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異世界奇行 ~ダーメニンゲンの詩~  作者: DIVER_RYU
第一集『暗黒組織ブラックバアル』
18/61

第八篇『魔女集会で遭いましょう』下

この物語には多少のピンチも含まれております。なお多少かどうかは読者の判断にお任せ致します

「ラァワ様、コモド様、そしてケン様。本日は身辺警護を担当させていただきます、カニス・マイヨールと申します」


 湖畔に広がる会場は、既に礼服を着込んだ多くの人間によって黒く染め上げられており、遠くから見れば一足早く夜が訪れたようにも見える。その中に紛れた不届き者から踊り手を警護すべく、日頃治安維持に当たっている者が会場に着いた時点から一人派遣されるのが通例となっている。


「後はカニスちゃんに任せれば良いわよね。コモドちゃん、レプリカの杖を頂けるかしら」


 背負っていた杖をコモドは外し、包みごとカタックに渡す。


「ではでは、この子は返してくるわね。今夜はしっかり、リハーサル通りやれば大丈夫よ。それまでお祭りを楽しんでいれば良いわ、それじゃあね」


 杖を受け取り歩き去ってゆくカタックを見送ると、コモド達一行は早速屋台の立ち並ぶ会場を歩き始める。既にあらゆる匂いが充満していた。ある店では果実に絡めた飴を子供達に渡しており、その隣ではジロの芋を揚げて酒と共に売っている。そんな中に一件、見覚えのある顔のいる屋台をカニスが見つけた。


「ウラルさん、連れて参りました」

「おお、カニス君おつかれさん」


 ウラルは屋台の前で、熱気の上がる肉にかぶりついている。


「食べながらで失礼致します、ラァワ様。そしてコモドさんにケンさん。せっかくですので息子の仕留めました、レモヨカの肉でもいかがで御座いましょうか」


 すると屋台で肉を焼いていた、ケンとあまり歳の変わらぬ風貌の少年が頭を下げる。頭には父親たるウラルとは対照的な橙色のターバンを巻き、白いウロコ模様が入っている。年齢こそ若いようだが、その目はウラルと同じ澄んだ青であり、穏やかでありつつも芯のある強さを秘めた輝きを灯していた。


「ようミナージ! 元気にしてたかい」

「ラァワ様にコモド兄さん! ……で、そっちが噂に聞くケンちゃんッスか?」

「あ、はい、今日がデビューです、ケンです」


 金属製の長い串に、ミナージは次々に肉を刺しては詰めてゆく。肉はとても鮮やかな赤い色をしており、見ただけでも血の味が口の中に広がりそうな見た目をしている。


「固くなんなくて良いよ良いよ、とりあえず肉喰って落ち着ッス。とりあえず、いくつ要るッスか?」

「四人分頼む。身辺警護のカニスさんの分もだ。頼めるかい?」

「喜んで!」


 肉の焼ける匂いが充満する。牛や豚とは少々違う、野生動物特有の臭みを持ちつつも何処か品のある風味が、煙と共に辺りに広がっていた。


「レモヨカってのは四つ脚の動物でな、節の付いた二股の角が生えているんだ」


 コモドはケンに説明をした。


「普段は喰えねぇぞ。角が薬として使えるモンだから乱獲されて一時期は絶滅寸前、それで狩猟そのものが禁止されてんだ。しかし数の増えた今では、限られた猟師だけが間引きという名目で撃つことが出来るんだぜ」

「そしてオレの仕事こそがそのレモヨカのいる保護区域の監視と、さっきコモド兄さんが話した間引きとしての狩りだったりするッスよ。ケンちゃんは元々何処で働いてたんスか?」

「あー……働くというか……まだ学校行ってたモンで……」


 その学校という単語にミナージは思わず手を止めた。


「学校? え、ケンちゃんキャンバスコットのエリートだったりするんスか!?」

「ど、何処それ!?」

「ケンちゃん、この辺りで学校つうのはキャンバスコットという学術の国のモンでな。相当なエリートだけが通う場所なんだぜ。君も元いた国では結構な御身分だったんだろ?」

「いや……高校ならなんというか……僕そんなに良い学校行ってるワケでは……」


 学校、という存在の意外な重さに気付くケン。思えば、この国の制度では十五歳が成人である。


「てか、学校がそんなに貴重なモノだとすると、読み書きや計算は一体何処で覚えるんですか? 何か皆普通に出来るみたいだけど……」

「親が教えるか、学者を呼んで教えさせる。親がいないか教えられねぇなら魔女に預けてやってもらう。最低限、文字だけ覚えりゃ、後は魔女聖典を読んどけばどうにでもなる。今思えば割と適当だな、この国の教育」

「良いのよ、そも勉強そのものが向かない子だっているんだから。ところで、あとどれくらいで焼けるかしら?」




 夜が来た。まるで紅玉石を思わせる美しい赤を湛えた満月が、夜空に浮かび上がる。その様子を見ながら、コモドの周囲は儀式に向けての最終段階の準備にとりかかっていた。ラァワは筆に青白い染料をたっぷりとると、コモドの顔に、腕に、隈取のような紋様を描き込んでいく。


「この化粧は月からの影響を和らげるモノなの。コモドの踊る祭壇は赤い月の影響をモロに受ける場所でね、コレを塗らず踊ると舞手に力が注がれ過ぎてね、気が触れてしまうの」

「メチャメチャ危険じゃないですか!!」

「大丈夫だ、この染料があればな。それにしても良い月だぜ、いつ見ても……あッ!」


 するとそこに黒いローブに金や銀の豪華な飾りを付けた、ラァワよりも超越した雰囲気を纏う女性、いや魔女が歩いて来る。それに気付いたコモドはもちろんのこと、ラァワ、カニスまでもが素早く胸の前で月を描き、頭を下げる。それを見たケンはポカーンとしていた。


「ケンちゃん、今やったようにすぐやれ!」

「は、はい!!」


 コモドに言われ、慌てて月を描くケン。それを見て、魔女は口を開いた。


「ふふ、結構よ。皆、おもてを上げて。コモドちゃんも大きくなったわね、そしてこの子が新しい愛弟子ね、中々可愛いじゃない」

「恐縮で御座います、フルバ様」


 ラァワまでもが頭を下げて態度を改める相手に、ケンは驚愕しつつコモドに尋ねた。


「この人は一体……?」

「フルバ・アルティフェクス。この国に三人しかいねぇ、大魔女の一人よ」

「だ、大魔女!? そんな大物が何でわざわざ!?」

「母さんの師匠でな、アルティフェクスの姓はあの御方から頂いたモンなんだよ」


 こそこそと喋っているケンの元に、そのフルバが現れた。容姿としてはラァワよりも小柄であり、むしろ幼く見える顔つきをしている。


「御初に御目にかかるわね。剣介クンだっけ、噂なら聞いているよ。コモドちゃんが拾ってきたそうじゃない」

「はい……」

「そして、可愛がれば良い声で鳴きながらたっぷりと出してくれるとか……」

「ナニを喋ったんですかラァワさん!?」

「あら、魔女にとって大切な情報よ?」

「まぁ良いわよ、お邪魔したわね。コモドちゃん、今夜はがんばってちょうだいね」

「はい……ッ!!」


 コモドの赤銅色の隻眼に、赤い月は煌々と輝いている。


「コモド様、準備はよろしいでしょうか」


 カニスが声をかけた。手鏡で顔を確認すると、コモドは答えるのであった。


「参りやしょう……と、言いたいんだが。ケンちゃん、連れション行くぞ」

「え、僕も?」

「良いから来い。厠ならそこにある」


 荷物を抱えたケンの腕を引っ張り、コモドは湖畔にある厠へと向かっていった。そして数分後。


「お待たせして申し訳ねぇ。参りやしょう」


 コモドはカニスの案内の元、湖畔にある祭壇に祀られた弧玄杖の元へと向かう。正真正銘、ホンモノの弧玄杖は練習用のレプリカとは違い、波を思わせる模様が描き込まれる等細かい装飾がなされている。杖の両端にある珠は光沢を湛えた黒であり、赤い月をその身に映している。


 舞台と同じく用意された見物席には、実に多くの民衆が集まりコモドを注視している。


「ではコモド様、杖をおとりになって下さい」




「手はず通りに事は運んだようだな」


 屋台の一つ、アメを売っていた男が一人、見物席にも着かずに木陰に潜み様子を見る。黒い正装を脱ぎ、顔のふちに手をやるとたちまち赤い複眼が露わとなる。襟付のマントを羽織り、前で留めつつコモドの様子を伺っていた。その傍らには、いつの間に現れたのか大柄の黒い機械人形が侍っている。


「コモドよ、その舞が終わりし時、貴様の時もまた永遠に止まるのだ。このゼーブルに逆らいし報いを受けるが良い」


 しかし彼が一通り呟いた直後、人形は、イリーヴは動いた。手首から生えた突起を扇子のように広げ、薙ぎ払う。刈り取られた草木の中から現れたのは、人形の一撃を手甲で受け止めている、青いターバンの男であった。


「やはり貴方でしたな、ゼーブル!」

「人喰いウラル。深追いするとは呆れたヤツよ」


 首一つで合図をするとイリーヴは扇子状の刃をたたみ、ゼーブルの背後に膝を突く。


「一切合切、吐いてもらいますよ。何を企んでいるのか!」

「慌てるな、知りたくば教えてやる。出でよ!」

「ゴブーッ!!」


 何処に潜んでいたのか、たちまち四人もの人影が飛び出しウラルを囲む。ベレー帽を思わせる頭部、仮面を思わせる顔には鉤鼻が付き、暗い緑の体色には黄色い骨模様。


「オーク……ではありませんね」

「ゴブリン、やれ!」


 オークと比べても統率のとれた、しかし機械的な動きでゴブリン達は標的の周囲を回り続ける。手甲剣を構えたまま、ウラルは目を刃の光にやる。そして周囲を回る敵に再びフォーカスをあてる彼の目が一瞬だけ光ったその時、一体のゴブリンの頭部が宙に飛んだ。それを確認したウラルが口を開く。


「安い造りにしてはよく動く……組織にとっては丁度良い使い走りですな」

「誉め言葉として受け取っておこう。何せ安い造りでなら数は揃うのでな」


 何と言うことか。新たに二体のゴブリンが姿を現した。辺りの茂みに目をやるウラル、出て来た言葉は以下の通りであった。


「なるほど……誘い出した、というワケですか」

「流石は人喰いウラル、察しが良い。だがここに来た時点で、貴様は死するさだめにあったのだ」

「このウラルを罠に嵌めたつもりですか。残念ながら、罠にかかったのは貴方の方ですよ」

「ほう?」


 ウラルは、手甲剣についた蛇の意匠の頭部を開けると、眼を象っていた青い晶石を取り出した。それを確認したゼーブルの仮面の裏の顔が驚愕する。


「メドウサイト……吾輩の、サラムナイトと対を為すあの石か。貴様も宝眼術の使い手だったのか」


 解説せねばならない。ゼーブルがこれまで時折使用してきた宝眼術とは、宝石を触媒として目から魔力を送り込んで発動する術である。その触媒は二種類、陽の特性を持つ赤き石サラムナイトと、陰の特性を持つ青き石メドウサイトが存在し、使用出来る術に違いが生じている。


「純度、大きさ、いずれも申し分なし、下賤の民には不相応なシロモノだがな」

「貴方には分かるまい……時に下賤と蔑んだ相手の方が、高貴な精神を持ち合わせることを!」

「構わん、やれ!!」


 茂みに潜ませていたゴブリン、合わせて十三体を一気に飛び掛からせるゼーブル。ウラルへの警戒心は頂点にまで高まっていた。宝眼術の威力は触媒たる宝石の純度、質量によって大きく左右されるためである。


「そう来ると、思ってましたよ……」


 飛び掛かる一体を刃一つで弾いて返し、ウラルはゴブリン包囲網をくぐり抜ける。標的の群れを正面に捉えると、懐から取り出したアダーと呼ばれる弾倉式の吹き矢に先程のメドウサイトを付け、照準スコープを思わせるように目をあてる。その様子に構わず、ウラル一人に的を絞りゴブリン達は集まり始めた、その時だった。


「真理宿りし青き石、命操る冷たき定め、閉じ込めたまへ……蛇眼彫塑じゃがんちょうそ!」

「詠唱だとッ!?」


 気が付いたゼーブルがその場から飛び退き、彼の前をイリーヴがかばい立つ。ウラルの目を通じて注ぎ込まれた魔力は石の中で広がり、一気に青い光の空間として彼の前方を包み込んだ。ウラルが術の発動に付属させた詠唱とは、その術のスペックを最大限に引き出す手法である。故にゼーブルは警戒した。だがそれを知らぬゴブリン達は今青い光の中で、まるで氷漬けになったかのように動かない。まるで、メデューサの眼の光を浴びて石像となった者のように。


 動かぬゴブリン達が空中にまでも並ぶ中にウラルは飛び込み、アダーによる矢を、手甲剣による斬撃を次々に入れていく。やがてゴブリン達の背後に回ると、彼は弾指を鳴らしてこの空間そのものを解除する。たちまち、バラバラになったゴブリン達の残骸がその場に降り注ぐのであった。その様子を確認するウラルは肩で息をしている。詠唱付きで発動した術はより多くの生命力を消耗するためである。


「ゼェ……ゼェ……さぁ吐いてもらおうか、ゼーブル!!」

「その調子で、よくもそのような口が叩けるモノだな、流石の人喰いも寄る年波には勝てぬか。しかし良い技を見せて貰った礼だ、特別に貴様には教えてやろう」

「何ィィ……?」


 秘密をバラすと言っているゼーブルに、ウラルは拍子抜けをした。同時に彼の脳内で警鐘が鳴り響く。思い出せ、このような大物の悪党があっさりと情報を吐く時、必ず裏があるはずだと。


「最も、教えたところで貴様には止められんがな」

「……どういうことです」

「さぁその眼でしかと見るが良い、赤い月に映えるコモドの姿を。あやつの命はあと、わずか五秒で燃え尽きる!!」

「何だってッ!?」


 咄嗟にコモドのいる祭壇に目をやるウラル。とても五秒で駆け付けられる距離ではない。それでもウラルは走り出した。しかしその背中を、仮面の裏で嘲笑いつつゼーブルは弾指を鳴らす。轟音が、響き渡った。


「コモドさァァアアん!!」


 思わずウラルは叫んでいた。コモドの舞が終わり、拍手が上がったその瞬間に事件は起きた。祭壇は一瞬にして吹き飛び、空に上がっている月と同等以上に赤い炎が湖面に広がって行く。コモドが儀式を行っていたステージは最早何処にもない。コモド本人の姿すらなく、ダメ押しとばかりに火柱が次々と立つ。その様子を、見物席から身を乗り出して喰い付こうとする影があった。


「コモドさんが……コモドさんが……!!」

「コモドッ!! ……そう言えば、警備班は一体何処に行ったの!?」

「お呼びですかな、ラァワ様」


 カニスが小舟に乗って現れる。他の見張り役もそろって無事なようだ。否、祭壇だけが無事ではないだけであった。 


「カニス! どういうことなのコレはッ!!」

「ラァワ、落ち着け!!」


 フルバが止めるのも聞かず、ラァワはコルセットから杖を引き抜くと突き付けながら詰問した。


「どういうこと、ですか。こういうことですよ……!!」


 平然と小舟を近付け、カニスは腕に巻き付けてあったらしい肌色の貼りモノをべりべりと剥がしていく。そこに刻まれていた紋様を見て、ラァワとケンは絶句するのであった。


「ドクロを背負ったハエ……!? ラァワさん、確かアレって!!」

「ブラックバアルッ!! まさか警護班は全員!?」


 小舟に乗っていた面々が次々に顔を剥がし、本性を表す。ゴブリンであった。全てゴブリンであったのだ。


「ホンモノの役人なら皆ドクロとなって転がっておりますよ、あの祭壇の下でねッ!!」

「コモドさん一人をやるために、何でそこまでッ!?」

「それが我々の大義だからだッ!! さぁ聞くが良い、我らが主による宣言をッ!!」


 小舟の一つが炎に近付くと、乗っているゴブリンはベレー帽状の部位を外し始める。するとそこから光が放たれ、延々と上がる炎をスクリーンとして虚像を映し出した。巨大なハエの顔を持つ男の姿を。襟付マントを羽織り、白い手袋の目立つあの姿を。


『今宵、赤い月の晩にアイサツを申し上げる。魔女に飼い慣らされしインクシュタットの愚民諸君、御機嫌よう』

「早速言いやがったわね……」


 技名を叫ばぬまま、ラァワは指先からヘクセンアローを撃ち出した。しかし虚像を映すゴブリンに届く前に、カニスが前に躍り出た。その右腕には盾と一体化した手甲が付いており、ヘクセンアローは弾き消されていた。


「邪魔はしないで頂きたい。それとも、ダンナを死なせた時のように暴走なさるおつもりで?」

「くッ!!」

「どういうことなのですかラァワさん……?」


 珍しく感情的に、かつ歯をきしませ何かを噛み潰すラァワ。その様子にも構わず、虚像は再び言葉を放ち始めた。


『吾輩は、この国を陰より支える暗黒組織ブラックバアルの首領、人呼んでミスター・ゼーブル』

「ブラックバアルだって!?」

「噂はホントだったのか!?」

「どういうことなの!?」


 ざわめく聴衆。慄く国民達。


「アイツが首領!? 重要人物だとは思ってたけど、ボスだったなんて……!!」


 驚愕するケンを気にせぬまま、ゼーブルの虚像は言葉を続ける。


『今宵の舞手、コモド・アルティフェクスこと死神コモドは我々に刃向かいし大罪人であった。よって先程の爆発も、見せしめも兼ねて処刑したまでに過ぎない。インクシュタットの愚民諸君よ、このような目に遭いたくなければ今まで通り平穏なまま暮らすが良い。我々がいかなる行動に出ようともだ。さすれば、この国の更なる発展と幸福に満ちた未来を約束しよう』

「まぁ、なんて汚らしい統治者ヅラだこと」

『だがもし諸君らが我々に楯突くことがあるならば。その時は生命を以て償ってもらうこととする。たった今炎の中に消えて逝った、死神コモドよりも苦痛に満ちた死を与えるとしよう。ブラックバアルは、常に諸君らの隣人である!』


 ゼーブルの姿が消え、同時に虚像がドクロを背負ったハエの姿に変わる。それを受けて、なんと聴衆の一部から腕を振り上げる者が現れた。まさしく今炎に浮かんでいるのと同じ紋様が、その腕には彫られている!


「ブラックバアル幹部、カニス・マイヨールが命ずる」


 そう言って弾指を鳴らすと、湖に潜んでいたゴブリンが次々に姿を現した。総勢、何と四十体は軽く超えている。


「この国を牛耳る魔女どもを制圧せよ!」

「そうはいかないッス!!」


 早速ゴブリンの一体に光の弾が飛び、頭部を吹き飛ばす。 


「カニス! 父さんをも欺いてハデにやってくれたッスね!!」


 声の主はミナージであった。その肩にはライフルを思わせる銃を背負っている。


「アタシ達もいるんだからね!」


 ラァワの前に、皮膜を広げた姿が舞い降りた。


「ラビアさん!?」

「弔い合戦なら受けて立つわよ、あの指に二度と会えないならね!!」

「皆、来てくれてありがとう……フルバ様、すぐに結界を、なるべく多くの姉様達を安全なところに!!」

「分かった!! ラァワ、必ず生きて戻って来るのよ!! 皆の者、封印符を持て!!」


 しかしそこに、思いもよらぬことが起き始めた。水面に広がっていた炎は急速に衰えて行き、湖は再び静かな様子を取り戻していく。あまりにも、急にである。その異変に、最初に気付いたのは実行犯たるカニスであった。


「まさか……死神コモド! 貴様、生きているなッ!!」

「何ですって!?」


 次の瞬間である。湖の水はまるで海のように波が立つと、真っ二つに湖面が裂けていく。まるでモーセの書物か、映画の一場面か。それが現実となりてセピア湖の水面は完全に割れていった。そして割れた底から、土塊で出来た巨体は姿を現す。竜の意匠を纏ったその姿――コモドの愛機、ルクトライザーの雄姿を見て、ケンとラァワは歓喜の声を上げるのであった。


「生きていた、生きていたんだよッ!!」

「コモドッ!! 良かった、ホントに良かった……」


 どよめく群衆を気にもせず、ルクトライザーは拳を突き合わせると顔の前でスライドさせると、目に青い炎と共に光が灯る。そして兜状の部位に付いた竜の角を掴む形で、コモドは姿を現すのだった。


「カニス! この礼はたっぷりとさせてもらうぜッ!!」


 巨体の腕を伝い、銀髪の死神が今、舞い降りた。


~次篇予告~


我が名はゼーブル。コモドめ、生きておったようだな。どんなカラクリを使ったかは知らぬが、あの男はこの夜に露と消えることを忘れるでないぞ。

第九篇『土塊の巨人は赤月に立つ』に、タップを合わせるのだ

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