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IMATE  作者: 風雅雪夜
前夜編
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LⅥ 前夜編_5

 今からだって、遅くはないでしょ?

 自分を知らなきゃ、なんにもできないんだから。

 自分を見つけて変わるのよ。


 そう言って彼女は自分に魔法をかけて眠った。心の中に問題があると考えて。


『彼女の自分探し』

 ふと、自分を呼ぶ声が聞こえた。

 この声を自分は知っているような気がする。どこかで聞いたことのある声だ。



「…………、……ル……」



 あぁ、やっぱり私を呼んでいる、とカルラは思い目を開ける。

 白。白。白。青。白。



「ここは……」



 どこかで見た建物の中で、白を基調とした清潔な感じのする場所。太い柱が通路に沿うように並んで立っている。通路には藍色の線で細かな模様の描かれたタイルが一筋敷かれている。高い天井は教会のような、城のような、でも、遺跡のようにも感じるような作り。

 どうやら、戻ってきてしまったらしい。



「原点」



 そうだ。確か自分に魔法をかけたのだ。

 自分の弱さを克服するために、原点に戻り問題を解決する。記憶を辿り、問題に向き合う。問題を克服するか、そのための鍵を見つけるかしない限り目覚めることはない魔法だ。

 触媒には、魔力補助のための二つの腕輪と自身のイメートを用いた。あの頃から使い続けたものはこれくらいしかない。これを持ったときからの記憶はすべてこの中にある。人の記憶は封じることはできても、物に刻まれた記憶は物自体が修復不可能なまでに破壊されない限り消えることはない。

 この三つが自分の知らない記憶を知っている。それを記録し、記憶している。その中にあるとても大事なことを探さなければならない。それを見つけない限り、自分の問題は解決しないのだから。

 辺りを散策してみる。よく見知った場所は何を教えてくれるのだろう。


 礼拝堂、講義教室、食堂、図書館、習練所、かつて自分が使っていた寝室、シャーサーカの部屋。全て自分が一度は目にし、使ったことのある場所を巡った。だが、そこには何もなかった。新たな発見も、新たに思ったことも。

 場所ではなく、その場にいる人、なのだろうか。人の多い食堂で人を待ってみる。誰かはわからないが、場所でピンと来なかったならアプローチを変えなければならない。ここは人もいるのだから。


 人、と言っても、ここに本物の人はいない。残像のようなものがここに存在している。記憶の中で決められた動きをする残像は忙しなく動いていて目が回りそうだ。

 知り合いくらい見つかればいいのだが、と注意深く戸口の方で食堂を眺めていると何人か見知った顔がいた。

 メア、アゲハ、ティーナ。先輩であり、同室だった彼女達。あの頃は同室の皆で一緒に食事を摂っていた。そこに過去の自分が居ないところを見ると、まだ自分はここに来ていないらしい。まだ彼女達が成人する前の姿であることを見てそう思った。なら、自分はどこに居るのだろう。


 もう少し食堂を見ていたかったが、場面が急に切り替わった。地べたにへたり込む少女と不思議そうな顔をする女。それと、集まってきた人達。この光景を知っている。全ての始まりの瞬間だ。



『貴女が時間を巻き戻したんですね』



 ジャーディアンの女が言った。そう言えば、あの女の顔はあまりよく覚えていない。気が動転していたから覚えていないのも仕方ないが、それでも神殿内で顔を会わせる機会はあった筈だ。

 女の顔は黒く塗りつぶされていた。わからない。恐らくこの女が何か知っている気がする。そのためにはこの女を知らねばならない。



『アルナ』



  母親に呼ばれ振り替える。彼女が呼んだのは記憶の中の過去の自分だが、それでも、振り返らずにはいられなかった。母親に呼ばれるなんて、随分と久しぶりだったから。

 その顔を見た。

 そう言えば、母親はこんな顔をしていたっけ。

 あまり覚えていない。ただ、親子だから、その顔はよく似ている、というのを子供の頃に近所の人達からよく聞いた。だから、その顔をよく見た。うろ覚えだから顔はぼやけている。ほぼ自分の顔でそれを老けさせたような顔だ。こんな顔の彼女は今もどこかで生きているのだろうか。もし、そうなら、一度会ってみたいと思うのは当たり前の感情なのだろうか。



『いつでも帰ってらっしゃい。待ってるから。しっかりね』



 その言葉は今の自分に言ってくれているような気がした。



「……」



 何かを言おうとして口を開けかけた時に場面は変わってしまった。はっとした拍子に言葉はどこかへ消えて、思い出すことはできなかった。


 仕方がないので周りの状況を見ることにした。どうやらここは神殿の中らしい。壁のタイルが神殿と同じだ。だが、こんな部屋知らない。こんな部屋があっただろうか。神殿にいて、なおかつシャーサーカの補佐であるニータ・ジャーディアンを任せられる程の実力と年数を過ごしてきたのにここを知らないのはおかしい。神殿の中で知らない場所なんて……。


 あった。シュラの隠し通路。それは彼女に連れられて案内されるまで知らなかった。なら、自分の知らない場所があってもおかしくない。きっと、ここはそういう部屋なのだ。



『ここは?』



 怯えながら過去の自分が女に尋ねる。女は何かの儀式の手を止めてにっこりと言う。



『その怖い思いも、辛い思いも、今は薄めてしまいましょう。いつか貴女が大人になって気持ちの整理ができるまで』



 薄紫色の光がその手から発せられる。優しい藤色の光。手を握ってしまえばその中に収まる大きさの透明な石が彼女の手のひらにある。真ん中に紐を通されて手のひらにくくりつけられている。恐らく魔水晶だろう。それが額に優しく押し付けられ、ふわっと藤色の魔方陣が広がる。


 そうだ、これだ。


 この魔水晶に自分があのとき感じた恐怖や様々な感情が封じられている。勿論、そこには今まで考えることもしなかった家族への思いも。


 光が消えた。終わったらしい。女は感情を吸いとった魔水晶を半分に割り、それぞれをバングルに埋め込むとそれを手渡した。



『いつか、貴女はこの思いを受け入れることができる。その時こそ、貴女は誰よりも強い魔女になれるわ。シャーサーカ様よりも。それを大事にとっておきなさい。いつかの……必要になる……その時のために』



 少女は重そうにしていたまぶたを閉じて力が抜けてしまった。倒れる前に女が支えたため怪我はなかった。そして、このことを忘れてしまったのだ。

 全部を思い出した。



「全て、思い出しましたね」



 背後から声がした。その声にゆっくりと振り返った。それはもう一人の自分、イメートのナーガ。彼がそこにいた。その横には女。恐らくさっきの顔を塗りつぶされていた女だ。



「私の出番は終了です。あとは貴方に任せましたよ、ナーガ。先に行った彼女達を待たせるわけにはいきませんから」

「心得た。よろしく伝えてくれ」



 ええ、と微笑んで女は光の粒となって消えた。後にはナーガとカルラが残る。先に口を開いたのはカルラだった。



「貴方は覚えていたの?」

「いえ。ただ、何かが欠けている気はしていました」

「そう」



 景色が色を失い欠けている。ここから出る時間が近い。続きは後でも大丈夫だろう。白く変色する世界でもう一度彼を見る。



「主、ここを出たら貴女の母親に会いに行ってください。後悔しないように」

「後悔って、まるで私が今を逃したらもう二度と会えない、みたいな言い方ね」

「まさか。でも、そうしないと貴女はこの先ずっと気づかないでしょうから」

「……いつから私にそんなこと言えるようになったの? あと、貴方って、そんなやつだったかしら?」



 まじまじとナーガを見る。半分蛇で半分人間の姿をしているこの男は果たしてこんな性格をしていただろうか。



「でも、私、家族のことなんてあまり覚えてないのよ。記憶の母親の顔だってほぼ想像でしかないの。家の場所なんてのももう……」

「ミーナに会ってください。彼女が知ってます」

「ちょっと、どういう」

「ここを出ても私を呼ばないでくださいね。貴方が家族に会うまで答えませんから。幸運を」

「ちょっと、待ちなさい!」



 彼の微笑む顔は白に包まれて見えなくなった。






 眩しさに閉じた目を再び開ければ、そこには心配な顔のリティカとキルカ、そしてカマラがいた。魔法が解けて現実へ戻ったのだ。安堵したのもつかの間、胸元にしまっていた白い石を取り出してその中に封じた分身を呼んだ。



「ナーガ。……ナーガ! ……出でよ、ナーガ! ……ナーガ! いい加減に出てきなさい! ちょっと貴方ね、言い逃げなんて良い度胸してるわ。ちゃんと説明しなさい。答えなさいよ、ナーガ!」



 石はうんともすんとも言わなければ一瞬たりとも光らない。

 必死に呼び掛けるカルラを見て何かを感じることができた人と、イメートの反乱を思った人と、何が起きているのかさっぱりな人が互いに顔を見合わせた。

 出てこない分身に苛立ちを募らせ怒り出す彼女を鎮めるためにカマラが声をかけて話を聞いた。



「ミーナに会え、か……。貴女とミーナは知り合いか?」



 経緯を聞いたリティカがカルラに問う。



「まさか。あの時が初対面よ。今でもできることならあまり会いたくないけど」

「記憶に関してはカイが消しているから問題はないし、あの時の彼女ではないから、そんなに嫌悪感を示さないでくれると私としては嬉しいんだが……」

「でも、根本的な部分は同じじゃない」



 リティカがカルラを宥める。現在、ミーナはジャーディアンに関する記憶を封じられ、今はウルミラのことを覚えていない。誰が自分をここへ導いたかも覚えていないのだ。

 とにかく彼女に会わないことには先に進まなそうだ。ナーガも出てこないと言っていた。彼女に会えば何かわかるらしい。カルラに関する家族の何かが。



「カルラさんとミーナが姉妹だった、とか? 俺、彼女を見て、なんか似てるなぁって思ったんですよね」

「冗談でもきついわ、キルカ。私、あんな狂信者が妹とか嫌なんだけど。自分にもそういう面があるかもってことでしょ。それ、ちょっと嫌なんだけど」



 そういう面が彼女にもある。特にカイに対してある。ということを三人は言えなかった。


 ミーナは神殿で療養している。記憶はないが彼女はニータ・ジャーディアンであった。魔法の実力も高いし、神殿内では知名度もあった。外に出すよりはここで面倒を見るべきだと考えたリティカにより、彼女は療養しながらも神殿のことを再び学び直しているのだ。



「ミーナはいるか?」

「シャーサーカ様」



 歴史書を読む手を止めて顔を上げた彼女はリティカを見る。以前の刺すようなキツい目でなくなった。記憶をなくして性格に変化が出たのだろう。今度はちゃんと話が通じるかもしれない。いや、通じてもらわなければ困る。



「ミーナ、貴方に紹介したい人がいます。私の友人の」

「カルラよ。訳あって昔名前を変えたの。前の名前はアルナ。好きに呼んでちょうだい」

「は、はぁ」



 いきなりの客人に戸惑うミーナはカルラを見ても警戒するそぶりは見せなかった。やはり、忘れている。



「ミーナ、私のイメートが貴女に会えば私の家族がわかるって変な助言を残して石のままなんだけど、貴女、もしかして私のこと知ってるの?」

「いや、初対面だと思いますが……」



 戸惑うのも無理はないだろう。(彼女の今ある記憶の中で)初めて会った人からそんなことを言われれば誰だってこういう反応をするはずだ。ナーガはいったい何を考えているのだろう。

 第一、本当に前回の戦いの時が初対面だった。これは断言できる。自分の記憶の中に妹は存在していなかった。兄弟姉妹がいたら彼らの世話をしないといけないから、いたら覚えている筈だ。



「あぁ、でも、アルナというのは私の姉と同じ名前ですね。ここにいるはずの姉なんですけど」



 その発言は全てを繋げるのに十分すぎた。

 カルラの今の姿はまだ少女の面影が残る顔立ちではあるが、ウルミラから逃れるために体の時間を巻き戻したため見た目は20歳未満だが、実年齢はもう30歳手前だ。ミーナは恐らく20歳を越えたぐらいだろう。彼女もカルラと同じく幼くして神殿に来て、若くしてシャーサーカの補佐であるニータ・ジャーディアンになったのだ、とリティカがこっそりと耳打ちした。


 もし、カルラが神殿に来た後でミーナが妹として産まれていたら。カルラが神殿から逃げた後に神殿に来ていたならば。タイミングとしてはあり得ない話ではない。むしろ、それ以外ないのでは。



「ミーナ、お願い。貴女の母親に会わせて」



 確かめなければならない。



「で、でも……」



 リティカが再びカルラにそっと耳打ちする。

 彼女は魔法の暴走で家を吹き飛ばしてしまったらしい。その後はウルミラが彼女に奇跡をもたらしたことで、彼女はウルミラに心酔することになる。



「貴女の家族は、どうなったの? 近所の人とかは?」



 まさか、と最悪の考えがよぎった。



「勿論、皆存命ですよ。ただ、帰りづらいだけでして」

「……」



 全然、最悪でもなかった。




 カルラの無言の圧力でミーナの生家に向かうことになった。ミーナはあまりいい顔をしていないがそんなの気にしている暇はない。カルラとミーナは早速、空間魔法で飛んだ。



「せっかくだから、ゆっくりしていきましょうか。リティカもそう言ってくれたし、ねぇ?」



 落ち着かない様子のミーナは辺りを見ている。その様子はまさにおどおど、ビクビク、という表現そのもので挙動不審だ。この集落は人が少なそうだが人に見られて怪しいと思われるのはよろしくない。堂々としろ、と言ってもミーナは無理だろう。一時的にミーナの見た目を気の弱そうな別の少女に見えるように幻術魔法を施す。これなら問題はない。ミーナの導きで彼女の家に向かえる。

 そして、案内されたのは、やはりカルラの記憶にある外観の家だった。ただ、一つだけ違うのは母親と思われる女性ではない人物が家の中から出たり入ったりを繰り返し、忙しくしている。その人物が二人に気づき声をかけた。



「何かご用でしょうか?」

「この家の主人に会いに来たのだけど、それは貴女?」

「いいえ。貴女の尋ね人は奥様と旦那様だと思われます。失礼ですが、どちら様でしょうか?」



 そこでミーナにかけた魔法を解いて本来の姿を見せる。そして自分達の名前を告げる。不思議そうな顔をしながらも女性は家に入り中にいる人物に確認をとっている。話しぶりから使用人やお手伝いさんなのだろうか。カルラの記憶だと、家は人を雇えるお金を持つほど裕福でなかった。本当にミーナと姉妹なのかも疑問だ。

 少しして家の中から人が出てきた。先程の女性が二人を招き入れた。家に入ると一人の初老の女性が待っていた。加齢の影響か髪色が薄い。



「お母さん」



 ミーナが初老の女性に近づく。ミーナにもカルラにも顔立ちが似ている。きっと将来こういう顔になるのだろう、と想像ができた。



「ミーナ?」

「はい。ただいま、お母さん」



 呟くように問いかける言葉にミーナは頷く。ミーナは母親の元へ行って声をかけている。

 カルラはその場に立ち尽くした。今の自分は姿が変わってしまって、カルラともアルナとも言えない存在になってしまった。そんな自分を娘と思っていいのだろうか、とカルラは悩んだ。

 その様子を見ても、母親はいぶかしがることはなかった。ただ微笑んでいるだけで。そして、一言だけ優しくカルラに向かって言った。



「アルナ、お帰り」



 その一言で、涙が出た。そして自然と言葉が出ていた。



「ただいま、母さん」



 やっと会えた。

 敵を攻めるなら貴方はどうします?

 すぐに戦争?

 クーデター?

 暗殺?


 いえいえ、その前に情報が必要です。弱いところをつくために、敵を混乱させて攻撃をしやすくするために。それには裏で破壊工作だとか、情報操作とか、そういうのも必要ですね。

 だから、敵を作ってしまったら心配しなければ。既に敵に入り込まれているかもしれない、そういう心配を。本当にそこは安全な場所なのかを。


次回、『既に敵はそこに』


 別に私は戦争が好きな訳じゃないです。むしろ平和の方がいいです。けど、平和のためにいろいろしなきゃいけない。それによりまた争いが生まれることもある。

 平和って、何なんでしょうね。

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