ⅩⅨ アルス帝国編_4
アルス帝国で外交をしていたカイ達。そこへ帝都を襲おうとした金属の巨大な怪物が現れる。それはイメートだった。
そのイメートの主を捕らえたカイは、鋼鉄竜の所にいるクリスタルの元へ向かう。
『終息と疑問』
「ご苦労」
クリスタルは落ち着いた声のトーンでカイを労う。その顔はいつもように指導者として、女王付きの魔導士として、威厳に満ちていて、眼前の竜をまっすぐに見据えていた。
しかし、クリスタルの周りの魔導士達の多くが顔をしかめる。まぁ、闇魔法を使うことは滅多にないし使う者もあまりいない。闇の道化師達が何か破壊活動や行動をするときに闇魔法を主に使うから、闇魔法は悪者が使うというイメージが多くの者に刷り込まれてしまった。闇属性をもつ善人の魔導士達だっているのに、その人達まで悪い人に思われるのは腹立たしいし、カイのように捕縛のための魔法として、仕方なく使う者にとっても、その態度は如何なものか。
「お前の主はここだ」
クリスタルは鋼鉄竜に言う。カイが到着する前にクリスタル達によって捕らえられた鋼鉄竜は、とても不機嫌で不貞腐れたようにそっぽを向いていたが、その言葉にはっとしたように変わり果てた姿の主の方に顔を向け、暴れだした。
「クリスさん。術を解いてもいいですか?」
「ああ。やってくれ」
空間魔法で繭を覆うとカイは術を解く。黒い繭は弾けるように散り、消えた。鋼鉄竜は主の姿が見えたことで少し安心したのか暴れるのを止めた。
「無駄だ。それは声も魔力も届かんぞ。言ったところで聞こえてはいまいが」
中で口を動かしている男にクリスは言う。
「ここからは我々の仕事だ。カイ君、君はイリーナ女王の所へ行き事態の終息を知らせてくれ。だが、私が迎えに行くまでそこを動くなと伝えてくれ」
「この人は?」
「どうにかこいつをしまってもらってから、こちらの魔導警備隊に引き渡し、然るべき刑を下してもらう」
巨大すぎる鋼鉄竜をこのままにしておくわけにはいかない。またいつ暴れだすとも限らない。
「方法は何とかするさ。心配するな」
いつの間にか足元に魔方陣が展開されている。飛ばしてくれるようだ。カイが一礼した後、空間が転移され、女王達の前に立っていた。
「お帰りなさい」
助けてくれた戦士をイリーナ女王は迎えた。
あの鋼鉄竜の主は最北の極寒の監獄に容れられたらしい。らしい、というのは、クリスタルが詳しく話してくれないからだ。国家を揺るがすテロ行為だったし、奴が何か重要な物を狙っていたかもしれない。それこそ最重要機密の物とか。そういうのは明るみに出てはいけないらしい。
良かったことと言えば、帝都が壊れるなんて被害もなく、帝都の外ですべてが終わったことだ。それだけでも、伏せられている情報に対する反感を少しは減らしてくれるだろう。恐らく、帝国の人々は納得させることができる。ただ一人、納得できない魔導士がここにいるが。
「カイ。気に入らないだろうけど、私達が首を突っ込んでいい問題ではないわ」
「そうだけど……。でも、せめて彼が闇の道化師だったかどうかは知りたかったよ」
予定よりも長く滞在することになった(国から出ることを許されなかった)のだから、せめてそれくらいは教えてほしいところだ。
「闇の道化師だろうが、ただのテロの犯人だろうが、今の私達には関係ないことよ。カイ、私達の今回の目的は?」
「アルス帝国から応援要請をもらうこと。それから外交」
「それだけ達成できたら文句はないわ。御使いが出来てるなら誰も文句は言わない。ほら、もうすぐ出国許可が下りるんだから。荷物まとめて」
カルラに急かされ荷造りを終えたカイは最後にまたイリーナ女王に謁見した。
「此度の事件に関しては、残念ながら貴殿方に話すことはできないの。ごめんなさい」
カイ達にそう言いながらもチラチラとクリスの方に視線をやるイリーナ女王。どうやら彼女も止められているらしい。
「でも、帝都を守ってくれたことはとても感謝してる。ウルガルドとは今後とも友好な関係を築きたいと思ってるわ。ありがとう」
カイ達に握手をしていく女王。優しい手は温かい。
「カルラ。貴女にはこれを」
クリスタルがカルラに封筒を渡した。封の蝋にはアルス帝国の紋章が押されている。機密文書だ。
「必ずキュリア殿に渡してくれ。いいかい? 封を開けると二度とこの蝋は封が出来なくなる。別の封もつかない。別の封に入れれば、この手紙は燃えてしまうからね」
複雑な魔方で守られている手紙がカルラに渡される。
「あと……」
クリスタルはカルラに何かを囁いている。その声はカイ達には聞こえない。
「君、モクシュカ・ジャドゥに姉はいないか? 君と同じ声を聞いたことがある気がしたんだが」
「いいえ。私に姉妹はいません。私は一人っ子です」
「そうか。……あと、モクシュカ・ジャドゥに最近不穏な空気が漂っている。もし行くなら気を付けてくれ」
「……あそこは、昔から腐りきってヘドが出るところですから」
「!?」
カルラの言葉がわからなかった。どういう意味だ、と問う前に彼女は離れてしまった。
「では、確かに」
カルラはそう言って、カイ達のもとへ行ってしまった。そして、一度ウルガルドへ戻り、文書を届ける。
彼らが去ってから女王と魔導賢者は言う。
「あのテロリスト、モクシュカ・ジャドゥの人だったのよね」
本当のことを知っているイリーナ女王はウルガルド王国の方に心配そうな目を向けて隣に立つクリスタルに声をかける。
「闇の道化師の一員だったが、あの口ぶりだとあの国には拠点がある。しかも、デカイのが」
「あの子達に知らせなくて良かったの?」
それを知らない彼ら。やはり、全てを話した方がよかったのではないか、と今でも彼女は思っている。
「知らせない方が自由に動けるだろう。カルラ君にはキュリア殿から詳しく聞かされるだろうし、それに今、少しばかり知らせた。だが、彼女は私達が知っている以上のあの国の闇を知っているようだった。彼女は一体何者なんだ。あの言い方はあの国を憎んでいるようだった。それを考えれば味方なのだろうが」
ー腐りきっててヘドが出るー。
憎しみの目。過去に何かがあったことは明らかだ。
「キュリア殿、カルラ君は味方なんだろうな?」
遠い異国の賢者に問いかける。北風が唸る。届かない声はそれに掻き消えた。
ーアルス帝国編・終ー
イメート世界あれそれこれ
世間での闇属性。
火、水、風、土、光、闇、無の七つの属性がこの世界にはあるが、闇属性は世間からはあまりいい目で見られない。闇の道化師というテロや破壊活動を行う闇ギルドの一団が闇属性を使うからだ。闇属性しか使えない善良な魔導士が世間から白い目で見られてしまうという弊害が起きている。
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次回、新章突入。無属性魔導士編。
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