第六篇『されどケンちゃんは文字と踊る』下
この物語ではオッサンが時折イキります。御容赦下さいませ
「ゼーブル様、試作品で御座いますじゃ」
翌日のことである。何処か下卑た声の男がゼーブルと取引をしていた。その顔にはカギ鼻を模した部位のある仮面を被っており、その下から長いヒゲが覗く。
「御苦労であった、人形師ガブルドよ。早速試してみるとしよう」
開かれたその中に入っていたのは、握り拳程ある巨大なハエであった。
「ハエ型オートメイト、ルシーザ。まずは軽く飛ばしてみてくれませんかのう。仮面を身に付けなくとも、手の甲の紋章に格納した状態で操作は可能ですじゃ」
左手で印を結ぶような動きを取り、ルシーザと呼ばれたオートメイトに向ける。すると、その複眼に光が灯り、生きたハエのように手足を軽く擦ると羽を開いて飛び始めた。
「羽音もその辺のハエと変わらない程度まで抑えましたのじゃ」
「ふむ、これなら良い」
「そして隠密活動用に取り入れました、潜伏機能をお試しになってくれませんかのう。軽く念じるだけで出来るはずですじゃ」
飛び回るルシーザに指を向けると、その姿が消える。なおも羽音が響き続ける。
「これ以上羽音を抑えたら満足に飛べなくなりましてな」
「十分だ、何処かでハエが飛んでるとしか思わぬだろう」
「では、最後の機能と参りますかの。録画機能のみならず、ルシーザの視界をゼーブル様にも共有させる機能で御座いましてのう。手の甲の紋章を軽く叩いてみて下され」
ガブルドの指示通りにすると、ゼーブルの左手に刻まれた紋章から映像が浮かび上がる。その状態でルシーザを飛ばして見せると、その動きに合わせて映像の中の風景が動いていく。それを見てゼーブルの顔が笑みを浮かべた。
「よし、最終実験と行くぞ。行け、ルシーザ」
遠ざかるルシーザの羽音を聞きつつ、ガブルドが訪ねた。
「何処に飛ばしましたのかのう?」
「ジーペンビュルゲン。コモドは確かあの辺に住んでいる」
「死神コモド!?」
「探りを入れてやる。ふん、ジーペンビュルゲンに赴くまでもなかったらしいな」
ゼーブルの手の甲に、今まさにコモドの姿が映っていた。マントを翻して地闘竜に跨り、まさに林の中の道を駆け進んでいる。その後ろに、同じく竜に乗るケンの姿があった。
「この様子だとペンタブルクに向かうようですな。ラァワの乳でも吸いに行くのかのう」
「魔女集会が近い。ひょっとしたら、この拾った少年の正装でも買いに行くのかもしれぬな。それに、この背中にあるモノは恐らく……」
「弧玄杖、で御座いますかの」
映像の中で、コモドとケンは会話を繰り広げていた。
「昨日行ったように、今日は正装買いに行くからな。」
「はい。ところで正装ってどんなヤツなんですか?」
「湖月教には聖なる色として黒が定めてある。夜空と深い水が象徴されたモノだ。だから魔女集会の正装は黒を基調としている。そこに月明かりを象徴する、金の模様が入る感じだな。実物見れば分かるぜ」
その様子を見たゼーブルがほくそ笑みつつ口を開く。
「正解だったな、吾輩が」
「まだ分かりませぬぞ、コモドはかなりの頻度でラァワの元に帰ると聞いてますからな」
「そのことは大した問題ではない。今はルシーザの性能が分かれば良い……いやちょっと待て」
ゼーブルの顔が険しくなる。映像の中のコモドが、キョロキョロと周囲を見始めたのだ。
「……さっきからハエがまとわりついてるな」
「しまった、バレたみたいじゃ!」
ルシーザを竜に留まらせることで、ゼーブルは羽音を消した。しかし何ということだろう、その視界は今コモドの臀部が大映しになっている。
「しばらくはこのままだ」
「見たくもない光景じゃのう……」
「止むを得ん。それと面白い情報が手に入った」
「どういうことですかの?」
「ヤツが、今度の魔女集会における舞手ということだ。何と奇妙な巡り合わせよ」
ニィィーッと上がる口角から歯が覗く。ギラリと白い歯を光らせゼーブルは続けた。
「コモド。貴殿の命、しばらくは泳がせることとしよう。しかし五日後、魔女集会の開かれる晩、コモド・アルティフェクスは死ぬ、吾輩の手によって。ブラックバアルに逆らいし者の末路として宣伝されるのだ。同時にこの国にとっての聖なる儀式を、象徴を徹底的に破壊してやる。そして……」
グッと拳を握り締め、黄金色の眼に浮かぶ瞳孔が一気に開く。
「我が手に落ちるが良い、インクシュタットよ。権威なき爵位より、名前なき支配者となることを吾輩は望もう」
「ゼーブル様、様子が変わりましたみたいですぞ」
「どれ」
手の甲に映っていたのはコモドとケンが立っており、どんどんと遠ざかって行く光景であった。
「竜から降りたか。この様子だと気づいていない、どれ引き続き尾行を……」
ルシーザを操作しようとした、まさにその時であった。いきなり蛇腹状の物体が現れたかと思うと、虚像が消え失せる。それを見たガブルドが、肩を落として呟いた。
「やられたましたな。うっとうしかったみたいですのう」
「……拾って来る。ここからそう遠くはあるまい」
「ワシは工房に戻るとするかの。ゼーブル様、拾ったら持って来て下され」
姿を消したゼーブルを見送った後、近くにある建物に入り込んだガブルドは呟いた。
「ふん、所詮は没落貴族の若造が何を偉そうに。まぁ良い、しばらく遊びにつきあってやるかの」
扉を開け、レバー状の取手を引く。すると棚で隠された扉が露わとなった。奥に進んで行くと、鎖に繋がれた男が見える。全身を覆う機械が目立ち、まるでオートメイトとヒトを融合したような姿をしていた。
「気分はどうじゃな、イリーヴよ」
尋ねられた男の顔が真っすぐと相手を見る。ガブルドと同じ鉤鼻状の仮面を被り、その動きに意思らしきモノは感じられない。あくまで機械のようですらある。
「素晴らしい。素晴らしい早さでオートメイトとしての体、そしてヒトの肉体が同調してきておる。もうすぐじゃ、もうすぐお前は自由に動ける体となる。ヒトを素体としたオートメイト……バイオメイトとしてな」
無言でうなずくイリーヴ。その動きと共に、ウィーンという機械音が響く。
「お前はワシの最高傑作じゃ。その力でコモドを倒し、そしてブラックバアルが野望を達成したその時は! ゼーブルも屠るのじゃ。そうすればブラックバアルはワシのモノとなる。ワシがこの国の、陰の操り手となるのじゃ。だから今は、もうしばし眠るのじゃぞ。イリーヴ」
再びうつむくイリーヴ。しかしガブルドが部屋から出ると顔を上げる。自らを覆う機械の殻、剥がしたそこにあったのは生きながら装甲と化した四肢であった。そして、彼の顔が異形の姿へと変わる。剥き出た緑の眼、それを覆う透明なカバー。イリーヴは最早、コモドの知っている一人の職人ではなくなっていたのである。
「ゼーブル様、こちらがルシーザの完成品で御座いますじゃ」
その日の夕方に、ゼーブルはガブルドの工房を訪ねていた。
「しかしながら、あの後早速破片を拾ってきなさるとは。相当気に入られましたな」
「ふっ、面白いことを思い付いただけよ。ガブルド、ゴブリンの開発は順調か?」
「ええ、後は起動してみるばかりですじゃ。しかしあれではどうにも弱いオートメイトになってしまいますぞ。本来なら一体のオートメイトにつぎ込むべき対価で、六体も作ろうとは」
「我々には今『数』が必要なのだ。では行って来る。明日、もし出来たらそのゴブリンと手合わせをしてみたいが、可能か」
「ほう、早速御自分を実験台とするおつもりですかゼーブル様。面白いことを考えなさりますのう。よろしいでしょう、明日の昼過ぎにワシの工房へ来て下され」
「期待しておるぞ」
去り行くゼーブルの背中を見つつ、ガブルドは呟いた。
「バカめ。ゴブリンなら既に完成しておるわ。しかし一体分から六体も作れとはなんとまぁケチな男よ」
床に敷かれた絨毯をめくり、地下への階段を下る。そこに羅列された六体の人形達。
「明日の昼過ぎ、あわよくばゼーブルのヤツを抹殺してくれよう、このゴブリン達で! 可能か、ホブゴブリン」
その中でも一体、少しだけ背の高い人形に、ガブルドは話しかけていた。
「さぁ行けルシーザ。遊びの舞台は既に用意してあるぞ」
そう言ってゼーブルがルシーザを放ったのはジーペンビュルゲンの酒場の中、そこにコモドは座っていた。
「相変わらず、焼き酒が好きだねぇ。コモドさんよぉ」
「好きなんだよ。それに踊りの練習で疲れた体に、コイツは染み渡るからね」
その隣に、座る影が一つ。暗く赤いシンプルなドレスを着た、妖艶な雰囲気の美女であった。その目元には泣きボクロ、ウェーブのかかった髪をこれ見よがしに色っぽくかき上げる。
「ふふ、こんばんは」
「こんばんは。いきなり俺に話しかけてくる女性なんて、お嬢さんが初めてだぜ」
コモドの言う通り、傷だらけの顔で眼帯を巻いた危ない雰囲気をまとう壮年の男に、いきなり話しかけてくる女性は珍しい。まんざらでもなさそうな雰囲気を出すコモドに対し、酒場のマスターは怪訝そうな顔で女性を見つめていた。
「あらそうなの。じゃあ女性にはあまり慣れてないみたいね、お兄さん」
わざと胸を寄せ、谷間を見せつけながら女性は話しかける。それが視界に入ったコモドの、目元がピクりと動いた。
「おっちゃんで良い。何だか『兄さん』という響きには慣れないんだよなァ」
「お嬢さんやめときな、その男は何と言うか、その……」
「マスター、置いていくぜ」
杯の中身を飲み干し、硬貨をカウンターに置くとコモドはこの場を立った。するとそこにドレスの女性がスッと立ち上がり、わざと塞ぐようにコモドの前を過ぎると、流し目で彼の隻眼に合わせる。
「……君はこの辺りに稼ぎに来た、娼婦か何かかな?」
「そんなところよ。……ねぇ、どうかしら」
その背後でマスターは、冷や汗をかきながら杯を洗っていた。
「あの、コモドさん、今夜は早めに帰った方が」
「お気遣いありがとう。ちょっとだけ、愛を配りに寄り道してくるぜ」
背後を振り向き、ウィンクしながらコモドは出て行った。
「アイツ……あの女はどう見ても美人局だろうが! まぁ、大丈夫だろうけど」
夜の酒場を、女性と手を繋ぎながらコモドは出て来た。しばらく歩くと、宿屋の前に彼は連れてこられる。
「ここでおっ始めるつもりかい?」
「ええ、そんなところよ」
そう言って、女性は指を鳴らした。すると宿屋から、コモドをも超える大柄の男性が姿を現したのであった。
「へいへい、今日は随分と傷だらけのを連れて来たじゃねぇか。エスカよぉ」
「……ハァ」
コモドは、顔にある傷の一つをポリポリと掻きつつ、顔を俯け溜め息をついた。エスカと呼ばれた女性は、いつの間にか巨漢の後ろに回っている。
「よぉスケベ兄ちゃん。オレっちの女にいきなり手を出すとは中々大胆じゃねぇか。しかもよく見たら、今年の魔女集会の舞手と来た! コレが表沙汰になったらどうなるんだいグヘヘヘヘ」
「……ほぉ、まんまと引っ掛かったワケか。俺は」
その様子を見て巨漢は笑う。だがその声にもう一つの笑い声が同調した。低い笑い声、その主は今、まさに眼前の人物。
「オイ兄ちゃん、今笑ったのはアンタか?」
「御名答。まさか本当に俺を引っ掛けたとでも思っていたのかい、デカブツさんよぉ」
「あァン!? てめぇオレっちの姿を見てビビリもしてねぇのかァ!? このアングーロ様を見てもよォ!!」
凄む巨漢、改めアングーロに対してコモドは笑顔を向ける。グワッと広がった左目、不釣り合いに上がった口角、眼帯の周囲に浮き上がる傷跡。普通の人間ではない、顔だけでそう物語っていた。
「何よコイツ……アイツに頼まれて声掛けたけど、やめた方が良かったかしら」
「アイツ、だと。お嬢さん、確かに聞いたぜ今。そもそもこっちはわざと誘いに乗ったんだ、洗いざらい吐いてもらうぜ!」
「お、おい、オレっちを差し置いて、何の話をしてんだよオイゴラァ!!」
一喝を受けてか、急に真顔に戻るコモド。そして右手の指を自らのこめかみにあてた後、語り始めた。
「一つ思い出した言葉がある。『弱い竜は吠える声だけは大きい』……竜学者、マイア・ファートンの著書からの引用だ。果たしてお前さんはどうかな」
「生意気な。所詮てめぇはただのオッサンだと分からせてやる。おいお前ら!!」
宿から三人、荒くれどもが飛び出てくる。その手には斧、棒、短剣と様々なモノが握られている。それを見たコモドの、開いた左目がピクッと一瞬痙攣する。
「やっちまえ!!」
コモドはいきなり外したターバンを、斧を持った男に投げ付けた。同時に、サイドテールに結んだ長い銀髪が露わになる。ひるむ相手を尻目に、今度は棒を持った男に掴みかかった。自らの脇腹にぶつけられた棒を逆に握り返し、そのまま相手の鳩尾を突くと今度は短剣を持った男の手をはたいて得物を落とさせる。
やっとターバンを顔からはがした男が、斧を振り上げコモドに襲い掛かる。しかし彼の額を、コモドの手から離れた棒が一撃した。そして短剣を持っていた男を捕まえ、その喉を掴みつつアングーロとエスカの前に突き出しながらコモドは言った。
「聞かせてもらおう、誰に頼まれた?」
「ふざけんな!!」
アングーロはその手に付いた手甲から鎌状の刃を出し、コモドに飛び掛かった。捕えていた男の首筋を打って捨てると、手甲アルムドラッドから刃が展開してアングーロの刃を迎え打つ。それを見たエスカが驚愕の表情を見せた。
「そのおかしい位置から生えた手甲剣、片方結びの傾いた銀髪、この人まさか……」
「知らずに声をかけたみてぇだな。依頼者の名前を出せば、生かして帰してやらんでもねぇぜ」
「冗談じゃないわ。貴方が死んで喜ぶ人間は大勢いるのよ、覚悟なさい!」
そういってエスカは拳銃を構えた。マーギナムと呼ばれる、光の矢を放つ銃である。
「おいエスカ! このオッサン一体誰なんだよ!!」
「そいつは死神コモドよ! 早く押さえつけて!!」
「何だって、死神コモド……!?」
「ふん、怖気付いたかね?」
コモドの口元が片方だけニヤリと上がる。それを見たアングーロが声を上げた。
「聞いたことねぇな! おい死神とやら、オレっちの首を刈り取ってみろ!!」
「お嬢さん、組むんならもう少し賢いヤツにしなさいよ」
台詞を吐きつつコモドの下まぶたが二度ほど脈打った。そしてアングーロの刃を受け止めつつ、もう片方の手甲からも刃を展開する。アングーロの腕に掴みかかりつつ、生やした刃がエスカの放つ光弾を弾く。一瞬だけ印を結んだ手で、コモドはアングーロの手甲を押さえつけた。すると何ということだろうか。
「ぐおっ、重いッ!? てめぇ何をした!!」
アングーロの手甲の付いた右腕が、まるで地面に吸い寄せられるように沈んで行く。同時にコモドはアングーロの巨体でエスカとの間に壁を作った。
「タルウィジャック。お前さんの手甲に仕込まれたタルウィサイトを、俺の意志の下に置いた。コレが通用する辺り、思った通り小物だったようだな」
「この野郎、手甲なんざなくたって……」
「外せるモノなら外してみな」
コモドはアングーロの手甲に、更に思念を送り込んだ。流体合金タルウィサイトに含まれるアフリマニウムは、持つ者の精神によってその形や質量を変化するのは既に御存知のことかと思われる。だが、その持つ者とは持ち主という意味ではない。文字通り触れた者のことである。
もし二人の人間が同時に触れた場合、技量にある程度の開きがあれば上回る方の精神支配下に置くことが可能となる。タルウィジャックとはアフリマニウムの持つこの性質を利用して相手の武装を逆利用する、ある種の高等技術である。
「があああああああッ!? 腕が、腕が千切れるゥゥ……」
コモドの手が押さえつけるアングーロの手甲はズブズブと地面に沈んでいく。その様子は沼地に石を沈めるかのように滑らかであった。しかしコモドの腕が筋張ることはない。力などほとんど加えていないためである。
「腕の心配ばかりしなさんな」
「ヒッ!?」
それだけ言うと、手甲の刃をアングーロの頸動脈にあててみせた。冷たい感覚が彼の首を伝い、短い悲鳴を上げさせる。
「アングーロ!! こうなったらアタシだけでも……」
「お嬢さん、そこまでにしとかないと殺されるわよ」
「誰ッ! ……っひぃっ!?」
背後からした声に振り向いたエスカの顔を、白く塗られた顔がヌゥッと覗き込んだ。暗がりから浮かび上がるその迫力にエスカは遂に腰を抜かす。そしていつの間にか彼女の得物は、背後から来た存在の手に取られていた。
「カタック先生! ここにお泊りでしたか」
「助けるまでもなかったようネ。それにしても美人局にわざと乗るなんて、中々怖いモノ知らずなことをするわネェ?」
「情報を集めるためですよ。さぁ腕を見せてもらおうか……って、誰も彫ってねぇや」
コモドが求める、ドクロを背負ったハエの印は見当たらない。
「わざわざ俺に目標を定めた辺り、組織の手の者かと思っていたが……まぁ良い。誰かに頼まれたと言っていたな、ソイツは何者だ!!」
「知らないわよ、ただこっちで商売しようとしたら声をかけられただけで……」
「どんな見た目だ?」
「変な仮面を被っていたわよ、ハエの頭みたいな」
「やはりハエか! 他に何か特徴は!?」
「暗がりの中でろくに見えはしなかったわよ。終始目を光らせてて不気味でしょうがなかったわ、それに逆らったら殺されそうな雰囲気で……」
「チッ、外れか。運が良かったな、そいつは恐らく何のためらいもなく人を殺すぜ。俺以上にな!」
コモドは、アングーロにあてていた刃を格納すると、そのまま腕をダラリと脱力させる。直後、スナップを利かせたフックがアングーロの意識を殴り飛ばした。伸びたアングーロを蹴り転がして一言付け加える。
「俺は死神コモドだが、その死神という呼ばれ方は嫌いだ。だから見逃してやる、早く行け!」
「は、はいッ!!」
「まっとうな仕事しろよ!!」
「じゃ、アテクシはこれで。無茶しちゃダメよ、コモドちゃん」
カタックが部屋に戻ると同時に、コモドはその場を後にした。しかしその心の中では、ある疑惑が浮かんでいたのである。
(カタック先生……ハエのマークは見ようともしない、そして今回都合よく宿にいた。申し訳ねぇけど何か怪しいぞ)
「ただいまぁ……」
工房に戻ったコモド。水を少し口を含むと、寝床にもなっている地下室に向かう。
「おかえりなさい」
机に向かいながら、ケンが答える。手に少しのインクを付け、字の書かれた紙が山のように積まれていた。
「おやまぁ、こんな時間まで勉強してたのか。……って、ここじゃ昼も夜も変わらんもんなぁ」
「あれ、もう結構良い時間だったりするんです?」
ターバンを解き、手甲を外しながらコモドが話しかける。
「うん。キレイな月が昇ってるよ。これ以上やると体に障るしここまでにすると良い」
「はーい」
寝床代わりのソファにドカッとなだれかかると、同時に顔に浮かんでいた傷跡が薄まってゆく。その様子を、近くに置いてあった鏡に映しながらコモドはそっと呟いた。
「アイツら、妙にビビってたと思ったら、コレが浮かんでたのか。そりゃ危ねぇヤツに見えるわな」
眼帯を外し、腹部に巻いたサラシや腕に巻いたバンテージ代わりの布を解き、腰かけたままうつらうつらとしている。
「せめてケンちゃんの前では、良い大人でいたいねぇ。少なくとも、危ないオッサンとしては接したくないなァ……」
独り言をブツブツと呟きながら、彼は焼き酒のもたらす浅くとも静かな眠りに就いていた。
~次篇予告~
あらぁ、カタックよ。コモドちゃんったらアテクシを疑うなんて失礼しちゃうワ。
それにしても、コモドちゃんもケンちゃんも色々あるみたいネ。
次篇『前夜祭にて人形達は舞う』で、お会い出来ると良いわネ。




