ⅬⅩⅩⅩⅢ 決戦編_15
「さよなら。どうか、次は悪いものにならないで」
「どうか、お元気で」
『夜明けと祈り』
【side:Elva】
魔王は虫の息も同然。魔法を繰り出す腕も今は朽ち果てて無くした。それなのにひどく胸騒ぎがする。
すぐにカイ達の所へ戻れ、と脳が警鐘を鳴らしている。カルラも力を使い果たして倒れたから戻って護衛に加わらないといけない、というような理由だけではないけれど、早く、速く戻らなくては。
風を纏ってその身を軽くし、カイ達の元へ急ぎ戻る。
「……グッ、グキャオオオオオオオオヲヲォ!!!!!!」
魔王が大きく吠える。それに振り向くと、魔王が長い尾をこちらに向けて、それを物凄い速さで伸ばしていた。
この先にはカイ達がいる。贄を捕えようとしているのか、それとも自分を傷つけたカルラを殺そうとしているのか。どちらにせよ危害を加えようとしていることだけは瞬時に判断できた。
「爆風斬! 風の盾!」
攻撃と共にその風圧で一気に加速、防御でその進路を歪めて微かに時間を稼ぐ。それに気づいたテイマが土で幾重にも壁を作り襲撃に備えた。
ズドドドドドドドッ!!
硬い岩石を用いた壁が次々に破壊されて魔王の尾が迫りくる。このままでは逃げるのが間に合わない。
「止めよ、押し戻せ。風の盾ッ!」
上空からその詠唱が聞こえて、風が逃げるカイ達を後ろから押した。風圧に押され、吹き飛ばされてそれぞれが着地に失敗して。それでもお互いが誰も魔王に捕らえられてもいない状態で魔王の尾もここまで届いていない。その状況を確認して皆は魔王を振り返った。
【side:Kai】
「っ! エルバ!!」
先が少しだけ丸まった黒い尾の先端が、エルバの胴を貫通していた。尾はエルバを貫いた所でちょうど止まっていて、それ以上動くことはなかった。
「ご無事、ですか?」
そう声をかけてきたエルバに誰もが言葉を失っていた。
ちょっと気まずそうな顔をしてエルバは技を繰り出し貫通した尾を自分から切り離す。カルラの魔法や硬い岩盤を用いた盾による防御で脆くなっていたのだろう。黒い尾はそこからボロボロと崩れていった。
胴体にはぽっかりと穴が空いていて、エルバが生きて動いているのが不思議だった。
「大丈夫です。もう患部は風に溶かしました。痛みはないです。フウと同化していなければ即死でしたよ」
イメートと同化したことで出来た芸当だ。普通の人間だったら確実に死んでいた。風通しが良くなりましたね、なんて冗談を言うエルバにふらふらと歩み寄り泣きそうな目を向けるカイは、気が気じゃない。
「本当に大丈夫なの? 痛くないの?」
「ええ、ちっとも」
エルバがにこやかに返すと、カイの表情から怯えが少しだけ取れた。
機械の軋む音がして、一同は魔王を見る。丁度足が崩れたところだった。もうその体は胴体と頭部しか残っていない。次の一撃で全てが終わる。
「さぁ、カイ殿。最後を飾って頂けませんか?」
魔王には贄を捕らえる羽根も手足も尾も、もう無い。魔力の反応ももう僅かだ。
カイは手元に残していたイメートの石を握りしめて魔王の元へ向かう。絶対にイメートが自分を守る、とテイマが言った。お守りのようなそれを持って、エルバが風でカイを連れて行く。
魔王はカイを目の前にしても何もしなかった。ただずっとエイクを呼んでいた。悲しげに、息も絶え絶えに。
「ごめんね、エイクじゃなくて。でも、もう終わりだよ」
カイの剣にエイクが風を纏わせる。
戦いに参加していたカイのイメート達が集まってきて自分の魔力をカイに返還し石に戻っていく。最後に手元にずっと置いておいた石を強く握りしめた。
「カイ。俺達の力、使ってくれ」
石から声がする。クロの石を主として剣を握る両腕は鎧を纏っていた。剣を覆う火と水、自分を守るように、力の底上げをするように闇と氷の鎧が、カイのために力を一つにしていた。
ふと、後ろを振り返る。エイクが大きく頷いた。
旅が始まって多くの人に会い、多くのものを見て、たくさんの感情に出会って……。怖い思いもした。けれど、兄さんに会えたこと、仲間に会えたこと、これはとても嬉しいこと。
全部、この世界じゃなきゃ出会えなかった。だから、この世界が好きだった。もし、お世話になったこの世界にありがとうって伝える方法があるならば、それはこの魔王を討つことだ。この世界を守ることが、色んなものをくれた世界に出来る最大の感謝なら……。
「さよなら。どうか、次は悪いものにならないで」
別れと祈りを剣に込め一閃。
焼いて、流して、凍らせ、粉砕して、大地に還す。その一太刀で散々皆を苦しめた魔道具はガラガラと跡形もなく崩れた。
「終わったん、だね」
「えぇ。全て終わりましたよ」
もう魔王の声は聞こえない。
聞こえるのは沢山の足音。そしてカイの体はグラっと大きく揺れた。
「カイー! 貴方、よくやったわー! さすが私の弟子ぃー!」
「俺の弟子だ! 最後の一刀は俺の教えの賜物だろ!」
「カイ君! おめでと!」
「よくやったな、カイ」
「ありがとう。最後の一撃がなかったら私、本当に死んでも死にきれなかったわ」
カイを抱きしめ、撫でて、皆が口々に声をかけて。もみくちゃにされるカイは今、全てが終わったんだと実感した。これで、ようやくーーー。
「そうだ、エルバ! 誰かエルバを治して! 彼、今胴体に大穴、が……」
輪の中にエルバがいない。それに気付いたカイは辺りを見回してエルバを探す。少し離れた所に人より少しだけ背の高い、緑がかった金髪を見つけた。彼は済まなそうに微笑んで、
「どうか、お元気で」
その言葉を残して、音もなく、ふっと風に溶けるように消えてしまった。カランカランと彼の腰に佩いていた双剣が音を立てて落ちても、カイは動けなかった。
いつの間にかガナックがエルバの双剣の近くまで来ていた。
「……だからあれだけ気をつけろって言ったのに。風になるのが早すぎるよ」
エルバの双剣を拾い上げカイに渡した。それらはとても軽くて、風を操る指揮棒のようで。けれども、そこにはエルバがいたのだと、微かな重みは告げていた。
「剣は、人の魂とも例えられるんです。彼は、魂をここに置いて行ってくれたんですね」
双剣を労うように撫でるサヤ姫の言葉に涙が溢れた。エルバはもういない、その事実を今、受け止めた。
『カイ殿!』
そう嬉しそうに呼ぶ彼の声が頭の中で反響する。最初は認めてもらえなかったけれど、時間が経って認めてもらえて、最高の仲間になった。剣の打ち合いも、早朝の鍛錬もかけがえのない時間だった。たくさんの思い出が溢れてきて、視界を歪めた。
少年は幼子のように大声を上げて、友の死を悼んだ。
日が昇る。
多くを失ったことを告げる夜明けが来た。悲しい哀しい朝だった。
【side:Saya】
沈み込んだ朝の空気の中、鞘姫は魔王の残骸の中を歩いていた。鞘姫を止める余裕のある者は一人としていなかったからである。皆、失ったものの多さに涙していた。それでも、鞘姫はやらねばならないことがある。その為にあるものを探していた。
「鞘」
剣ちゃんが鞘姫を呼んだ。ここにあった、と教えてくれたのは、ただの機械の塊のようになった人の頭ほどの金属。
金属製の髑髏と例えればいいか。それは眼光に埋まった魔水晶を紫色に弱々しく光らせていた。
「聞きたいことも言いたいことも沢山ありますけど、一個だけにしておきます」
いつもの明るく天真爛漫さのない、酷く冷えた声で彼女は言う。
「私は、アナタを納刀するためにずっと機会を伺っていました。けれど、アナタのことが今回の件で本当によくわかりました。アナタは本当に強い武器でした。私が収めたいくらいに」
それは事実だ。この世界で一番強い武器は古代魔道具である魔王、これは誰もが口を揃えて言うだろう。だから、彼女の胎(腹)に納めておきたかった。強い武器を収集する一族のものとして。
「けど、アナタは収めてあげません。アナタみたいな武器は扱いに困りますから。あぁ、最初から生まれなければよかったのに……。可哀想な子。二度とこの世に生まれるな」
手にした剣で一刀両断。縁を切るように見事に魔王の核を破壊した。
鞘姫の手から人の姿に戻った剣ちゃんは鞘姫の顔を見る。
「鞘、私は扱いに困る?」
剣ちゃんにしては珍しく人間のような問いかけに驚くも、すぐに鞘姫はいつもの笑顔で言った。
「ぜーんぜん! 寧ろ、剣ちゃんは私が生み出した最高の武器ですよ。私、母親ですから! 母は娘を心から愛してますよ。貴女こそが、この世界最高で最強の武器、私の剣です」
この世界の最高の刃はもう手中にある。あんな物騒なものはもういらない。この子さえいれば自分は大手を振って帰れるのだから。
「さて。……星明さん達、私の一問のところへ行きましょう。それから、私の世界に帰りましょうか」
武器と使い手は歩き出した。
エルバ君、よく頑張りました。
戦いの中で最期を迎えさせる、エルバというキャラクターを作ったときから私はそう決めていました。エルバ君は軍人だし戦士ですから。
次回、最終話。『エピローグ。一年後』
3人の男女が一年後の、世界の変化を語ります。
次回で最終話。ここまで読んでいだきありがとうございます。あともう一話だけ、この世界にお付き合いください。
(2021/9/5、エルバ視点からカイの視点に移ったときの表記を挿入しました。)




