ⅩⅩⅥ 無属性魔導士編_7
カルラの元へ辿り着いたカイ達。彼女と別れた理由を問うと、彼女は自分の記憶を見せる。それは彼女の幼少期から12年前にウルガルド王国へ来ることになった記憶の前半。
『アルナの記憶』
「その頃だった。私は見てしまった。何を見たか?それは、当時のシャーサーカがその当時のニータ・ジャーディアンの体を奪うところをよ」
画面が切り替わる。
アルナが縄で縛り、共に歩いているのは、ローブを着た小さな人影だ。アルナの身長の半分ほどしかない。人というより小人だ。
『貴女がここで何をしていたのか、何者なのか、どうやって入ったかは色々と聞かせてもらいます。しかし、私にはその権限はありません。よって貴方を連行します』
そう冷たく言う声は、カルラの声だが、いつも自分達が聞く声じゃない。もっと声も大きく、抑揚のあるはっきりと凛とした声だった。
『シャーサーカとは知り合いよ。とても、貴女が想像できないほど古い古い知り合い。ニータ・ジャーディアンは? 私はその人に用があるのだけど』
『無駄口を叩くな、侵入者。シャーサーカ様の所にニータ様は居ます。全く、シャーサーカ様が崩御するかもしれないという時に余計な仕事を増やさないでいただきたい』
その言葉を聞いて繋がれた方は歩みを止めた。
『どうし』
『静かにしてこっちに来て』
『いつのまに!?』
縄をほどいた小人は、アルナの手を引き、どこかへと歩き出した。
『何処へ連れていく?』
『静かに。見せてあげるわ』
カルラでさえも知らない秘密の通路を通り、ただの隙間としか思えないところも通り、気がつくと、シャーサーカの部屋とその隣の部屋の壁の間に出た。こんなスペースがあったとは、とアルナは驚く。
『ここは……』
『しっ。ここから見るのね』
そこには隙間があり、部屋の中が見えた。寝台に横たわるシャーサーカ、その隣で懐抱する当時のニータ・ジャーディアンのラトナ。この光景がいったいなんだというのか。
『そろそろよ』
もぞり、とシャーサーカが動く。
『……私はこれで死ぬのかしらねぇ』
『何を仰いますか。貴女にはまだやるべきことが』
『この体ではもう無理よ。この体はもう限界。もし、この体を捨てて新しい体になれれば、もっとこの国を……』
『シャーサーカ様』
『ラトナ、貴女の体、私にくれないかしら』
『! シャーサーカ、様?』
『冗談よ』
冗談と聞いて安心するラトナ。
『ただ、貴女には代々受け継がれてきた物を託さなければ』
『受け継がれてきた、もの?』
『初代からの記憶よ。私も、先代から頂いたわ。これはこの国の未来のため。そして、この魔法が、私の最後の魔法』
シャーサーカが魔力を増幅させる。
『そんな! そんなことをしては!』
『止めないで。今やらないと、これはしきたりなの。だから、受け取りなさい。そして、この国を……』
複雑な魔方陣が床一面に広がる。記憶を託すのは、精神系の闇魔法。紫色の光が部屋を照らす。紫の光で目がおかしくなりそうなそのとき、魔方陣の至るところから白い線がラトナに向かって延びた。まるで逃げられないように拘束する白い線。
ラトナは何故逃げないのか。彼女をよく見ると、まるで心ここにあらずというようにその目には光がなかった。無表情に虚ろな瞳で、シャーサーカの手を握っていた。
『何、あれ……?』
魔方陣が白の光を放ち始めた時、シャーサーカの体から白い人影が起き上がる。それはシャーサーカの影のように見えたが、シャーサーカではない。髪の毛がとても長く、一部が巻かれている。あの髪型は。
『初代、様?』
初代シャーサーカ・ウルミラの形をしている。よくよく見れば薄く陰影があるため、顔の造形もなんとなくわかる。あれは今まで何度も肖像画を見て目に焼き付いた、偉大なる初代シャーサーカ様とよく似ている。
その人影はラトナの中に入った。そしてその体は崩れるように倒れた。
『まだだめ』
向かおうとしたアルナを小人が止める。
『まだよ。見てて』
その言葉に従うと、やがてラトナがゆっくりと起き上がった。
『あー、あ、あ、あ……ふーん。やっぱりねぇ』
ゆっくりと起きて何かを確かめるように体を動かすラトナだったが、その口調はラトナのものではなかった。そして、何がやっぱりなのか。
『やっぱり、アルナの体がよかったわね』
アルナは嫌な予感がした。あれは、本当にニータ・ジャーディアンのラトナなのか。
『仕方ないわ。次はアルナの体にしましょう。あの子の体も魔力も、私が使えばこの国を、いえ、世界すらも変えることができるでしょう。それまで、私はゆっくりと……』
どさり、とラトナが倒れた。そして、再び起き上がった。先程と全く様子が違う。いつものラトナのようだ。
『っ……記憶が流れ込んで……シャーサーカ様! シャーサーカ様っ!』
すでにシャーサーカは事切れていた。そして、シャーサーカはその中にいない。ラトナの中にいる。そして、彼女の次の狙いはアルナ。
「その魔法は空間転移魔法の応用で、相手の体の中に自分の魂を転移させる魔法。一つの体に魂は一つしかいられない。二つの魂が体にあれば、魂は食い合う。じわりじわりとウルミラは強大な力をもって、常に勝って、魂を取り込み、相手の体を乗っ取ってきた。自身の体を変えつつ生き長らえてきた。今のシャーサーカも同じ。あれは、初代シャーサーカ、ウルミラよ」
カルラが説明した。
「その後、私はシュラさんのお陰でウルガルド王国に逃亡することができた。そして、時間を戻されて、今、カルラとして生きている。これが12年前のことよ」
カイはこの前見た夢を思い出した。あの白い神殿も、あの小さな人影と一緒にいた淡い水色の髪の少女も、巻き戻された体も。
「あの夢は、カルラ姉の記憶だったんだ」
「えぇ。ただし、エルバのは消させてもらったけど」
エルバがまたも理不尽! と叫び喧嘩腰で立ち上がる。まあまあ、とテイマとシュラが抑える。
「私はこの12年間、あいつを初代シャーサーカ、ウルミラを倒すことだけを考えて魔法を学んだ。私とシュラさんでウルミラを倒さないと。また同じことが繰り返される」
ウルミラを止めなければならない。強く感じた。
「それは、カルラ姉とシュラさんがやらなきゃいけないの?」
確認するようにカイが問う。
「この事を知ってるのは、ここにいる者を含めて、あと二人。そのうちの二人は非魔導士、もう一人は……」
「先日、無属性の力が発動したの。それでジャーディアンに無理矢理連れていかれた。それがこの家の主よ。連れていかれた青年は、来月結婚する予定だったのよ」
カルラに代わってシュラが言った。
「ならば、戻ってくるのを待てば……」
「戻ってこられると思う?」
シュラの言葉がエルバの言葉を切る。
「一度力が覚醒し、神殿に連れていかれたら、二度と戻ってこないのよ。面会も手紙も一切禁止されてる。それは、この国の中枢や仕組みを入ってから学ばされるからよ。情報を漏洩させないために。あそこにいる魔導士達の大半は死ぬまで、いや、死んでからも出られない者もいる。留学生は別だけど。キルカはこの国の民、なら、まず、出てこないわ」
それを聞いてエルバは何も言えなくなってしまった。カイでさえ何も言えなかった。
「もし、貴方達が私達の邪魔をするのなら、それ相応の対処をするけど」
いつの間にか、シュラが魔水晶のついた杖をカイ達に向けている。
「カイ、私はカイ達を私達の復讐と、この国の問題に巻き込みたくないの。だから言わなかった。けど、お願い。何も言わず行かせて。この国を壊さないと、また犠牲者が出る。それを阻止しないと」
初めてだった。カルラからお願いされたのは。流される涙を見たのは。
「カルラ姉……」
もし、失敗すればカルラ達は死んでしまう気がする。もう二度と会えない気がする。それでも、この国を助けて、人を助けようとする彼女を止められない。自分には、出来ない。
「……はぁ。全く。女の子にそんなこと言われて、涙まで流されたら、知らんぷりなんて出来ないよ」
テイマが頭をかく。
「カイ、君も何か言えよ。君だって、どうしたらいいか、わかってるだろ。誰よりも優しい君なら、カルラ姉さんのために、何をすべきか。自分がかけてやる言葉が。全部僕に言わせるつもり? 君が言わなきゃ、意味はないし、力はないよ」
テイマが言う。カイが言わないと言葉に意味はなく、力はない。それは、カルラに届かない、力にならない、ということ。カルラのために何をしたら、一番力になるのは……。
「カイ殿、我々は魔王の依り代を奪う役目があります」
そう、エルバの言葉通り、自分達にはその役目がある。カルラを無理矢理にでもそれに連れ戻すか。でも……。
「わかってるよ、エルバ。でも」
「しかし、私はカイ殿が決めた方についていきます。私は貴方の騎士ですから」
エルバの覚悟はすでに決まっていた。その答えを聞いて、カイは少しだけ笑った。そして、安心した。選ぶべき選択肢を。自分の出した答えを。背中を押してくれる頼もしい仲間を持って。
「カルラ姉、僕はカルラ姉の力になりたい。だから、僕らも連れていってよ。僕はカルラ姉の弟だから。初めてお願いされたんだから」
椅子から立ち上がるカイの目には強く暖かい光が宿っている。
「カルラ姉達だけにそんな重みは背負わせないよ。仲間なら、協力させてよ。嫌だと言っても、勝手に着いていくけどね」
「カイ」
「よく言った」
テイマが言った。
「はぁ……いいのね。もし失敗したら貴方達どうなるかわからないわよ。最悪、国に帰れないかもしれないわ。本当に、それでもいいの?」
これが最終確認だ。だが、変えることはない。
「失敗なんてない。僕達はカルラ姉を助けて、また任務に戻る。ここで国ひとつ救えなくちゃ、カルラ姉を、この家の主を、多くの人を救えなくちゃ、世界は救えない!」
強い意志。その場に爽やかな風が吹いたような気がした。
「(アルナ、確かにこの子は光で、この世界を変えるための鍵だわ。この子がいるなら、きっと……。)ありがとう。改めて自己紹介するわ。私はシュラ。初代ニータ・ジャーディアンにして、ウルミラを倒す者。貴方達の参加を心から歓迎するわ!」
IMATE世界あれそれこれ
◆相手の体に自分の魂を転移させる魔法
ウルミラが初代から受け継がれてきた記憶を見せると偽り、当時のニータ・ジャーディアンのラトナの体を乗っ取るために使った魔法。空間魔法の応用。使用時に相手に逃げられないように闇属性の魔法で催眠術をかけ意識レベルを低下させた後、魔方陣より伸びる白い線で対象の体を拘束し、魂のラインを作る。そして魔方陣が白の光を放つと自分の魂を対象の体に転移させる。転移に成功した後は周りの人間に怪しまれないようにするため少しずつ魂を吸収し、体を乗っ取っていく。ウルミラが作った他人の体を奪ってまで体を変えて生き続けるための魔法。
◆ウルミラ
世界で初めて魔導士のための国モクシュカ・ジャドゥを作った才女。無属性魔導士。ウルミラとは「美しい」という意味。その名の通り美しい女性で、各国で迫害される無属性魔導士を保護したいという救済の願いを持っていた。モクシュカ・ジャドゥはその願いを反映させた『救いの魔法』の意味を持つ国。
500年前に初代シャーサーカとしてモクシュカ・ジャドゥを治めた。シャーサーカやジャーディアンの仕組みを考案し、この国を内側からも外側からも守ろうとした。これからの国の発展を夢に見ていたが、老いと死への恐怖、モクシュカ・ジャドゥの未来への不安により、正常な判断ができなくなった。そのため、一番自分に近い実力のあるニータ・ジャーディアンの体を奪い、500年間生きてきた。自分の体の時間を戻しながらも生きてきたが、時戻しの魔法はある一定の年数戻るといくらやっても作用しなくなる。そのため、常に新たな体を手元に置いておく必要があった。それがニータ・ジャーディアンだった。乗っ取りに使う魂の転移魔法は彼女が独自に開発したもので複雑な魔方陣と巨大な魔力を必要とする。闇魔法と空間魔法の会わせ技。これで何人もの後継者の魂を食らい、糧とし、自分の力として、モクシュカ・ジャドゥの最高権力者シャーサーカとして君臨してきた。唯一取り込めなかったのは初代ニータ・ジャーディアンのシュラのみ。シュラとは因縁の戦いを何度も繰り返しているが、未だに健在。
◆アルナ(現カルラ)
カルラの本当の名前。現在はウルガルド王国の無属性国家魔導士で魔導士ギルドに所属する自由の魔女。キュリアの元で共同で研究をし、キュリアと同居している。現在は弟弟子のカイ、リーゲルト公国の軍人エルバと魔王の依り代を奪う任務のため旅をしている。
12年前、15歳でモクシュカ・ジャドゥの次期ニータ・ジャーディアンの地位を約束されていた。神殿に侵入したシュラを拘束したが、シュラにシャーサーカの秘密を教えられそれを目の当たりにした。自分達が家畜であったことに気づき、心を壊しかけたがなんとか踏みとどまる。しかし、感情や表情があまり変わらないほぼ無表情になってしまった。カイが現れたことによって表情は次第に戻りつつある。弟として、彼のことを大切に思っている(家族愛)。
実年齢は27歳。15歳の時約8年時を戻され子供の姿でウルガルド王国へ亡命。以降カルラとして12年生きてきた。カルラとしての書類上は19歳。
◆シュラ
ウルミラが最初に出会った無属性魔導士の少女。出会った当時はまだ五歳だった。その後、成長し最初のニータ・ジャーディアンとなり、ウルミラと魂の研究をする。ある魔法で使う人形の体をとある人形師に作らせる。人形師とはそれから懇意になっている。
約500年前にウルミラに体を奪われる。吸収される直前に人形の体に魂を移し神殿を脱出。人形師の家に身を寄せつつ、何度もウルミラとは戦うが、強大化し続けるウルミラを未だに倒せずにいる。12年前に弱ったウルミラを倒そうと神殿に侵入するもアルナ(現カルラ)に見つかる。彼女を仲間にすることに決め、実際にウルミラの犯行を見せる。アルナを保護し、時を戻し、ウルガルド王国へ逃がす。
長く生きているが、外のこと、新しいことには疎いため、キルカ一家やカマラに教えてもらっている。人形の体なのでイメートは作ることが出来ない。使う魔法は改良されていない古式魔法。膨大な魔力を消費するが、その実力は現代魔法をはるかに上回る効果を持つ。空間魔法に優れ、体の交換も自分の魔法で行っている。
天真爛漫な少女だった。そして、賢く、魔力も高い、可愛らしい女の子だった。おかっぱ頭だが、2本長い尻尾のような長い髪の束が延びているという不思議な髪型をしていた。今は左目に眼帯をつけたショートヘアーに長い尻尾のような髪の束を一つ垂らすという相変わらず不思議な髪型をした人形に入っている。
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国を思う者は老いと死に恐怖し、気づかぬうちに自らを化け物へと変えた。彼女に近かった少女は逃げ、500年も化け物と戦いを繰り広げる。果たしてその戦いに決着は訪れるのか。少年達は国を救うため、その戦いへと自ら突き進んでいく。
次回、『神殿の人』
今回も読んでいただきありがとうございました。




