


 誰もがコモドの勝利により、この事件は終幕するかと思っていた。ミナージの一言が、響き渡るまでは。


「コモド兄さん、さっきから父さんが、父さんが見当たらないッスよ!!」

「何ィ!?」


 コモドは辺りをキョロキョロを見渡した。確かに、あの姿が見当たらない。


「カニス! 父さんは、青いターバンを巻いた役人は何処にやったんスか!!」

「……逃げたんじゃないのか」

「ふざけんじゃねぇ!!」


 この緊急事態に、ウラルほどの人物が任務を放棄して逃げるなど考えられぬことであった。


「へっ……どうせ一人で、ゼーブル様でも追ったんじゃないのか……」

「案内しろ!!」

「そうはいかないんだよ……!!」


 カニスは懐から矢を取り出した。その形状を見たコモドが声を上げる。


「ベ、ベローネだとォ!?」

「コモドさん何ですかアレは!!」


 するとなんとカニスは矢を、いや、刺せば爆発するベローネを、こめかみにあてて見せた。


「自爆する気かァアア!? まずい皆離れろッ!!」


 コモドはその場から飛び退くと同時に、ケンをかばって身を伏せた。直後に大きな爆発が起き、煙が収まる頃にはカニスの姿は消えていた。


「コモドさん、今のは……?」

「あの矢はベローネという爆弾だ。間一髪だったな。しかし自爆して果てるなんて肝の据わったヤツよ」

「いや待ってコモドさん。アレは……?」


 ケンはさっきまでカニスのいた場所を指差した。そこから、赤く続く血の跡が、点々と続いてるのが見える。


「……なるほど、自爆するふりして逃げ出したか。後を追うぞ!」




 激突。幾度となく、金属音が響き渡る。赤く輝くゼーブルの光刃剣、白く輝くウラルの手甲剣が対照的な光と共にぶつかり合う。余裕綽々、貴族的な振る舞いのまま軽々と刃を振るうゼーブルに対し、ウラルは撃たれたキズから吹き出る血を押さえて力任せに手甲を振りかざしている。


(イチかバチかだ……!!)


 ウラルの刃が分裂し、細い鎖で繋がれた蛇腹状の姿を見せる。大きく振り回すと、遠心力を使って渾身の一撃を繰り出す。ゼーブルの姿勢が崩れた。彼の脚に鎖と刃が絡みつき転倒させたのだ。手から離れた得物から魔力の刃が消え失せ、流石のゼーブルからも余裕が失われたかと思われた。


「フン、手ではなく脚を狙ったか」


 彼の右手をキズ付ければ溶血霧散掌、即ち赤い猛毒ガスによる洗礼が待ち受けている。手甲から伸びた鎖を通じて脅威が来ることを、ウラルは前回の戦闘で覚えていた。しかし同時に違和感を生じていたのである。ゼーブルが、毒手を使う気配が未だにないのだ。


「ゼーブル、御自慢の毒はお預けかッ!?」

「毒だと。人喰いが我が毒手を待ち望むとは、食中りを御所望か? ふはははは……」

「……何が可笑しい」


 突如笑い出したゼーブルにウラルの脳裏には嫌な予感が過った。この男、恐ろしい一手を腹に抱えているらしい。


「笑ったワケを知りたいか」

「早う言え!」

「もう答えなら出ている。その目でしかと見るが良い!!」


 鎖を掴み、ゼーブルは一気に引っ張った。ウラルの姿勢が揺らぐことはなく、しっかりと留められていたはずの手甲が宙に飛ぶ。それ以上に、恐ろしい現実がウラルの目に飛び込んで来たのであった。手甲から出現したのは大量の血と、タンパク質の溶けだした泡と、そして何よりすっかり変わり果てた、ウラル自身の右手であった。


「腕が骨にッ!? 何故だ……ッ!?」


 いくら力を入れようとも、彼の右手が動くことは二度となかった。それだけでなく肉そのものが、じわじわと侵食していくのが目に見える。ふと地面に目をやると、アダーの矢が一本落ちている。そこから何と、赤い煙が昇っているのが、ウラルの目には実にはっきりと見えた。


「あの時の矢に、毒を仕込んでいたのか……!!」


 ウラルが背後からアダーで狙い撃った時、ゼーブルは手で矢を受け止め投げ返した。その時なんと、手袋を突き抜けて自らの右手に矢を刺し、血と毒を反応させることで詠唱することもなく発動していたのだ、溶血霧散掌を。ゼーブルの脚に絡んでいた鎖もいつの間にか外されており、赤い煙が全体に巻いている。特殊合金で出来たこの得物は自身が腐食に耐えても、持ち主を守ることは叶わなかったのだ。


「無粋な鎖を絡めてくれた礼をさせてもら、おっと」


 ゼーブルの仮面を矢が掠める。彼の目の前には、右腕をダラリと下げたままアダーを片手で構える、ウラルの姿があった。


「ほう、そんなに暴れれば毒の回りが早くなるぞ。その執念、一体何処から来ている」

「ゼーブル……闘術士としての道を踏み外した貴方には分からんことだ……! 我々には、勝ち目がなくとも、やらねばならん時があるのだッ!!」


 矢が次々に発射される。しかし肝心な一撃は届かない。息までもが今、尽きようとしているのだ。ウラルはアダーから矢が切れたことを悟ると、付いていたメドウサイトをもぎとり、一度目にあてて強く光らせると拳に握り込み、突撃した。脳裏に自らの妻と息子であるミナージ、コモド、ラァワ達の顔を映しながら。


「ゼーブルッ! 覚悟しろォォオオ!!」

「触媒拳か、愚かな……宝眼術、破眼念爆!!」

「グァァアア!?」


 眼前で弾け飛んだ一撃がウラルの体を宙に浮かす。ただでさえ背中を焼かれ、胸を撃ち抜かれ、右手を溶かされたウラルに最早かわすだけの余力はなかった。しかし時間差で、ウラルの拳はわずかにゼーブルの仮面から宝石を削り取っていた。落ちた宝石の一部を拾い集めると、ゼーブルは受け身すらとれずに倒れたウラルに歩いて近付いて行く。


「やってくれたな。我が勝利に泥を塗っただけでなく、仮面にキズを付けるとはな」

「ぐ……あ……」


 倒れ込んだウラルの脇腹に、ゼーブルの足が突き刺さる。


「貴様が削り取ったサラムナイト程の価値もない、死に逝くばかりの老いぼれが。楽に死ねると思うなよ」


 何度も、何度もゼーブルの足が倒れたウラルに浴びせられる。メドウサイトを握り締めていた左手はいつの間にか緩み、蹴りや踏み付けが入る度に口から、胸の銃痕から、鮮血が吹き出ている。とうとう頭部を足で捉えて押さえつけると、ゼーブルは右の手袋を外して宣言するのであった。


「終演だ、ウラル・サン=カリアンドラ」


 その時だった。不意に近くの茂みから、もう一人の人物が現れる音を、ゼーブルは耳にした。


「誰だ」


 歩みを止め、茂みに目をやるとそこには、口から血を垂らしながら息も絶え絶えに駆け寄って来た、カニスの姿があった。


「申し訳ありません、ゼーブル様ァ……!!」


 ガタつく膝を何とか立てて、カニスは口を開いた。


「コモドを、消すには至りませんでした……」

「見れば分かる。オモテを上げよ」


 歯を喰いしばり、何とか顔を上げたカニス。その眼前にしゃがみ込み、ゼーブルは話しかけた。


「御苦労だった。お前に最後の任務を与えよう」

「何で、御座いますか……!?」


 カニスの目には、二つの矛盾する感情が入り混じって映っていた。恐怖と、期待である。ブラックバアルで失敗した者の末路は何だったか、しかし慈悲深いゼーブル様なら?


「お前の最後の任務、それは……」


 ゼーブルは、手袋を抜き払った右手ではなく、左手を上げた。すると彼の背後から機械音を立て、黒いオートメイトが現れる。ずっと側に付けていた、あの機体であった。


「イリーヴ、その男で試すが良い」

「ゼーブル様ッ!?」


 イリーヴの右手が開くと、手甲に似た部分からギラリと輝く金属の何かが出現する。先端が鋭く尖った、返しの付いた形状をしており、魚を突く銛に酷似していた。


「やれ」

「うわぁぁぁあああああ!!」


 武装の先端が向けられたその時、恐怖が体を動かした。カニスはその場に背を向け、元来た道を走って逃げ出そうと試みる。


『もしあんたが望むんなら、俺んとこ来ねぇか?』

『あんたはまだ引き返せる。親父さんだって、本来はまっとうな職人として生きてたかったはずだ。その夢を、俺んとこで叶えてみねぇか?』


 あの時コモドが言った一言が今になって脳裏で響く。彼の言う通りにすれば良かった、ゼーブルよりも余程信用のおける男だったのだと今痛感するのであった。あの時なら、あの時だったらまだ引き返せたのだ。いや今となっても彼は、コモドに救いを求めている。お願いだ、一刻も早く、追いかけてきてくれ!


「この辺りか?」

「血の跡が多くなってる、大分体を引きずってたみたいですね」

「ん? コモドさん、アレは何ッスか……?」


 ミナージが何かに気付いた。茂みの奥からこちらに急接近してくる人影がある。


「カニス!」

「何がしたいんスか!?」

「……様子が変だな」


 コモドが、付いてきていたケンとミナージが、それぞれ得物を構える。そこにカニスは叫んだ。


「助けてくれ!! 助けてくれェッ!!」

「助けてくれだと!?」


 コモドが近付こうとした、まさにその時であった。


「ガハァアッ!?」


 カニスの動きが止まった。その喉から、返しの付いた銛の先端が生えている。両膝をがっくりと着き、前向き崩れ落ちる。その頸椎から首を貫く銛には、長いワイヤーが付いていた。陸に上げられた魚のように、カニスは目を見開いたまま、口をパクパクとさせるだけであった。


「何だ、アレは……!?」


 カニスが走って来た奥から、赤い光が二つ近付いて来る。三人に戦慄が走った。


「命中したようだな。オートメイトの実験台としては申し分なかったぞ、カニスよ」

「実験台、だと……?」

「この声は……ッ!!」

「何、ということはアイツが!?」


 声の主が遂に眼前に現れた。赤く光る複眼を仮面に光らせ、カニスを貫いた銛を回収する。その両手にはまった白い手袋が暗い中で浮き出て見えている。


「ゼ、ゼゼ、ゼーブル!!」


 指を差し、怯えた声でケンが叫んだ。そのケンを庇い、コモドが前に出る。


「てめぇがゼーブルかッ!!」

「吾輩を呼ぶ時くらい、名前の前にミスターくらい付けてアイサツくらいしたらどうだ。御機嫌よう、死神コモド」


 回収した銛から手を放すと、繋がれたワイヤーから引かれて何処かへ消えて行く。


「死神という仇名は好かないがな、てめぇをれるんなら死神でも鬼でも何でもなってやらァ!」

「そう息巻くな。ところで、貴様らは人を探していたのではないのか?」


 台詞と同時に、ゼーブルは暗がりに隠れていた左手を投げ出すと人が一人ドサッと地面に落とされる。その顔を見た、ミナージが声を上げた。


「父さんッ!!」

 

 駆け寄ったミナージとケン。一方でコモドはゼーブルに向かった。だが、


「良いことを教えてやる。その男は今すぐに治療すれば助かるぞ」

「何が言いてぇんだ?」

「死神コモド。その男を見殺しにして吾輩とり合うか、はたまた助けて吾輩を取り逃がすか。好きな方を選ぶが良い」

「何をッ!?」


 そう言ってウラルの方を向いたコモド。脈を診たミナージが声を出した。


「生命力をほとんど使ってしまってるッス……父さん、しっかりして、目を開けて!!」

「右腕が骨になってる……しかも残った二の腕からも泡が出てる、コモドさんどうすれば!!」

「チッ……ゼーブル、次に会う時を楽しみにしとけよッ!!」


 コモドは迷わず、ウラルの方に向かうのであった。


「賢明な選択だ。さらばだ、死神コモドよまた会おう!!」


 ゼーブルの姿は複数の火の玉となって飛び去って行った。


「ウラルさん、ウラルさんッ!!」


 目を半開きにしたまま、ウラルの口は受け応えが出来ずにいた。しかし徐々に動いた左手が、ケンの腰にある刀を指している。


「刀? どうしろっていうの!?」


 次にウラルが指差したのは、右腕の付け根であった。その様子に気付いたコモドが、声を上げる。


「切れと言うことか!?」


 ウラルはうなづいた。


「父さん、そんな……」

「ケンちゃん。やれ」

「ぼ、僕がッ!?」


 刀を見ながら、ケンは絶叫する。


「時間はない。それに君が頼まれたんだ。やれ。やるんだッ!!」

「ウラルさん……」


 ケンは刃を抜いた。刀身に映った自らの顔は怯えに染まっている。恐る恐る、刀を近付けるケン。するとその刀身の峰を、ウラルの左手が掴んだのであった。そして一気に右腕の付け根にその刃を挟み込むと、そこに一気に寝転がって


「ああッ!!」


 右腕を切り落とし、そのまま刀から手を放すと、ウラルはそのまま気を失った。


「ウラルさん、ウラルさんッ!!」 

「まずいッス、早く運び出さないとッ!!」


 ミナージは着ていたマントを脱いで広げると、コモドがそこにウラルを転がし乗せる。二人はタイミングを合わせると、マントの端を持ってウラルの身を浮かせた。その傍らで、ケンは刀を拾い上げると、ただコモド達の様子を見ているしかなかった。


「ケンちゃん、早く来い!! ヤブを切り払って進むんだ!!」

「は、はいッ!!」




「毒の検出はされとりませんが、依然危ない状態が続いとりますね」


 翌日。ウラルの治療を担当した医師、コルウス・カリブランタスはそう語った。そこそこ長い黒髪を後ろに束ね、上半身が裸の上に白衣をそのままはおっている。胸には羽毛を象った首飾りが光っていた。


「早めに右腕を切除したのが正解です。ただでさえ片肺に穴、肋骨が何本かと鎖骨が折られた上に、背中と左半身には広範囲の大ヤケド。ここまでなら一つ一つは治癒符でもどうにかなるシロモノですがね、問題は触媒術の過剰活用による生命力の低下。これが重なってもなお生きてるってのが不思議なくらいですよ」


 テーブルに布を広げ、ウラルの所持品が並べられる。術の触媒であるメドウサイト、毒が除去された手甲、胸のキズを防いでいた青いターバン、矢の切れたアダー、そしてすっかり骨となってしまった右腕。


「もし右腕を切るのが間に合わなければ、彼の全身がこうなっとったでしょう。恐ろしい毒ですよ、術の使用で弱った体にコレが回ればたまったモンじゃないですよ。助けが来るまでよく耐えたとも言えます」


 取り出した紙に、切れ長の目がなぞられる。濃い緑色の虹彩に様々な物質の名前が羅列されていた。


「以前にラァワ様が調べた毒の成分と比較しとりますがね……向こうも大分変えてみえるようでしてね。ええ、毒の成分がよりえげつないモノに変わっとるんです。見ただけでも背筋が凍りそうになりますわ、こんなのが人体に入り込むなんて。ここまで効率よく肉を腐らせる組み合わせはそうそうないですよ、それも右手に仕込むなんて正気の沙汰とは思えません」


 一通りの資料を見せ終わった後、コルウスは茶を少し口にする。


「出来ることは全部やりました。後は本人の生命が何処まで持つかです。せめて、意識が戻ってくれれば……」

「先生、すると父さんの力が持つかどうか、ということッスか」

「まぁ、持つと思いますよ。ウラルさんの強さはそれがしも知っとるんです。助けてもらったことがありましてね」

「先生も、なんですか……?」


 コルウスの眼前に座っていたのはウラルの息子であるミナージと、一緒にウラルの元に向かっていたケンであった。


「ええ。まぁあの人に助けられた方は結構いるはずですよ、一定の年齢以上ならね」

「確かコモド兄さんもッスよね」

「あ、それ聞いたことある」

「ケンさんでしたっけ、ラァワ様の新しい愛弟子と聞いてますよ、何でもコモドさんに拾われたとか」

「そうです、そうです」

「誰かを助けるということは、その人がいつか出会う誰かを助けることでもあるんです。ウラルさんの受け売りですけどね、このことこそが某が医者を志すキッカケだったりするんですよ。ところで、今日はコモドさんは?」

「嗚呼、コモドさんなら祭壇直してますよ、朝から出掛けております」


 魔女集会の夜を襲った事件。翌朝に届けられた赤い筒に、最早国民達は驚きはしなかった。皆既に、目撃していたからである。だがしかし、これから先も赤い筒は届き続けるだろう。暗黒組織ブラックバアル、その活動が表に闇を広げる中、ケンは果たして自分は生きて帰れるのだろうかと、不安になり始めていたのであった。


~次篇予告~


ケンです。もう、大変なことになりました。

戦闘員をゾロゾロ連れた悪の組織とか、ここは一体いつの時代のフィクションなのですか。

次篇『人喰い蛇はかく語りき』 ……人喰い蛇?

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