Ⅴ_エルバ編
IMATE世界あれそれこれ
ウルガルド王国とリーゲルト公国の間はとにかく、自然が多い。ほとんどが森。巨大な木々が乱立する林や薬草畑、村、などがある。
食べ物は私たちの世界とだいたい同じ。今回、普通にパンにはさんだソーセージとかトマトとかレタスとか食べてる。お腹空いてる人、気を付けてください。飯テロがあります。
補足は後書きにて。
では、ごゆるりと。
西国のリーゲルト公国に向かうカイとカルラ。彼らは森で野宿をしたり、途中の町で宿を借りたりしながら少しずつ近づいていった。
そして、今日も西へ西へとスノウの背に乗り飛んでいく。
「カイ」
「どうしたの、スノウ?」
「遠くに人のようなものが」
イメートと言っても、基本的な設定はドラゴンのスノウ。ドラゴンの目は、遠くまでよく見え、一瞬にして通りすぎる物をも逃がさない優れた動体視力を持つ。
「カルラ姉、ちょっと寄り道するよ」
「うん。ほんとに人だったら大変」
少し進行方向を逸れ、スノウが見たという人らしきものを確認しに向かった。
「あそこです」
背の高い木が立ち並ぶ森の中でも特に高い何本かの大木。その根本に根を枕にして横たわっているように見える。長い髪で中性的な顔立ちだ。年は自分と変わらないように見える。
とにかく声をかけてみないと。
スノウを着地させ、その人物に歩みより、顔を覗き込んだ。呼吸をしている。生きている。ただ寝ているだけだろうか。けっこう日が高くなってきている。もうすぐ昼だ。それを知らせてあげようと思い、体を揺さぶった。
「ねぇ、君。起きて。もう太陽は高い位置にあるよー」
「う、うーん」
その子は余計にうずくまってしまった。
「あの、もうお昼ですよ?」
そう言うと、その子はカッと目を開きガバッと勢いよく起き上がった。
「寝過ごした」
「そんなときもあるよ、うん」
項垂れるその子に取り合えず食事を与えなくては。カルラを呼び、ここでカイ達にとっての昼食兼、寝坊助なその子にとっての朝食をとることにした。
「うわー、いい匂い」
お互いに食べ物を分け合い料理をすると、その周りは嗅いだだけでお腹が鳴りそうな美味しい匂いがしていた。
「はい。口に合うかわかんないけど」
「頂くよ。ありがとう」
「ありがとう。いただきます」
焼きたてのソーセージとシャッキリとした眩しい緑の野菜。味のアクセントである酸味と彩りを添える赤と黄色のトマトのスライスをパンに挟んだそれはとても美味しかった。
「美味しい!」
「美味、絶品」
味といい食べたときの歯触り、溢れ出る肉汁、臭みもなくただ美味しそうな味が詰まっている、と教えてくれる香り。こんなに美味しいものは王都でも売られていなかった。
「なかなかでしょ? そのソーセージ、旅の途中で買ったんだ。北方の狩猟民俗の日常的な保存食なんだ」
「へー」
北方の狩猟民俗の文化も教えてもらった。生き物一頭を丸々使って保存食を作る。そして、血液でさえ食品になってしまう、と。
「同じ北方でも、人の住む所が変わればその味はまた違ってくるから、これがまた面白くてさ。やっぱ、旅は止められないんだよねー」
「へー」
この子は何処を旅して来たのだろう。カイはこの子供に興味を持った。
「そう言えば僕達名乗ってなかったね。僕はカイ。魔剣士。こっちはカルラ。魔導士で小さいときからの先輩。同じ師匠から魔法を学んだんだ」
「よろしく」
「カイにカルラだね。僕はテイマ。世界のいろんなものを見たくて旅してるんだ。あ、因みに僕、男の子。このなりだから女の子にたまに間違えられるんだよね」
彼は苦笑しながら答えた。
「で、二人は何のために旅してるんだい?」
「私達はお使い。西国のリーゲルト公国まで」
最低限の情報をカルラが答える。
彼は一般人だ。魔王復活の阻止のためにリーゲルト公国のエルバを迎えにいくと言えば不安を与えるかもしれない。それにそもそも極秘の任務、他言無用だ。
「リーゲルト……、確か神速のエルバがいるんだっけ? 軍事国家らしいね。何? エルバに会いに行くの?」
「エルバにも会ってみたいけど、私達は公国の魔道具を見に行くの」
「なーんだ。魔導士って言ったから軍事関係だと思ったのに」
チラリとカルラに目をやると、カルラの表情は崩れていなかった。半分正解を推理したテイマを前に鉄壁のごとき表情筋はピクリとも動かない。
「まぁ、エルバに会ってみたいよね。なんたって剣裁きは公国軍始まって以来の速さだし、まだ僕らと歳が変わらないくらいなのに一部隊を任せられる隊長だからね。それに」
テイマは声を潜めて言う。
「エルバはどうやら、公爵の五番目の子供らしい」
「公爵の?」
「あくまで噂だよ。噂」
その噂が本当なら、エルバはなぜ、公国軍に入っているのだろう。公爵の息子なら軍役にはつかなくていいはずだし、将来の公爵としてする勉強があるはずだ。仲間になるエルバには、何かありそうだ。
「カルラ姉、知ってた?」
「ううん。初耳」
「公国の周りじゃ有名な噂だよ。公爵の顔とエルバの顔が似てるってことで親子説が囁かれてる。まぁ、五番目の子供なら、公爵の位もよっぽどのことがない限り回ってこないから、ぐれちゃったんじゃないかって僕は思うんだよね」
まさか、そんなことはないだろう。なら、軍で一部隊を任される将校にはなっていないはずだ。謎が深まる。
「リーゲルトみたいな文化的な所もいいけど、僕は未開の東の僻地へ行ってみたいかなぁ」
テイマは言った。
「どうして? 東の僻地なんて、魔物の巣窟になってる。危険よ」
東の僻地、正式名称は極東魔族特区。魔物の巣窟と呼ばれるほど、魔物との遭遇率が高い。十分に一回は魔物と遭遇すると言われている。しかも、聖域の大河より西側にある王都や他の国周辺と比べると魔物の気性は荒く、また意思の疎通の出来ない魔物が多く、戦闘力も比ではないほどに高い。
「なんかね、近々魔族特区が国になるらしいよ。国名はわからないけど、魔物の国みたいな感じになるんじゃないかな。なんか、面白そうだから行ってみたいんだよね。勿論危険なのは承知だよ。腕利きの魔導士と一緒に行ったら怖いもの無さそうだし。ねぇ、おつかい終わったらさ、一緒に行かない?」
「面白いことを求めるのは構わないけど、自分の身を大切にして。魔物を甘く見ないで。魔導士を過信しないで。この世は予測不能なんだから」
カルラはテイマに注意する。この世は予測不能、その言葉にカイも心にくる。
召喚され、戻れないままこの世界で過ごした十年。もとの世界と平穏な日常と、大好きな兄を奪われた。それを思い出した。
「……ごめん」
「わかったならいいわ。自分の身が一番大事。旅には自分を大事にしないとどこにも行けないわ。そうでしょ?」
「うん。わかったよ。そうだね」
極東魔族特区に旅するのを諦めてくれたようだ。
「んじゃ、僕は行くよ。魔族特区に行くのは止める。その代わり、別のところへ行くよ。もっといいものを見に行く」
「うん。また何処かで会ったら是非聞かせてよ、テイマ」
「気をつけて」
テイマと別れたカイ達は再びリーゲルト公国に向けて飛び立った。
上空でスノウがテイマについて聞いてきた。
「彼は何者ですか?」
「旅人だよ。面白いものを見るために旅をしている探求者だよ」
同じように旅をしている人を見たのが初めてだったからなのか、スノウはとても気にかけているようだ。
「あの子は……、いえ、止しましょう。まだわかりませんから」
「何が?」
「いえ、何でも」
それ以上スノウはテイマについて聞くことも話すこともなかった。一体どうしたのだろう。そんなスノウの様子をカルラは何か引っ掛かるように、先程のテイマのことを考えていた。
「ということがあったの。どう思う?」
夜、カイがぐっすり眠ったことを確認してカルラはキュリアに報告した。キュリアに渡された通信用の魔道具はこういう時に役立つ。無属性魔法でいちいち移動するよりも魔力は消費しないのも嬉しい。
『スノウはそのテイマって子に何かを感じた。ドラゴンだからなのか、それとも感なのか、わからないところだけど、スノウのそういうところは絶対何かあるわね』
「はっきりしろ」
強い口調でカルラが説明を催促する。
『その口の効き方、気を付けなさい。公爵に失礼しないでよ。……私だって分からないわよ。スノウが人間をそんなに気にするなんて、カイとカイに深い関係がある私達だけよ』
「うん。私もなんかあの子ふわふわ、というか、変な感じがした」
『もし、また会ったら注意して。魔物が化けているのかもしれないし』
「わかった」
『じゃあ、もう寝なさい。私も眠いわ』
あからさまに大あくびをするキュリアに、お前は仕草をちゃんとしろ、とカルラは思ったが、もう今日は相手をしたくなかったので何も言わず、通信を切った。
「全く」
師匠に呆れて疲れた、とカルラは横になるとすぐに寝てしまった。そのまま朝までぐっすりだった。
ワード
◆極東魔族特区……聖域の大河を渡った東の果てにある島国。そこに住む魔物は獰猛で危険。強い。意思の疎通ができないものが多く、また、数がとても多い。10分に一回は魔物に遭遇すると言われている。元々はちゃんとした国だったらしいが、かなり前に滅びて今は魔物しかいない、と信じられている。
◆聖域の大河……ウルガルド王国やリーゲルト公国のある大陸(ユーラシア大陸に相当する)と極東魔族特区の間にある。大河と呼ばれているが、正確に言うと海。大昔は本当に大きな川だと思われていた。
◆テイマ……旅をしている少年。体は華奢で、暫く切っていない髪のせいで女の子に間違われることがよくある。中性的で髪が長めだからかと思う。それを利用し、商品をまけてもらうこともしょっちゅうの、あざとさと金銭管理能力の高さに定評がある。噂話で旅の進路を決める。旅をしているからか、かなり情報通。
◆通信用魔道具……無属性の空間魔法と光属性の魔法で遠くにいる同じ通信用魔道具を持つ人と話すことができる。私たちの世界で言うテレビ電話みたいなもの。空間魔法でいちいち移動するよりも魔力を消費しない。
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ありがとうございました。今回は区切りがよかったので、前回より短めです。いよいよ、次回はエルバのいるリーゲルト公国です。エルバの噂の真偽がわかります。
コメントいただけると嬉しいです。皆様の娯楽になれたなら幸いです。次回もよろしくお願いします。
次回、リーゲルト公国とエルバ。