第8話 命は賭けない系主人公
命は賭けないということは、汚いことしても逃げ延びるということさ。
今回も主人公が惨めです。
もっとかっこよく書きたい!
さて、俺だよ。ケイだよ。
この挨拶も飽きて来たかもしれないけど、ちょっと待ってほしい。俺の話を聞いてほしんだ。
今、俺は昨日ツカサに教えてもらった魔物のいる森に来ている。あの町から西に数キロ離れた森林だ。
森林と言っても、生物は魔物くらいしか生息していない。人間では入ったら命の危険しかない危ない森だな。
そんな森にいると噂の魔物、並大抵の強さじゃないとはツカサから聞いたが……まさか、こんなに恐ろしい怪物とはねぇ。
魔物の住む森には、爆音と雄叫びが響いていた。砂煙が所々で立ち上がり、木々はなぎ倒され、それでも雄叫びは進んでいく。それは、何かを追っているように進んでいる。
まぁ、それに追われているのが俺なのだが。
只今、俺は森を疾走していた。木や根を避けるだけでも疲れるが、それ以上にあの怪物から逃げるのが死にそうなくらいに疲れる。
5m以上の体長なくせに二本足で走ってくるんだから、頭がおかしいとしか言いようがない。重力は働いていないのか、この世界は!ファンタジー世界は何でもありですか!?
「ガァァ! グガァァァ!!」
「うわっ、おっと、危ないって」
あぁ、息が苦しい。脇腹がとてつもなく痛い。ここまで全力で走ることなんて、前世ではあり得なかった。けど、社畜人生は死に掛けたことだってよくあることだったし、今更このくらいで音を上げることはないな。
「しっかし、そのブンブンと振り回している棍棒はどこから手に入れたんだ? 買ったの?」
なんて冗談交じりに走り続け、いつの間にか開けた場所に来てしまった。木なんて障害物はなく、ただ広いだけのお花畑。うん、キレイだ。
じゃなくて、これはマズイ。障害物がなくなったのは俺にとって良い事のように、あの魔物にとっても良い事なのだ。
これでは、狙いが定まってしまい避けるので精一杯になってしまう。逃げることは無理そうだ。
「戦う、にしても武器がこれじゃあなぁ」
手元に視線を落とし、短くかっこ悪い剣を見ながらそう呟く。良かれと思って創った剣だったが、このような相手では逆に不利というものだ。
「でも、殺らなきゃ殺られる。死ぬのは嫌だけど……」
「ギャァァア!!」
思いっきり怪物に向かって踏み込む。剣を突き立て怪物目掛けて突っ込んだ。対して怪物の方も棍棒を振り上げこちらに向かってくる。
真正面からこんな相手に立ち向かう程、俺は戦闘狂ではなかったはずなのだが……なんだか、体の中心から熱いものが込み上がってくる感覚がする。
転生した時に何かされたのか? あの女神ならやりかねない。説明ナシで俺を転生させた神様だからな。
「行くぞ化け物!」
「ガァア!」
棍棒が真上から降ってくる。5m以上の高さから振り下ろされると圧巻だ。がしかし、質量が大きい物を振るっているのだ。速度は圧倒的に遅い。そんな攻撃を避けることくらい楽勝だ。
俺は横に飛び退いて棍棒を避ける。ズドンと大きな音を立てて地面にめり込む棍棒を横目に、俺は短剣を怪物の足に突き刺す。だが、1ミリも刃が通らない。ゴムのような皮膚に押し返されてしまう。
そんな俺の攻撃を嘲笑うかのように、怪物は足を振り上げ俺を蹴り上げる。物凄い衝撃と痛みが俺の体を襲い、剣を落としてしまった。
追撃と言わんばかりに振り上げられる棍棒。見えているのに、避けられない。体が痛みで硬直してしまっている。
というか、空中でどうやって避けろと。
「ガッバァッ!?」
大きすぎる棍棒は俺を包み込むようにしてぶつかり、そのままの勢いで地面にめり込む。地面と棍棒の間にある俺の体は踏み潰されたパイのようにぐちゃぐちゃに、はならず、俺の体と棍棒の間には透明な壁が出来ている。それが、俺を守ってくれていた。
衝撃は止めてくれなかった……イッテェ。
「想像魔法、なんて使える魔法なんだ。ふぅ、ここだけは女神様々だな」
この透明な壁は俺が想像魔法で創り出した盾のようなものだ。もうちょっと盾らしいものイメージしたのだが、何だかA〇フィールド的なものを思い描いてしまったようだ。まぁ、防げれば何でもいいか。
「ガアアアア!!!!」
棍棒が俺に当たっていないのが気に食わなかったのか、化け物は何度も俺に向け棍棒を振り上げては思いっきり叩き付けてくる。何度も、何度も繰り返し叩き付けてくるので、地面がへこんでいく。
だから、衝撃は止められないんだって! 痛い痛い、全身がビリビリする。腰に、腰にくるんだよ!
「痛いって、言ってんだろうがッ」
透明な盾……長いからイージスとでも呼ぼうか。イージスで棍棒を押し返し立ち上がる。その勢いで怪物は尻餅をついた。それだけでも大きな音を立て砂埃が舞う。
剣を取りに行き、拾っている間に怪物も立ち上がり体勢を整える。俺も剣を構えて戦闘体勢だ。
イージスという新たな武器を手に入れた俺に、敗北はない! 多分。
行くぞオラァァっと叫び散らそうと思った矢先、突然後ろから叫び声が聞こえた。
その内容が、どうにも俺を呼んでいるらしい。「逃げて」とか「危ない」とか聞こえてくる。
何事だと思い振り向いてみると、そこには女性が3人立っていた。1人は弓を持ち、1人は剣を持ち、1人は……素手だった。
「そこの方、危ないので伏せてください!」
「は? 君たち誰?」
「いいから! 当たっても知りませんよ」
そう言ってきた青い髪の女性は持っていた弓で矢を放った。矢は俺に向かって真っ直ぐ飛んでくる。伏せろと言った理由はそういうことか。
伏せようとした時には既に俺の目の前に矢の先があり、「あ、俺死んだ」と思った。
「ホーミング」
しかし、矢は俺に当たるどころか俺を避けるように真上に飛び上がったと思いきや、再び方向変え化け物の目に突き刺さった。化け物は悲鳴をあげ、折角立ち上がったのに再び後ろに倒れのたうち回っている。
あの不自然な動き、彼女が呟いた「ホーミング」という言葉。つまりは魔法か。魔法って便利なんだと心の底から思ったよ。
ポカーンと突っ立っている俺に3人の女性たちが駆け寄ってきて無事を確認してきた。近くで見ると全員美女だ。可愛い系も美しい系もいて、この花畑に相応しい。なんて思ってしまうなんて、俺も男なのか。
「大丈夫ですか!?」
「あ、えっと……君は?」
剣を持った女性は俺の言葉に立ち振る舞いを直し、俺の目を真正面から見つめながらこう答えた。
「私はノラです……よ」
「語尾が出てますよ」
「ノラはまだその語尾、直ってない。早く、直した方がいい」
「ミリアもニアも酷いですよ! 私だって直したいのですよ? でも、直らないのだからどうしようもないのですよ!!」
ですよですよ言っている女性が「ノラ」で、弓を使っていた敬語でしゃべる女性が「ミリア」、若干カタコトな女性が「ニア」という名前らしい。何故か内輪揉めしている様子だが、大丈夫なのか?
何だか燃えるような思いも消え去ったし、俺は逃げるかな。命を賭ける程の相手でもないし、報酬金の額も知らないしね。
「ここは私達に任せて貴方は――」
「え、逃げていいの? じゃあ、後は任せた!」
「——はい」
何故か俺の言葉に戸惑っているような顔をしたノラさんだったが、俺はそれを尻目に全力で町の方角へと走った。
最後まで戦う気はさらさらないよ。悪いけど、彼女たちならおそらくあの怪物を倒してくれるだろう。
さぁて、ツカサになんて説明すればいいかな。
次回、天罰