ⅩL ウラグフェスタ編_4
炎のショーの後に現れたのは歌うたいと演奏者。情熱的な炎のショーとは対照的な、月のように穏やかで優しい光に包まれたようなそんな気持ちで、彼らはその歌を聴く。
『夜に』
夜は昼間のあの温かい気持ちのまま、静かに一日を終えたかった。きっとハクの歌はあんな風に、とても穏やかな気持ちにさせてくれるだろう。だから、一行はハクの歌を聴くことにした。
鉄紺色の夜空に白に近い薄い黄の月が浮いている。少し冷たい風が昼間の喧騒の熱が残るこの国を足早に歩いている。心地のいい強さの風が、熱でおかしな方向へ向かった気持ちを鎮めてくれる。
夜を壊さないようにそっと、セイは手にした二胡を弾き出す。延びる音色はなんだか人の声に似ている。
「今宵歌うは、昔々に塔に閉じ込められた、とある高貴な女性が歌った歌。愛する人に助けてほしくて彼女は歌う。届け届けと願った歌。再会願った愛の歌」
セイの言葉の後にハクが一歩前に出る。月明かりの中にハクの白い髪がきらきらと輝いた。
古代の言葉なのか、架空言語なのか。自分の知らない言葉で歌を歌うハク。しかし、それがいいのかもしれない。想像を働かせて歌を聴き、歌を歌ったという囚われた高貴な女性の様子を思い浮かべられる。悲しげではあるが、まだ折れてはいない心の強さがある。希望を信じている。
延びる優しい歌声は遠くまで届きそうだ。きっと高貴な女性の愛する人にもこの歌が届いていただろう。
「『たとえ運命が私たちを引き裂こうとも、きっと再び出会うだろう。永久を誓った青い星の花が導いてくれる。私は待つ。愛を信じて。私は待つ。貴方に再び会うために。』……高貴な女性は歌と共にこの詩を伝えています。彼女はその声が枯れるまで、ずっと歌い続けました。彼女が男と再会できたのかは誰も知りません。ですが私は、この女性は再び男に出会うことが出来たと思います。その男の国から塔のあった場所まで、異国の青い花が道を彩るように咲いていたそうです。二人が愛を誓った青い星の花が」
ハクは頭を下げた。静かな夜の広場から拍手があちこちで聞こえた。鼻をすする音も聞こえる。
「いいっ……話、だなっ……」
横を見るとエルバが泣いていた。
「そうね」
珍しくカルラも同意した。
「うん。いい話だね」
テイマがハンカチをエルバに渡し背中をさすりながら言った。離れていた二人が出会うことが出来たのは、愛の力なのだろう。愛とは時に運命さえも変えてしまう力がある。だからこそ、このような話があるのだ。
「いつか、僕も兄さんに会えるかな?」
小さく呟いた。
向こうの世界で唯一はっきりと覚えている兄のこと。今、どうしているのだろう。
「……エイク、兄さん」
ため息のような言葉にカルラはカイを抱き締め、テイマはそっとカイの手を握った。
「きっと会えるよ。ないより、あるって思った方が、希望があった方が、その方がいい」
テイマが囁いた。
希望はあった方がいい。確かにその通りだ。例えそれが嘘でも、信じ続けていれば自分の心は曇らないし、折れることもないだろう。自分を励ましてくれる言葉に、カイは繋がった手を優しく握り返した。
真夜中になっても都市の中央は賑やかなようで、明かりと賑やかな音の残骸が森に近い場所にも届いている。皆はもう寝ている。それを確認したある少年は静かに寝床を抜け出して、森の中へ入った。
森には人気がないし、獣の気配もない。皆、寝ているか、町の方の喧騒におこぼれを貰いに行っているのか。気配がないのは好都合だ。
手を地面の上に置き、石の箱を作った。その中に紙切れを入れ、蓋をする。再び地面に手を置くと、石の箱は地面に飲み込まれるようにして消えた。
「何してんだよ?」
暗がりから声が問いかける。
声の聞こえた前方へ、ばっ、と勢いよく顔を上げる。
「よお、ミドリーノ。どうしたんだよ?」
暗がりがら燃えるような赤い髪を炎のように揺らしてフェルゴが出てきた。誰の気配もしなかったはずだ。いや、そもそもフェルゴは精霊であり、魔神であり、悪魔だ。人や動物の気配ではない。有るようで無い、無いけれども有る。それが彼らの気配だ。自然の中では一般的なありふれた気配が、彼らなのだ。
「……フェルゴ」
フェルゴが出てきた位置から自分のしていたことは丸見えだ。テイマは身構える。
「安心しろよ。お前だって、なんか理由があるんだろ? 兄ちゃん達に言うつもりはねぇよ。俺だって、ずっと人でないこと隠してたからな」
カイ達が泊まっている宿の方に顔を向けるフェルゴ。
「俺も訳アリだから、お前の事情に首を突っ込むなんてことしねーよ。お前のさっき使ってたのが、どんなものかも知ってるけど言わねーし。何の目的があるのかも俺は知らねぇ」
「なら、このまま何も見なかったことにしてくれないかなぁ?」
空気が重い。緊張した空気の中、テイマの汗が一筋顔を伝う。それはつまり、あの行為を見られたら不味いということだ。しかし、“あれ”が確信に変わった今、それをすぐに伝えなくてはならない。“あの人”に伝えてやらねば。“あの人”が自分にした頼み事なのだから。
“そのため”に自分は“ここ”に。
「何でお前そんな重っ苦しいの? さっきから言ってるだろ? 俺は何も知らない。ようはだな、訳ありの理由を暴くような真似はしねーって」
首をかしげて不思議そうな顔をしてフェルゴは言った。
「……本当の……本当に?」
「本当の本当に。だって俺、サラマンダーでイフリートだぜ? 今も人間のフリしてんだぜ? 何で同類をピンチにしなきゃいけねーんだよ?」
その言葉に今度はテイマがポカンとしてしまった。彼は最初から言うつもりなどなかったのだ。
「お前そんなノリのいい性格しといて結構疑り深いんだな」
「いや、普通疑えよ」
テイマがため息をつく。それと同時に彼の緊張の糸が解けた。
「もし僕が敵だったらなら、見逃したらダメだからね。てか、それ考えなかったの?」
「お前、ほんと疑り深いな」
フェルゴがため息混じりにあきれた顔で言う。
「お前からは悪意を感じない。イフリートってのは悪魔でもあるからな。ちょっとの悪意でも見逃しゃしない。それがねーから俺はお前を見逃すんだよ。悪意があったら、お前が宿を出たところで焼き殺してるよ。……でも、お前、多分死なないんだろうけど」
頭をがしがしと掻くフェルゴ。宿の方へ歩き始める。その姿をテイマは、ぼんやりと眺めていた。テイマが着いてこないのでフェルゴは振り向いた。
「何してんだ? 用済んだんだろ? 帰るぞ」
手に火の玉をのせてテイマに声をかける。テイマは両手を頭の高さまで上げてため息をつく。
「はぁ……。降参だよ。やっぱり、僕みたいな存在の気持ちも読み取っちゃうんだね、精霊ってやつは」
「俺は魔神であり、悪魔であり、精霊。人の思いで成立してるからな。それらの信仰あるところ、俺は在り、ってな。ま、エネルギー切れを起こさない限りな」
「ははっ、言うねぇ」
いつもの笑顔になってテイマはフェルゴの後を追った。待っていたフェルゴはテイマが自分と並んだのを確認して宿の方へ歩き出した。火の玉は温かそうな光で行く道を照らしていた。
赤と緑って補色の関係だから喧嘩し合うんですって。でもこの二人は大丈夫そうですね。お互いに何かを持っているから、なのでしょうね。テイマ君の目的も気になるところですが、フェルゴ兄さん曰く悪意はないということですので大丈夫です。色々と気になることを言っていましたが。まぁ、そのうちに。
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皇帝はウラグフェスタの裏側から、世界を見る。
追われる女達と追う者達。
道化師が来る。
次回、『炎の本気、魅せてやる』
今回も、読んでいただき、ありがとうございました。




