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異世界奇行 ~ダーメニンゲンの詩~  作者: DIVER_RYU
序集 『異世界奇行』
1/61

第一篇『独眼竜と転移少年の狂詩曲』上

この作品の主人公は異世界で生まれた存在です。御容赦下さいませ!

 国境。人が決めた勝手な境目のその向こうに、一つの石碑が建っている。その周りにはただ、殺風景な荒地が広がるのみ。


 一人の男が現れた。えんじ色のターバンを頭に巻き、その隙間から銀の髪が覗く。左耳にあるピアスに付いた牙をそっと撫でると、赤銅色の隻眼を静かに閉じ、石碑の前に膝をついた。花束を一つ石碑の前に置くと、指を立て額から順番に肩を通って円を描くような動きを見せる。祈りの仕草である。朝日を背にしたその姿は実に厳かなモノであった。


「コモドさん、もう良いんで?」


 国境を管理する関所に歩いてきたこのターバン男に、役人はそう呼びかけた。


「嗚呼、木札良いですかね」

「はいはい、入国管理用のね。これですね」

「ありがとう。忘れてなければ、また」


 マントを翻し、去ってゆくコモドの背中を見つめる役人。彼の目には今、石碑だけが建つ殺風景な荒野ではなく、一つの村が映っている。小さくとも確かにそこには生きた人間がいた。そう、「いた」のである。


「貴方が忘れるワケないでしょう。何せ、あの石碑のあった場所には……」




 その日は新月の晩であった。明かりのない村に、突如響き渡ったのは悲鳴、惨劇の始まりを告げる。飛び起きた銀髪の少年、異常を察して廊下に出るとそこに松明を持った両親が飛び込んで来た。


「コモド! 無事かッ!?」

「父さん!! 一体何があったの!?」

「分からない、確かめに行く」

「ルクターは大丈夫なの!?」

「母さんが今連れてくる」

「ルクター、こっちに来なさい!!」


 母親がそのルクターを連れて来た。その姿は全長二メートル程の、竜と呼ばれる生物であった。


「コモド、ルクターから離れないように。ルクター、お願いね」


 母親がルクターの目を見つめると、その瞳孔が動く。理解したようだ。コモドに寄り添い、ルクターは辺りを警戒し始める。どうやら彼は、この異様な雰囲気に気付いたらしい。そうしてる間にも、また悲鳴が上がった。松明をかざした窓に血糊が付いている。脅威が今、刻一刻と迫っていた。コモドの両親は床から二つ、現代でいうところのライフル銃に似た武器を取り出すと、松明を持ったまま飛び出して行った。


「ルクター、こわいよ……」


 当時五歳の少年だったコモドは、ルクターと呼ぶ愛犬ならぬ愛竜にしがみつきそう呟いた。ルクターはコモドの顔を一度だけ舐めると、服を噛んで再び寝室へと引っ張った。奥に入った方が良い、と意思表示をしたのである。コモドはその通りにした。ルクターを伴い、自室へと入って行く。布団を被り、ルクターの尾に包まれたまま、その硬い鱗の感触の中で両親の帰りを待っていた。


 しかし彼は、思いもよらぬ形で帰ってきた両親と再会することとなった。突如砕け散った窓ガラス。折れ曲がった得物が床に落ち、コモドの眼前にはさっき出て行ったはずの母親が、血まみれで倒れていた。


「お母さん!!」


 母親が返事をすることはなかった。この事実がコモドを戦慄させる。そして、今一番聞きたくなかった声を、彼は聞いてしまった。


「ぎゃああああああああああああああ!! コモド、逃げグオッ!?」

「お、お父さんまで……!?」


 父親の悲鳴。逃げろ、と言いかけたその口を吐血が塞ぐ。やられたのだ。両親とも、村を襲った何かにやられたのだ。コモドは布団をかぶったまま、より強くルクターにしがみ付く。その間にも、外からは次々に断末魔が響く。その時であった。ルクターはコモドに目を合わせ、強くその瞳孔を絞り込む。すると、


『俺に乗れ、走るぞ』


 コモドの脳内に、ルクターの意志が強く響いた。そしてルクターは布団をくわえて払いのけると、尻尾を使ってコモドを背中に転がし上げた。そして家を飛び出すと、落ちていた松明を口で拾い上げた。辺りには、村人だったモノがあちこちに転がっている。まるで血で出来た絨毯と化した村の土の上を、ルクターは駆け出した。少しでも、ここから離れ、そしてコモドを生かすために! だが村を襲った脅威は、それを見逃すはずがなかった。ルクターにしがみつき、新月の闇を松明に頼り切って逃げ出そうとするコモド。だが彼を、あらぬ衝撃が襲った。


「ぎゃあっ!?」


 鮮血が宙を飛び、コモドの体が転がされる。右目が見えない。焼けるような熱さを顔に感じ、想像を絶する激痛に押さえた右手には自身の血がべっとりと付いている。この激痛は、この幼い子供から悲鳴を消し去る程に強烈であった。更に第二撃、三撃が彼の体を転がし、血の轍を築く。そして松明にうっすらと照らされた暗闇に、脅威の正体が浮かび上がった。それは、ルクターと比較しても巨大な、かつ禍々しい姿の竜であった。その口や爪には、村人のモノと思われる血で染まっている。


「じゃ、邪竜じゃりゅう……!!」


 そのギラつく目はコモドに照準を合わせ、この小さな命の灯火を奪おうと近付いてくる。しかしその行く手に、立ち塞がる者がいた。


「ルクター!?」


 ルクターは、シュウウウウウという威嚇音を出して相手の巨大竜の前に立ち塞がった。目的は一つ。コモドを、守るために。


「ルクター、戦っちゃダメだ、逃げるんだ!!」


 コモドの頭によぎったのは、つい先ほど物言わぬ肉塊となった両親や村の人々。もうこれ以上失うのは嫌だと、かすれゆく意識の中、その一心でコモドは激痛も忘れて全力で叫んだ。が、コモドの声に反応せず、ルクターは相手に飛び込んでいった。


「ルクター、ダメだ、ルクター……誰か……助けて……」


 コモド少年が次に目を覚ました時、辺りは昇る朝日によって辺りが明るくなりつつあった。しかし眼前にあった光景、それは巨大竜の死骸、そしてその喉元に食らい付いたルクターの姿であった。助かったのだ。コモドはルクターに駆け寄り声をかけようとして、気が付いた。


「ルクター! ……るく、たー!?」


 体中に抉られた傷を負い、目を強く見開いたまま、敵に牙を立てたまま。ルクターが二度と動くことはなかった


「ルクター!! イヤだ、返事してよ、ルクタァァアアアアア!!」


 叫んだ拍子にコモドの傷ついた右目から何かが垂れた。もはや血なのか涙なのか、彼自身にも分からなかった。鼻をすすり、垂れた血を押さえ、コモドはその場で泣き続けた。それは、五歳の子供が遭遇するにはあまりに過酷な現実であった。彼は一晩のうちに全てを失ったのだ。


 その日、何人かの人がこの村に訪れた。まずは惨劇の一報を受けて、先見調査をするために四人の人間が訪れる。生き残った人物の捜索や、安全性の確保のために、クエストという形でこの仕事を受けて派遣されてきたこのパーティ。中々の腕利きで、男性三人と女性一人がいた。彼女はこの中ではよそ者であったが、その腕と特殊性を買われて仕事に参加した。


 村に到着した彼女たちが目にしたものは、赤黒く染まった大地、人の形を保ってすらいないものもある死体、崩落した住居、正確には村『だった』ものだった。


「ラァワ様、これは……あまりにひどい光景です」

「邪竜の仕業ね……確か、最後の一頭だと聞いていたけれども」

「恐らくですが、発生時期と関連付けて考えるに、寿命が近かったのでないでしょうか。確か邪竜は死期を悟ると途端に狂暴化することが知られています。だから、こんな惨劇を」


 ラァワ様、と呼ばれて丁寧な言葉で対応されているこの女性。調査メンバーの中では比較的若い容姿だが、その落ち着きは若者のそれではない。村人の一人、コモドの父親であったモノの遺体を見つけたラァワは、その見開いた目をそっと撫でて閉じてやった。そして額から肩、鳩尾にかけて円を描くような仕草で祈りを捧げる。そこに、銀の手甲が目立つ青年が駆け付けた。


「ラァワ様! 生存者です!!」

「案内して」


 報告を受け、彼女は駆け寄った。そこには、邪竜と呼ばれる存在とその喉に食らい付いた一頭の竜、そしてそれにしがみついて息も絶え絶えになって泣いている子供の姿があった。読者の方にはもう分かるであろう、コモドである。


「この子がどうやら、唯一の生存者のようです」

「十数世帯しかないような村でここまでやるなんてな……つくづく恐ろしい発明だよ、邪竜は」

「ラァワ様、この子どうやら、右目が……」


 そう言われてラァワはコモド少年の元に近付いた。右目だけじゃない、背中と肩にも大きく抉れた跡がある。相当なショックだったのかまだ痛むのか、その足元はフラフラしている。ラァワはその手をとり、少年をその場に座らせた。白いシャツは血で染まり、傷という傷からはとめどなく血が流れている。誰から見ても危険な状態であった。


「坊や、怖い目に遭ったわね」

「みんな、死んじゃった……るくたーも、ぼくをまもるために、ぼくのせいで、ぼくの……ぐすっ」


 最早、言葉にもなってない声でコモドは訴えかけた。


「そう、お前も独りになってしまったのね。お父さんもお母さんも村の皆も、そこの勇敢な竜も皆逝ってしまった……」


 ラァワは両手でそっと抱き締めた。


「良いこと、坊や。よくお聞き。今ここで、貴方が生きていることは奇跡よ。偶然なんてものじゃない、貴方を守ろうとして死んで逝った人たちが繋げてくれた確かな奇跡よ。彼らの想いを無駄にしたくないと思うなら、生きなさい。私に付いてくるんだったら、少なくとも今死ぬってことはないわ。だから、今は思う存分、泣きなさい……」

「へぐっ、うぐっ……」

「とりあえず顔をお見せ。簡単な治療だけど今ならなんとか出来るわ。ウラルさん、治癒符ちゆふを出して下さい」



 手甲を持った青年、ウラルはラァワの持っているカバンから束になった札を取り出した。この札には漢字にもヘブライ文字にも似た独特の紋様が描かれている。ラァワは札を受け取ると身体に付いた傷に、服の上から貼り付けていく。ラァワに抱かれながら、大切なものを失った悲しみと生き残った安心を実感した少年は泣き続けた。


 しかしその時である。


「オークが来たぞッ!!」

「こんな時に!?」


 調査団のメンバーはそれぞれ手に武器を持ち、構える。彼らの視線の先には青黒い肌をした人型の怪物が四体、こちらに向かって来る。髪はなく、額に皮膚が盛り上がった短く太い角が生えている。裂けた口からは牙が覗き、ギラギラとした赤い目はどの個体もある一点を見つめている。生存者のコモドである。


「くそっ、もう嗅ぎ付けて来やがったか!?」

「へへ、邪竜のおこぼれに預かろうなんて、オークの風上にも置けぬヤツらよ」

「冗談言ってる場合か!」

「ラァワ様! お下がり下さい、その子をお願いします!!」

「分かったわ。頼んだわよ」


 二人の男が得物を手にこの怪物に挑みかかる。オークの身体能力は高く、怪力を武器とする。二人がそれぞれ二体を相手取る中、残りの個体が真っすぐにコモドを狙おうと二人を無視し向かってきたが、銀の手甲から剣を伸ばして光らせ、ウラルと呼ばれた青年がラァワとコモドをかばい挑みかかった。


「あの子に手を出すなら、オレをやってからにしろ!!」


 二体のオークを同時に相手取り、ウラルが手甲剣を振り回す。先端を突き付け、オークをその場から離そうとしていた。剣先が捉えるのはオークの急所である額の一角。それを見守るラァワの、子供を抱える手に力が籠った。


「大丈夫よ、きっと……」


  体格差のあるオークが相手とはいえ彼らは腕利きの集団、戦いを制したのは人間だった。トドメを刺されるオーク達。ウラルもたった今一体のオークの角を抉り出すことに成功した。


「あと一体……しまった!!」


 残った一体は今、さっきまで相手していたウラルを無視して、何と真っすぐに子供に向かって走り出した。戦闘よりもターゲットを優先したようだ。不味い、そう思いとっさに駆け付けようとする彼らだったが、その時、ラァワの声が響いた。


魔女摂符まじょせっぷ封印符ふういんふ!!」


 ラァワの豊満な胸元から取り出された札が敵に投げ付けられる。バチバチと独特な音と共にオークの魔の手を防いでいた。そしていつの間にかマントを脱ぎ、それを保護した子供を包んでいる。彼女が下に着ていたのは黒を基調とした独特の衣装、腰には蝙蝠の羽を思わせるコルセット状の防具が装備されている。


「そこでじっとしているのよ」


 それだけ言うとラァワはその場から跳躍する。その足にはいたヒールからは想像もつかぬ高さに舞い上がる。


真魔術しんまじゅつ、ヘクセンアロー!」


 ラァワの爪が光を放ち、矢尻状の光弾が発射される。鋭い一撃は標的の額を正確に撃ち抜き、その角を破壊した。崩れ落ちるオークを背に、ラァワは保護した子供にその顔を向けた。


「すごい……」


 人が飛んで、魔法を使った。泣くのも忘れてコモドはその光景に見惚れていた。そこにウラル達も駆けつけてきた。



「ラァワ様、その子に治療を受けさせてやって下さい。もうすぐ役人達が到着するでしょう、後のことはやっておきます」

「こちらが今回の報酬分、ここで払っておきます。私からもお願いします、その子を頼みます!」

「分かりました、封印符を渡しておきますので結界を張っておいて下さい。オークがまたやってくる可能性があります。では後のことをよろしく頼みます。さ、行くわよ、しっかり掴まって……」


 子供をしっかりと抱きかかえたラァワのコルセット状の装備から、光の羽が開く。地面を一蹴りするとそのまま宙に上がり、彼女は飛び去った。


「坊や、名前は?」

「コモド……お姉さんは?」

「コモドっていうのね。私はラァワ。一言でいうなら、魔女よ」


 残された調査メンバー達。口々に何かを言いながら、彼らは役人達を待っていた。遺体を運び、火葬のために一か所に集めながら。


「ウラル、よくやったぞ。しかしあのラァワって魔女、すごい腕だったな」

「魔女って占いとか簡単な治療とか、そういうのばっかりじゃないんですねェ」

「いや、あの人は特別だぞ。何せ何十年もこの魑魅魍魎の荒野を彷徨ってたらしい、その辺で店開いてる魔女とは格が違うぜ」

「あんな荒野を何十年もって、一体どんな目的があったんですかねぇ」

「オレ達の知るとこじゃないっすよー」

「それもそうだな、ハハハハ……」




「あれから、もう三十年も経つのか」


 役人の手には、傷だらけで年季の入った銀の手甲が握られていた。


「あの時のこと、思い出してたんですかい?」


 不意に声が響く。先程の男が戻ってきていたのだ。


「ああコモドさん、そんなとこだよ。ところでどうして戻ってきたんで?」

「ハハハ。厠、貸してくれませんかね」


 あれから三十年、コモドは現在三五歳。死を待つばかりの無力な少年であった彼は今、一人の男として成長を遂げていた。だがそんな彼にもこの先のことは予想が付かないであろう、自らも誰かを拾い、助けることになろうとは。


「さ、朝の墓参りも済ませたし仕事といくか。この近くだったよな」




「えー、とまぁ、そういうワケでー」


 夏休み目前、ある高校の教室では一学期最後のホームルーム、教師がダラダラと無駄に長い話を続けていた。


「……早く終わんねぇかな」


 小一時間は考えてきただろう教師の努力も空しく、生徒にとってはただ退屈なだけである。その中に一人、所々ハネた髪型が特徴の男子生徒がいた。こっそりと机の下に隠したスマートフォンの画面にはちょっとした記事が載っている。


『異常気象! 紫色の空! 全てを吸い込む謎の裂け目!!』

『目撃多数、謎の岩戸型ブラックホールとは!?』

(相変わらず突拍子も無く下らない記事だな、でも同じ下らないモノならこっちの方が面白いや)


 下らないと思う話を聞き流しながら、下らない記事を読むというある種矛盾したヒマつぶし。しかし教室から、いや校舎から出た途端に、彼らの夢のような日常は始まるのだ。


「じゃあな、この後すぐゲーセンなー!!」

「おう、カバンだけ置いてすぐそっち行くわー!!」

「夏休みだぜぇー!!」


 空は青、海は群青、雲は白、輝く太陽、ああ黄金色。夏の彩りを湛える風景の中を、一つの自転車が駆け抜ける。所変わってここは現代日本の某所、七月下旬の猛暑日であった。一学期が終わって夏休みの始まったこの日、自転車で家路につく一人の少年。黒い学生服を腰に巻き、カゴには学生カバンを突っ込んでいる。そのタグには「二年五組 勢頭せど剣介けんすけ」と書かれていた。


「ただいまー!」


 家に着くなり、自転車のカゴにあるカバンを自室に投げ込み、そのままトンボ返りで玄関まで駆け戻る。


「早速だけど行ってきまぁーっす!!」


 自転車に飛び乗り、駆け出すや否やカチカチと加速をかける。そしてそのままある程度走ってしまったところで、気が付いた。


「財布とスマホ忘れたァーッ!! カバンの中だ!! これじゃゲーセン行っても仕方ねぇ!!」


 長期休業に入って早速遊びに興じる、まさに生徒の特権にして本分の放棄、そこもまた今だからこそ持てる自由であろう。しかし一文無しで外に出かけてもやれることはそこまでない。勢頭剣介、以下ケンは急いで来た道を引き返していった。先程まで晴れていた空の変化にも気付かずに。


「急げ急げ急……ん?」


 彼の頬を何かがかすった。スパッと切れた傷から血が少し溢れ出す。


「痛ぇ! え、何今の、かまいたち? てか何だこの空はッ!?」


 見上げれば、不気味な紫色に染まった空。この時やっと彼は気が付いた。今身近に起きている異常に。そして脳裏にあの下らない記事が浮かぶ。


『異常気象! 紫色の空!』

「嘘だろ……」


 趣味のオカルトは現実に存在したのだと少々感動を覚えつつも手元に録画機器が無い事が残念で仕方ない。兎に角、家に戻ってスマホを! と思いペダルに足を掛けた瞬間だった。


「あれ、前に、進めな……!!」


 前に進む所か引き戻される車輪。いくらペダルを踏んでも前に進むことがない。敢えて記すがここは坂道ではない。振り向いたケンの目に映り込んだモノ、それは何もない空間にバックリと空いた巨大な裂け目。


『全てを吸い込む謎の裂け目!!』

『目撃多数、謎の岩戸型ブラックホールとは!?』


 ついさっきまで、教室で流し読みしてた三流記事の、全てが脳裏によみがえる。徐々に裂け目は開いていく。その形が真円となったその時、その吸引力は最大となった。


「アレ全部マジかよォォーーーッ!!」


 足がペダルから離れ、バランスを崩したケンはグリップを握ったまま転倒した。本格的に彼は裂け目に連れ去られる。


「うわああああああああああ!! 母さァァーーん!! 父さァァァーーーーん!!」


 奇しくも彼が呑み込まれた直後、その裂け目は閉じて行った。


「あんの三流記者めェェーーッ!! もっと、ちゃんと書きやがれェェェーーーッ!!」


 これが、彼が自身の住んでいた現代日本に残した去り際の叫びである。呑み込まれてから文句を言っても仕方がなかろう、ましてやきちんと書かれていたところで彼に対処など出来たのであろうか。




「ん、ここは……」


 ケンが目を覚ました時、彼は見知らぬ建物にいた。自転車が自身にのしかかっており、自転車をどかすと辺りを改めて見直してみる。天井には穴が開き床には砂やら何かの破片が散らばっていた。ここは一体何か、少なくとも今の彼には分からない。


「とにかく、生きてはいるみたい……自転車まで無事か、どうなってんだろ……」


 痛む全身をやっとのことで起こし、自転車を引きながら、とにかく今いる場所が何かを探りにいく。結構な広さの空間であるが薄暗いので自転車のライトを点ける。車輪を動かすと光るタイプだ。するとライトに照らされ、柱にも台座にも見える何か浮かんだ。


(何だ、今のは)


 ケンは更に近付きその様子を確認しにいく。自転車の前輪を少しだけ浮かせ、手でグリングリンと回しライトを灯し続けてその物体を照らし出す。


「これは……足? 土で出来た足だと!? 土人形か? 何かの遺跡か? 言葉通じるかな……」


 と、その時である。急にその部屋が明るくなり、謎の脚の全体像が浮かび上がる。それは全長七メートルほどの、まさに巨大な土人形であった。そして、声は響いたのである。


「いたぞ!」


 誰かの声と共に駆け寄って来る音がする。ヒトがいる、その上少なくとも意思の疎通も取れそうだ、とケンは安堵した。しかし決して喜ぶべき状況ではないことを、彼は知ることとなる。


「てめぇか!! アジトに穴開けた正々堂々な大馬鹿者は!!」


 相手は剣を構えて息巻いている。アジト、確かに今この男はそう言った。


(は、刃物!?)

「い、いやそのつもりはありません、僕は気が付いた時にはここに落ちて来たんです、そこに穴が見えるでしょう?」


 ケンは天井の穴を指差しそう言った。すると背後から首に剣を突き付け、もう一人現れた男が唸るような声で詰問した。


「落ちて来た、だと。ここを知る者は我々以外にはいない、狙って穿ちでもいない限りここに辿り着くことはない。そもそも気づいたら落ちてきただなんてそんな適当な言い訳が通じるとでも思ってるのか、侵入者め」

「侵入者!? さっさと出ていくんで、あの、その、見逃して下さいよー!」

「おい見てみろ、コイツなんか変なモノを持ってるぜ」


 最初にケンの前に現れた男が、ケンの持ってた自転車に興味を示している。


「こんな魔動機は見たことねぇな、コイツ相当なやり手かもしれないぜ。油断するなよ!」

「そ、それは自転車です、乗れば楽に移動出来るよ? ただそれだけだよ?」

「信用出来るか!! 第一我々の密造物を見られたからには絶対に外に出すワケにはいかん、死にたくなかったら魔動機を捨ててこっちに来い」

「だからこれはただの自転車で……それに来いって一体何処へ? あと密造物だって?」

「イチイチうるせぇ野郎だな!! 歩け!!」

「騒がしい、来訪者一人に何を吠えている」


 もう一人、更に別の声が響いた。物腰が柔らかくも、何処かドスの利いた低音である。浮かび上がるその姿に、剣を突き付けた二人が声をそろえた。


「ミスター・ゼーブル!」

「せっかくの来訪者なのだ、もう少し丁重に扱いたまえ」


 その一方で、よそ者ことケンは戦慄した。ゼーブルと呼ばれたその男、その外見があまりにも異様だったためである。首から下こそ確かに男性、それも近世の西洋貴族を思わせる身なりであり、白いサッシュを腰に巻きサーベルにも似た得物を差している。だが問題は頭部であった。赤く巨大な複眼、触角を思わせる突起、その顔はまさに、


「は、ハエ男!?」

「貴様ッ!!」

「捨て置け。驚くのも無理はなかろう。まさかこんな大物に出くわすとは思わぬだろうからな。それに、確かにこのゼーブルはいかにも、貴族の屍から出た一頭のハエであることは紛れもない事実……」


 背中を向けて自嘲するように語る、ハエ男ことゼーブル。


「き、貴族? 屍? 大物?」 


 付いていけぬケンは、ただただ聞いた言葉を羅列するだけであった。


「少年、そちに語ったところで仕方のないことだったな。眠ってもらう、宝眼術ほうがんじゅつ複眼催眠ふくがんさいみん!」

「ウッ!? ……く、あぁっ」


 ゼーブルの複眼から放たれた光がケンの目に入った瞬間、ケンの意識はあっという間に閉じていった。その場で崩れ落ちるケンを、最初に見つけた男たちが自転車ともども担ぎ上げる。


「連れて行け。それだけ活きが良ければ良い奴隷になる。では失礼」

「ハッ!」


 ゼーブルが姿を消した。連れていかれるケンと自転車。しかし二人は気付いていなかった。その直後に、ケンの開けた穴から入り込んだ、もう一人の侵入者の存在に。


「何かは知らないが、隠し扉を探す手間が省けたな。さてさて……」


 えんじ色のターバンを巻いたこの男、果たしてこの「アジト」にいかなる用か。


ダイバーリュウです。構想一年の異世界モノで御座います。割とバラエティ性重視の作風にしようと考えていますので感想、アイディア等があればよろしくお願いいたします。

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