LⅦ 前夜編_6
『既に敵はそこに』
安全地帯にいても、敵はそこにいるかもしれない。既に敵がそこにいるなら、そこは安全地帯じゃない。
(最後の更新から日が開きました。あまりいい展開が書けなくて、もどかしく、イライラしたり。物を書くのって大変ですね。)
【side:Kai】
カイはウルガルド城の上部で眼下に広がる景色が見える回廊に来ていた。大きな窓から見える町では、小さく見える人々があっちへこっちへ、行ったり来たりを繰り返している。今ここに一人でいる孤独感を味わっていた。
カルラがモクシュカ・ジャドゥへ行ってしまい、ガナックは一度ィユェージィの自分の家に戻った。エルバもそこにいて沿岸の警備をしている。テイマはキュリアやラツィオと何かを話している。
カイは久しぶりに一人だった。イメートを召喚すれば一人ではないのだが。テイマの話によると兄のエイクは一人で軟禁されているらしい。その苦痛は自分の比ではないが、少しでも兄のことを知りたい。そんな思いでイメートを出すのを我慢して一人でいるのだ。
「黄昏てるなぁ」
どうやらカイを一人にしてくれないらしい。フェルゴが突然現れて話しかけてきた。
「よぉ。こんなところで何してんだよ? 見張らしはいいが、なーんか陰気だな、ここ。あんま好きになれねぇ場所だ」
「テイマの話だと、こういうところに兄さんがいるみたいなんだ。ちょっと兄さんの思いを感じたいって思って」
ふーん、と言って彼はカイの周りをうろうろしだす。孤独を体験しに来たのに周りをうろうろされては、どうしようもない。彼は特に自分に用があるわけではなさそうだ。カイが場所を移ろうと一歩踏み出す。
その時、何かを踏んだような気がした。
「危ねえ!」
フェルゴがカイを後ろに引っ張る。引かれるがまま尻餅をついてしまったカイだが、目の前に現れたモノに目を疑った。
黒いローブに白い道化師の仮面を着けた小隊。
「闇の道化師!?」
カイが叫ぶのと同時にフェルゴがカイと奴等の間に炎の壁を作る。怯ませた隙に体勢を立て直しイメートを召喚させる。
フェルゴは既に精霊の姿でカイを守るように前に出ている。遅れをとらないようにカイはイメートに攻撃の合図を送った。
「分が悪い。脚の速ぇ奴! 城の奴等に援軍を寄越してもらえ!」
「カイを頼みます」
外に召喚させたスノウが大きな羽を羽ばたかせすごい速さで下降していった。すぐにキュリアやラツィオに伝わるだろう。援軍が来るまでの辛抱だ。
しかし、闇の道化師達の数は10人だ。カイ達の倍の人数。気を抜いてうっかり、なんてことがあったらカイを取られてしまう。それをわかっているからフェルゴもイメート達も全力でカイを守るために動く。
フェルゴとコハクで炎を使い、回廊内の敵を焼き殺す勢いで炎の渦を繰り出す。それでも逃れてやって来た敵をクロが黙々と鋭い闇色の爪と格闘術で下す。
「溺れろ」
フェルゴ、クロ、コハクの攻撃を掻い潜ってきた敵をルリが激しい水流の壁で足止めする。その壁に電気を流したり、氷を流したりしてカイもルリをサポートする。クロの方にも魔法を撃ってやってクロが戦いやすいように敵を間引いてやることも忘れない。
そうしているうちに後ろが白く光る。キュリアとラツィオらが援軍に来てくれたのだ。
「待たせたわね! “開け根の国。禍つ腕に曳かれ、安息無き闇に迷え。テネブリス・フロルム”!」
「キュリアの魔法に捕まるなよ! 行け!」
キュリアの魔法で何人かは闇の穴へと消えていく。穴から這い出た黒い腕は黒い花のように手を伸ばし、相手を引き込むため気持ち悪く蠢く。食虫植物のような恐ろしさを感じる魔法だ。キュリアは普段こういう恐ろしい魔法を使わない。恐らくカイや彼女の大切な人達のためだけに使う特別な魔法なのだ。それだけカイのために怒っているともとれるし、友人であるウルガルド王の城に侵入した輩を許せないのもある。どちらにせよ、彼女は今とてつもなく怒りを感じている。
「後悔しなさい。ただし、懺悔なんて聞かないけど!」
とにかく敵を捕縛し恐怖を与えることでそのストレスを発散しているようだ。
狭い通路でキュリアがほとんどの敵を捕まえてくれることで騎士団の仲間達、そしてカイ達も上手く立ち回ることができた。
仲間の増援が来てから鎮圧は早かった。戦況は一気にひっくり返り、闇の道化師達は皆捕らえることができた。しかし、奴等がウルガルド城へ突然現れたこと、カイを狙いに来たことが問題だった。
カイがウルガルド城にいることを知られたかもしれない。警戒度、それと侵入した際の対策を講じなければならないし、カイには暫く他国へ出てもらうことになるかもしれない。しかし、また他国でも同じことになるかもしれないから他国への出国も最善策とは言えない。
敵の出てきた魔方陣を調べていたキュリアら魔導士が興味深いものを発見したと声をあげた。奴等が出てきたのは空間転移の魔方陣からだ。魔方陣は床に貼られたタイルの下に描かれていた。表からは見えないため目視で発見できなかったのだ。
さらに魔法の発動条件を制御するための術式も描かれていた。その術式は渡り者だけに反応する物でキュリアやラツィオが踏んでも発動しなかった。無属性の有無を検知する術式も組み込まれているようで魔導士達は興味深そうに魔法を解析している。
しかし、この魔方陣が床下に描かれており、そこから敵が出てきたとなると城内に敵が潜入し、工作活動をしていたということになる。賊の侵入を許したとあっては警備を担当する衛兵や騎士団の落ち度だ。
特に騎士団団長のラツィオはこれに怒らずにはいられない。今更ではあるが城の警備や人の出入りを厳しく管理しなければならないし、他にも同じものがないか床のタイルをひっぺがして確認しなければならない。カイを歩かせて確認するわけにもいかない。なるべく魔法を発動させないで探せるようにしなければならない。そのためには渡り者ではない自分達の足で稼ぐしかない。
キュリアによって城に呼び戻されたガナックは騎士団の負担を少しでも減らせられれば、と魔道具の制作を提案している。
もしかしたら数日前のモクシュカ・ジャドゥの同時多発テロも同じ仕組みかもしれない。キュリアはモクシュカ・ジャドゥにいるカルラとリティカに連絡を取り事件を調べる任務も与えられた。一気に忙しくなったキュリアにカイは自分にできることはないか、と問うたが彼女はただ笑って答えた。
「大丈夫よ。これくらいでへこたれるような柔な人生送ってないからね。あの頃の方がよっぽどハードでディープだったわよ。まぁ、そうね……私達とガナック博士のお手伝いね。渡り者に反応する魔法の術式解析は貴方が必要だし。その後はガナック先生の手腕の見せ所ね。頼むわよ」
若い頃に濃密な人生経験をしたということは聞いている。それに比べればこんなもの何でもないらしい。最近どっしり、とまではいかないが余裕をもって振る舞えるようになってきたな、とカイは思う。部下の魔導士に的確に指示を出し周りを動かす。師匠も師匠として成長しているのだ。自分の師匠はこんなにすごい人だったんだ、と。しばらく離れてみたことで、それが改めてよくわかった。
自分もそんな師匠の弟子なのだから、自分のできることをして成長したい。そして、兄を救い出したい。そして、一つ夢ができた。
キュリアとラツィオ、今まで自分を支えてくれた大人達を紹介して自慢したい。
「僕、頑張るよ。僕は自分にできることをして、それで兄さんを助けたいから」
そんな弟子の様子を見て、育ての母は彼の頭を撫でた。
【side:Eyck】
遠い異国から自分の分身が送る魔力の波動を感じ、また、島全体の様子を大地を通して探っていた。その最中に彼は異変を感じた。急激に消えた複数の気配。ある地点に集まっていた者達の気配が一気に消えたことに彼は驚いた。
無属性魔導士の構成員は元々の属性の希少性ゆえ少ないが、それでも何人かはいる。だが、数日前から彼らはこの島を発っている。彼らが仲間を呼んだのだろうか。
「あー……遂にやりましたかぁ……」
声を上げたのは来客の男だ。黒衣の胡散臭いここの構成員の一人。島全体の動きを把握するために魔法の術を彼に授けたのはこの男だ。
この男は指定した区域の魔力の質や量を把握することに長けていた。よって、彼も同じく感じたのだろう。
「なんかですねぇ、無属性の野郎共が転移魔方陣を仕掛けに行ったみたいでしてね。なんでも渡り者が魔方陣を踏むと魔法が発動して転移する、とかっていう代物なんですよねー、それ。それを使って渡り者を捕獲し誘拐、っていうのが作戦なんですと」
「渡り者なら既にここにたくさん居る。渡り者の国でも作るつもりなら平和的かもしれないが、そんなことはないんだろ?」
「そんな平和的なお考えではないですねぇ。まぁ、渡り者は多くて困ることはないってのがお上の考えなんですよ。私としては養うこっちの身にもなってほしいところですが……」
ため息混じりで答える彼は面倒くさそうに言う。一方、もう一人の方は不機嫌になる。
「俺だけでは駄目だと言うのか? これ以上巻き込まないことを条件に俺は自ら贄に志願したんだぞ」
「私に言われましても。そういうの、お上に言ってくださいよ。……まぁ、ウルガルド王国やアルス帝国、モクシュカ・ジャドゥが中心で動き出していますからねぇ。こっちも人質をとって対抗したいんでしょうよ。これ以上、我々の理想の邪魔立てをするなって」
聞いているだけで沸々と怒りの感情が沸き上がってくる青年は黒衣の男を睨む。この男を睨んだところで事態は何も解決しないことぐらいわかってはいるが、それでも沸いた怒りの捌け口を見いだしたかった。
「まぁでも、お上ったら貴方の条件と約束事を忘れるなんてのはいけない。どうします? ここらでクーデターでも起こしてしまいましょうか?」
「思ったとしても、ここで軽々しく口にしない方がいいぞ。誰が聞いているかわからない」
「壁に耳ありドアに目あり……でしたっけ? まぁ、近くに人もイメートも魔力の反応もないので大丈夫ですよ。誰か聞いていたなら今頃、私は無事じゃあありませんって」
心配しすぎだ、と黒衣の男はヘラヘラ笑う。この男は別の世界の文明の技術を知らないから言えるのだ。別の世界には魔力など必要としない道具もあって、盗聴をしていたり、カメラで監視されていたりするのだ。いくら近くに人がいない、魔力の反応もないからって安全とは言えないのだ。まぁ、まだこの世界に来てから盗聴機もカメラもボイスレコーダーなんていう便利なものに出会えていないし、彼らは本当にこんなものの存在を知らないらしい。
この世界の技術力も、もしかしたら別の世界の高度な科学力に近い内に追い付くかもしれない。いくらこの世界の技術力がまだまだ未熟であったとしても楽観視はできない。
「時にエイクさんや」
「何だ」
「いや、三ヶ月ほど前の話なんですけどねぇ。貴方、分身体を大陸に送りましたよね? それ、弟君と一緒にいましたよ」
眉間にシワを寄せて不機嫌さと怒りの感情を露にした顔で客人を睨む。三ヶ月前と言えば、この男は確かモクシュカ・ジャドゥに行っていたのではなかっただろうか。エイクがテイマからの知らせを受けたのはつい最近。そんな前からこの男は自分が長年待ち望んだ結果を知りながら黙っていたのだ。誠に許しがたい、と彼を睨む。
「うわっ、ひどい顔。色男がそんな変な顔しなさんなよ……」
それで、変な顔が治るなら苦労も怒りもないのだが。やはりこの男、一度しばいておくべきだろう、とエイクは思う。ただでさえストレスを感じるこの島での生活だ。ここで更なる燃料を投下してくるこの男は悪友であり、自らの心の平和を掻き乱すストレスの元凶だ。
「貴様なぞ、一辺、勢い良く想い人に刺されてしまえ」
「想い人のいない私には何の効果もない呪いですけど、けっこう気にしてますからね、それ」
三十路を越えた黒衣の男の声は震えていたように思えた。
エイクにとってはこの男が結婚できようができなかろうが関係ない。自分が贄となって世界を滅ぼすのが先か、外にいるテイマが世界を助けに来てくれるのか、再びカイに会えるのか。考えるのはいつもこの事だ。
隣の男は、もう少し自分のことも労ってやってくださいな、と思うだろうがそんな気はない。それこそ、そういう愉快犯なところがあるのだから一辺刺されてしまえばいいのだ。本当に。世が世なら、別の可能性を拾い、別の人生を送っていたのなら、この男はどうなっているのだろう。それでも、やはり刺されていそうだが。
「そういう冷たいとこ、嫌いじゃないんでついていくんですけどねぇ」
まぁ、悪いやつではないから、エイクは殴るだけにしておいた。
「ひでぶっ!」
【side:Saya】
世の中がどう転んでも、どう動こうとも、私には関係ない。私はここにいるだけだから。私はお飾りの姫だった。お飾りはお飾りらしく嘘で飾られていればいい。虚勢こそが私のアクセサリー。
「上は楽しそうですねー。私はここで一人、闇の中で嘘をつき続けることしかできないのに」
増えた嘘はきっとこの世の終わりまで取れることはない。偽りの光を放つ。イミテーション。何者にもなれない贋作の女。
IMATE世界あれそれこれ
◆テネブリス・フロルム
闇属性と無属性・空間の魔法。闇の国への入口を開き、入口から長い腕を伸ばして対象を闇の国へ引きずり込む魔法。引きずり込まれた対象は別空間に拘束される。別空間の中ではとても恐ろしいものが待っているという(引きずり込まれた対象者の証言)。呪文は『開け根の国。禍つ腕に曳かれ、安息無き闇に迷え。テネブリス・フロルム』
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予言とは必ずしも当たるわけではない。でも、外れた方が嬉しいこともある。特に人類や世界の崩壊なんて恐ろしいものなら尚更。
絶望が希望の予言だったらいいのにな。
次回、『頼もしい味方』
(20/1/29、IMATE世界あれそれこれ、魔法の説明を追加)