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異世界奇行 ~ダーメニンゲンの詩~  作者: DIVER_RYU
第一集『暗黒組織ブラックバアル』
10/61

第五篇『人呼んで悪魔のブラックバアル』中

この物語は常に二部構成とは限りません。御注意下さい

「諸君、集まってくれたか」


 十年前のことである。研究所の会議室に集められた面々の中に、コモドはいた。


「既に御存知の方も多々見受けられるだろうが、我々の研究で開発されたゴーレムサモナーの技術が流出し、あろうことか劣化品が多く出回る事態となっている。誰がやったのかなどとは一々詮索はしないが、このようなことは我が子を奴隷として売るような行為であると私は考えている。決して許されぬ行為であると自覚し、なおかつもし裏取引の様子などを見つけたらまず私に教えて欲しい」


 目の前では男が一人、ギリギリと拳を握り締めながら語っている。


「密造ゴーレムによる被害は皆も知っておることだろう。すぐに使いモノにならなくなるだけならいざ知らず、時には暴走し、時には脱走し、野良ゴーレムは今や深刻な社会問題だ。今や巷では我々の技術による召喚の簡略化こそが原因だという意見も多くある。しかしこのような事態を作るために我々は技術を開発したのか? 我々が作りたかったモノは何だ? 生まれたことが即ち罪となり、存在するだけで害をもたらすようになったゴーレムの悲哀は想像するだけでも痛々しい。今一度自分達が何故ここに就いたのか、考えてみて欲しい。話は以上だ、各自休憩に入るように」


 数分後、部屋から出て来た面々は口々に噂をしていた。


「この中に犯人が、とでも言いたげな感じだったね」

「だってそうだろ、そうでなけりゃあんなこと言わない」

「実際、怪しいヤツら何人もいるよな、この研究所そのものに」


 そんな中、コモドに向かって話しかけた男がいた。当時のコモドは眼帯こそ着けてはいたがピアスはしておらず、長い銀髪は後ろで結んでいた。


「おうコモド、今日の昼メシどうする?」

「イリーヴか。そうだな、腹がキリキリしそうな話を聞いた後だし、ガワ切りの大盛でもどうだい」


 イリーヴと呼ばれたこの男は、コモドの相棒とも、親友とも呼ぶべき存在であった。同時期に研究所に配属された同い年であり、話の合う二人はすぐに仲良くなったようである。逆立った短い黒髪に、緑色の目が特徴であった。


「しかしデング室長もおかんむりだねぇ、無理もねぇけどさぁ」

「……おれも腹立たしいんだよアレは。痛い程よく分かる。我が子をかっ攫われてしかも不良品扱いされるんだぜ、間違ったやり方でさ」


 イリーヴの声には怒気が混ざっていた。彼は自身の作ったモノに対する愛情が人一倍であり、その点もまたコモドと意気投合する要因となったようだ。


「なぁイリーヴ、特に俺達はあの技術を開発したチームだ。それもデング室長の下でな。今夜、ここを張ってみないか?」

「え、今夜ァ!?」

「ああ、そうだ。実はな……」


 コモドはイリーヴの耳にそっと何かを吹き込んだ。


「ふむ、なるほど、その価値はありそうだ。集合はいつにする?」


 その日の晩、二人は研究所の門に立っていた。顔を合わせてうなずくと、二手に分かれて研究所の外壁を沿って進んで行く。


「俺が手に入れたのはこの紙だ。この字の並びは月日と時刻を示した暗号ではないかと睨んでいる」


 コモドはある時、研究所の裏手にて紙を拾った。週に一度、ある日に一度だけ落ちていた紙に彼は興味が沸いた。だがある時見てしまったのだ。フードを深く被った黒い服の男達と、研究員と思われる誰かが顔を隠し、何かを渡す様子を。


「その現場を突き止めれば犯人を突き止められる。そこで協力してくれるヤツが欲しかった。イリーヴ、君ほど作ったモノに愛を注ぐヤツを俺は他に知らない。だから持ち掛けたんだ」


 潜入しつつ、コモドはペンダントに付いた牙を握り締めていた。亡き愛竜、ルクターの牙である。一方のイリーヴはコモドよりも一足早く、裏口の物陰にうずくまっていた。


「良いか、取り引きする相手が帰った所を狙って叩くんだ。二対一ならいける、しかし相手が誰であっても手を抜くんじゃないぞ」


 コモドが辿り着いた頃には、商談が始まっていた。物陰の奥に見つけたイリーヴに合図を送り、その様子を見張り続ける。


 研究員と思しき人間は白いフードを深く被り、相手は三人黒いフードを被って顔を隠している。コモドが見た時と同じ光景が今まさに繰り広げられていた。


 白いフードの手から紙の束を黒いフードの者達に渡すと、その見返りにか大きなカバンを受け取っている。開けるとそこには月明かりに照らされた、大量の札束が見えた。


(何て大金だ、数百万エマスは下らないぜ)


 カバンを閉じ、黒いフードの面々が去ったところを見計らい、コモドとイリーヴは犯人の前後に躍り出た。両者の顔を素早く見るや否や、相手はその場から逃走しようと試みる。その場からすぐに駆け出したのはイリーヴ、跳び付き組み付き抑え込み、その顔を確認した。だが!


「……デング室長!?」

「何ィ!?」


 駆け寄ったコモドが確認すると何と、他の誰でもないデングの姿がそこにあった。二人に凄まれてもなお、大金の入ったカバンからは手を放さない。


「何故こんなことをするんです、よりにもよって何故貴方がッ!!」

「ふん、誰かと思えばイリーヴとコモドか。お前達のようなただ使われるだけの所員には分からぬことだよ。最も、知ったところで何にもならんがな!!」


 直後、イリーヴの口から血が噴き出した。デングを押さえていた手から力が抜ける。先程の黒いフードが戻り、イリーヴの背中に手を突き刺していた。引き抜いたその手には三本の指と、鋭く尖った鉤爪が生えている。デングはその場から立ち上がり、軽く服を払っている。


「アンタ達はさっきの……!!」

「取り引きを、見た者は、生かしては、おけない」


 抑揚のない男の声で相手は呟く。そしてフードを少しだけ起こした姿を見て、コモドは驚愕の声を上げた。


「顔がない……!?」


 あるべき場所に、あるべきモノがない。ヒトの恐怖を煽るには十分過ぎる要素である。フードの下に隠れていたのは顔を削いで黒く塗ったかのような頭部であり、頬にあたる部分と額にあたる部分が出っ張っている。


「殺す」


 今度はコモドに向かって来る。コモドは構えをとった。しかしその背後から腕が回りはがい締めにされる。


「真魔戦法か、御苦労なことだ。しかしこうなってはどうにもなるまい」


 デングであった。コモドの口封じをするつもりである。


「やれ、ミツカゲ!!」


 ミツカゲと呼ばれた男は鉤爪を、目撃者の心臓目掛けて刺し込もうと迫る。焦りと恐怖に苛まれつつも、なおもコモドは抗おうともがいていた。だがミツカゲの動きが止まった。血を流し、息を上げながらもイリーヴが背後から跳び付いたのである。


「ふん、まだ生きていたか」

「デングゥゥゥウウウウウ!!」


 コモドはデングの腕を振り払うと、顔面目掛けて拳を繰り出した。地面に倒れるデングを掴み、更に一撃を加える。だが再び掴みかかろうとしたその時であった。


「コモド、アレを見ろ!!」


 デングが叫んでアゴで指した方向には、何と三体になったミツカゲがイリーヴを捕らえてその首に鉤爪を立てていた。


「良いのかな。君の親友が千切りになっても」


 コモドが振り向いた時には、デングの手には拳銃に似た武器が握られていた。


「見ての通りのマーギナムだ。仮にも魔動機に携わってた君が、コイツの怖さを知らぬはずがなかろう」


 マーギナム、それは魔女の放つヘクセンアローを発射出来る魔動機にして、武器である。


「いかに正義感に溢れようとも無駄なことだ。出来損ないが蔓延するからこそホンモノの価値は上がり、そして私の懐には金が入る。黙ってさえいれば君の懐も潤うところを」

「ゲス野郎、自分の言ったことが分かっているのか」

「そのセリフ、懐に風穴を開けられても吐けるかな?」


 ニヤリと口角を上げるデング。直後、マーギナムは吼え、そして、イリーヴを沈めた。


「イリーヴッ!?」


 素早く駆け出そうとするコモドを、背後からデングが狙い撃つ。背中に刺さった光の矢尻に構わず、彼はミツカゲに突っ込みイリーヴをかっさらおうとした。だが爪の一撃でコモドの巨体は吹っ飛ばされる。更にそこにマーギナムによる追い撃ちが刺さる。


「イリーヴ……ッ!!」


 呼びかけられたイリーヴ、しかし彼が返事することはなかった。


「イリーヴ、許してくれ!!」


 ペンダントに付いた牙を取り出して指で弾くコモド。青い揺らぎが辺りを照らし始める。


「ヴィブロクラッカー!!」


 牙から出た揺らぎを指に宿し、地面に突き刺すと亀裂が走る。飛び出た土や石が目くらましとなり、デングとミツカゲ達はコモドを見失った。




「次の日俺は研究所を辞めた。デングは行方をくらまし、イリーヴの死体は見つかっていない。ヤツが犯人で間違いないらしいということで結論付けられたが、研究所は随分と混乱したという」

「そんな、そんなことって……」

「理不尽だろう、あの日実家に帰った俺は良い歳こいて散々泣き喚いたよ、母さんの前で」


 道中、コモドはケンに先程までの話を聞かせていた。その横ではウラルが、鼻から口をターバンを使って覆っている。コモドも同じように覆い、ケンには手頃な布で巻いてやった。


「では皆さん、準備はよろしいですか?」


 扉は開かれた。あれだけ恨んでいた人間が、布を被せられ横たわっている。


 手袋をはめたウラルがそっと顔布を取ると、そこには苦悶の表情のまま時の止まったデングの姿があった。隻眼を見開いたコモド、思わず口を両手で押さえるケン、二人の反応は対照的であった。


「……ウラルさん、間違いありません、コイツです」

「やはりそうですか」


 コモドは拳を強く握りしめるとデングの死体に近付き、呟いた。


「ホントはな、俺はこの手で片付けてやりたかったんだよ。技術への冒涜、イリーヴの仇、そして俺の人生をメチャクチャにした張本人。俺が知る限り最も邪悪な存在さ、死の恐怖に苛まれていたであろう邪竜よりもだ」 


 バツン、と大きな音を立ててコモドの拳は掌に打ち付けられた。やり場をなくした拳の叫ぶ慟哭か、はたまた仇の死を喜ぶ歓喜の声か。


「コモドさん、実はですね。本当に覚悟が必要なのはこの後なんですよ」

「これ以上の覚悟がですか……?」


 ウラルが口を開いた。ケンが恐る恐る聞く中、その布がめくり上げられる。それを見たコモドは絶句した。


 アゴの下、赤紫色にただれた皮膚が広がり、あるべき場所にあるべき喉がなくなっていたのである。その中には一部が白骨化した頸椎が見える程で、ただそっくり切り落としたワケではなさそうだ。


「ウッ!?」

「ケンちゃん、向こうの部屋に行きなさい、もう無理だ」


 ケンを部屋から出し、コモドはウラルに質問した。


「コレは一体何なのですか!? 一体何がやったというのです!?」

「……その様子を見る限り、君の知らない何かの仕業で間違いないでしょう。調べている真っ最中でしてね」


 布をどかすごとに分かる、この男の死にザマ。手は喉を押さえようとし、足は今にも動きそうである。何かから逃げ出そうとしたようにも見える格好のまま、死んでいたということになる。


「そうそう。確かこの辺りですよ」


 ウラルがデングの手を掴み、前腕をコモドに見せる。そこには件の、ドクロを背負ったハエの刺青があった。


「コモドさん。もし次に何処かの密売人を捕らえた時は確認してみて下さい。同じモノが彫られているかもしれません」

「分かりました、やってみます。しかしあまりにも不審な死に方だ、身の安全には気を付けた方が良いかもしれねぇな……」

「それともう一つお願いが御座います。ラァワ様の協力を仰ぎたいのですよ」

「母さんのですか。……なるほど、確かにこのただれはタダ事には見えません、何かの毒だとおっしゃるんですかい」

「そうです、ひょっとしたら御存知かもしれない、と思いましてね」

「……魔女聖典ならある程度読んだことがあるけど、こんなのは見たことがない。ちょっと聞いてみますね」

「その必要ならないわよ」


 背後から響いた声に、コモドとウラルは驚愕した。そこには何と、本人がいる。


「ここの役人さんにお薬を届けに来たのよ。そしたらコモドがいたから何だろうと思ってね。せっかくだから視ていくわ、口布と手袋をちょうだい」


 口元に布を巻きつけながら、ラァワは話を始めた。


「しかしコモド、成長したわね。十年前なら殴っていたでしょう、例え死体でも」

「母さん、それじゃ足りないよ」

「でも絶対に触っちゃダメよ。貴方がしょっ引かれることになっちゃうわ。それより何よりその毒はね、コモドが思ってる以上に危険なモノよ。私の予感が正しければね」

「何か、御存知なのですかラァワ様」

「確証は出来てないけど、心当たりがあるのよ。それを今から確かめるわ。良いわね、ウラルさん」

「ええ、願ってもない話です。このことは上に話をしておきましょう、遅かれ早かれ見せることになっていましたから」


 ラァワは魔女摂符の一つ、占眼符を取り出すと言った。


「さ、始めるわよ。占いでも中々見つけられなかったこの御方は、一体どんな死に方をしたのかしらね」


 机に敷いた占眼符、切り取られた肉片、採取された血液。いずれの作業にも慎重さが必要であった。その理由は作業を手伝うコモドとウラルにもリアルタイムで伝わる、今もなお死体を侵食する赤紫のただれ、そしてその側からじわじわと採れる血の泡であった。


「もし直接触ってしまえば、コモドの指がそうなってるわね」

「切り刻めば良いんだろ?」

「死体を蹴るような子に育てた覚えはないけどねぇ。でも、実は検査としてやってもらう必要があるのよ」

「え、母さん正気か?」

「正気も正気よ。コモド、貴方の手甲剣アルムドラッドに仕込んだ、流体合金タルウィサイトの材料は何かしら?」

「いくつかあったけど検査に使えるモノは……嗚呼、アフリマニウムか!?」

「そう、そのアフリマニウムが暴くかもしれないの。と言うのもね、恐らくこれはアフリマニウムを使って作られた毒薬ザリチオンの一種だと思うからよ」

「ザリチオン……!? ラァワ様、貴女こそ触れてはならぬ存在ではないのでは」


 精神によって影響を受け、時には質量すら変えて浮遊すら可能なアフリマニウムはまさに夢の元素だろう。しかし今一つの恐るべき性質がこの金属にはある。人体にとって猛毒なのだ。イレザリアの領内のほとんどが荒野のまま再生しない原因こそがこのアフリマニウムの混ざった排水、そしてガスである。


 そして人体においてアフリマニウムが最も猛威を振るう場所こそが子宮と卵巣である。魔女の体はこの二つが違う臓器になっているため子を成すことが出来ないが、魔女の魔女たる魔力を生成し続ける効果を発揮しているのだ。これが、子宮や卵巣と同じく潰されるのである。そんな毒としての効果を発揮させるためにアフリマニウムを使って作る毒薬こそがザリチオンなのである。


「コモド、刃を出してちょうだい」

「え、ホントに刻ませる気か?」


 言われたとおりに手甲から刃を展開するコモドに、ラァワが近付く。


「そんなことはさせないわよ、こうすれば良いんだもの」


 針の先端に血の泡を付け、刃に近付ける。たちまちその位置が紫に変色した。タルウィサイトはアフリマニウムの毒性を極めて抑え込んではいるものの、アフリマニウムの溶液が付着すると毒々しい紫色に変化するという反応を示す。


「何つう毒々しい色だよ、母さんこれやっぱり……!?」

「ザリチオンの一種ね。でもこんな効果は聞いたことないでしょう。肉を侵食して溶かしちゃうなんてねぇ」

「ラァワ様、一体何を混ぜ込めばこんな効果が出るというのですか」

「今から確かめるわよ。アフリマニウムをベースとした毒薬、そこしか数あるザリチオンの共通点はないわ。そして今机に敷いてある占眼符があるでしょう。そこにこの一部を垂らして視てみるわよ。ここまで絞り込めばある程度は見せてくれるはずだわ」


 取り出した肉片を符に付ける。紙の繊維そのものに徐々に液体が広がっていく。ほとんど黒を思わせる赤紫の液体、それが異なる色に別れ始めた。まるで禍々しい色の虹のような様相を示している。この変化を見つめるラァワの眼が光を放つ。指を組み、印を結ぶような形をとると、たちまち符に示された色からいくつかの虚像が映し出された。草、キノコ、蛇、そして鉱石の塊。


「これで二人にも視えるようになったわ。見ての通りインクシュタットの魔女の技術で作られる五種類の毒草、イーゼルラントの巨大樹林に生えている猛毒の茸、キャンバスコットの大湿原に棲む毒蛇、そしてアフリマニウムの鉱石が映ったわね。そこに更に蜜蜂とその蜂蜜が見えるわ。この調合はある家の者しか知らないの」

「ある家?」


 ラァワが話すその背後で、デングの死体にある赤紫のただれは尚も広がりを見せていた。


「……これはイレザリアに存在した、ある子爵家のやっていた方法よ。さっき言った材料のうちアフリマニウム以外をまず用意して、正確に計量したらよぉーく磨り潰すの」


 同時刻、インクシュタット某所にて。暗い部屋の中でビンを見つめるゼーブルの姿があった。ピンセットを使って取り出し、天秤を使って計量する。薬研を取り出し、ゼーブルは材料を潰し始めた。ラァワが言った通りの材料を、丹念に。


「そしたらこれを壺に入れて、砂状のアフリマニウムに混ぜ込むのだけど、必ずこの作業は心臓から遠い方の手で行うことになっているの。普通なら右手になるわね」

「え、素手でか!?」

「大変なことになりますよ!!」


 壺を開ける。紫色の砂で中は満たされている。薬研の中身を空け、黒い瓶を棚から取り出すと砂を放つ。


「そして混ぜ終わったら一度洗薬と呼ばれる液体で手を洗うの。これで一日目は終了ね」

「一日目……?」

「二日目からが大変よ。この毒砂の詰まった壺の中に、例の手を突き入れるの。何度も、何度もよ。大体二十回突いたらそこで中断して、また洗薬で手を清める。これがとっても痛いらしいの。でもね、三日もやるとその痛みも感じなくなるそうよ」

「そこまでして、一体どうなると言うんですか……」


 ザクッ、と大きな音を立てて砂が穿たれる。突き刺さった手をそっと引き抜くと、再び腰を据えて砂に一撃が刺し込まれる。砂と磨り潰した物体がまとわりついた赤紫の手を、気にすることなくゼーブルは突き入れる。段々と、その右手は黒に近い色へと変貌した。


「手が物凄いことになるわ。この突き入れと手洗いを六日繰り返せば見事な赤紫に染まり、骨が浮き出たとても恐ろしい姿になるわよ。そうね、このただれが途中で止まっただけのモノと思ってくれれば良いわね。これで傷を付けられればたちまち毒が侵食して肉体組織を破壊し、溶けた肉が血の泡として噴き出してくるわ。かすり傷であっても放っておけば、三日も経たずに大事な器官を溶かされて、おしまいね。特に男性は卵巣や子宮に集中せずに拡散し、内臓という内臓がどんどん『喰われて』いくと言われているわね」


 白い壺に満たされた液体に、ゼーブルは手を浸していた。布切れで右手を拭き、背後にある花瓶を見る。活けられた花に近付き手に取ると、花は一瞬にして煙と化した。


「洗薬を使わない限り助からないわよ、こんな猛毒。それとこの毒は使ったらその都度足していくのが基本よ。きっとこれを使った御方は何処かで、毒を手に追加しているはずだわ」


 手袋を着け、ゼーブルは凶器と化した右手を隠す。次にこの手が解放される時は誰かを屠る時である。そこに、黒いフードを被った三体の人影が近付いてきた。


「来たか。関所に向かい、ヤツらの死体を確かめよ。もう間もなく、デングの死体が牙を剥く頃だろう」


話によっては三部構成になることもあります。まぁ字数が多くなった時ですけど

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