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IMATE  作者: 風雅雪夜
秘密編
53/88

ⅩLⅨ 秘密編_7

 他者と同じ繋がりを見つけられた時って、なんだか嬉しくならない?

 それが自分の身近にあるものだったのなら尚更。


『兄弟』

 テイマは迷っていた。

 自分の事をついに話すときが来た。なのに、それを口に出そうと思っても、そこで決心が揺らいでしまう。

 話さなければならない大事な秘密がある。

 話しておかなければならない秘密がある。

 とても大事な秘密を誰でもないカイに話さなければならない。

 しかし、それがどうにもできない。意志が弱くていけない。



「はぁ~」



 本日、何度目のため息だろう。



「悩んでるねぇ。手を貸そうか?」

「いや、いいです」



 ガナックが声をかけるが、彼に手を貸してもらうのはダメだ。何かが違う気がする。それに、手を貸してもらったら負けな気がするのは何故だろう。そうだ、事態をもっと悪くさせそうで怖いからだ。



「心配することはないよ。まずはカイだけでも、ちょっとだけ外に連れ出せばいい。簡単なことだよ。手合わせや魚釣り、散歩とか、適当な理由をつくってさ」



 簡単なことじゃないか、という顔がなんだか苛立ってしょうがない。

 いつもの自分だったら、そんなこと簡単にできているのに。でも今、それができそうもない心理状態だから、自然にカイだけを誘うなんてことが、ほぼ不可能なことに思えてしまってできない。

 そして、言えないまま、一日が終わってしまう。






 カイは知っていた。

 テイマが何かに悩んでいる。

 時々、テイマはガナックから何かを話しかけられていたが、その度に暗く、辛そうな顔をしていた。 ガナックはあれでも学者だから、強く人を傷つける事を言わないと思う。あんな偏屈でも、カイ達をしばらく泊めてくれるくらいには、自分の過去を話してくれるくらいには、お人好しというか、まぁ、優しい部類ではある。

 しかし、テイマがあんな顔をしている。それをカイは黙って見ているわけがない。



「テイマ」

「なぁに?」

「ご飯、釣ってこようよ」



 ポカンとした顔のテイマ。あ、魚ね、と意味を理解した彼は椅子から立ち上がった。

 二本の釣竿とバケツと餌を持って二人で外へ出た。波の音が穏やかに聞こえる。相手の声もよく聞こえる程度の波の音。これなら、聞けるだろう。



「テイマ、先生と何かあったの?」



 隣のテイマはぴくりと体を震わせたが何もない、と静かな声で返した。それが嘘であることにカイは気づいている。解決できないことなのか、自分にできることはないのか。



「あのね、テイマ。僕はさ、渡り者じゃん?」

「うん」

「この世界に召喚されて、身寄りもないし、僕もまだ小さかったし、魔法なんて使えなかったし、そもそも一人で生きていけなかった。たまたまカルラ姉とキュリア達が親代わりになってくれた。もちろん、いろんな人に助けられた」

「うん」

「いろんな人に助けられたから、今の僕が生きているんだ。皆が助けてくれたから、僕は生きているし、魔法だって使えるし、勿論、自分の身を守ることだって、誰かを助けることだってできる。僕は決めたんだ。僕を助けてくれた人達に、何かを返していこうって。困っていることがあったなら、今度は僕が助けてあげる番だって。……だから、僕はテイマが困っているように見えたから、テイマを助けたい」



 テイマは何も反応しなかった。ただじっと、黙って竿を見ていた。



「ガナック先生と何かあったの? ガナック先生と二人で話しているときのテイマ、辛そうな顔してるよ」



 カイがテイマの顔をちらりと横目で見る。

 テイマの顔は髪で見えなくなっていた。緑のセミロングの髪。右目を覆い隠す長めの前髪。その下の青リンゴのような瞳は、何を語っているのだろう。

 暫く沈黙が続いた。

 波の音が何度も何度も響いた。波の音のお陰で、世界がこんなにも静かであったことを知った。人の音の煩さを知った。

 世界にまるで自分達しかいなくなったような錯覚に陥る。



「もし」



 小さな声がした。うっかりしていたら聞き逃してしまうかもしれない、そんな小さなテイマの声。



「もし僕が、カイ君達の敵だったとしたら……どうする?」



 暗い色をした目がカイを見ていた。一挙一動を見逃さないように。その大きな瞳で。その得たいの知れなさ、底無しさ。そして、なんの感情も感じられないその目が。怖い。ただただ怖い。



「僕はね、君達に秘密を持っているんだ。ずっと君を探していた。僕の探していたのが君だって、確信に変わったとき、漸く本当のことを打ち明けるべきだって、決めていた。……決めていたんだ」



 そんな怖い目は一瞬だけで、すぐに顔を伏せてしまう。



「でも、でも! そんなことしたら、僕は! 君たちの敵になっちゃう! だから!」

「テイマ」

「僕、君たちの敵になりたくない! なんで!? なんで僕がこんな目に遭うのさ!? こんなことのために、生まれてきたくなかった!!」

「テイマ!」



 驚いたようにテイマがはっと顔をあげた。大粒の涙が地面に落ちて海へと流れていく。

 こんなことのために生まれてきたくなかった。その言葉が痛かった。



「約束する。僕は君が敵でも、君を嫌わない。攻撃もしない。絶対に。だって、テイマは今こうして泣いているから。君には、モクシュカ・ジャドゥで助けられたからね。僕は自分の信念に従って、君を助ける」



 あの時、彼が言葉をかけてくれなかったら、ずっとカルラを探しに行けなかっただろう。あの戦いの時、彼が倒れるカルラを受け止めていなければカルラが怪我をしていただろう。彼に助けられたことはまだある。大きなことから小さなことまで。まだまだたくさん。

 それが全部、嘘でなかったって、本当のことだったって、信じている自分がいる。その涙も突き刺さった言葉も、全て本当のことで、テイマの思いだと信じているから、彼を助けたい。

 敵になってしまうことを怯えて、重い秘密を抱えたままで苦しんでいる彼を、助けたい。



「話してくれる? 僕は君を助けたいんだ」



 カイがそう言ったら、テイマが大声で泣き出した。




 暫くして落ち着きを取り戻したテイマが、ずっと抱えていた秘密を打ち明けてくれた。



「僕はね、イメートなんだ」

「やっぱり、あれは錬金術なんかじゃなくて、イメートの使う術だったんだね」



 カイがそう言うとテイマは頷いた。



「うん。僕はね、君を探すために生まれたイメートなんだ。誰でもない君をだよ、カイ君。……僕は君のお兄さんが作ったイメート、テイマだよ」



 エイク。

 極東魔族特区にいる、カイの兄。そのイメートだと、テイマは言った。

 その告白は少しだけカイの時間を止めた。兄が自分と同じ世界にいることを知ったときの衝撃に近い。



「兄さんの……イメート……。失礼を承知で言うけど、僕の兄さん、こんなんじゃないよ?」

「モデルは君だよ。本人の分身だからってそのまんまコピーってわけじゃないからね」



 まぁ、そう言われると、なんとなくテイマはカイに似ている気がする。もしかしたら外見が微かに似ていたから、魔力の質が似ていたから、彼を信じることができたのかも知れない。



「僕が知ってるエイクについて話すよ」



 その目はさっきまでの怖さは感じられなくて、代わりにうきうきした目だった。彼にとっても自慢の主なのだ。それが伝わる。



「エイクはね、君が消えてしまった後、独学で魔法や錬金術なんかを勉強した。一刻も早く君を元の世界に戻すために。でも、進展は得られなかった。だから彼は遂にとある秘密結社に頼った。そして、現代の魔法使いを教えられて弟子入りした。でも、その魔法使いは邪悪でね。まぁ、闇の道化師の仲間だったのさ。魔王の生け贄にちょうどいいって、エイクをこの世界へ送った。そこであれよあれよというままにエイクは魔族特区で一番魔王の贄に相応しい素材になった。魔法や錬金術の知識が最悪なことにいきてしまったんだ。


「彼は今、飼われている小鳥も同然だけど、希望を捨てなかった。この世界に君がいるかもしれない。君と元の世界へ帰るって決めたから。だから、僕を生み出した。君を探すために、君を思って作られたイメート、(テイマ)を。産み出されて僕だって見つからないと思ったけど、主が信じていたからね。探すしかないよね。でも、君がこの世界にいてくれた。それは本当に奇跡だったんだよ。だから、ありがとう」



 兄が自分を思って探してくれていたことを喜べばいいのか。それとも、騙されてこの世界へ来て囚われたことを悲しめばいいのか。

 でも、一つだけわかる。彼はなりたくて贄になった訳じゃない。彼は囚われている。自分のためにテイマを生み出して探してくれていた。自分をずっと思ってくれていた優しい兄だ。ならば、助けない、なんていう道理はない。



「……僕、行くね。先に行って待ってるよ。なんとか抜け道を用意して、君とエイクが会えるようにする。それで、魔王なんてのも、壊してよ。弱点くらい調べておくから」



 立ち上がるテイマ。悲しそうに微笑んでいる。

 その表情が、姿勢が、態度が、考えが。

 なんだか、無性に腹立った。

 勝手に自分が敵になったって決めつけて、先へ行こうとする彼に手が出ていたのは悪くないと思いたい。

 思わず手が出た。



「ぶべっ!」

「テイマのバーカ! わからず屋! 物忘れ野郎! 女々しいぞ! めんどくさい女子か!」

「待って! なんで僕ぶたれたの!? てか、何その悪口!? 攻撃しないって言ったの嘘かよ!?」

「うるさい! というより! その態度、気に食わない! ムカついた! 悪口言わせろ! ポカポカさせろ! 駄々こねさせろー!」

「……やだ、この子こわい」



 カイはやけを起こして、愚図っていた。小さな子供のように。テイマも勿論、子どもか、と思った。そして、さっきまでのかっこいい彼はどこに行ったのだろう、こんな愚図りん坊知らんぞ、誰だこいつ、とも思っていた。

 カイの頬が光った。それが涙であることにすぐに気づいたテイマは、どうどう、とテイマをあやし始めた。



「えー? もー、なんで泣いちゃうの? カイ君泣かないでよぅ。あー、ほら、こすったら赤くなっちゃうから。よーしよし深呼吸しよう。ねー? はーい、ゆっくり吸ってー。吐いてー」



 カイを落ち着かせるテイマ。さっきと役割が入れ替わっている。落ち着かせてから、二人は顔を見合わせる。



「落ち着いた?」

「なんとか。テイマは?」

「え、今それ聞くの? ……まぁ、あれだよ。人が泣いてるの見るのって、びっくりして逆に落ち着くよね」

「あ、わかるかも」

「わかるんかい!」



 何故か、この会話がツボに入ってしまって、二人は笑った。なんとか笑うのをこらえてお互いを見るも、やっぱり笑ってしまった。暫く笑ってから本当に落ち着いた。そして疲れた。



「あー、笑った笑ったー」

「ひー、笑うしかなかったー」

「僕達って似てるね」

「当たり前だよ。君を思って君を模して作られたイメートだもん。ある程度、君に似てなきゃ」



 なるほど、確かに。笑った後に落ち着いて考えてみると、テイマの考えに納得できる。ならば、カイのイメートのクロは兄・エイクを思って作られた友であり、兄として作られたイメート。彼もエイクに似ているのだろうか。



「クロ君もね、エイクに似てたよ。エイクって、意外と静かな人なんだ。けど、ちゃんと僕を遠くから見守ってくれてる。大地を通じてね、魔素がね、エイクの魔力がね、思いと一緒に伝わってくる。元気かって、心配してくれて。クロ君もそういうとこあったよ。ほら、モクシュカ・ジャドゥで僕と組んでカルラ姐さんを探したでしょ。あの時も僕のこと気遣ってくれた。おんなじなの」



 くしゃっとした、ちょっと恥ずかしいような笑顔でテイマは言った。カイは嬉しかった。テイマが自慢している兄、彼のことを知れて。そして、クロがエイクに似ていたことを知れて。

 よかった。

 心からカイはそう思った。

 照れて嬉しそうに話すテイマの話。もっと彼のことを聞きたい。懐かしく新しい話をテイマからたくさん聞いた。自分が知ってるエイクのこともテイマに話した。思い出して笑って、時間が経つのを忘れた。

IMATE世界あれそれこれ

◆テイマ

 正体はカイの兄・エイクのイメート。彼の旅の目的は、この世界にいるかもしれないカイの捜索。奇跡的な確率の末、出会うことが出来たが、ここから先に共に行くかで悩む。

 エイクとカイを会わせたいが、二人を闇の道化師達の贄にさせたくない、エイクが世界を崩壊させないために自らの死にたがっていることに悩んでいる。大切なエイクとカイのために自ら動くことを決意し、カイに自身の秘密を打ち明けた。エイクに似ているカイのイメートのクロを気に入っている。

 土属性のイメート。


______________


 その情報はこれからを切り開く鍵となるのか。または、全てを一刀両断する分裂の刀か。


『亀裂と魔女』


(20/1/29、テイマがぶたれた所、テイマの属性をほんの一文だけ加筆。)

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