ⅩⅩⅩⅥ 無属性魔導士編_17
全てを終わらせる。
自分を闇から救ってくれた師匠であり、友であり、母であり、怪物になった彼女を送るために。
まだ国を見守り続けたい、まだ助けていきたい、まだ、死にたくない。そう願った彼女は……。
砕けた人形は再び____。
『始まりの終わりの始まりの二人』
「嘘、だろ……」
キルカが上を見上げる。絶望の色の眼の先、上空に立っているのはつまり、
「ウルミラ」
彼女はまだ、生きている。
ウルミラも下降してくる。ゆっくりとカイ達と少し離れた地面に降り立つ。その姿はボロボロで満身創痍で、立っているのがやっとの状態だ。
「……やって……くれますね……」
絞り出すような声だ。
「……やっと、……この世界から、生から……解放してあげましたよ……シュラ……」
膝をつくウルミラ。その体はもう立てないらしい。目に光もない。それでも、その目はシュラを見ていた。シュラしか見えていない。
「……ウルミラ……ウルミラァァァァ!!」
キルカが吠えるように叫ぶ。同時に体から魔力が、炎が勢いよく燃えるように、暴走するように溢れる。うねる魔力がウルミラに向かう。動物のような形をとった魔力は素早く真っ直ぐにウルミラに向かい、ウルミラをはねた。
ドサッとその体は落ちたが、シュラの名をぶつぶつと呼び続けている。
「……まだ、終われない、の……まだ、シュラ……シュ、ラ……」
怒りの力で出来た魔力は白い馬のような形だ。それが再びウルミラに向く。キルカの怒りがまだ治まらない。もう一度、走り出そうとしたときだ。
「終わるのよ、ウルミラ」
もう聞こえないと思っていたシュラの声。残骸と化したそれを皆が見る。
その顔は穏やかに笑っていた。
「シュラ!」
キルカが駆け寄る。触れようとした寸前、眩い白い光が壊れた体から発せられる。そして、白い魔方陣が広がる。この魔方陣は見たことがある。ウルミラが体を奪うために使った、あの魔方陣だ。少し違うが、あの記憶の魔方陣とそう大差ない。
だから、驚く。今、何故、これを使うのかを。
「そんな、なんでシュラさんが、この魔法を?」
「シュラ、お前一体何を?」
カイ達が困惑する中、テイマはすべてを悟ったように悲しげな顔をしていた。
「……そう。貴方がそのつもりなら、僕は止めないよ、シュラさん」
「ありがとう」
テイマの言葉に静かに礼を言う。乳白色に琥珀色の芯の魔水晶の左目は優しく開かれている。目に映る全てのものを慈しむような、そんな目が。
「カイ、アルナを、カルラをこれからもお願いね」
「え?」
優しい声は次にキルカに声をかける。
「キルカ、カマラと幸せにね」
「……やめろ……まだ、まだお前に教えてもらうことが。なんで、そんな、そんな……」
わかってしまった言葉の意味とこれから行おうとしていることに涙が溢れてくる。
「転移・魂」
壊れた体から白く光るシュラの魂が出る。その魂の行き先は一つ。ウルミラに向かい、そして、入った。
「……ハハッ……やっぱり、ここに来ましたね、シュラ。……さぁ、私の中で糧となり、眠りな……さ…………」
ウルミラの言葉が止まる。
「眠るのは、お前の方だ」
「ようやく自由に……」
「これで死ねる」
たくさんの声がする。男も、女も。その言葉は全て、ウルミラの口から出ているものだ。
「あ、……あ、そん……な……。あ、あぁ……や……いや……嫌……だって、私はまだ……。この国を、まだ導かないと……終われない……のです、から……」
ウルミラの体が白いぶちのような光を発し明滅している。
「もうこの国は一人で歩いていけるの。貴女が一人で歩いていけたのだから、この国だって歩いていけるわ。だから、安心して行きましょう。また、他の場所を救う旅に出ましょうよ、ウルミラ」
その言葉にウルミラの震えが止まる。顔は上を向いている。ウルミラの目には今まで取り込んだシャーサーカ達の姿が、シュラの姿がはっきりと映っていた。
「……シュラ……」
シュラが笑顔で、500年前の姿で自分に微笑んで、手を伸ばしている。その手をウルミラは取る。重かった体が急に軽くなった。苦しかった体が急に楽になった。
周りを見れば、その体は、空の青の中にあった。
「行きましょう、ウルミラ。皆が待ってる。また昔のように、違う場所で、貴女を待ってる人たちがいるの。それを助けに行きましょうよ」
「……シュラ。……ええ、そうね」
ウルミラは空へ行く前に自分が作って、守って、導いてきた、我が子も同然の国を見た。とても大きい。魔導士も非魔導士も暮らしている。多少のいさかいはあるが、この国なら解決していける、そんな気になる。足元を見れば、中身のない自分の体を見つめる少年達の姿。一人の青年は壊れた残骸と化したシュラの体を抱えて泣いている。
「シュラ。いいのですか?」
彼女には彼女が行くのを悲しむ人間がいる。彼の中で、彼女の喪失は大きい。だからこそ、ちゃんとお別れを言うべきだろう。しかし、彼女は振り切る。もう少し生きていたいって思ってしまわないように。
「……私は本当はもう生きていたらいけない存在ですから」
それが嘘であることなど、ウルミラは知っている。反目しあって500年。それまでに出会って10年ほど。二人は長い時間を共にしてきたと言ってもいい。だからこそ、分かる。遠いところに行くのだから、もう会えないのだろうから。
「最後に行きなさい。ちゃんとお別れをしておいでなさい。ここで待ってますから」
ウルミラはシュラの背中を押して、下に戻した。
「シュラ……シュラ……」
その目はもう開かない。その口はもう自分に魔法を教えてくれることはない。だが、それを受け入れられない。
「すぐに治してやるから。体の足りないところ、作ってやるから」
まだ時間を巻き戻すという高度な魔法をキルカは思うように使えない。だから、土と水分を集めて、練って、空間魔法を応用して繋げてやる。
「さ、シュラ。体治ったぞ。だから、目を開けてくれよ、なぁ」
見ていて辛くなる。テイマは目をそらした。そこにシュラはいない。それでも、彼は呼ぶ。
「……シュラ」
涙を流すキルカに彼女は触れる。
『キルカ、泣かないで』
「! っ……シュラ?」
薄くぼんやりとその姿を見た。
『貴方がいたから、私はウルミラを倒すことができた。歴代のニータ達もこれでウルミラから解放された。私の役目は、ようやく終わったの』
「でも、俺はまだ……」
『ふふっ。もう私がいなくても、貴方は生きていけるはずよ。いつまでも私がいると思わないで。大丈夫だから。カマラがいるじゃない』
最後に二人の姿を見られないことは心残りだ。しかし、自分の体はそろそろ消えようとしている。
『最後に貴方達の結婚式が見られないのは寂しいし、心残りだけど。でも、後で聞くわ。先に行って待ってる。ゆっくりでいいから。貴方達が来るまで、ずっと、ずっと待ってる』
「シュラ……絶対、いなかったこと、後悔させるくらいに幸せな暮らしをしてやる……向こうでじっと待ってろよ……。絶対、お前のこと、永遠に忘れない。どんなに時間が経っても……」
その顔を見て彼女は空に昇っていった。
『ありがとう』
最後にその声が聞こえた。
「……行ったね」
「うん。行っちゃった」
空を見上げてテイマとカイが言葉を交わす。
ボロボロとシュラだった人形の体が崩れる。最後に残ったのはヒビが入った魔水晶だけだった。色を失い、透明になったそれをキルカは大事そうに拾い上げ、胸に当てた。
「……終わったんだな……」
「……そうだね」
その場に似合わない青い空がどこまでも広がって光っていた。きれいな虚無の色だった。
「さよなら」
カイの小さな別れの言葉は、青年の慟哭によって掻き消された。
「おめでとう」
「おめでとう、お二人さん!」
「俺らのアイドルを幸せにしろよ!」
男達が泣いている。それもそうだ。今日はキルカとカマラの結婚式なのだから。
「いやー、しかし、キルカが戻ってこなかったらどうしようかと思ったなー」
「ありがとよ、サーシャーカ様!」
「いよっ! 騎士王様!」
「いや、私は幸せになる者をあるべき運命へ戻しただけだ」
それを言うのは新たなシャーサーカになったリティカだ。
神殿や壊れた建物は既に時間を巻き戻した修復により以前と同じ状態に直された。しかし、ジャーディアンはシャーサーカとニータ・ジャーディアンを同時に失ってしまった。国の治め方もジャーディアンの皆は知らなかった。ただ一人、元皇女のリティカを除いて。だからリティカがシャーサーカに選ばれたのだ。
「戦友よ、君に祝福を。永遠の幸せを」
魔法で式場を花で一杯にするリティカ。祝福される二人はとても幸せそうだった。
「よかった」
カルラは呟いた。しかし、その言葉には寂しさも混ざっている。
「どうしてかしら。どうして、ここにいないのかしら……一番に見てもらいたい人が、いないの……」
一緒に帰って、一緒にキルカとカマラを祝うはずだったのに、と。涙こそ見せないが、表情こそ崩さずに笑顔でいるが、その声はひどく震えていた。そんな隣のカルラにカイはかける言葉が見つからなかった。
たったったっ。
小さな足音がカルラとカイの間を抜けてキルカとカマラの方へ駆けていく。赤みがかった黒髪で、おかっぱに二本の尻尾のような長い髪はとても特徴的だった。
「おめでとう、二人とも」
子供にしてはとても落ち着いた声で二人に花束を渡した。それを受けとる二人。
「ありがとう」
「ありがとう。こんな小さな子にまで祝われて幸せよ」
渡されたのは小さな花束。様々な祝いと感謝の意味を込められた花束。
「本当に、ありがとう」
カマラの笑顔を見てから少女はまた来た道を戻る。その少女をカルラはじっと見ていた。
「……」
少女と目があった。彼女はやっぱり子供らしくない表情で微笑んだ。
「ありがとう」
すれ違い様に彼女は言った。カルラが振り返ると、彼女はもうそこにいなかった。本当に彼女は行ってしまったのだ。
『まさかここまで見られるなんて』
『おかえりなさい。最後に心残りが消えるまでお迎えと言うのは待ってくれるものですね。この国も、私がいなくても歩いている。それを見て、私も心残りが消えました』
『ええ。最後に二人を祝えてよかった。……さぁ、行きましょう、ウルミラ』
『ええ、シュラ』
「……」
空から誰かが見ている気がした。けれど、青い空があるだけで誰もいない。
「どうしたの、カルラ姉?」
「……何でもないわ」
何でもない。もう。そこに何もいないから。
充分に疲れは癒せた。リティカからはジャーディアンとの同盟を結んで極東魔族特区の闇の道化師達との戦いと依り代の奪取を約束した。
「お? お~~?」
ようやく次の旅の準備のできたカルラがカマラの家から出てくる。
「イメチェンしたね、カルラ姐さん。それともアルナさん?」
服装を変え、髪型を変えたカルラはテイマのおちゃらけた言葉に返す。
「うるさい。……多分これで、私はようやくカルラになれた。本当のカルラに」
復讐は、国の革命は終わった。モクシュカ・ジャドゥはリティカが導いてくれる。今回の本当の歴史はきっと語られることはない。流石にこれを広めてしまえば一気にクーデターが起きてしまうだろう。今までのこともある。だから、あえて隠した方がいいことだってある。光は光に、闇は闇に。自分達が関わったことも全てはなかったことになる。けれど、それでいい。だって、自分達はただの旅の魔導士なのだから。
「行こう、カルラ姉」
「ええ」
次の国へ。
「悪魔に体を奪われた前のシャーサーカ様を退治したのが、今のシャーサーカ様のリティカ・グレーヴィッチ様さ。ただの騎士であるリティカ様だったが、彼女の魔法で悪魔は前シャーサーカ様もろとも倒されてねぇ。前シャーサーカ様はその道連れに。でも、リティカ様の聖なる魔法で討たざるを得なかった。お陰でまた平和が戻った。その平和と我らが騎士王、リティカ様に乾杯!」
なんだか胡散臭い空気を纏った黒装束の旅人は童話『騎士王の革命物語』を売りながら酒を煽った。
__無属性魔導士編〈完〉__
IMATE世界あれそれこれ
魔法
◆転移・魂
無属性、空間魔法。
シュラが作成した魂を移す魔法。ウルミラが老いと死の恐怖より逃れるために人形の体に自分の魂を移すために実験としてシュラと作った魔法。その魔法を使ってシュラの体はウルミラに奪われ、彼女の魂はそれ以降、人形の体に入ることになった。シュラの体がウルミラとの戦いで壊れたときに自分の体を次の体に移す時にも使用していた。ウルミラの魔方陣と似ているのはウルミラにはこれに闇属性の洗脳と記憶の追加の魔法が加わっていたため。その闇属性の部分がなければ全く同じものだった。モクシュカ・ジャドゥの過ちの始まり。この魔法で全てを終わらせることによって過去を清算した。
蛇足
結婚式でキルカとカマラに贈られた花
・スターチス……変わらぬ心、途絶えぬ記憶
・紫のアネモネ……あなたを信じて待つ
・デンファレ……お似合いの二人
・胡蝶蘭……幸福が飛んでくる、純粋な愛
・カンパニュラ……感謝
『貴方のことを忘れない。先に行って待つわ。お似合いよ、二人とも。貴方達に幸福と愛を。ありがとう、キルカ。』
という意味で最後にシュラは花を贈りました。
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これにて、無属性魔導士編は終了です。しかし、物語はまだ続きます。さて、次はどんな物語がカイ達を待っているのでしょう。
次章、『ウラグフェスタ編』。その出会いは、カイを鍵へと誘う序章。
と、その前に、そろそろキュリア師匠の過去編を。番外編どーん!って、投稿しようと思います。
それでは次回に。
こここまで長々と読んでいただき、ありがとうございました。




