ⅩⅩⅧ 無属性魔導士編_9
囚われの青年は白い部屋で、ただただ時間を消費していた。そんな時、一人の見張りが自分の過去を暇潰しとして話し始める。血に染まった戦場を見た、国を助けたいと願った、とある騎士の昔話。
『人形師と衛兵』
今回は少々、血なまぐさい話ですので、心してご覧下さい。
国境付近にいた女の衛兵の今日の仕事は、とある男の見張りだ。彼は無属性の力に目覚めた。しかし、ここに来ることを拒み暴れたという。それに結婚する予定だったらしい。また彼の家は人形師という人形を作ることを生業とした家業を持っているという。その家のたった一人の後継者だったという。
無属性の力は大きい。その力の大きさゆえ、全能性ゆえ、無属性魔導士というのは非魔導士だけでなく、一般魔導士にも恐れられてきた。あの小さな村で恐怖が蔓延してしまえば、それはもう二度と拭えない。だから、我々ジャーディアンが保護をした、と聞かされている。
だが、本当にそれが正しいことなのか。幸せな未来が待っていたはずの青年をこうして拘束して、果たして無理矢理に連れてくる必要はあったのだろうか。無属性だからという理由でこの国の無属性を問答無用でここに集めて、何十年もここで働かせるこの国の制度にも疑問が生じる。家族から手紙をもらうのは許されていても、返事を許してもらえないなんていう決まりにも。
彼女は考える。考えは回りに回ってあることにあることに気づいた。
「(そういえば、どうやってただの村の一青年が無属性を得たことを知ったのだ? 私のように流れ着いた者でないのに)」
今日の仕事は一人だ。中の人との会話は禁じられていない。彼女は食事の扉を開け声をかける。
「おい、お前。生きているか?」
「ああ」
苛立ってはいるが、なるべく声の表情を抑えているといった感じの声だ。
「お前、どうやって無属性に目覚めた? そして、どうやってその力をジャーディアンが知ることができた?」
「……答えなくてはならないことですか?」
ややあって、苛々した声が返ってきた。力の目覚めは悲しい思いが付きものだ。この問いはとても失礼だった。慌てて謝る。
「すまない。そうだな、お前だって色々あるものな。失礼。力の目覚めは無理に答えなくてもいい。ただ、私は後者が知りたい。どうやって、一国民であるお前からジャーディアンに、その力の目覚めが伝わったのか、が」
衛兵は気になっていたことを落ち着いた声で問う。その声の雰囲気にキルカも少しだけ落ち着いた声で返す。
「友人が言うには、無属性を使うとその場の魔力の圧だとか気配が多少、変化するらしい。特に初心者は使う魔力の量を間違え余計な力が入るから、それが顕著なんだと。それを町単位でいるジャーディアンが察知し向かうんだ」
謎が解決した。
「そうか」
簡単に出てきた答えに物足りなさを感じる。懐中時計を取り出して時刻を見る。休憩までまだ時間もある。まだ話していても怒られることはないだろう。
「……お前に昔話をしてやろう」
「突然、何ですか?」
「そこはつまらないだろう。暇潰しに昔話を聞くぐらい悪いことではないはずだ。その中ではすることもないだろう」
確かにその部屋の中では手を拘束され、魔法も使えなくされている。白いだけの空間にただ一人。娯楽なんてものはない。何もできないのだ。
「そんなことをして貴方は怒られないのか?」
「お前が罪人だったら怒られるだろうが、お前は罪人ではないし、会話を禁じられてもいない。ならば、怒られる理由はないはずだ。それで怒るくらいなら、最初から禁じなかったのが悪い」
なんという屁理屈。ジャーディアンがそれでいいのか。
「私はジャーディアンである前に武人だ。戦場では相手の盲点をつくことが求められた。屁理屈だろうが何だろうが、使えるものは何でも使えと、私の父親から教えられた」
衛兵はキルカの心を読んだように語り出す。
「私の家は代々武人の家系だ。私もいずれ父から家督を継ぎ御家を引っ張るために父親から多くを学んできた。私の国は魔法をあまり使う国ではなかった。まあ、飛行挺や戦艦を動かすこと、大きな妨害工作には魔法を使ってはいたが、基本的に人の力で戦い、生活をして来た。それが私の生きてきた国だ」
キルカにはその飛行挺や戦艦などにどう魔法が利用されているかあまり想像できなかったが、魔法を使わず人間の力と魔法を組み合わせたものであることを素晴らしいとは感じていた。ただ、それが兵器であることが残念だが。
「ある日、私は父と戦場に出ていた。私が中間に陣を敷いていた時だった。敵側から巨大な火の矢が飛んできた。それは私の陣を遥かに越えて本陣のある後方に向かって着弾した。轟音と風圧、そして閃光が凄かった。一番に父の顔が頭に浮かんだ。ただ、私が狼狽えてはこの戦は我が軍の敗北だ。私は指示を出し、一人混乱しているだろう本陣へと急いだ。そこに何があったと思う?
「沢山の人だったものがあった。あれを地獄絵図というのだろうな。炭化に、重度の火傷の痛みに耐え生きている者、身体の一部を失ってしまった者などな。それでもまだ何かしらの形で半分は生きていた。想像するな。吐くぞ。私でさえ、あの光景は吐かずにいられなかった。それだけ凄まじいものだった」
あわててキルカはその想像の光景を封じた。酷い光景だ。話の途中から、脳が警鐘を鳴らすほどに。
「父は見つかった。生きていたよ。ただ、身体の下半分は焼けただれて見ていられなかった。火の矢が落ちた所に近いにも関わらず父の身体が重度の火傷で済んでいたのは、父を守った兵士達のお陰だった。彼らは全て死んでいたが、主君を守ったのだ。誉れ高い死であった。しかし、このままにしておけば父もすぐに死んでしまう。父が死んだとなれば我が軍の士気は大きく下がり、敗北。そして、父の愛した領地も、民も、暮らしも、全てが蹂躙され奪われる。何より、父を失うのが怖かった。何もできない自分が許せなかった。
「その思いが私の無属性の力を覚醒させた。その時点で生きてきた兵士の身体は全て火の矢が落ちる前の状態に戻った。勿論父も。今は何故生き返ったかよりも、目の前の敵を殲滅することだけを考えよ、と兵士を鼓舞し、敗北に近かった戦況をひっくり返した。我が軍の新たな増援だと敵は思い込み逃げたのだ。
「結果、我が軍は勝った。が、私が無属性を得たことが問題だった。確かに無属性のお陰で父や兵士は生き返ったかのように、元の体に戻ることができた。しかし、それは大きな力を得たという事で、その力が周りに知れれば私を暗殺する者が後を絶たないし、私の力欲しさで領地を乗っ取ろうとする更なる敵も出てくる。そして何より、得たいの知れない大きな力は家族や民達から恐れられる。恐怖で近隣の国との貿易もしにくくなるだろう。実際、身内である私の母も兄弟も私の力知った途端、私を恐れた。唯一その力で助かった父だけは恐れないでいてくれたのが嬉しかったな。父は、私を守るためにある決断を下した。あの戦で私は戦死したことにして、無属性を受け入れるこの国へ亡命させることにしたのだ」
彼女はここに来た経緯を語り終えた。それは、あまりにも不憫なことだと、キルカは思った。
「それは、あまりにも不憫な扱いでは。だって、貴女は多くの命を救ったのに。それをそんな形で……こんな……」
言葉が上手く出てこない。その声音を感じた彼女は優しく言う。
「そうだな。だが、多くの命を救ったとしても、もっと多くの命を守るためには、更なる犠牲が必用だ。それが私一人で済むのなら、それは必要な犠牲だ。公的な存在を消されたとしても、誰かの中では私は国を救った英雄になる。それに生きていればまたいつか会えるさ。私は本当に死んだわけじゃない、こうして生きている」
穏やかに彼女は言った。
「それ以上に何を望む? 命があれば、それだけでいいんだ。本物の英雄は武功など望まず、ただ、民の平和を望むだけでいい」
キルカにはこの衛兵の過去の話で、周りの人間がひどく薄情であると思えたが、この衛兵は民のためにその身を捧げ、領地を守り、民を守った。そこにあるのは民への愛だ。幸せそうに語るこの衛兵に何も言えなかった。この崇高な武人の顔は見えないがその顔はとても誇らしいように思えた。
「俺は、その英雄に心から敬意を表する。英雄、貴女の名前は?」
「リティカだ。リティカ・グレーヴィッチだ」
懐から懐中時計を出して時間を見る。
「交代の時間が近いな。また後で話そう。……そういえば、お前の名を聞いていなかった」
「俺はキルカ。人形師のキルカだ」
「そうか。キルカ、また後でな」
食事の扉が閉まる。退屈しのぎにはなっただろう。
世界を変えるためには何が必要か。
力、心、人、金、そして時間だとウルミラは思う。その中でも力というのはとても重要だ。大きな力は心を動かす。そして人を動かす。それから更に金を動かす。更にそれは人を動かす。力は起爆剤で、心、人、金の順で世界は回り、やがて時間が経つ。そうすれば世界はもう変わっているのだ。
この国は無属性魔導士にとってとても住みやすい。いや、無属性魔導士でなくても、普通の魔導士でも非魔導士でもだ。この国は魔法の研究や教育機関があるから、彼ら魔導士の探究心は止まることを知らない。魔導具だって魔導士が企画し、製作にあたるが、非魔導士の国民だってそれに携わっている。むしろ、非魔導士の職人の技が、魔導士を支えているとも言える。他国からの留学生を受け入れる家も、魔導士であろうがなかろうが関係なく補助を出している。
罪を犯したり、他の者に危害を加えた者は魔導士であっても必ず罰せられる。この国の法は魔導士に寛容で非魔導士には厳しいと言われるがそんなことはない。暴動が起きないよう法の調和は保たれている。
ただ、無属性に関しては少々話は別だ。 無属性の力は大きな力である。それは世界を変えるための起爆剤だ。極秘情報だが、無属性を産んだ者の家はまた無属性が生まれる可能性が高くなる。これは約500年かけて集めた情報や研究で得た統計でウルミラが結論付けたものだ。実際に調べてみれば、そういう家庭で産まれた者は無属性である者がほとんどだ。だから、そういう家には補助を出している。その代わりにその無属性をジャーディアンとして保護し、力を管理しなければならない。
そう、力という起爆剤を、心を変える力を、私が管理しなければ、と。
「なかなか大変ですねぇ」
「ええ。この500年で無属性の見方は大きく変わった。500年前では考えられないくらいに」
客人に話すラトナ。しかし、そのラトナの体に入っているのはウルミラの魂で、ラトナは既にウルミラに魂を食われて消えている。
「でも、まだ完全にこの世界は無属性を認めていない。だからこそ、この国には毎年無属性の移民が後を絶たない。そろそろこの辺りで世界を変える大きな出来事を起こさないといけないのです。無属性が世界を救う出来事を」
全ては苦しむ無属性のため。
「ええ。だからこそ、貴女と我々の利害は一致する。貴女は無属性を活躍させ、無属性が世界を救う出来事を起こし、無属性の地位と評価を改善する。我々は魔王を復活させる。貴女達はそこを叩けばいい。魔王と無属性の戦い。無属性が勝てば、地位も風当たりも一気によくなりますからねぇ」
楽しそうに話す客人。闇色のローブを纏ったその人はくつくつと口元を隠し笑う。
「……しかし」
突然、笑うのをやめて真面目な声で客人は続ける。
「ウルガルドの使者が出てくるとは。奴等、アルスでも邪魔をしてくれましたからねぇ」
「なら、今度はこちらから邪魔者を消しに行かねばなりませんね」
その言葉に客人は苦笑する。
「……やれやれ。仕事でしょうか?」
「この国で自由に動く特別権限をあげているんですから。貴方達は私でしか罰することはできない。存分にやりなさい」
「おお、怖い怖い。この独裁者は怖いですねぇ」
思い切り肩をすくませる来客。しかし、その顔は笑っている。
「この国と無属性魔導士のためならこれくらいなんでもない。独裁者だろうが、悪魔と呼ばれようが」
そうでなければ500年も生きてはいまい。
「承知。で、そっちの参加者はどうなってます?」
「明日の日没後にミーナが署名書を持ってくるわ。ただ、ミーナだから、あまり集まりはしないだろう」
「……記憶違いでなければ彼女、ニータですよね? 次期シャーサーカなのに。他のジャーディアンから恐れられてちゃあシャーサーカなんてなれないんじゃ……」
「力はあっても、あの子は駄目だ。誰も着いてこないもの。別の子をニータにしないといけないわ。……あぁ、アルナは何処へ行ったのかしら。あの子じゃないとだめなのに……」
窓の外へ視線を移すウルミラ。外は月が出ている。細い月だ。数日で新月になるだろう。奇襲するには気持ち早いが、まあまあだ。闇の道化師は立ち上がり、窓の外にイメートを出現させる。黒い大きな鴉のようなイメートは静かに主を待っている。夜に溶けるような黒い体は、夜の奇襲にはもってこいだ。
ふと、彼女の方を闇の道化師は振り返って問う。
「……ところで、ウルミラ殿。貴女、今までに何人食べましたか?」
「食べる、ね。ちょっと違うけど、でも、その表現しかできないのよね。そうねぇ……もう500年。だいたい、10人ぐらいかしら。どうして?」
「いえ。ちょいと疑問に思っただけですよ。では、私はこれで」
挨拶もそこそこに客人は黒い大鴉のようなイメートに乗って窓から出ていった。
「あー、恐ろしい女。ああいうのは嫌だねぇ」
「主、あの依頼、本気で受けるおつもりですか?」
ぼやく主にイメートが話しかける。
「まさか。こんな鳥籠の無属性など、我が国の地を踏んだ瞬間、その命は散っているさ。それに、あの化け物は気付いていないみたいだが、語尾がバラバラだ。もう次食うときにゃあ、あいつが喰われる番だろう。そうなりゃ、この国も終わりさ」
またくつくつと笑う。
「さぁ、仕事をしよう。頼まれたなら存分に。最後まで使い、使えなくなったら突き落とせ」
闇に紛れるようにイメートと闇の道化師は消えていく。
IMATE世界あれそれこれ
◆リティカ・グレーヴィッチ
国境付近の衛兵だったり、牢屋の番だったりする。役職は結構下の方らしく衛兵や牢の番など雑務をこなす。カイ達の前に現れた時は国境付近の衛兵だった。
武人の家系で戦が上手く、また相手の盲点をつくことにも長けているが、敵をおとしめるためにしか使わない。元来、人を愛する優しく穏やかな性格。人の気持ちを理解するのが得意。
とある戦で瀕死の父とその周りにいた兵士達を無属性の魔法で生きていた者だけの傷を治し、戦況をひっくり返したという過去がある。領地と民と家族を守るため、父の案で「自分は戦死したことにし、モクシュカ・ジャドゥに亡命する」ことで、領地と民を、そして自分も守ることに成功する。誰かが自分のことを覚えてくれていればいい、生きていればまたいつか会える、多くの民を救うのに自分一人が犠牲になるだけなら喜んでその身を捧げる、ほどの武人というよりも聖人のような心を持つ。牢番でキルカに暇潰しとして自分の過去を話す、ミーナに暖かい言葉をかけてやるなど、気遣いも忘れない。
無属性の力は発動範囲も広く力も強いが、他の属性の使い方は現在勉強中。無属性以外の力はそのへんの魔導学生と同じレベル。
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動き出す道化師。怪物は世界を変えるため、道化師と手を取り合うが、それは彼らに利用され、ピエロの糸でただ踊らされているだけということに気づかない。
次回、『戦の準備』
気分や体調を悪くされた方は、いらっしゃいませんか?ごめんなさい。ゆっくり休んでください。
今回も読んでいただき、有難う御座いました。