2話
装備を買い終えた後、私は現実へと戻ってきた。まだ5時とはいえ、窓の向こうにある初秋の空はもう薄暗くなってきている。
「……宿題やらないと」
階段を降りてリビングに向かう。暗い。まだ親は帰ってきていないようだ。
「だる……」
体は眠っているからか、仮想世界帰りの体調は寝起きに近い。
没入型VRの悪いところはここだ。頭ははっきりしてるのに体は重いことによる違和感が気持ち悪い。
顔を洗ってさっぱりしたくなった。行き先を洗面所に変更する。
「…………」
流れる水が温かくなるのを待ちながら、ふと視線を上げる。
三面鏡に映る私の姿は、それはそれは目立つものだ。
別に特別顔が良いわけでもないし、だからといって酷すぎる訳でもない……と思う。
顔立ち自体は、子供の頃に親バカな親戚やご近所さんに可愛い可愛いと言われる程度には普通だと自負しているつもりだ。
しかし、私にはひとつ、無いものがある。
「…………」
濡れた手で、そっと、左目に触れてみる。
そこには何の起伏も無く、ただ革製の眼帯に水の線が描かれるだけだ。
これが、私がやけに注目を集める理由。そして…………
「ただいま」
「……おかえり」
母さんが帰ってきたようだ。荷物を受けとるために玄関に向かうと、随分と疲れた様子で扉を閉めていた。
身内贔屓無しに美人だと言える容姿だが、最近は疲れが溜まっているのか頬が痩けてしまっている。
それさえなければ、歳の離れた姉だと紹介しても違和感はないだろう。
「ちょっと待ってね、今ご飯作るから」
「良い。私がやる」
「ありがとう。でも娘にやらせる訳にはいかないわよ」
「良いから」
「あ、ちょっと……」
母さんの手を引き、無理矢理部屋へと連れていく。
最近は本当に母さんが心配だ。体重もかなり落ちてるみたいだし……
「私が……頑張らないとな」
あまり料理に自信は無いけれど、疲れきった母さんの助けになるとなればいくらでも美味しく作れる……はずも無く。
出来上がったのは、どす黒い肉野菜炒めだった。
フライパンの黒と同化して、どこまでがフライパンだかわからない程の黒さは圧巻とまで言える。
「うわ……」
渋い、苦い、固いの三拍子が揃っている。こんなもの母さんに食べさせたら間違いなく大変なことになる。
「ふふ、できた?」
「あ、母さん。……ごめん」
「良いわよ、分かってたから。……あら、これ」
「見ないことにしてくれると嬉しい」
私、果たして独り立ちできるのだろうか……?
「大丈夫。母さんも最初はこのくらい……ではなかったけど失敗はしていたわよ」
「フォローになってないんだけど」
「……私が作るから、気にしないで、ね?」
「……母さんもいい性格してるよね」
私が椅子に座ると、母さんは何時も通りキッチンで料理を始めた。
良く見ると、先ほどよりも母さんの顔が生き生きしているような気がする。もしかして、余計なお世話だったかな。
「結愛」
「……ん」
「嬉しかったわ……ありがとうね」
「え……あ、うん」
こちらこそ、喜んでもらえて良かった。
「…………ふぅ」
私が通う高校は進学校だ。課題がとにかく多い。息継ぎをする様に背もたれに寄りかかると、ずらりと並ぶ冊子に書かれた『塚原結愛』の文字がこちらを見ていた。
『こんなことなら専門高校にでも行けば良かった』
熟練のぼっちである私とは反対に隣の席には人が良く溜まり、課題がどっさり出る度こんな会話をしている。
私はしていないが。友達が居ないから。
不思議なことに、相手を信用する気がないと相手も自分を信用しないのだ。
そして、私は相手を信用する気がない。
つまりこういうことだ。
(相手を信用しない)+(相手も信用しない)=ぼっち
なんて完璧な方程式なんだ。まさに私じゃないか。
「……やっと終わった」
ついでに明日の分の宿題も終わらせておいた。これで明日、長くログインできる。
明日は少し町を見て回ろう。広場は人が多いから、少し奥へ行ってみようか。
そんなことを考えながらベッドに転がり、目を閉じる。
「…………」
しかし、いくら目を閉じていても睡魔はやってこない。
月が眩しいからかな。
とりあえずカーテンを閉めて再び眠りにつく。
「…………」
10分、20分と時間が経っていくが、一向に眠気の波は訪れなかった。
完全に目が冴えてしまっている。たぶん、昼間ゲームをしていて体が疲れてないんだろう。
「10時半……」
……テレビでも見て、眠くなったら寝るか。
今日は火曜日だからドラマとかしかやってないんだろうけど、まぁ、目が覚めるバラエティーなんかよりはましだろう。
……明日の朝は辛いな。