ⅩLⅤ 秘密編_3
知ってしまった出来事を。
処理するための時間がほしい。
世界の歴史を再確認するための時間がほしい。
揺れた心を落ち着けるための時間がほしい。
少し眠れば、落ち着けるかな?
『波と夢と断片的な思い出と』
魚尽くしの夕食後、カルラはガナックが語ったこの世界の本当の歴史についての真偽を確かめるため外で大地の記憶を読み取っていた。
「大丈夫。私が見てくるから」
そう言って先ほど、カルラが一人で外へ出ていった。
「エルバだっけ? ここは僕のイメートが守ってるし、侵入者がいたらすぐに知らせてあげるからさ、彼女の護衛に行ってきなよ。ガルはお客さんまでは守ってくれないから。でも大丈夫、君達に危害を加えないよ。僕の大事なお客様なんだから」
そう言ったガナックの顔を一瞥して、エルバはカルラの後を追って出ていく。
「さて、僕もちょっといい?」
ガナックが布袋を持ってくる。それをテーブルの上に置き、中身を大事そうに取り出す。そして、色紙の上に中身を置いていく。何だか見たことのあるような透明な石だ。宝石のように光るそれはなんだろう。
「えー、火が三件と、……光二件、それから……水が四件、風も四件ね」
メモを見ながらぶつぶつと確認していくガナック。橙色と紫色の色紙をしまい、椅子に座る。
「それは?」
何のためのものだろう。何かの儀式だろうか?
「んー? 生活費稼ぎだよ。貯蓄師もしてるんだ。お金ないと生活していけないからね。こうして僕の魔力を売って稼ぐのさ。全ては、生きるためにね」
貯蓄師。
それは魔水晶に属性の魔力を込める仕事だ。属性の力を込めた魔水晶を魔道具にセットすれば魔法を使えない人でも簡易的な魔法が使えるという発明品。火をつけるための着火装置や、風を起こす魔道具とか、エルバの祖国リーゲルト公国の風魔法自動車のエネルギーとか、限られた使い道でしか今のところ使えない。しかし、魔法の使えない人からすれば生活に役立つ優れた発明だ。
その原動力となる属性の力を魔水晶に入れるのが貯蓄師で、ガナックはそれでお金をもらっているらしい。
「全ては生きるため。一時間くらい集中するからごめんね。適当にトランプとか、静かめな遊びしててくれると助かるな」
ガナックのイメートのヤズメがトランプとお茶を持ってきた。隣の部屋で彼が属性の魔力を込めるのを見ながらトランプをカイ達は始めた。
ふわり、と暖かい空気が漂う。今、火属性の魔力を込めていた。魔水晶は燃える炭のように赤い光を粒々と発している。魔水晶はその属性を受けると、その属性の魔力を帯びて、その属性の力を持ち保存することができる。
「しばらく静かにしてくれ。あれは、ああ見えて集中力が必要」
ヤズメがガナックの邪魔にならない音量で話す。静かに頷いた。
ただ静かな時間だけが過ぎる。外の海の音がいい感じで耳に入る。何だか眠くなってくる。ふと、ハクの方を見れば、隣にいるセイが船をこいでいる。テイマとハクはまだそんな様子はない。
「横になれ」
ヤズメが毛布を用意してくれた。ハクは静かにお礼をし、部屋の隅にセイを寝かせた。
「お前も。少し寝ていろ」
ヤズメに言われる。その方がいいだろう。もうあまり考えることができない。お言葉に甘え、カイも一眠りすることにした。
あぁ、海の音が耳に心地いい。
そう言えば、前にも、海で、こういう風に、波の音を聞きながら、眠ったような、気が。
一定のリズムで、ざー、ざー、と音がする。懐かしいノイズの、この音は何だろう。
あぁ、これは波の音だ。じゃあここは海なんだ。
『あら、カイったら』
『寝ちゃったの?』
『そうらしいな。まぁ昨日の夜あんなにはしゃいでいたからな』
『そうね、珍しく夜更かしなんかして』
『しょうがないなぁ。……カイ! 起きろ! 海ついたぞ! 海!』
誰かが僕を呼んでいる。女声と男声、そして自分を起こす子供の声。
ああ、そっか。皆で海に行くから、それが嬉しくて、ついはしゃいで、それで向かう車の中で寝ちゃったんだ。起きないと。皆と海に来たんだから。
皆? 皆って誰?
目を開けよう。そしたら、誰かわかるはず。
『カイ! 見てみろよ! でっかい骨!』
瞼を開けて視界に飛び込んできたのは大きな骨だ。天井から見えないぐらいの細い糸で吊るされた全身骨格。
『海魔!!』
戦おうとするも体が何者かに拘束されている。必死にもがいて拘束から逃れようとした。
『あら、カイどうしたの?』
『いきなり骨が出てきたから怖かったんだろう』
『大丈夫よ、カイ』
優しい声が近い。戦おうと身をよじる僕を落とさないように抱く腕は女の腕だ。
『カイ、あれはクジラ。カイマンじゃないよ。はははっ! よっぽど、この前のテレビのカイマンが怖かったんだな』
少年の声が下からする。母親がゆっくりと優しく僕を少年の横に下ろして立たせる。僕の小さいときになんとなく顔が似ている少年だが、彼は僕ではない。
彼はエイク。僕の、兄だ。
『ほら、カイ。あっちにいこう! あっちはトンネルになっていて下からも魚が見られるんだ!』
手を引かれて水槽のトンネルに入る。
一面の青に、たくさんの魚が泳いでいた。見たことのない魚ばかり。色のきれいな魚がたくさん。でも、きれいと言えば人魚だ。しかし、こんなにきれいな魚がたくさんなのに人魚がいない。
海の生き物で美しいと言えば人魚なのに。
『ここ人魚はいないの?』
『カイ、人魚はおとぎ話の中だけさ。本当にはいないよ』
エイク兄さんが言う。
当然だろ、という顔だ。
『いや、わからないよ。もしかしたら、まだ誰も知らない深い海の底の方とか誰も知らない島の海にいるかもしれない。だから、すべてをないって決めつけるのはよくないんだよ、エイク。人間はまだ、世界を完全に知らないんだから』
男はエイク兄さんを優しく諭す。そう、僕だってこの世界のことをよく知らないんだ。
あれ、この世界?この世界ってどの世界だ?
水槽のトンネルの中で考え込む。水の中にいるのに息ができる。風魔法で頭の回りを空気の層で覆っている訳ではないのに。
『なぁ、カイ。海ってすごいな!』
笑顔でエイク兄さんが言う。勿論、僕は大きく頷いた。
『兄ちゃんは、海が好き?』
兄ちゃんが好きなのは海だけじゃない。
だから、景色が変わった。広い丘。緑に光る丘。遠くには青と赤、黄色に橙の木々の森。その向こうには陽光に光る海。そして、夕闇が迫り月と星が顔を見せ出した空。世界に吹く風の中で兄ちゃんは笑顔で言った。
『俺は、世界が大好き! 生き物も自然も!』
その笑顔が、世界が白く塗りつぶされる。眩しい。待って、兄ちゃん。
いや、待ってて。
ゆっくりと目を開ける。
いつの間にかテイマもハクもヤズメも眠っている。カルラとエルバの姿は見えない。まだ外にいるのだろう。隣の部屋にいたガナックは魔水晶に魔力を込め終わってぐったりしている。いつの間にか魔水晶は赤ではなく緑に変わっている。
「あぁ……起きたー? おはやふー」
ぐったり疲れた声で彼はカイに声をかける。
「悪いけど、僕の発明した冷蔵庫から飲み物を出してくれないか? 疲れて動けない」
「わかった」
カイはガナックが作ったという白い箱を開ける。冷気が出てきた。あぁ、懐かしい。アイスが入っていたらいいのに、と思う。
「そこのジュースお願い。それが一番疲労にきく。コップはそこの使って。君も飲んでいいよ。僕が作った特性のだから」
懐かしい冷気が名残惜しい。だが、中の物が温まってはいけない。ジュースを取り出し冷蔵庫をすぐに閉めた。戸棚のガラスのコップを二つ取ってジュースを入れていく。
とくとく。とくとく。
何だかこの音も懐かしい。二つ分のジュース。
お母さんが注いでくれた二つのオレンジジュース。青いコップは兄の。緑のコップはカイの。そう決まっていた。
だから、自然と緑のコップに入れたジュースを自分が取った。
「ありがと」
ガナックは青いコップ。そのジュースをごくりごくりと一口二口、喉をならして飲む。
「きっく~~!」
酸っぱそうな顔をしているが美味しそうな顔もしている。どんな味か興味がある。カイも一口飲んでみた。
果物の酸味と甘味。だが酸味と甘味だけではなく別の風味もする。しつこい味ではない調和のとれたスッキリとした味わいだ。
「うん、美味しいね」
「ビネガードリンクとハーブティーに……とにかくいろんな果物や野菜を細かく粉砕して混ぜてたやつ」
「なんか凄そう。効能は?」
「疲労回復とエネルギー補給と水分補給。それから、ハーブの効果で気持ちがリラックスする。あと、美容」
美容まで気にしているのだろうか。確かに女性みたいな顔をしているが。
「いやいや、ハーブ入れたらついでについてきた効能だよ。やだなぁ、もう。僕としては疲労回復とエネルギー、それとリラックス効果の方が重要」
もう一口飲んでみる。いろんな野菜や果物がいた。でも、そんなに青臭い苦味は感じない。カルラとエルバが戻ってきたら出してもいいだろうか。
「カルラ、だっけ? あの子、いや、あの人? ま、彼女にも出してあげなよ。これは効くよー」
朝に飲んだらスッキリとシャッキリと目が覚めそうだ。効能もたくさんだ。後でレシピを聞いてキュリアにも教えてあげよう。そして、一緒に作るのも楽しそうだ。そう言えば、彼女には、今ここにいることを連絡しないといけない。闇の道化師に今、一番近い場所にいるのだから。
ちょっとだけ、思い出した過去。
しまいこんでいた過去はただ一つのことを教えてくれた。夢でも、自分の幻想でも、嘘でもいい。でも、大事なものがその先にあるなら、取りに行こう。
その前に二人を労って。
次回、『子守唄』
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過去のことを夢に見ることって、たまにありますよね。それがいい夢なら問題ないですけど。悪夢を10日連続で見て、未明の3~4時台に必ず一度悪夢から覚めるために、目が醒めます。これは精神的に参ってるのか、なんなのか。
たまには、いい夢見たい。
例えば、セブンのマンゴーアイスとか、本場の鹿児島のしろくまとかを食べたり、黒ウィズの世界に行ってみたり、みたいな夢を。
……さては、私、疲れてないな?