ⅩLⅣ 秘密編_2
知りたいことを知るのは気分がいい。
だが、知りたいことの先あったのが、知りたくなかったことだとしたら、それは果たして気分が良いと言えるのだろうか。
『この世界のこと』
「僕はガナック・クエスト。君達が探して訪ねてきた目当ての人物にして、若き偏屈学者にして、魔法学者アディータ・クエストの子孫だよ。気軽にガナック先生と呼んでくれ。でも、口調は畏まらないでいいからね」
彼は言った。
頭の高いところで髪を一つに結った白衣の男。学者ガナック・クエスト。
「さっきは大変だったね。あの子はガル。この家と僕を守るために作った僕のイメートだよ。ガーディアンでガーゴイル。実は、事前に君達の来訪は知っていたけど、彼女に言うのを忘れてね。彼女は事前に知らせておかないと来訪者を敵と見なして攻撃しちゃうんだ。ちょっと困った子でね。でも、許しておくれよ。彼女はただ、僕を守りたかっただけなんだよ。悪気はないんだ」
お茶を一口彼はすすった。そして、切り出す。
「で、見たところ、この世界の人じゃない渡り者さん達がいるね。それで僕を訪ねてきたってことだろ?」
その目はカイとハク、そしてセイを見ていた。カイを守るようにカルラがカイの前に出る。ハクとセイを守るようにエルバも立ち上がる。
「落ち着きなよ、二人とも」
過剰に反応する二人とは対照的にテイマはゆっくりとお茶を飲み、持っていたカップをテーブルに置く。
「貴方、よく呑気していられるわね。何でお茶飲んじゃうの? 毒とか薬とか入ってたらどうするのよ?」
テイマの呑気さに苛立ちながらカルラが言う。カイを守る盾のように伸ばしていたカルラの腕をカイは下にやんわりと下げ、ガナックに問う。
「教えて下さい。僕らのこと。そして、魔王のこと、闇の道化師のこと。一体贄とは何ですか?」
「あーはいはいストップストップ。……まぁまぁ、まずは落ち着いて。ほら、そこの彼みたいに」
カイの質問を一度止め、テイマを指差し落ちつくように彼はなだめる。カイの右隣にいるテイマが、おっ?と顔を上げる。そして、へへん、と得意顔になる。手本として示されたのが嬉しいみたいだ。しかし、その顔がカルラの気にくわなかったようで、彼女に叩かれていた。
苦笑いで落ちつくようにと、ガナックは言った。
閑話休題。
「さて。まず、君達が贄として奴等から追われる理由もそうだけど。うーん、何から教えていけばいいか……ものには順序があるんだよ。そうしないと魔法が正しく発動しないように。それ相応の正しい順序がさ」
頭に人差し指を当てて、彼は目を閉じて考える。
「君達、この世界のこと、どこまで知ってる? それによって僕が話すことの構成も変わってくるんだが……どうだい?」
片目を開けてカイ達を見る。カイ達は顔を見合わせる。何も知らない。自分達は彼が言うところのこの世界のことをきっと知らない。彼の言うところの知らないというのは、そういうことだろう。自分達は彼よりもこの世界のことを知らない。だからそこ首を横に振る。
「僕らは何も知りません」
「そっかぁ~。じゃあ、かーなーりむかーしのことから話さないとかー。辛いなー、めんどくさいなー。しかも全部かー。うーん」
難しい顔をして左右に揺れる。背もたれのない椅子の上で器用にあぐらをかいて体を揺らす。体が座面からずれたら落ちてしまう。
「んー、よし、決めた。さっくり簡単に全部を話そう」
体を止めて、彼は目を開く。
「ここからの話は信じられないだろう。それでも、君達はこの突拍子もなく信じられないような話を聞こうという意思はあるかい?」
答えは決まっている。だから、頷く。
「オーケー。今から話すことは君達が学んできた歴史とは大きく違う。そんな話だよ。でもほんとの話。この世界のほんとの歴史だ。それなくして、魔王も闇の道化師も語れない」
長い長い、永い、時間をかけた嘘みたいな本当の魔法の時間の物語が始まった。
「この世界はずーとずーっと昔、漸く僕ら人、人類が現れ始めた頃だよ。その頃、魔法と出会った。全ての起こってしまった事象と事実を否定し、拒絶する。原初の魔法は逃避の魔法といってもいい。苦痛とか、取り返しのつかない大怪我を追ったり、目撃したとき、誰だって否定したいし、拒絶したいし、逃げたいだろ? その強い思いが魔法を生んだ。なかったことにするという形で。それが時魔法だよ。
「時魔法が生まれたら次は空間魔法が生まれた。敵の足止めのためにね。つまり、世界で最初に生まれたのは無属性の魔法だった。しかも、この無属性を使える人は今よりも多かったよ。コツさえ掴めば誰だって使えた。それもそうだよ。無属性とは全ての魔法の根源だし、この世界の人間は皆、本当は無属性を使えるんだからね。本当さ。無属性因子を僕らはみーんな持っているのさ。信じられないって顔だね。使い方のコツ、教えようか? 精神的にも肉体的にもひどい苦痛と引き換えにだけど。ははっ、冗談だよ。
「話を戻そう。無属性の魔法が生まれてから人類は無属性を応用してそれぞれの火、水、風、土、光、闇の属性達を生み出した。それを操ることができるようになったら、もう何も怖いことはない。人間が世界の頂点に立ってしまった。人間を止めるものはいなくなってしまった。その彼らを止めるために一部の人間達の信仰により、誕生したものがある。幻獣や妖精達だよ。自然と同等の力、人間よりも上の力をもった彼らが現れることで世界は一時的に安定した。けど、人間は魔法により彼らをあまり刺激しないよう、怒りに触れぬよう持ちつ持たれつの距離を取りながら独自に発展してきた。既に一万年前くらいには、今よりも高度な科学技術と魔法文明をもった生活を彼らはしていたんだ。
「やがて幻獣も妖精も人々の生活から廃れ始めてきて、人間が傲慢になってきた。富と利益を独占する一部の人間が多く現れ出した。世界を支配しようとする者も現れたよ。まぁ、人間ってのは傲慢で強欲な生き物だよね。この世のすべてが欲しくなっちゃったんだ。各地で戦争が起こったよ。科学と魔法の世界戦争がね。人も幻獣も妖精も動物も、この世界の全ての生き物が同胞と殺しあった。魔法で狂化された幻獣や妖精に動物達は魔物となってしまってね。同胞達と戦った。すべては戦いに戦い尽くしたよ。実はね、その戦いの最後に投入され、大戦を終わらせたのが、魔王だったんだよ。
「魔王とは、君達は依り代にとり憑かせて、依り代の意識を奪い、その体を借りて世界を混乱と破滅へと陥れる災厄の権化だって教わっただろ? でも、実際の魔王は違うんだよ。……本当のあれは兵器だよ。世界を限りなくリセットに近い状態にし、新しい文明を始めるための。世界改革装置さ。機械、カラクリだよ。でも、機械自体に意思がある。人格もね。人と変わらない心をもった機械兵器。でも、それは今はまだ起動する時じゃない。だからやつはまだ起きない。奴が起きて活動を始めるのは奴の核に入る贄が必要なんだよ。それが依代。それはこの世界の人間じゃないやつ、つまり異世界人、渡り者が入ることなんだ。……そ、だから君達は追われるんだよ。
「で、その兵器・魔王がこの前の一万年前の大戦で最後に投入されて世界をほぼ破壊した。そして、海の向こうの遠く離れた島にその身を自ら安置し封印した。引き連れてきた魔物達によってその身を今も守らせているよ。
「それからの世界は自分達の愚かさを悔いて反省し嘆いた。魔法を封印しようとした。しかし、復興には魔法の力が必要だった。だから、魔法を制限した。無属性は一部の人間にしか使わない、使えないんだって嘘の約束事を取り決めた。族長とか偉い人がそれを使える。自分達は火や水、風とか土、光や闇の単一の属性、しか使えないとした。そういうルール。常識。それが今にもずっと続いてきちゃって無属性は今も数が少ない貴重な存在になった。少ないと言われると人間ってのはやっぱりほしくなるものなんだよね。でも、自分達と違う力を持っているから、それが恐ろしい。だから迫害する。無属性は各地に逃げ、散らばる。始まりの力を使うってだけでこんな仕打ちだ。過去の取り決めを皆忘れてる。けど、取り決めは忘れられているけれども歪められて受け継がれている。おかしな話だね。
「人間が大戦後に増えていくにはどうしても結婚と出産を繰り返さなきゃいけない。でも、親族とか近しい者同士でやるのはまずい。いづれ遺伝子にバグが生まれてそれを顕著に現した奇形児が生まれてしまう。それを防ぐために別の世界から人をこの世界は入れてきたのさ。世界の意志で別の世界から人を仕入れた。人を誘拐した。或いは召喚した。多分、カイ、君の世界からも何人か入ってきてる。君がここに来ているんだからね。そこのハクさんとかセイちゃんだって、もしかしたら、君の世界の別の国の精霊かもしれない。有り得ない話じゃないからね。この世界に入ってきて言語の違いがあるだろうけど。まぁ、それを可能にする全てにおいて万能の魔素について話す前にちょっと休憩しよう。あまり詰めすぎるのはよくないからね。ちょっと今までのことを考える時間を設けよう」
話を一度きり上げてガナックは立ち上がる。
「ヤズメ、料理あとどれくらい? 手伝うことは?」
「はい、マスター。付け合わせを作るので手伝いください」
「ほいきた」
夕食の支度を始めていたヤズメの手伝いをするガナック。動きは、てきぱきという言葉が合う。そんな彼らとは反対にカイ達は混乱して動けないでいた。
「何だか、追い付かないわね。色々と」
カルラが重い口を開いた。
ノンストップで、聞かされたこの世界のこと、魔王のこと。そして、世界の本当の歴史を。
「嘘、ですよね? だって、それだったらどうして誰も知らないんです?」
エルバの言葉に覇気がない。震えていて切れがない。
「暗黙の了解だよ。はっきりと子孫に伝えなかったから。聞かない常識、でも知っていなければならないこと、それが暗黙の了解。最初は暗黙の了解でも、行きすぎれば秘密に、果てには誰も知らぬまま、その文化さえも失われる。そういうことなんじゃない?」
テイマが言う。なるほど。それなら、今までその本当の歴史が伝わらなかったのが頷ける。
「しかし、ガナックさんは今のことを本当の歴史と仰いました。彼しか知らないのですから、それを本当と認めてもよろしいのでしょうか?」
ハクが言う。ガナックの語った歴史の信憑性。そう言えば学園の彼らも言っていた。信憑性に欠ける、と。信憑性とは数の力で決めるものではないが、確かにガナックの話を鵜呑みにするのは何だかすっきりしない。
「いや、本当だよ。なら、誰か闇属性でこの世界の記憶を読み取ってごらんよ。かなり昔の記憶をさ。百聞は一見にしかず、だよ。ま、それなりの時間と体力を要しちゃうから、まずはご飯ねー」
テーブルを動かし、その上に今出来たばかりの料理を置いていく。
「はい。本日の晩餐はパーティー形式。アクアパッツァと海鮮パエリア、魚介出汁の野菜スープと、……まぁ、いつも通りの魚尽くしだよ」
海の香りが近い。そう言えば、窓の外には海があった。今は夕闇にのまれかけて、燃えるような色をした太陽が、色を反射した海に沈みこんでいた。
世界の歴史、魔王、渡り者、世界の特性。その断片が見えたとき、心は不安定になる。
海は全てを知っている。揺らぐ波は、心と同じ。
眠れば、夢を見る。
次回、『波と夢と断片的な思い出と』
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今回は詰め込みすぎた、と反省はしてるが後悔はしていない。次回作はシンプルにいきたいけど、私が複雑な設定が好きすぎるからいけない。
そこはね、本当に反省しないといけないんです。作ろうと思う意欲はあるけど、から回りすぎる。本当に反省します。




