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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合

軽い百合

作者: イウよね。

 自分の中の疚しい感情に気付いたのは、テストの日だった。

 友達の軽井(かるい)は、名字の通り、軽いやつって親しまれたり、嫌がられたりする。本当に、なんか、ぜんぶ軽いから。軽薄な性格なんだ。

 ちなみに体重も軽いし、身長も低い。小学生みたいな外見だけど、あれで同い年の高校生だというのだから驚く。

(わたり)、これ」

「なにこれ?」

「チョコ」

「なんで?」

「ほれ、あれ、バレンタイン」

 ああ、と言葉が漏れた。別に忘れていたわけではないけれど、あまりにも縁のないイベントだった。

 なんていうか、こういうイベントは普通、みんなが大事にする。

 けど軽井も私も、そういうのが苦手だった。だから、軽井との付き合いの(らく)さに甘えて、どんどん交友関係が狭まって、今では二人きりで過ごすことばかりになっていたのだ。

 それは、バレンタインとて例外ではないと思っていたけれど、軽井からの意外な提案のチョコを私は受け取った。

「ありがと」

「ん。そっちは? ギミチョコプリーズ」

「持ってないよ。あ、じゃ、これ」

 今もらったばかりのチョコを手渡そうとすると、物欲しそうに出してきた手のひらを今度は突き出してノーと意思表明してきた。

「そら味気ないでしょ」

 気怠そうな目元が少しだけ笑みに歪むと、彼女は深く踏み込まないまま自分の席に着いた。


 

 私は軽井の家を知らない。誕生日も、好きな食べ物も、趣味も特技も――下の名前さえ、呼び合うことはない。

 それで一切不都合はないし、そもそも軽井がそういうのを知られるのを嫌がっていると思う。彼女のそれはもう人間嫌いの域に達している。

 友達に誘われても断ることは結構あるし、かと思えば彼女の方から誘うことがある。何かと不都合も多くてハブられていたりしたものだ。

「これ」

 二月十五日、私はお店で売れ残ったチョコを買ってすぐに軽井に返そうとしたのだが。

「なに?」

「昨日のお返し」

 ふへ、とだらしない嫌味な笑顔が、軽井らしからぬ邪気を持っていた。こんな表情豊かなやつじゃなかったと思うけど。

「バレンタインのお返しは普通ホワイトデーじゃん?」

 私は、たぶん一年くらい彼女のことを見ていたけど、こんなに彼女が喋るのを見たのは初めてだったかもしれない。

 それに驚いて私も思わずうなずいてしまったのだけれど。

「じゃお返しよろ」

「あぁ、うん」

 曖昧に答えて、自分の席に戻る。



 記憶にある限り、軽井が他人と約束を取り付けたことを見たことがない。

 クラスで一度「今週の日曜にカラオケ」みたいなのがあった時、彼女は「その時呼んで」と言っていた。

 で、その時に呼ぶと「ごめんだるい無理」と素っ気なく断ったのだ。

 そりゃ、誰だって軽井に嫌な気持ちを持つだろう。私は最初からだるいから断ってたけど。

 酷く軽井が不誠実に見えた。でも、その時の気分で行きたいとか行きたくないって結構変わるし、合理的だなぁとも思ったりした。

 つまり、それくらい軽井は予定というものが嫌いで、その場でしか遊びに行く約束なんて作らないやつなのだ。

 そいつが、ホワイトデーという予定を作ったことに、私は驚いたのだ。



 一か月という時間は意外と私の心に変化を与えた。

「あんさ、なんか欲しいものとかあんの?」

「なに突然?」

「いや、ホワイトデー」

 別にサプライズでもなければ、彼女を特別喜ばせてやろうなんて考えないから、本人に直接何を送るべきか聞いてみた。

 弁当箱のちみこいおにぎりをもちゃもちゃ食べながら、軽井はんーとうなった。

大金(たいきん)?」

「私が用意できるもので」

小金(こがね)

「用意させんな」

「ムキン?」

 無金、ということだろうか。わかりづらいボケだ。ボケも軽い。

「なんか、それっぽいのは? ペンとか。クッキーとか?」

「いや。んー。任せる」

「あー。じゃあ好きな食べ物とか」

「えー。考えたことないなぁ」

 好き嫌いがない子なのかな。

「キライな食べ物は?」

「ピーマン」

「子供か」

「子供じゃん」

 そうだね、と言って会話は終わった。

 けど、いつもと違って私の頭はぐるぐる回るだけだった。



 テストの時でもこんなに頭を悩ませることはない、と思う。

 軽井が何の情報もくれないせいで、有機物か無機物かさえ決めかねていた。

 別に、私が何をあげようと軽井は「ん、あんがと」とか「あり」とかそれだけ言って、何もないと思う。

 どころかピーマンをあげたって「はは」くらい言って、今後の付き合いも何も変わらないと思う。

 なんせ、軽井は軽いのだ。そんで、高校を卒業したらそれきり二度と会わないだろう、そんなくらいのやつ。たまに思い出すか、それすらもなく、一切思い出さないくらいの、そんなくらいの軽いやつ。

 ――そう考えると、すごく寂しくなった。

 私は軽井のことを忘れられなくなる予感がした。

 だから、私も軽井に忘れ去られないようにしたいと思ったのだ。



 三月十四日、わざわざ体育館の方に軽井を呼びつけてやると、彼女はおとなしく来てくれた。

「よっす」

「よす」

 寒そうで口元までマフラーで覆った軽井は、億劫そうに手袋をつけたまま手をぷらっと見せて、そのまま手のひらを私に向けてきた。

「なにくれんの?」

「これ」

 私は綺麗にラッピングされたチョコレートの箱と、それにメッセージカードを挟んでいた。

「おお」

 感動とかじゃなくて、単なる確認でそんな声を漏らしていた。

 メッセージカードをめくった彼女は、その内容を確認する。

「ディア・マナミ・カルイ、親愛なるあなたへ。盛るねぇ」

 読み上げられると恥ずかしいけれど、それを読んでいる間に彼女の方へと近づいた。

 ……そのまま、ポケットから小さなチョコレートの粒を、彼女の口の中へ押し込んだ。

「わ、んむぅ。うまい」

「うん」

 ……本当は、私も少しチョコ食べてて、キスしたらチョコの味がする、みたいな告白を考えていたけれど、やっぱ無理だった。

 軽井はそういうノリを求めていない。嫌われるくらいなら、まだしばらくこういう生活を続けて、一緒に居る方がいいだろう。

「あんまり盛ってないけどね」

 照れ隠しに何か言ってみたつもりだけど、かえって恥ずかしい弁明になってしまった。

「じゃあもう帰るね」

「あ、待って」

 呼び止められて振り返ると、何か生暖かいものが唇に押し当てられた。

 どろりと溶けかかった、彼女の口に押し込んだはずのチョコレートが、今度は無理矢理私の口に押し込まれた。

 甘くて、生暖かい塊に、どくんと胸が高鳴る。

 ああ、甘い。

 彼女が指先についた汚れを拭うように、ぺろりと扇情的に舐めとる姿を見て、ごくりと喉が鳴った。

「おぉ、本当に盛ってないんだ」

 その言葉の意味を理解する間も与えられず、淡々と軽井は私のプレゼントを鞄にしまった。

「じゃ、これからもよろしく」

 そんな、軽井らしからぬ、けれど軽い言葉を、私は嬉しく受け止めた。

いい加減もっと射幸心をあおるあらすじとかタイトル作りたいですね。

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