外伝 若き騎士と死にたがり_1
ここで一度、過去を見よう。
ある青少年と少女の出会い。
奴隷少女は死を求める。安らぎの眠りを安息の平和を。皆と穏やかに過ごしたかったから。
騎士見習いの青少年は燃えていた。心に誓ったのは国を守ること。家族、友、隣人、それを取り巻く周りも、国も、国王も。若い心はまだ青く。生きることに光を見いだしていた。
正反対の二人が出会う時。二人の絆はこの先何十年も続くことになる。
後のウルガルド王国の聖騎士にして国王親衛隊騎士団長ラツィオ・ヴァハマンと、若くしてウルガルド王国の無属性国家魔導賢者となったキュリア。
その二人の出会いの物語である。
その国は平和だった。それでも、時々、事件は起こるわけで。凶悪な事件だって、それは忘れた頃に起こるわけで。たまに王国はその始末で忙しくなる。
ある魔導士が研究のため奴隷を買い集めて、その奴隷で人体実験をしているらしいという噂が一部の魔導士達の間で広まっていた。この国で奴隷の売買は禁止されている。だというのにその噂がある。密かに調査団が組織され、その魔導士の周辺を調べ始めた。
ルフ=イルオケ。それが噂の魔導士の名前だ。研究をしているという話だが、その研究内容を知っている魔導士はいない。誰も近づかない暗い森の奥の岩穴の中が彼の研究施設だと言われている。
「身を隠すにはいいところだ。ここなら国境にも近いから密かに奴隷を運び込むことも可能だろう」
秘密裏に組織された調査団の隊長、ギュンターが言う。暫くここを見張ることになった。ギュンターと新入りの騎士が今日の見張りだ。
「お前はこの前、うちの騎士団に入った者だったな?」
「はい。ラツィオ・ヴァハマンです。姓のヴァハマンが言いにくいので、同期の間や学校時代の教師達からは名のラツィオで呼ばれていました」
「すまないが、私にはどちらも言いにくいなぁ。えっと、ラツィオ、だな。お前に私が一つ大事なことを教えてやろう」
ラツィオはこの調査団の隊長で騎士団の副団長でもあるギュンターの言葉を真剣に待つ。
「よく見て、よく聞いて、よく感じることだ。これは基礎であり、そして、忘れれば命を落とす。お前はまだ若いから様々なことを吸収する。決してこの基本を忘れるな。基本を忘れたやつからこの世界は死んでいく」
きっと、多くのそういう人を見てきたのだろう。その言葉は重みがあった。
その日は何も起こらず夜が来た。
「ギュンター様」
「アサシンか、どうだった?」
調査団の一員であるアサシンが周りの様子を探っていた。それが戻ってきたということは何か収穫があったのだろう。ギュンターはアサシンの報告を聞く。
「ルフは国境付近にある違法地下施設の闇市の会場で人買いをしていました。明日の早朝には、ここに奴隷を乗せた馬車が来るでしょう」
「ご苦労」
アサシンは闇に溶けるように消えた。
「さて、ラツィオ。時間ができた。早朝まで少し休もう」
早朝に奴隷を乗せた馬車が来る。人が買われたということだ。だが、それと同時にそこに流れる人がもっとたくさんいること、それを売り買いするのもまた人だということにラツィオは怒りを隠せない。
「ラツィオ。人というのは、欲に目が眩めば、どんなものでも売るのさ。たとえそれが、自分と同じ人でも。家畜や物を売るように。俺達はそれも阻止しなきゃならん。だが、それよりもまず明日、人体実験の噂を確めるのが先だ。わかるな」
辛抱してくれ、そう言っている声でギュンターはラツィオに言う。
「はい」
ラツィオのその返事に頷くと彼らは早朝を待った。
「また明日になれば痛いの?」
「僕もうやだな」
「寝ましょうよ。今のうちに」
ここに希望はない。あるのは絶望。
「……」
ここに長くいる一人の奴隷の少女は亡くなった仲間のことを思って涙を流した。
「皆のところへ、いきたい」
誰も知らない暗闇の世界で、子供達は明日が来なければいいのに、と思った。
ガタゴトと馬車が来る。そこに乗っているのは奴隷の子供達。一人一人下ろされて岩穴へと連れていかれる。
「八人か」
一度にいつもこれくらいを買ってくるのだろうか。だとすれば、中には一体何人の子供がいるのだろう。
「行け」
アサシンは自身のイメートを子供達の方へ放つ。魔物型の煙のような姿をしたイメートだ。微かに見える程度に薄くなって子供達についていく。
「少し待ちましょう」
中の様子がわからなければ、奴隷の救出とルフの捕縛ができない。
ああ、また来てしまった。
かわいそうな子達。
ここに来たら死しか待っていないのに。
そして私は、私だけは死なず、この子達が死んでいくところを見ているだけ。
助けてあげることさえできないの。
私だけがいつも生き残るけど、一人でいるのは辛いの。
あぁ、早く皆のところへいきたい。
死にたい。
ところで、あの子達と一緒に入ってきた靄は一体何なのかしら?
今日、何かの薬を飲まされたあの子は行っちゃった。あの人はこれも失敗って悔しがってる。前に生き残った時、ご褒美に聞かせてもらったことがあった。私達に飲ませている薬は、人の欲望を叶えるもの、永遠の命、不老不死を叶えるための薬の種だと。不老不死の薬はまだ作られていないから自分が作ってどこかの国王に高値で売り付けるって。私達はそのための実験台。
何度も何度も失敗してる。その度に私は生き残る。
あの人もバカではない。そろそろ何を飲ませても生き残る私の体を調べるだろう。死ねない理由がわかるかな?
今日は私達の体から注射器で少し血が抜かれて、何かを調べてた。あの苛立った様子だと何もわからなかったらしい。けれど、私に何かがあるのは気づいているから、私は少しだけ特別になるみたい。私の血をベースに薬を作れば何か変わるかもしれない、って。
狭い檻から出されて、部屋を与えられた。その中では、少しでも健康な血を沢山作るために、自由に動いていいって。でも、部屋からは出られない。出たら私が皆を逃がすからだって。檻の中のたくさんの目は怒っていたり、助けてって言っていたり。けれど、私はもう覚えていないの。外での生き方を。だから、その目を無視してあの人に従った。
そんなにここから出たいなら、今までの皆のようになればいいの。神様のところに行けばいい。神様がいて、先に行った皆と一緒に暮らしてるって、怖いことも辛いこともなく、楽しく暮らしてるって、ずっと前にいった子は言っていた。
神様のところに行くといいよ。
でも神様。私は皆と同じ薬を飲んだのに、どうして私だけそこに行けないの? 皆に会いたいのに。
死にたいのに。
一人で部屋に放置されている。皆と話すことはなくなった。あの人だけ。そのうち言葉も忘れちゃうのかしら。皆に会ったとき、お話しできないのは困るなぁ。
「……ねぇ……ねぇ……」
とても抑えた声がする。あの人以外の声を、他の子達の苦しむ声以外をここに入って初めて聞いた。
「聞こえてるかい?」
「……だ、れ?」
言葉はまだ覚えていてよかった。声というより、息で答えたようになった声は届いているのかな。
「よかった。聞こえてる」
いつか見た靄がいた。少し濃くなって、あのときよりよく見える。靄がしゃべってるなんて不思議。誰かが言っていた。靄が出ると、その人は死ぬんだって。とうとう来たんだ。神様のところへいく時が。
「君はどうしてここに? 何で一人なの?」
「私には、他の子と違う何かがあるから、特別で檻から出されたの。血を作るために動いた方がいいからって。でも、……このお部屋の中だけ。お部屋から出たら、私が皆を逃がすから。あの人は部屋に鍵をかけてるの」
靄が揺れている。靄も頷くのかな?
「そっかそっか。じゃあ、“あの人”って、何してるの?」
「お薬を作ってるの。不老不死の。それで、できたら王様に高値で売るんだって」
「ふぅーん」
何だか靄は考え込んでるみたい。どうしてこんなことを聞くんだろう。早く神様のところへ連れていってくれないかな。
「君はいつからあの人といるの?」
「わからない。だってずっと前で、覚えてないの。でも、あの人と一番長くいるの」
「そっかそっかぁ。じゃあ、最後の質問ね。……今までに何人死んだの?」
「わからない。でも、沢山のはず。私がここに買われてきて、部屋に入るまでは……20人……くらい……だったと思う」
皆、神様のところにいるんだよ。
「うん。そっかそっか。ありがとう。待っててね。ここから出してあげるから」
靄はまた薄くなって見えなくなった。何か準備があるのかな。あの人も何かするときは準備をしてた。待ってて、って言われたなら、待とう。とても眠い。起きたら神様のところにいるかな。
煙のイメートが潜入調査から戻ってきた。その中の惨状が、おぞましい実験が報告される。
「なんてことを!」
「生きているのは何人だ?」
「あの八人を除き、檻には四人いました。そのうちの二人が」
十人の子供達。うち一人は別室に。
「明日の夜明けに突入する。準備をしておけ」
「はい」
ギュンターは頭を抱えた。
「ギュンター様?」
ラツィオは恐る恐る声をかける。
「大丈夫だ。ただ、一人の大人の欲のために、まだ世界を知らない子供達が、何の罪もない子供達が何人も何人も犠牲になっているのを思うとな。……もっと早く、助けてやれればっ!」
ギュンターは拳を大地に叩きつける。ラツィオだって悔しい。自分の弟や妹ともいえる歳のまだ幼い子供が自分の想像を絶する世界にいるのが。自分のいる世界がどれだけ幸福で、恵まれているか。
「ラツィオ、子供達を助けよう。必ず、光の世界へ連れ出して、もうこのような辛いことをあの子達にさせてはならない」
「はい。このラツィオ、全力で明日の作戦のお供をさせていただきます」
「頼む」
ラツィオは初の任務に気を引き締めた。必ず、やりとげなければならない。救わなければならない。
夜明け。
ラツィオ達はルフのアジトを強襲した。ギュンターとアサシンはルフを追い詰め、見事に捕縛した。檻の子供達は無事に保護されてすぐに治療が施された。
「こっち! こっちの部屋!」
「おい、早く鍵を開けろ!」
ルフに鍵を開けさせる。その部屋はとても丁寧に作られていて、中の少女を傷つけないように内装は工夫されていた。
「おい! しっかりしろ!」
少女に駆け寄る。少女はまだ夢の中で、寝息を立てていた。注射の痕が痛々しいが怪我はない。
「よかった」
まだ、生きていてくれた。
彼女が劇薬を投与されても生きていたのは何故なのか?IMATEを読んでいる人ならばその理由は簡単に分かるはず。簡単なことです。
次回、『攻防』。
さぁ、師匠達の過去を見に行きましょう。




