第五篇『人呼んで悪魔のブラックバアル』下
この物語には割とオリジナル用語が出てきます。時々読み返してね☆
ラァワによる検死が行われる隣の部屋にて、ケンは待っていた。時折聞こえてくる会話の内容はとてもえげつない内容である。
「まさか、あんな死体ともどんどん御対面することになるのかなぁ」
頭を横に振り、浮かんだヴィジョンを振り払う。
「怖い……けど、下手すれば僕がああなるのかもしれない……」
死が隣り合わせにある世界、帯刀や武装が当たり前にあるからには覚悟しておくべきことであろう。だが彼は望んでここに飛び込んだワケではない。腰に差した刀を見つめ、ケンはため息をついていた。
と、そこにノックして入って来る者が一人。黒いフードを深く被り、顔を伺うことは出来ない。
「だ、誰!?」
「ラァワ様、訪ねて来た。ここにいる、聞いた」
何処かたどたどしい、抑揚のない男声で相手は答えた。
「え、ラァワさんを? 今忙しいみたいだからここで待ってみてはどうですか」
イスを出し、入って来た男を案内するケン。相手は背が高く、目につく黒いフードの他に黒いコートを着込んでおり、その下に軽い鎧のようなモノを着けている。
「あの、ラァワさんの御知り合いですか?」
「そんなところ、だ。お前、ラァワ様の、愛弟子か?」
「最近拾われた者です、あの人にとって二人目の弟子みたい」
「なるほど、お前が、コモドに拾われた、少年か」
「……噂になってたんですか」
「変わった子、聞いた。なるほど、思った」
所々ぶっきらぼうな喋り方だな、とケンは感じていたが同時に悪い人でもなさそうだとも思っていた。大柄だがその動きは厳かで、かつ丁寧な物腰である。
一通り語り終えたラァワは、深いため息をついていた。
「母さん、魔女聖典にも載っていなかったあの毒を、何で母さんが……?」
「この国の魔女の中でも立ち居振る舞いが少々違うとは思っておりましたが、もしやラァワ様は……」
「ここまで語ってしまえば分かっちゃうわよね。そうよ、私が元々子爵であるビーネハイム家の生まれだからよ」
ビーネハイム。この響きにコモドは感づいた。
「まさかこないだオークの襲撃事件のあった、あの屋敷の……」
「そう、あの屋敷こそが私の生まれた家なの。ラァワ・フォン・ビーネハイム、それが私の本来の名前よ。いつも名乗っているアルティフェクスは、私に魔女としての知識を授けた御師匠様の姓なの」
「ということはラァワ様、これはビーネハイム家の人間の仕業だと言うのですか」
「そうね、もしくはあの廃墟から秘伝だけを抜き取った誰かがいるか。どちらの線で考えても良いわね。しかしイヤな話だわ、もうあの家には二度と近付くまいと思ってたのに……」
ラァワはデングの死体を見ながら呟いていた。この奇妙な死に方をしたコモドの仇敵が、彼を拾ったラァワをも巻き込んで地獄の機械たる運命を動かそうとしている。仕組まれたような因縁が親子に襲い掛かろうと爪を研ぎ、今まさにその嚆矢の矢尻として放たれようとしていた。
「母さん? 今、コイツ何か……」
動くはずのない足が、
「ラァワ様、見間違いでしょうか……?」
震えるはずのない指が、
「まさか……二人とも下がって!!」
そして開くはずのない目が、開く!
「そんなはずが……生きている!?」
全身にただれが広がってもなお、デングの死体だったはずのモノは目を覚まし、ゆっくりと、カクカクしながらもその身を起こす。映画ではない。現実として彼らの眼前で起きたのだ。
「何だ、この騒ぎは。ひょっとしてコモドさん達に何かあったのかな」
「見に、行くか?」
「はい」
ケンは黒いフードの男と部屋から出ると、コモド達のいう部屋に入ろうとした。
「コモドさん? 皆一体どうしたの!?」
「ケンちゃんか!! 今は入って来るな、大変なことになるぞ!!」
「……やっと、目覚めた、か」
ケンがドアから手を引いた、にも関わらず。黒いフードの男は何と扉をこじ開け、部屋に入り込もうとする。
「ダメです、大変なことになります!!」
「離せ、ラァワ様に、もしものことが、あったら」
そういってドアに触れたその手を見て、ケンは絶句した。三本の指に長い鉤爪、その手の甲にはドクロを背負ったハエが刻まれている。何と言うことだろう、先程まで普通に会話していたこの男は、
「ゼーブルの手下……!?」
「お前も、来い」
男に腕を掴まれ、部屋に放り投げられたケン。足元に転がって来たケンに驚いたコモドであったが、その向こうに立っている影に気が付いた。彼には容易に忘れられぬその姿。
「ミツカゲかッ!!」
「え、コイツが……」
真っすぐに指を差し、コモドが吼えた。十年前に友人を切り刻んだあの男が今目の前にいる。フードをとった姿を見てケンが戦慄した。
「ほ、ホントに顔がない……!!」
こもった声の放つ抑揚のないセリフの後に、カチャという音を立ててカギ爪が立つ。ラァワ、ウラルの顔にも焦りの色が出る。
「コモド、死体、違う。お前達、死体になれ」
「ひっ、ひぃぃぃいい!!」
ケンは恐怖に慄いた。ミツカゲの死刑宣告だけではない。部屋にいた、もう一つの脅威に。
「あ、あわわわわ、オーク、オーク……!?」
「いや、オークなんてモンじゃないわ、もっとタチの悪い……!!」
「トロールッ!?」
「でもない、母さんコレは読んだことあるぜ!!」
コモドの顔に恐怖と、同時に歓喜の表情が浮かび上がる。
「ンザムビ……現存する中でも最も邪悪な、生命を冒涜する術……!!」
解説せねばなるまい。ンザムビと呼ばれるこの術は手に掛けた相手を時間差で生ける屍として復活させ、理性のない怪物として暴れさせる恐るべき術である。生前であれば脳からかかった身体能力へのリミッターが常時外れており、恐るべき怪力と躊躇すらない攻撃が相手に襲い掛かることとなる。
まさに前門のミツカゲ、後門のンザムビ、逃げ場はない。生き残る、そのための答えはただ一つ。
「ケン、逃げろォ! 他の役人にも伝えて早く行け、あの死体にンザムビが掛けてあったと!!」
「その必要、ない。役人、皆、眠っている」
「私の部下達に何をした!」
「確かめて、みろ。しかし、お前達、皆死ぬ」
「こ、殺されて、たまるかぁ……!!」
ケンが刃を抜いた。
「その意気だぜケンちゃん! 母さん、彼を連れて表に出て欲しい!! ウラルさん、門を閉めてきて下さい!! 俺はコイツを、デングを引き付けて表に出す!!」
「分かったわ」
「承知ッ!!」
ミツカゲの振りかざす爪に、封印符が飛ぶ。動きが封じられたミツカゲの中心線を目掛け、ウラルの掌打が打ち込まれる。
「ケンちゃん、しばらくはそいつを戻しちゃダメよ」
「はいっ!!」
走る、ひたすらに四人が走る。関所のカウンターに飛び込んだウラルは近くにあったレバーを素早く引くと、国境を仕切る門が重い音と共に閉まって行く。
「おい、しっかり!! ……何だコレは」
その後、カウンターにいた役人を起こそうとしたが、その首に刺さった細い針に気付いた。引き抜いて確かめると、何処か甘ったるい匂いがする。
「これは……ザントの実から抽出した眠り薬か。なるほど、血中に打てばこんな量でも眠らせるには事足りる、そういうことか」
棚に置いてある銀の手甲を見る。手に取り、右腕に装着し、
「久しぶりにやるか、アルムドカフカス!!」
そのままトンボ返りしてラァワ達の元に向かうのであった。
「哀れなモンだぜデング室長、でも嬉しいんだよ。何でか分かるか?」
襲い来るデングの一撃をかわしつつ、コモドが語り掛ける。返事など来ない、そう分かっていてもなお。
「俺の手に掛けてしまえる。この嬉しさは分かるまい、生前から金の亡者だったアンタにはな」
弾いた牙のピアスから、青白い揺らぎが指先に灯る。背後に下がり、徐々に外に誘導しつつ。
「コイツの痛み知ってるか? 響牙術は命を与える揺らぎそのものにも干渉出来るんだぜ」
サイドスローで放たれる揺らぎ玉。命中した玉に大きくのけ反るデングを見て、コモドは続けた。
「仮初の命を無理矢理宿した、今のアンタには想像を絶する激痛だろう。俺やイリーヴの味わった苦痛よりも上等だぜ!!」
再び撃ち込まれた揺らぎ玉に、構わず突っ込んで来たデングに回し蹴りが炸裂する。しかしその異常にコモドはすぐに気が付いた。赤紫のただれは既に相手の全身に広がっており、しかし溶け落ちる様子がない。すでに生命なき肉塊にも関わらず進んでいた症状が、まるで途中で止まったようにも見える。その謎の答えが、今コモドの靴に着いていた。
(毒……そうか、コイツは全身が毒の塊、接近戦に持ち込まれたら不利だ、外に出さねば勝ち目がない!!)
窓を開け、外に飛び出すコモド。ンザムビの掛かった死体を沈黙させる方法は二つ、術によってかけられた仮初の命の炎をかき消すか、死体そのものを動けなくしてしまうか。弾いた牙から得た揺らぎを指先に灯し、構えた。そう考えてるうちに相手はやって来た。窓に手をかけ、壁ごと突き破り、その瞳孔の開ききった目はしっかりとコモドを捉えている。
「表に、出て来たか」
「死神コモド、ここで散れ」
背後から響いた声に振り向くと、そこには何とミツカゲが二体も立っていた。あの時の夜のように、この黒フードは三体いたのである。
「くそっ、俺をあの二人から引き離すのが狙いだったか!!」
あくまで相手の狙いはコモドであり、三体いたミツカゲのうち一体はある種の囮であった。即ち、ケンにラァワを付けて先に逃がすことまでを相手は読んでいたということになる。コモドは薄ら寒さを感じていた。黒幕と踏んでいたデングはただの尖兵に過ぎず、そしてこのミツカゲを従えている存在は何処までもこちらに探りを入れている。誰だ。誰がそこまでするのか。
「死神コモドよ。お前は死神と呼ぶには優し過ぎる。さぁあがいて見せよ」
ミツカゲの見ている光景をその複眼に映しながら、仮面を着けたゼーブルは笑っていた。コモド達の預かり知らぬ、何処かの暗闇で。
「……あれ、来ない?」
ラァワに連れられ表に出たケンは、自身の持つ刀を構えていた。しかしミツカゲが現れない。
「追って来なくなった……まさか!!」
ラァワは占眼符を取り出すと目にあて、集中する。視えたのは、こちらが表に出たのを確認すると踵を返し、ある場所に向かうミツカゲの姿。その先に視えたモノ、それは
「あの顔ナシ、まだ二体もいるわ。それにコモドと戦っている!!」
「何だって、てことはコモドさんが!?」
「どうやらコモドを一人にして、四対一で叩く心づもりのようね」
そこに手甲を装備したウラルが走って来る。
「御無事ですか!?」
「私は良いけどコモドが危ないわ。あのミツカゲ、三体いるわよ」
「三体も!?」
「あの子を助けるわよ。ケンちゃん、準備は良い?」
「はいッ!!」
ラァワ、ウラル、ケンが走る。今は一人でも味方が欲しい。流石のコモドでも四対一、それも一体は毒の塊となれば戦局は怪しくなってくる。そして案の定、コモドは苦戦を強いられていた。振り下ろされる鉤爪を手甲から生えた刃が弾く。しかしその隙を突いてもう一体が左手から何かを放った。素早く叩き落したそれが地面に光る。針であった。
「飛び道具まで搭載か」
そこに更に襲い掛かるデングのンザムビ、毒の塊と化した死骸がコモドの生命を狙う。応戦しようとしたコモドであったが、斬り付けようとした刃にまで噛み付き、放そうとしない。そして首筋に違和感が走る。針を撃ち込まれたのだ。
「くそっ……」
二体のミツカゲはこちらの様子を伺っている。膝を突き、必死で頭を振るコモド。ガンガンと頭を叩き、意識にかかるもやを払おうとする。更に最悪なことに迫り来るもう一つの影。先程ケン達をコモドから引き離した最初のミツカゲが、鉤爪を構えて飛び掛かろうとしていた。
「コモドさん、危ない!!」
駆け付けたケンは最早無我夢中であった。抜いていた月刀を大きく振りかぶると、彼の手を離れて回転する。振りかざしたミツカゲの手首を目掛けて、ケンの刀はその威力を発揮した。地に刺さった刀、その傍らにはミツカゲの手。
「ケンちゃん、よくやったわ」
手を落とされたミツカゲがケンの方を向く。彼の前に、ラァワとウラルは立ち塞がった。
「コモドさん、無事ですか!!」
「嗚呼、来てくれて助かったぜ……!!」
「しかし中々考えたわね、四人がかりでうちのコモドを袋叩きなんて」
近付くラァワに対し、三体のミツカゲは構えた。ラァワの髪が、スカートの裾が風もないのになびいている。怒気である。
「覚悟は良いかしら、哀れで粗末な刺客さん」
ラァワのコルセットは蝙蝠の羽を重ね合わせたような形状をしている。そこに付いた蝙蝠の爪状の部位を掴み、手首を使って捻り上げる。すると、ズルズルと爪は引き抜かれ、赤い何かが姿を現した。
「あれは一体……」
「ケンさん、よく見ておいて下さい。ラァワ様が杖を抜く時は、本気を出す時ですよ」
引き抜いた物体は形を成し、骨を思わせる一メートルほどの長さの杖となった。
「コモド、ミツカゲは私達に任せて」
「分かった!!」
「ふざけるな、眠れ、邪魔するな」
「ウラルさん、久しぶりにやるわよ」
「承知しました」
飛び掛かる三体のミツカゲ、そのうちに二体がラァワに爪を下ろす。だがラァワは、ブーツのヒール同士を軽く当てると、消えた。
「ン!?」
直後、彼らの背後にラァワは現れ、手にした杖で薙ぎ払う。一撃を入れられてもなおミツカゲの爪が振るわれる。ラァワの杖が受け止め、今度は鳩尾と思しき箇所を尖った爪状の部位が突き刺した。そしてコルセットにしまってあった魔女摂符を取り出すと、
「真魔術、爆燃符!!」
掌に付け、一体のミツカゲに掌打を食らわせて飛ばし、手首を返すと弾指を鳴らす。途端に貼られた符が爆発し、炎が噴き出した。そして倒れたミツカゲから固い何かが飛ぶ。その様子を見たケンは言った。
「人形だったのか……!?」
「オートメイト、そう呼ばれる魔動機の人形だったようですね」
そう言いながらウラルは鉤爪を失くしたミツカゲを相手取っていた。片腕を失くしてもなお、もう片方の手から針を発射する。更にミツカゲは斬られた手首の断面から長い刃を出し、斬りかかった。手甲剣の先端を使って絡めるように受けるウラル、その目は相手の背後に刺さっている月刀に向けられた。
「ケンさん、とっておきを見せてあげますよ」
手甲にある蛇のレリーフにある丸いツマミを指で弾くと、手甲に備わった剣が複数に分離、ワイヤーで繋がった連結刃へと変形した。
「蛇腹剣……! アニメじゃない!?」
突き伸ばされた刃がミツカゲを突き刺し、ワイヤーを介して巻き付けられる。もがく相手に構わず革の手袋で包まれた左手で、根本のワイヤーを掴んでウラルが引く。一気に引き切られたミツカゲから装甲の一部と左腕が飛んだ。流体合金タルウィサイトの特徴を最大限に活かした一撃が、ミツカゲを圧倒する。同時にウラルの左手が上を向き、降ってきたモノを掴んだ。
「貴方のですよ、ケンさん」
なんとウラルは先ほどの一撃で、敵の背後にあった刀を引っ掛けて取り戻したのである。まさに歳の甲か。
「今です!!」
「はい!!」
ケンの一撃がついにミツカゲを捉えた。腹部に深く刺し込まれた刃をグイッと捻り、斬り上げるとついにこの人形は沈黙した。
「やった……ハァ……ハァ……」
「ふふっ、あとは貴方だけね? 真魔術、ヘクセンカッター!」
その様子をチラと見るや否や、ラァワは持った杖で打ち据えていた最後のミツカゲに目をやる。杖を持ち替え、撫でるような動きを見せると杖が珊瑚色の輝きを灯してゆく。ヘクセンカッター、それは持った得物に光の刃を付属させる術であり、ラァワの杖は今、光刃剣と化した。
正面から鉤爪を迎撃するラァワの刃。爪を弾かれよろけたミツカゲの胴を薙ぎ払い、ラァワは手首を返して刃を突き付ける。背後に回していた左手には魔女摂符が一枚、ひらめいていた。
「ヘクセンアロー!!」
前方に構えた封印符に刃を刺し、突くような動きで矢尻状の光弾を敵に撃つ。封印符の力を宿したヘクセンアローを受け、ミツカゲの動きが止まった。
「強い……!!」
ケンの呟きに笑みを返すと、ラァワは下段に刃を構え、その目が黄金色の光を放った。
「真魔戦法、必殺! コラリウムブレイク!!」
輝きを増す光刃剣、両の手を引き絞り、斬り上げられた刀身から光の刃は飛び、最後のミツカゲが爆発四散した。
「残るはデングね。コモドは大丈夫かしら?」
ラァワ達が戦闘を繰り広げる間、コモドはデングを相手取り奮戦していた。恐るべき突進力でコモドに突っ込むデング、生きたヒトになら存在する身体能力のリミッター、それがもたらす体当たりはそれだけでも脅威であった。手甲に付いた刃でコモドは迎撃する。かすり傷一つ許されぬ相手に間合いを取りたいコモドであったが、中々そうはいきそうにない。おまけにコモドに刺さった針に付着していた眠り薬が、彼の視界をぼやけさせる。
「コモド、脚を狙って! ンザムビはオークと違って再生が出来ないわ、術を使っても動けないように持って行くのよ!!」
「再生……そうか、あくまで死体ということか!」
ラァワから聞いたアドバイスを元に、コモドはデングに対して低めの姿勢をとりつつピアスを弾く。飛び掛かるデングに対して地を転がり、牙から得た揺らぎを握って刃に宿らせ、間合いをとりつつ背後をとる。着地した瞬間、そこを狙ってコモドは撃った。
「響牙術、ヴィブロスラッシュ!!」
低い姿勢から水平に発射された揺らぎの刃が飛ぶ。着地して無防備な状態にあったデングの足、それも腱の部分をヴィブロスラッシュは捉えた。転倒するデング、思うようには動けぬらしい。虚ろな目はコモドを映しつつもどうすることも出来ないでいる。
「母さん、結界を頼む! このまま倒せば毒が散る!!」
「分かったわ。行け、封印符!!」
封印符の束を前方に突き出したラァワ。群れる魚のように彼女の周りを浮遊すると、瞬く間にコモドとデングを取り囲む。
「コモドさん、いくら悪人でも死を冒涜されるのはむごいことです、楽にしてやって下さい」
「言われなくても分かってる……眠れデング、響牙術!!」
牙を弾いて揺らぎを出し、額に当てる。揺らぎがコモドの全身を包むと、両手で地面を掴むように駆け出すと、身動きがとれないデング目掛けて突っ込んだ。その姿に、闘竜の姿が今オーバーラップする。
「コモドさんが、竜に……!?」
ケンが呟く中、三歩程助走をつけて宙に上がるコモドは足を伸ばし、跳び蹴りの姿勢に入った。彼を包む揺らぎが竜のオーラと化して敵に襲い掛かる。
「必殺! 震天竜魂脚!!」
激突した揺らぎの一撃がデングを吹き飛ばし、結界にぶつかり磔となった。その様子を見たラァワが符を操作し、結界の範囲からコモドを外しつつデングに引き絞った。倒れ込んだデングの体が弾け飛ぶ。赤紫となった破片を封印符で防ぎ、全てが終わった時にはデングの体はモノ言わぬ白骨と化していた。
「終わった……いや、むしろ始まりと言うべきか……」
肩で息をしながら、コモドは言った。
「ラァワ様、この遺体を葬ってあげましょう」
ウラルが提案する。
「そうね、いくらコモドを貶めたとはいえ、この人も被害者だわ。ある意味ではね」
「僕も賛成です、あとこの人形達も……」
「そうね。コモド、ケンちゃん、人形の破片を集めてちょうだい」
「分かったよ」
「関所の役人達も直に目覚めるでしょう。御迷惑おかけしました、弔いが終わりましたらどうか休んで下さいませ」
「そうさせてもらうわ」
その晩、ケンが眠った後にコモドは酒場に向かった。国境近くの酒場には、仕事で行き来する者達が国も種族も様々にここに集う。カウンターの奥にいるマスターに、コモドは注文した。
「焼き酒を、割らずに頼む」
「へい分かりやした」
「それともう一つ、コイツに関する噂でも知らないかい」
コモドは懐から紙を取り出し、マスターに見せた。ドクロを背負ったハエが描かれている。
「へぇ、アンタが噂話に興味を持つなんて、こりゃ明日は槍でも降るのかな、ハハハ」
「楽しみにしといてもらおうかな、ハハハ。で、どうなんだい」
「うむ、これはほんの与太話なんだがね……」
紙を返しながらマスターは続けようとした、その時だった。
「お隣、よろしいですかな」
コモドが再び杯を受け取るその隣に、もう一人の男が現れた。見た感じは初老の男性であり、白髪まじりのヒゲと黄金色の目が特徴的である。深い緑のスーツは貴族的でありつつも装飾が少ない、実に上品なモノであった。
「お? アンタ見かけねぇ顔だな」
コモドが声をかけた。男の首には白いスカーフが巻かれ、腰にも白いサッシュが巻かれておりサーベル状の得物を差している。
「仕事で、この辺りに来た者でしてね」
「ほう、何のお仕事で?」
「アフリマニウムを売りに来たんですよ。イレザリアからね」
「おー、そりゃありがてぇや。立ち居振る舞いからして、実は結構高貴なお方だったり?」
「そういうことにしておきましょうか。しかし貴族であったとしても、ただの小金持ちと変わりありませんよ今は。チマチマ商売しなきゃいけないのは何処も同じでしてね」
「そうかい大変だな。ところで兄さん、何呑むんで?」
「サネージュの果実酒、ありますかね」
マスターは男に興味を抱いていた。一方で酒を受け取ってからも、この男は白い手袋を外そうとしない。
「ところで今さっき聞きましたが、その噂ってのは一体何なのです?」
「あれ、アンタも気になるんで?」
「あまり首を突っ込まない方が良いかもしれないぜ」
「フッ、貴方は違うらしいですが、私は下らない噂話は大好きでしてね」
「こりゃ面白ぇや、兄さん名前は?」
面白がってマスターが訪ねた。
「……ペオルです」
「コモドだ、この辺に住んでるぜ、よろしくな」
杯を差し出したコモドに、ペオルと名乗ったこの男は杯を軽く当てて返した。
「よろしく。面白そうな方が多いみたいですな、この酒場は」
「この辺りのヤツは大体面白ぇよ。ところでマスター、続きお願いして良いかい」
「おっとそうだった。良いかい、そのマークはある組織のマークさ。何でもコモドさんよ、アンタゴーレムの密売組織を叩いて回ってたそうじゃねぇか。その組織はな、そいつらに片っ端から声をかけては技術の一部や武器を与え、自らの一部に変えている暗黒組織だって噂なんだよ。最も実在は疑わしいがな」
「暗黒組織、ねぇ……」
「酒のアテに丁度良い噂話ですな」
真剣に耳を立てるコモドに対し、ペオルは何処か楽しそうである。
「で、さっきのマークな。そいつが必ず何処かにあるっていうんだよ、その組織に加わった連中にはな。それと黒いフードを被った用心棒を付けられるという噂もあるんだけどね」
「黒いフードの用心棒?」
コモドには覚えがあった。
「ここからが本格的にバカバカしくなるぜ、なんとそいつがオートメイトだっていうんだよ。しかも下手なマネをすりゃそいつにシメられるなんて噂もあってな……」
「ミツカゲだ……」
「何か言いましたかい?」
「いや何でも」
グイッと酒を口に含み、コモドは誤魔化した。その様子をチラりとペオルは見ていた。
「で、その暗黒組織、一体何て呼ばれてるんです?」
「聞いて驚くなよ、『ブラックバアル』っていうそうだ」
「ブラック、バアル……」
「大層な組織名だぜ」
コモドが付け足すと杯を開けてマスターに渡した。
「これからも密売組織を叩くなら、そのブラックバアルとか言うヤツらに気を付けな。多分根も葉もない噂だろうけど」
「ありがとう、覚えておくよ」
「おう、ペオルさんも楽しかったか……あれ、いねぇや」
コモドよりも早くペオルは外に出ていた。そして酒場を背に夜の闇に消えて行くのであった。次の言葉を残しながら。
「コモドよ、楽しみにしておくが良い。このペオル・ゼーブルとの再会をな。フハハハハ……」
~次篇予告~
よぉ、コモドだぜ。ンザムビと言いミツカゲと言い、何か最近キナ臭いなァ。
何はともあれ、『ブラックバアル』にはしばらく気を付けようぜ。
次篇『されどケンちゃんは文字と踊る』でまた会おう。




