ⅬⅩⅩⅨ 決戦編_11
動き出した魔王。
伸ばした手は届かなくて。
『魔王は贄を望ム』
どうして、こんなことに。
すぐそこに今まで居たのだ。ずっと会いたかった自分の家族が。兄がそこにいて、今まで話していたのだ。
ようやく、その姿をお互いに見て再会するというところで、高密度の魔力が地下から噴出されて、弱い場所は吹き飛び、部屋があったであろう下の階から床も天井も全てが一瞬にして破壊されて消えた。そして、兄は地下まで続く穴に落下していくのだった。手を伸ばしても届く距離にいなかった。伸ばした腕は何も掴めなかった。
すぐ脇を風が通り過ぎて、カルラが絶叫した。エルバだ。エルバまでもが落ちてしまったのだ。
何で? どうして?
兄さんを助けるためにここまで来たのに、どうしてこんなことに?
紫の光が恨めしかった。
「……まだ、生きてる」
カイを抱えてすすり泣くカルラにもその呟きは聞こえた。
「僕が消えてない。魔力がまだ繋がってる。贄になったなら、死んでしまったなら、魔力が届かなくて僕が消えてるはずだもん。まだ、魔力が届いてる……」
そのテイマの言葉にカルラはハッとして穴を覗き込む。
「遠眼鏡っ!」
魔法で下にいる二人を探す。
エルバは風を使うのだ。魔力量はそう多くはないが、それでも彼ならエイクを魔王に渡さないようにどこかに留まっている筈。クソ真面目なエルバなら、みすみす渡してしまうなんてことはしない。死んでもしない筈だ。それが、カルラの知るエルバという戦士だ。エルバ王子ではなく戦士のエルバ、それがカルラにとって最も信頼できる仲間の一人だからだ。
「いた!」
カルラの思った通り、彼はエイクを抱えて宙に浮いていた。
そして、顔を上げたカイの表情が少しだけ戻ってきていた。
【side∶Eyck】
誰かが自分を呼んでいる気がした。
「起きてください、エイク殿!!」
鋭い青年の声にハッとする。
そうだ、自分はカイに再会するところだった。しかし、地下から闇の魔力が湧き上がり、魔王が復活した。魔王の魔力が自分を探し出して魔法で床を破壊し、自分は空中へ投げ出され、そして下で口を開けて待つ魔王の元へ真っ逆さまに。
「気づかれましたね、エイク殿」
「……君は?」
「私はエルバ・エレニア。カイ殿の仲間です」
そうだ、彼は自分を追って飛び込んだ青年だ。その彼は風の魔法を利用して自分を抱えて浮いている。お陰で下の魔王に吸い込まれることなく浮いているのだ。
しかし、かなり落ちてきてしまった。最上階にいたのに、その最上階があまりよく見えない。魔王の方はすぐ近いので自分達は今、地表付近にいるようだ。
だからといってこのままでいいわけがない。なんとかして上に戻るか、この紫の光の外側に出て魔王から遠くに逃げねばならない。彼の体格は自分とだいたい同じくらいだが、まだ成人前の青少年だ。彼に無理をさせるわけにはいかない。
周りを見ると、中途半端に割れた窓に目が止まる。完全に壊してしまえばとりあえず城の外には出られる。地上まで彼を誘導すれば彼も休めるだろう。
「エルバ君、聞いてくれ。恐らく今、我々は地表付近にいる筈だ。私があの窓を壊す。そしたら一緒にそこから飛び出よう。それまで保つか?」
「保たせてみせます!」
下からの吸い込む力が強くなる。それに負けまいとエルバは魔力を更に使いエイクを支える。あまり長期戦になるのはまずい。壊れかけの窓に目標を定め、手を伸ばし、魔力を集中させる。
「ドドウ!」
爆風が手から放つ。爆風は一瞬で窓に到達し、壊れかけていた窓枠もガラスも一気に粉砕し、外へ突き飛ばした。できれば窓周りの石壁も少し壊れればよかったが、組まれた石壁と風では、やはり相性が悪い。それでも、窓からは外に出られるので、順々に外へ出れば問題ないだろう。
「……今の魔法は?」
「僕個人が作ったオリジナルの魔法と詠唱だ。込める魔力の量にもよるが、強風から爆風を凝縮したものを対象に向かって撃ち出す。風の盾や竜巻を操る魔法のように継続時間がほぼない代わりに、威力だけならそれらよりも強い。何せ、早すぎて防御が間に合わない」
「それはそれは……」
引き気味に驚いているエルバ君は、それでも窓のところまで自分を連れてきてくれた。二人一遍に出られるほど大きくない窓を順々に出ようと石壁に触れる。
「エイク。我ノ贄、エイクヨ」
よく知った機械的な声が下から響く。
“魔王”、意思を持った魔道具。世界を今まさに破滅させようとする諸悪の根源。
「俺は贄にならない。そう言ったはずだ」
「オ前ガ贄にナラずとモ、ソコに二つ有ルデはなイか」
「カイを贄にさせない」
「ホウ……ダガ、この世ハお前ノ狙い通リにハいかナイ。多クが夢ヲ見、ソシて叶ワぬまマに死ンでいク。選ブコとスらデキなかッタ者ノ、ナんと多きコトか?」
テイマに向けて逃げろ、と魔力を送る。魔王にとって、贄は自分でなくてもいいのだ。一番は自分がいいと言っているが、カイでもサヤでも贄に変わりないのだから。
なぜ、贄を入れていないのに動き出したのかはこの際置いておく。問題は今、ヤツがどれだけの時間動いていられるのか、の方が問題だ。
ヤツが動き出した今、エイクを始めとした贄を捕まえるくらい魔王であるなら容易いのに、それをしないでいる。それこそがアレの最大の切り札だ。アレは交渉を自分に持ちかけているのだ。脅迫に近い交渉を。ここで降りればカイが危ない。
「……そんなに俺がいいのか?」
「エイク殿!」
エルバが引き止める声を出す。この勝負は降りることはできない。今できる最善手は引き伸ばすことだけ。ただ、引き伸ばせたとしてもほんの少しの時間だけで、大して引き伸ばすことはできないだろう。
それでも、カイが逃げる時間さえ稼げれば……。
『何言ってるの、エイク!! そんなのカイ君が望むわけないじゃないか!! 君に会うためにここに来たカイ君がそれを望むと思うのかよ!!』
テイマから魔力を通して憤りの声が返ってくる。こちらの考えがどうやら筒抜けになったらしい。なら、好都合だ。説明の手間が省け、すぐに指示を飛ばせる。
『俺に構わず逃げろ。カイを贄にさせないために』
『だからって、自分が犠牲になることないだろ!』
『テイマ、“命令”だ。カイを連れて逃げろ』
『体が勝手にっ! エイク! そんな……やだ、だめだ、エイクぅ!!』
テイマの声がすがってくるが、上ではカイをどこかへ連れて行こうとする体の動きでそれどころではない筈だ。
イメートは主の命令には逆らえない。それはイメートという自分の分身であるがゆえのルールだからだ。自分の意に反する動きを体はしない、それと同じで。
「ようやク、コっチを向イたな」
「話す人の方を向かないと話し合いにならないからな」
「ダカらお前ハ、イい子ナのよノう……。モウ少し悪デあレバ、贄とシテ最上デあるノに」
「親の躾が良かったからな」
「親、そシテ環境デ人の性質ハ変ワるとイウもノ。ナレバ、生キて成長スるオ前ハ、コれかラ悪にモ転ズルコトモあり得ル、トいウコとでモアルな」
魔王は生まれながらに悪の目的を果たすために作られた兵器だ。リベリオのように悪の中にあっても善の心を持つ者ではない。生まれる目的の時点で悪だった。
成長もしない、環境にも左右されない。不変なる悪そのもの。アレからして見たら自分の存在自体が不思議でたまらないのだろう。だから、アレは自分に執心している。そして、悪に染めたくて、その様を見て楽しみたいのだろう。
全く趣味の悪いことだ。
「お前好みの贄はそう簡単には存在しないだろうな。悪の心を持った贄がほしいなら、お前は今目覚めるべきではなかった」
「悪心ノ贄、そノ方ガ美味い魔力デあるカらナ。しカシ、目覚めルナらどンナ贄でモ構ワヌ。無属性のナイ贄ノ魔力でアレば、我ハ動クのだカらナ」
「何故、俺達異世界からの渡り者でなければならない? この世界の人間の魔力の方が調達しやすい。俺達はいつ現れるかわからない。そんなものを待つなんて非効率的だ」
そこがずっとわからない。渡り者である自分達を探しだすだけでも大変だ。なら、この世界の魔力だけで動くように作られればよかった筈。隣のエルバ君もこの問に目を見開いて魔王の答えを待っている。
「何度モ破壊シていテハ面白ミがナイ。アる程度発展しタ世界ヲ壊す、ソレこソガ最高に面白イコトではナイか」
「……つまり、たまに現れる渡り者をお前の起動燃料にすることで、お前は破壊の楽しみを味わえる、そういうことか?」
「ソウヨ! 破壊! そしテ人間ヤ精霊、コノ世に生キる者達ノ悲鳴ヤ慟哭の叫ビ! 他者ノ不幸は見テイテ楽シいではナイカ! 忘レタ頃ニヤってクル我といウ災害! 何度モ何度も我ハ世界ヲ破壊し、ソシテその悲シみト絶望デ覆ワれた世界ヲ見ル。コンナニ楽シイとこガアろうカ!!」
「……なんてことだ」
エルバ君が言葉を漏らす。破壊や死を見て楽しいと語るこの魔道具の言葉に怒りが湧いた。この言葉を聞いた多くの者が激怒するであろう。
人の不幸や死を喜ぶ奴にはなるな、と両親は言った。こんなに怒りを覚える存在に進んでなろうと思わない。ましてやその起動燃料である贄になろうとも思わない。また余計に、贄になりたくないという思いが強まる。
「魔王! 俺はお前の贄になってやらない! 今ここでお前を破壊する!」
絶対に誰かを贄にしてはいけない。こんな最悪な奴の一部になるくらいなら破壊してやる。そう決意した。自分への宣言であり誓いだ。
その言葉を聞いた魔王の顔はわからない。だが、やっぱり笑っているのだろう。その声は楽しんでいるかのようであった。
「イイだろウ。限界マデ、我ハお前ヲ手に入レよウ。待ッておレ、エイク。今貴様に実力ヲ見セてやる」
濃い魔力が下から吹き出し、魔王は地下から城を破壊しながら飛び出した。
魔王の台詞が所々カタカナ表記なのは、そういう仕様です。そして、時間が経つに連れてだんだんカタカナが少なくなり読みやすくなるという仕様です。ほら、そういうAI搭載の魔道具ですので。多分、これもどこかの異界からの知識でできた産物。
次回、『立ち向かう、と決めたなら』
ただ、戦うのみです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




