わたしの婚約破棄について。
一度書いてみたかったんです、婚約破棄の話(笑)
楽しんで読んで頂けると嬉しいです。
「お前にはもううんざりだ!俺との婚約は破棄としてもらおう!」
わたくしの婚約者であった、この国の第一王子のオルザンヌ殿下は、右手で華奢な女性を庇いながらわたくしを睨みつけています。
今は王宮での舞踏会の最中です。今しがた、建国400年の記念式典が終わったところで、節目の年ということもあり、国内外問わず多くの王族貴族の方々がいらっしゃいます。
殿下がいらっしゃはるのは会場の1番前の王族の方々の控える壇上で、わたくしがいるのは会場の真ん中あたり。
すごく目立ってますわ。
会場中が、殿下の一言で静まり返ってしまっています。
面白そうだとこちらを見ている者、興味深そうにこちらを伺っている者、様々です。
殿下は、そばに侍らせている女性の腕を、守るように強く握り、口を開かれます。
「お前を見損なった!まさか、公爵令嬢ともあろう者が、嫉妬ゆえに他人に危害を加えるとは!恥ずかしいとは思わないのか⁉︎」
何がでございましょう?
そこに、宰相位に就かれている、わたくしのお父様がいらっしゃいます。
「シャロン、お前は何かしたのか?」
「さあ?なんのことかさっぱりわかりませんの。そもそも、あの殿下の側に侍られていらっしゃるお方はどなたですの?」
「覚えておらぬのか?」
「あら、わたくしは無駄なことはしない主義ですの。今回の式典及び舞踏会に参加される予定のなかった方は存じ上げませんわ」
そうです。あの方は、本来ならばこの舞踏会にいらっしゃる予定のなかった方ですの。
少なくとも、先日、王家の方から頂いた出席者リストの中にはいらっしゃいませんでしたわ。
「アデル子爵家のミーナ・ルイ・アデルだ」
「ああ、そんなお名前でしたの」
顔だけは存じ上げておりましたのよ?学園で拝見させて頂いたことがございましたし。あくまで顔だけですが。
「ミーナの悪口を吹聴したり、階段から突き落としたり、学園では無視や足を引っ掛けて転ばせたりすることは日常茶飯事だったと聞いているぞ!」
「ですって、お父様」
隣のお父様を伺うと、冷え冷えとしたお顔で立たれていました。いつ見ても、背筋がゾクゾクするようなそのお顔は怖いですわ。
そして、他の奥様方と談笑されていたお母様もわたくしのお隣にいらっしゃいました。
「なんですの、シャロン。あの恥知らずのクソ王子は」
「あら、お母様。お口が滑っていらっしゃいますわ。役立たずで血迷っていらっしゃるような方ですけれど、一応は王族の方でしてよ。オブラートに包まないと」
「あーら、馬鹿にはこれくらいはっきり申し上げておいてあげないと、理解できないのですわ、シャロン。わたくしは親切なのです」
それもそうですね。殿下くらいお馬鹿さんであんぽんたんですと、はっきり申し上げておかないと理解できないかもしれませんね。
「お前たちは2人とも失礼すぎる。公爵家の者なら、馬鹿にでもわかるが丁寧である言葉を使いなさい」
「お父様も変わらないではありませんか」
「私は誰が、とは言っていない」
「それもそうですわね」
そんなことをわたくしたちが話していると、お顔を真っ赤にして奮起された殿下が壇上から叫ぶように声をかけられます。
「目下の者に危害を加えるような奴に何も言われたくはないっ‼︎」
「わたくしは何もしていませんわ」
「よくそんなことが言えるなっ‼︎」
事実、何もしていませんし。その、お名前はなんでしたっけ?まあ、どうでもいいのですけれど、殿下の側に侍られていらっしゃる女性には何もしていませんし、近寄ってもいませんし。
「何もしていないだと?ふざけるな!いいか⁉︎金輪際、俺たちには近づくなよ!」
はあ。
「お父様、この縁談って王族の方々から押し付けられたんでしたよね?どうなっていますの?」
我が公爵家は、この国が建国した当時からある古き由緒正しい公爵家なのです。あともう一家、公爵家がありますが、その家の公爵様は、お金を使って使って遊ぼうぜ!という、自分の財産を見せびらかす脳しかない残念なお方なのです。しかもその財産も、ご自分で稼いだものではなく、ご先祖さまやご自分の領民が汗水垂らして稼いだお金。
わたくしは、あの男の領地に生まれなくて心から良かったと安堵することが多々ありますよ。
話は逸れましたが(それ程あの公爵は嫌いなのです)、あえてどこの公爵家とは言いませんが、かの公爵家とは違って先祖代々受け継がれてきた我が公爵家の領地は、代々の領主が苦労して治めてきた素晴らしい土地です。国王の補佐とも言える宰相を多く排出しているのも我が家ですし、将来を生きる子供たちのためと国立の学校に多額の援助をし続けていたり、平民のための病院や身寄りのない子供のための孤児院を開設し支援したりと、我が公爵家の権威と影響力は王家に匹敵するでしょう。何より、国民という一番味方につけたい方々の支持率が高いのも王家より我が公爵家。
お分かりでしょうか。
国王陛下は、さらに我が公爵家に敵対心を抱く貴族の方々は、わたくしを王家のものとすることで王族の支持率をあげ、我が公爵家の権威を抑えようとしたのです。また、馬鹿と名高いわが子を王とするための最終手段をとったのです。
まあ、馬鹿と名高いどこぞの王子がそれを棒に振ってしまいましたけどねえ。
いつの間にか殿下が壇上から去り、視線が全てこちらに集まっています。
はーあ、目立ちまくりです。
そこにお兄様も合流されました。
「シャロン、なんだい?あのクソ野郎は」
「よく分かりませんわ。まあ、このくだらない縁談も消えましたし、良いではありませんか、ねえ、お父様。
そういえば、わたくしとのお約束は覚えておりますの?」
以前、我が公爵家には全く利の無いこの縁談が王命によって決まった時、お父様と約束したのです。
この縁談が無くなったら、世界一周旅行をさせてください、と。
勿論お父様は、婚約破棄にはならないと高を括っていらっしゃったようですが、まさか実現するとは。いやだって、王命の婚約が破棄されるには、王族が破棄するしか方法がないでしょう?だから、王命がくだされた頃は、ろくでなし王子(昔から有名だった)は暗殺者(我が公爵家の傘下の家と、親戚の王族一家からの)を捌くのが大変だったでしょうね。そりゃあ、どの国も貴族もわたくしの利用価値をご存知でしたから、馬鹿には勿体ない!と議会が荒れるわ荒れるわ(体験談byお父様)
だったそう。
そこまでして手に入れた駒の価値に気が付かない王子様。…………その乏しい頭が可愛そうで可愛そうで涙が出てきますわ。一体誰の遺伝子を受け注げば、ここまで出来の悪い子供が出来るんでしょうねえ?
因みに、何故世界一周旅行をわたくしが望んだのだと思いますか?
理由は、親戚に会うためです。
我が公爵家の領地は、貿易によって栄えてきました。貿易によって他国・他領との交易が増えて財政は潤ってきました。海へ飛び出したご先祖さまが、他国の王女様をお嫁様に連れ帰ってきたり、逆にお嫁様になるためにこの国を飛び出していったりしたことなんて普通だそうです。お父様の母親であった方も、お隣の帝国の第一王女なんですって。お爺様が熱心に口説き、王女様は国を飛び出してきたそうです。熱いですねえ。
勿論帝国側も王女様を連れ返そうとしたけれど、我が公爵家には手を出せません。家は武力にも力を入れていて、戦争が起きた時に、他国に援軍を派遣することも多々あります。自分の国を助けてくれた人に恩を仇で返すようなことはできませんよねえ?というお爺様の一言で、王女様はわたくしのおばあ様となったそうです。
あと、お父様の妹お2人もこの国を飛び出して、他国の王族に嫁入りしたみたいですよ。
わたくしが血を引く王家の数はなんと9つ。薄くても、王族の血は血ですから、わたくしの利用価値は十分あります。
私が血を引く王族が治めるどの国も、わたくしのご先祖さまが生まれ育った土地ですし、我が公爵家の武力を借りて成長してきた国々です。我が領地との貿易も盛んで、いつか行ってみたいと幼少の頃から思っていたのです。そしてわたくしも、わたくしの王子様探しをしたかったのです。好きな人と結ばれるために国を飛び出すってかっこいいでしょう?
「しょうがない。行っても良いぞ」
「………………本当ですの?でしたら、お父様もお母様も、お兄様も一緒に行きません?せっかくですし」
「あら、いいわねえ。そうしましょう」
お母様のその一言で、家族旅行が決まりました。お母様の発言力は強いのです。
「お母様、帰って予定を立てましょう?」
「あら、いいわね!」
「さあさあお兄様、帰りましょう!はやく旅行に行きたくてうずうずしているのです!」
お兄様に微笑みかけると、お兄様はわたくしの頭を撫でてくださいました。そこらの騎士は相手にならないくらいお強くて、殿下よりも格好良くて、お優しくて、頭の良い、わたくしの自慢のお兄様ですわ。そうしてわたくしたちがが帰ろうとした時でした。待ってくれ、と壇上の王様からお声がかかりました。その隣には、王妃様と、オルザンヌ殿下と、なんとかという名の子爵令嬢もいらっしゃいます。
「なんですか、陛下」
「もう一度考え直してくれんかね。不甲斐ない息子ですまない。私が言い聞かせるから、婚約破棄をなかったことにしてくれんかね?」
「何故です父上!こんな奴と婚約など…」
「黙れ!」
あらあら、陛下も大変ですね、使えない息子しかいないなんて。もう1人くらい、王子様をおつくりになられればよろしいのに。
「陛下、発言よろしゅうございますか」
許可をいただいたわたくしは、頰にに手を当てて首を傾げます。
「わたくしはもう、殿下と婚約などする気はありませんわ。このような場で周知された婚約破棄を、わたくしは嬉しく思っていますのよ。無理やり王命で押し付けられた婚約を長年我慢していたのに、いきなりそちらから破棄されたのではありませんか。そんな役立たずの王子との婚約なんて地獄なことこの上なかったのですわ。わたくしや、我が公爵家には全く利はございませんし。面倒くさいことこの上ないのです」
やっと本心を言えて、スッキリです。
「これまで、休日を削ってまで王妃教育を受けさせられてきたこと。幼い頃からの、次期王妃に相応しいドレスやアクセサリーを買うのにかけてきたお金の量。その他わたくしの精神的苦痛を鑑みた上で、正当な慰謝料を払ってくだされば文句も何も言わないので、放っておいてくださいな。ああ、あと、あの無駄な学園に通って差し上げた時間と、かかったお金と、わたくしの労力も相当なものでしたのよ?学園の退学の手続きもそちらですませておいてくださいませ」
さあ、今度こそ帰りましょう。そう思ったのに。
「ま、まて!シャロン!」
切羽詰まった声がかかります。
「すみません、殿下。婚約者でも無い方に愛称で呼ばれるのは気持ち悪いことこの上ないのでやめてもらえます?折角つけていただいたわたくしの名前が汚れます」
シャーロットというわたくしの名前も、シャロンという愛称も、わたくしはとても気に入っているので、殿下なんかに軽々しく呼ばれたくないのです。
「学園をやめるとはどういうことか?成人を迎えるまで、あの学園は辞められない筈だ!」
ああもう、いちいち五月蝿いですねぇ。
「例外という言葉を知ってます?そこの能無しは。わたくしは8歳の時に、国立大学院を出ております。貴方に心配されるようなことはありませんの」
この国には、貴族の子息・令嬢は15歳になると、成人までの2年間、貴族院という学園に通わなければなりません。勉強をするのではなく、お家の役に立つ良縁だったり、顔を広げるために通うようなものですが。
そしてその学園の上には、大学と大学院があるのですわ。
わたくしは飛級を最大限に活用して、大学院を卒業しております。史上最年少の卒業だったのだと聞いております。大学院さえ出ておけば、無駄でしかない貴族院に行かなくて済むということにつられて勉強しただけなんですけどね。
なのに!
あの面倒臭いだけの婚約のせいで、貴族院に通うことになってしまったのです。
ほんと、わたくしの努力を返していただきたいですわ。
もうわたくしに声がかからないことを確認して、わたくしは出口へ体を向けました。
「さあ、帰りましょう。はやく旅行に行きたいのです。楽しみですわ」
お兄様にエスコートされながら、わたくしは会場を後にします。お父様とお母様も一緒です。お父様がもし仮に宰相を辞めても、我が公爵家には全く影響はありませんので、どれだけでも一緒にに旅行に行けますね。国の政治の方への影響は、考えたくもないほど大変なことになるでしょうが。我が公爵家の領地経営と、国の政治とを完璧にこなす、数百年に一度の秀才と呼ばれる仕事人間の後を継ぐ人は現れるのでしょうか。王様も、その後を継がれるであろう殿下も大変ですねえ。
その上、あの応用力のない中身もないすかすかの頭を抱える殿下と、子爵家令嬢というあまりに身分が低くて将来苦労するであろう次期王妃様?しかこの国を支えていく王族はいないのです。
この国は滅びるんじゃないでしょうか?
殿下方には、処刑ルートにだけは進まないよう頑張ってほしいものですね。元婚約者が処刑なんてシャレになりませんし。
まあ処刑になる前にお父様がなんとかしちゃうでしょうが。
まあ、我が公爵領は、国が荒れても揺るがない経済力があります。お祖母様の実家が隣接する帝国の王家であり、もともと我が公爵家は建国以来栄え続けてきた古参の貴族の家系であることから、この国の王族は簡単には手を出してこれないので、この国に何があろうが栄え続けられるでしょうし。
我が公爵家の領官たちは皆優秀ですし、ひと月ふた月くらいならお父様も一緒に旅行に行けるでしょうかねえ。
そうそう。お兄様も、近衛騎士団をお休みして旅行にいらっしゃるそうなのです。
ああ、楽しみですわ!
わたくしの知識と血と人脈と国民の支持を取り込もうとされていた王族の方々は、婚約破棄に加えて大量のお金を払うことになり、壇上で青ざめているのが見えます。そこに極上の笑みを加えて、「きちんとお金は払ってくださいませ」と言い、わたくしたちは会場を後にしました。
はあ、スッキリです。
これで家族旅行にも行けるなんて、婚約破棄最高ですね!
でも、1番の喜びは、あの脳無し王子の側にいなくて済むことでしょうか。わたくしのストレスの殆どは、あの王子のせいでしたし。それこそあの王子と結婚していたら、わたくしは近い将来、ストレスではげてしまっていたかもしれませんね。
これこそ、ハッピーエンドというものですわ!
ちょくちょく編集を加えて、納得がいく短編小説に変えていっております。
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面白そうなご意見は、今後、使わせていただきたいです(❤︎´艸`)