第七篇『前夜祭にて人形達は舞う』中
この作品でのオッサン達は元気です。御容赦下さい。
インクシュタットの一地方、ジーペンビュルゲンは国境に面した辺境でもある。かつてこの地は神聖イレザリア帝国領にあり、当時はペンシルバニアと呼ばれていた。アフリマニウムの鉱石を掘り尽くした為に棄てられた荒地であったが、この地を取り込んだインクシュタットによって現在は、インクシュタットの玄関口として機能する歓迎の町となった。この国境を守る施設こそが関所である。
「交代ですよ」
その控室に、役人の一人であるウラルが入って来た。室内にはゲーム盤を挟んで睨みを利かせ合う者、食事を摂る者、仮眠を取る者等実に様々に休養を取っていた。ウラルとすれ違い様にパンと手を叩きつつ何人かの役人が仕事に出ていく。
「ウラルさん、お疲れ様です」
「嗚呼、やっとアレが出来ますわ」
「アレ? ……ウラルさん、貴方の義務訓練でしたら今日は終わってますよ?」
「今からやってくるのは義務ではなく自主鍛錬です。それもコイツのね」
ウラルは、話しかけてきた役人に、懐から取り出した物体を見せた。手のひら大の大きさのそれは拳銃の握り手にも似た形をしており、短い筒状の部位が付いている。
「アダー、ですか」
「そうです。コイツは、私が雇われの闘術士として活躍してた頃から使っていたモノです。近いうちに、ちょくちょく使うことになりそうでしてね」
ウラルは自分の机から棒状のモノを取り出した。中には鋭利な矢を思わせる物体がズラリと並んでおり、自動式拳銃に使われる複列式弾倉を思わせる。先程アダーと呼ばれた器具にコレを差し込み、掌で押し込むとガシャッという音が響く。
「魔力も使わないそれを、何故今やるんです……?」
「魔力を使わないから良いんですよ。鉛の矢は魔力による干渉を受けにくいんです、それに……」
アダーの筒の裏側に漏斗を思わせる形状の部位を装着しながら、ウラルは続けた。
「コイツは魔力が使えなくなっても、息さえ吹ければ飛ばせるのが良いんです。では、見回りの時間になったら教えて下さいね」
粋に片手を上げて去り行くウラルの後ろ姿を見送った役人に、食事の後を片付けたもう一人が話しかける。
「ウラルさんも熱心だねぇ、ありゃ昔の彼が戻って来たかあ?」
「ウラルさん、昔はどんなんだったんですか?」
「あの人は今でこそ穏やかな人だけどな、ここに来てすぐはもっと獰猛な性格をしていてね」
複数用意された的に、アダーの先端を向ける。両手で抱えるように持ち、漏斗状の部位に口をあてた。
「獰猛な!? 全ッ然想像がつかないのですが」
「そう。その上頭も切れるもんだから策略にも長けてると来た。あの人の、闘術士としての通り名を聞いたことあるかい?」
「聞いたことないです、何て呼ばれてたんですか?」
素早く吹き込まれた息が、矢を以て中央を射抜く。その場から跳び、前転するや否やもう一発が的を刺す。
「人喰いウラル。それがあの人の昔の呼び名だよ」
「人喰い……何でそんな通り名が……」
「その場の環境、自らの武器の性能や腕前、更には人という存在のサガまでもを利用し、例え集団で襲い掛かっても確実に一人ずつ血祭に上げていく。その様子がまるで森の中で人を喰らう怪物に襲われているかのような感覚に陥ることからそんな通り名が付いたらしい。最も、味方にいれば心強いことこの上ないけどな」
弾倉をアダーから落とし、素早く次を差し込み矢を放つ。狙うはヒト型の的、そこにいつまで息が続くのかと思われる連射が撃ち込まれる。全ての的を仕留めたウラルは、歯を使って吹き込み口を外すと刺した的を見て回る。全て、中央を捉えていた。ヒト型の的に至っては、額、両目、喉、心臓、鳩尾を確実に釘付けにし、更に背後の壁にヒト型のくり抜きまでもを作っていた。しかしそこまでやってもなお、ウラルの表情は険しいままである。
「……遅くなったな、流石にトシか」
弾倉をアダーから取り出し、懐から取り出した布巾で拭い始めたウラル。するとそこに、勢い良く扉を開ける音が響いた。
「ウラルさん、ガイシャの身元が分かりましたッ!!」
インクシュタット某所。薄暗い部屋の中、ゼーブルは佇んでいた。仮面を外した素顔は少しヒゲを蓄えた、黄金色の目を持つ壮年の男性である。その周囲をぐるりと取り囲む、異形の人影が五つ。頭部にはベレー帽を被った姿を思わせる形状をしており、鉤鼻状の仮面を顔面に付け、耳のあるべき位置には尖った木の葉にも似たモノが生えている。
「ゴブリンの性能、見せてもらおうか」
ぐりっと辺りを見渡して、ゼーブルは呟く。
「ハァァ……」
呼吸を整えて構えを取るゼーブルの周囲を、ゴブリンと呼ばれた人影は背をかがめてグルグルと回っている。一メートルと五十センチ程の小柄な体は濃い緑色、そこに白い骨状の模様が目立つ。左胸にはドクロを背負ったハエの紋章。そしてそんな彼らから距離をとって見つめる影が一つ。ゼーブルの周囲にいる者と比較すれば大柄な体格、骨模様は黄金色をしている。その手に握っているのは、馬上鞭に似た得物であった。
「ゴブゥーッ!」
得物をゼーブルに向けて声が飛ぶ。途端に取り囲んでいたゴブリン達が、小さな手斧を取りゼーブルに襲い掛かった。
「ゴブッ!」
「フン」
突然の貫手が一体を刺す。抜かれた手には導線の生えた金属の塊、ゴブリンの機械人形たる証が露わにある。倒れた相手に抜き取ったモノを置くと、今度は振り下ろされた手斧を上半身の動きだけでかわすと押さえつけ、仮面にあたる箇所を掴み、剥がす。ドクロを思わせる、機械たる部位がむき出しになった顔が露わとなった。黄金色の骨模様の個体が、その様子をじっと見つめている。
「良い顔だ」
ゼーブルは剥がした顔を突き刺し、首に手刀を加える。切断された頭部が転がり落ちた。その遺骸に目もくれず、彼の目は次なる目標を捉えていた。その右手を構え、素早く標的に向けると手袋が飛ぶ。中身のないはずの手袋がこのゴブリンの首元を掴み、ズルズルとゼーブルの下へと引きずり込まれていく。待ち受けていた、限りなく黒に近い赤紫の手が胸の中心を貫いた。その手を抜き取るや否や、彼は壊したばかりのゴブリンの様子を見る。
「ほう……」
懐から取り出した替えの手袋をはめ直し、残りの個体に目を向ける。目の前で三体の仲間をやられてもなお、その戦意に揺らぎが来ることがないのは機械である故か。改めて手袋を着け直した右手で左の手袋を外すと、その手の甲に刻まれたドクロを背負ったハエ――先程から相手をしている雑兵達にも刻まれたそれを光らせ顔にかざす。ハエの仮面、その複眼を光らせゼーブルは唱えた。
「宝眼術、複眼催眠」
目を合わせた個体の動きが止まる。その様子を見ながら、ゼーブルは左の手袋を直し、もう一体いる同じゴブリンの個体を指差し言葉を発した。
「やれ」
さっきまで仲間だった存在が、急に敵となり襲い掛かる。この時、機械仕掛けの人形はどう出るのか。その様子をハエの仮面の男、ゼーブルは見つめていた。
「まずは脚だ」
術をかけられた個体は斧を手に、仲間であるはずの人形に向かっていく。迎え打とうとした相手の斧を弾き、流れるように脚を斬り付ける。金属で出来た骨格を剥き出しにした傷に目もくれず、自らの額の位置を指でつつきながらゼーブルは命令した。
「叩き斬れ」
顔面目掛けて下ろされた斧により、また一体破壊される。残るは今ゼーブルが支配下に置いた一体と、色も体格も異なる一体であった。後者の個体は他の仲間が戦う最中も、得物を使って指揮をとるだけであったようだ。
「壊せ」
「ゴ、ゴブ!」
ゼーブルは命令を下した。一方でもう一体の個体も得物をゼーブルに向けて声を出す。
「……ゴブ」
操られた人形はゼーブルの命令を優先した。斧を振り上げ、指揮官だった個体に襲い掛かる。だが襲われた個体は、馬上鞭に似た得物を振るってかつての部下を打った。ゼーブルの術中にかかっていた個体が沈黙する。ゼーブルの方に向き直った人形は斧を落とし、打たれたらしい部位の装甲が見事に剥がれ、倒れ込んだ。
「良い威力だ」
そう言ってゼーブルが近付く。
「大変素晴らしい」
褒め言葉を発しつつも、それを向けられた相手である最後のゴブリンは構えを崩さない。
「ゴブッ!!」
かけ声を発して振るった得物がゼーブルを打つ……はずであった。彼の姿は赤紫の炎となり、消えた。
「上出来だ、量産機でこの性能なら十分だろう」
姿なき声が響く。その方向を探り、量産機と呼ばれた個体はある方向に得物を向けた。しかし得物は持ち主の手からいともたやすく離れ、そして打つ。かつて自らを握っていた者の、顔から胸部にかけてを。ゼーブルは、裂けた外装から見える剥き出しの機械を見つめつつ、奪った得物を足元に置くと開いた掌を複眼の前にかざした。
「宝眼術、破眼念爆」
複眼から強い光が放たれた、次の瞬間。最後の一体が突如、炎を噴き上げ爆発四散して逝った。
「素晴らしい出来だ、ガブルド」
ゼーブルが仮面を左手の紋章に格納しながらそう言うと、扉が開いた。
「へっへっへ、お気に召しましたかゼーブル様。その割にはあっさりと壊していかれましたのう、注文したゴブリンどもを」
下卑た声で答えつつも、しかし壊れたゴブリンを不機嫌そうに見つめるガブルド。
「ああ、本来ならオートメイト一体分を作る程度の材料で、六体作ってもらったのだ。しかしこれでもそれなりの使い道が出来るということが分かった。例えばコイツだ」
死屍累々となったゴブリン達のうち、ゼーブルが指差す先にある者は首に手袋が絡み胸の中央を貫かれている。手袋を回収しつつ、傷口を改めるとゼーブルは続けた。
「吾輩の毒手は、例え金属であっても侵食する。しかしこのゴブリンは損傷こそすれど腐ってまではない」
「はい、ワシが作る以上は全て腐食対策は万全で御座いますじゃ。これなら泥水の中であっても酸の池でも問題なく活動出来ましょうぞ」
次に顔面を裂かれたゴブリンに近付く。この個体は術をかけて操り、かつての仲間を襲わせた者であった。
「術によって支配下に置くことが可能だったな。そして操り方によっては他のゴブリンを凌駕する実力を発揮できるようだ。しかし頭領のゴブリンには通じないようだな」
「ホブゴブリンのことで御座いますね。アレは他のゴブリンを指揮する役割を与えておりましたのじゃ」
バラバラに砕け散った破片のうち、残った頭部を拾い上げてゼーブルは呟いた。
「なれば、通常の人形一体分の対価で、ホブゴブリン一体とゴブリン二体で頼もう。数こそ半分になるが戦力としては十分になるはずだ。それで量産体制が整えばインクシュタットの掌握も可能となろう」
「ところでゼーブル様。そのホブゴブリンの頭をちょいとコチラに渡してくれませぬかのう」
ガブルドが人形の首を受け取ると、頭部に着いたベレー帽状の部位を外すと、そこに虚像が浮かび上がる。このホブゴブリンの見たモノ、眼前で叩き割られるゴブリン、鞭で裂かれるゴブリン、最後にこちらに仮面の複眼を光らせるゼーブルの姿。
「ゴブリンどもは頭部さえ無事ならば、見聞きしたモノをこうして浮かび上がらせることが出来ましてな」
「ほう、コレは使えるな」
普段は人形のように表情を変えることのないゼーブルの口角が、ニィーッと上がった。まるで、エスカを手に入れた時のように。
「では、魔女集会の夜までに三体で一つのゴブリンを、四部隊用意してもらおう。それともう一つ、アイツの状態はどうだ?」
「イリーヴのことで、御座いますな? 思っていたよりも急激に機械に体が馴染んででおるようで御座います。早ければ、例の計画にも参加させられるかと」
「頼もしい。期待しておるぞ」
住処のある森に向かうゼーブル。陽は既に沈みかけ、夜になれば森に潜む魑魅魍魎が目を覚ます。危険区域、そんな場所にこのような時間に現れる者には二通りある。森に身を潜めるために戻らねばならぬ者、そしてもう一人は。
「もし」
「誰だ」
不意に響いた声がゼーブルを引き留める。振り向いたそこに人影はない。
「そこから先は魔女“喰い”の森です。こんな時間に赴くもんじゃありませんよ」
「……まるで怪物だな。貴様こそ森の街道から外れて何をしている。インクシュタットの人間が、魔女“狩り”の森でやることなどたかが知れておろう?」
ゼーブルは仮面を身に着け、辺りを見渡した。不気味に光る複眼が辺りを警戒する。
「その言い方から察するにイレザリア出身の方でしたか。でしたら、尚更そこには近付かぬ方が良いでしょう」
ある一点に気が付いたゼーブル。その方向に向かい、言葉を続けた。
「貴様、国境警備か」
「だったら、どうします?」
「国境警備で、わざわざ姿を隠して怪物じみたやり方をしそうなヤツなど一人しか思い付かぬ。吾輩はこれでも闘術士の端くれ、その中でもある程度トシを重ねた者であれば貴様を知らぬ者などおるまい。人喰いウラル、そうだな?」
日本のオッサンも、もう少し健全に元気になりませんかねぇ。




