ⅩⅧ アルス帝国編_3
アルス帝国へ到着し外交のため視察をしていると突如轟音と共に、帝都の外に巨大な金属のような質感を持つ生物が現れた。
帝都は悲鳴で埋め尽くされ、その声は宮殿にも届いていた。
「イリーナ、無事か!」
イリーナの前にクリスタル、そしてカイ達が現れた。
「私は大丈夫。クリス、外で何が起こってるの? 都民は? 無事よね? 誰も怪我なんかしてないわよね?」
「今、帝都のすぐ外には大きな怪物がいる。だが、安心しろ。国中の無属性魔導士が帝都の外へ皆を避難させてるし、帝都を守る結界も張っている。イリーナ、お前も逃げるんだ。都民や国民を安心させるために、一緒に」
落ち着けるように彼女は言う。その言葉を聞いてイリーナは、そう、と目を伏せると何かを決心したように再び目を開いた。
「クリス、私はこの国の王です。私は一番最後になさい。都民が完全に避難するまで私はここを離れるわけにはいきません」
「駄々をこねるな。お前がいなくなればこの国は終わる」
「なら、その終わりが早まるだけです」
「イリーナ……」
クリスタルは息を吐きながら髪をぐしゃぐしゃとかきむしり、わかった、と呟いた。
「君達、イリーナの護衛を頼む」
「クリスさんは?」
「私はあれを止めに行く」
「待ちなさい、クリス!」
イリーナが止めるがその声はクリスタルには届いていなかった。彼女は自分の部隊に魔法で出撃指令を出していた。クリスタルにしか聞こえない会話。魔法の組み合わせで指示を出し終えたクリスタルはようやくイリーナの方に顔を向けた。
「イリーナ、お前が最後まで残ると言うのなら、私は、お前がいる場所を守らなければならない。行ってくる。あとは頼んだぞ」
「はい!」
クリスタルはそれだけ言うと空間魔法の魔方陣を足元に展開させる。
「クリス、命令です。生きて帰りなさい。身の危険を感じたら、帝都を捨て逃げなさい」
「……御意」
足元から白く強い光を放つとクリスタルの体はそこにもうなかった。
「クリス、死なないで」
「きっと、彼女は死にません。彼女は貴女に会うまで死ねませんよ、きっと」
カルラがイリーナ女王の手を包んだ。
「カイ、ここは私とエルバに任せて」
カイに体を向けて彼女は言った。
「きっと、貴方の力も必要」
「……うん! 行くよ」
カイの足元に魔方陣が展開される。
「送るわ……」
カルラはカイに言う。女王に気づかれないように唇だけを動かしてカイに伝える。
『クリスさんを死なせないで』
その言葉に力強く頷いた。
カイの体は白い光に包まれ、クリスタルと同じように消えた。
「女王、私達も避難を始めましょう。宮殿内に残る者達は貴女が動かなければ、命令を出したって、誰一人動きませんから」
エルバが優しく言う。その言葉に女王は従った。
怒号が、悲鳴が、あちこちで聞こえる。この混乱は長引けば人の心を壊してしまうだろう。早く事態を収めなければ。
宙に浮き、指示を出すクリスタルを見つけると、風の魔法でそこまで飛んでいった。
「クリスさん」
「カイ君、なぜここに」
「女王にはカルラ姉とエルバがついてますから大丈夫です。僕だって、皆を守るため、やらなくちゃいけないんです。僕の家族を大切な人たちを守りたいから。そのために、魔王の依り代を奪って、世界を終わらせないために」
これくらいのことに立ち向かえなければ、極東魔族特区に行っても何もできない。そんなことで、魔王を復活させて、この世界を闇に変えられるなんて、そんなのは嫌だ。なんのために修行したのか、学んだのか、強くなったのか。その意味を無駄にしたくない。
「カイ君、我々はあの化け物を止めることだけで精一杯だ。空間魔法で飛ばされてはいないと証言した者がいたと報告が来た」
「じゃあ、あれはイメート?」
「その可能性が高い。今、印を」
「クリス様!」
若い魔導士が報告してきた。
「右足の裏に印を発見しました! イメートです!」
「でかした!」
あんな巨大なイメートを産み出すことが可能なのか。大きさはスノウの何倍だろうか。それくらいは軽くある。鋼鉄の鱗の四足のイメートを見て思う。
「カイ君、君にはこのイメートの主を探しだして拘束して欲しい。なるべく生きて捉えるんだ」
「わかりました!」
眼下の帝都を見下ろす。帝都だけであの範囲だ。まだイメートの主が避難していないことを願いながら、カイは探索を開始した。
「風の精霊よ、この土地の氷の精霊よ。かのイメートの主を捜索せよ。繋がりに沿い、導きて、教えん」
ゴオッと風が唸る。風が氷の粒を含み、鋼鉄のイメートを一回りすると帝都中にそれは広がった。
「氷の精霊が手を貸すとは珍しいな」
「多分、僕のイメートに雪を操るドラゴン型がいるからだと思います」
「なるほど、親和性が高いな」
避難していなければじきに見つかるだろう。見つければ対象者の上空で何かしらの現象が起こる。
「あれか」
不自然に氷の粒が集まり縦に柱のように集合している。光をキラキラと反射させ、光を下に導いている。
「サンピラー現象とは、また派手な」
クリスタルがため息をつく。あんなに派手では対象者にも気づかれる。氷の精霊は少し意地悪なようだ。急いでその柱の元へ向かった。
「貴方ですね」
「なんだお前は」
柱の元へ降りるとそこには体の線がとても丸い男がいた。防寒着を着込んでいるだけなのか、それとも元からこういう体型なのか。
「そんなことより早く逃げねーと! あいつ、鋼鉄竜が、この帝都を錆びだらけにしちまうぞ!」
「へー、そうなんだ。あれでも竜なんだ。僕、獣だと思ったよ」
「んだとガキぃ! 俺様の自慢の子供のことなんつったオラァ! 錆びだらけにしてやろうかぁ!?」
「はい、決定」
怒鳴ったあと、しまった、という顔をする男。煽られやすすぎて正体が分かってしまったし、どうやらあの怪物(に見えるが竜)は帝都を錆びだらけにする能力があるようだ。
「自供したので拘束します」
剣を抜き、剣先を男に向ける。
「くっ!」
そう呟くと、じり、と後ろに少し後ずさる。逃がさないように、男の足を氷付けにした。
「なっ、お前! ルザーヴ!!」
男が竜の名を叫ぶ。それに答えるように竜も大きく吠え、大きく空気を吸い込み始めた。まさか。
「お前、まさか!?」
「こうなったら、てめえもこの国も道連れだぁ! 食らえ! 酸化の吐息!」
竜の腹が膨らむのがわかる。空気を溜め込んでいる。ああ、まずい。帝都が、あそこで戦っているクリスタル達が。手を伸ばしても、ここから魔法を放っても、届かない。そして、ついに。
「ギャアアアアア!!」
高い咆哮と共に息は吐かれた。
異変を察知したクリスタル達が魔法を唱える。
「止めよ、押し戻せ。風の盾!」
「爆発せよ、収縮せよ。星の創成と終焉を体現し、虚無の孔に全て収まれ。アンリミテッド・ホール!」
魔導士達が酸化の吐息を風の盾で止め、最後にクリスタルが複合魔法を唱える。酸化の吐息は全てクリスタルの作り出した魔法の孔に全て吸い込まれ、ごちそうさま、と言うようにシュボッという音を立てて孔は綺麗サッパリ消えたのだ。
「今のは、一体……」
「な、なんだ! どうなっている!」
それはカイだって知りたい。ただ一つわかることは、風の盾で酸化の吐息の蔓延を防ぎ、クリスタルの魔法でそれを集め、どこかに消したこと、だけだ。
そして、今がチャンスだ。向き直り素早く相手を拘束する。
「光鎖!」
カイの左手から魔方陣が浮かび、そこから黄色く光る鎖が現れ、男に延び、縛り上げる。
「ユマ・エクスィペーレ」
どこからか黒いものが現れ、男に集まり出した。
「な、なんだ!? 闇魔法!? ……ひっ! うわあああ!!」
そして、男の体を足元から繭のように覆ってしまった。男の絶叫は急激にぶつりと途切れた。急激に途絶えた声が、人が避難し、雑踏が遠ざかり、静かになっていく、普段は賑やかな帝都の異様さを際立たせた。
「さて」
背後の鋼鉄竜を見上げる。
急に主との繋がりが切れてしまったことで慌てている。甲高い、金属が軋むような咆哮で何度も主を呼んでいる。しかし、いくら呼んだところで主には、こんなにも大きな声は届かない。
このユマ・エクスィペーレの黒い繭は音も光りも空気も魔力も全てを通さない。全てを遮断したこの黒い繭は闇魔法の中でも恐ろしい拘束魔法の一つだ。だが、無属性魔法が使えない者にとっては最強の強度と効果を発揮する。
内側からの攻撃は強いが、外からの攻撃に弱いのが弱点であるという、まさに拘束に特化した魔法だ。空間に体を縫い止め、固定する空間魔法とは違い、この繭は転がして移動させることもできる。
「動くよー。って言っても聞こえないか」
スノウを召喚し、繭を抱くようにして飛んでもらい、クリスタルのところへ向かう。こんな形だが、捕らえたことには変わりない。人気の消えた帝都をカイは足音を響かせて歩いた。
IMATE世界あれそれこれ
・今日の魔法
◆空間転移魔法……無属性の空間の魔法。ものをある場所へ移動させる。ただし、その場所をよくイメージしてからでないと移動はできない。詠唱不明。使用者はクリスタルとカルラなどをはじめとした無属性を持つ魔導士。
◆意思を離れた相手に伝える魔法……自分の思っていることを離れた場所にいる任意の相手に伝える魔法。恐らく闇属性。詠唱不明。使用者はクリスタル。
◆風の魔法……カイが使った風属性の魔法。Ⅳ話でカルラが使用した風の翼の魔法。
◆探索魔法……目に見えない自然の精霊の力を借りてものを探す魔法。今回カイは風の精霊とアルスの氷の精霊の力を借りた。詠唱は『風の精霊よ、この土地の氷の精霊よ。かのイメートの主を捜索せよ。繋がりに沿い、導きて、教えん』。エルバ編でも使用。
◆アンリミテッド・ホール……無属性の空間転移、闇属性、土属性、火属性の魔法を組み合わせた魔法。小さな石を起点に爆発を起こし、宇宙のどこかへものを運ぶ魔法。詠唱は『爆発せよ、収縮せよ。星の創成と終焉を体現し、虚無の孔に全て収まれ』。使用者はクリスタル。この魔法からこの世界に宇宙があること、また科学もそれなりに進んでいることがわかる。
◆光鎖……光属性の魔法。光の鎖で対象を拘束する。詠唱なし。
◆ユマ・エクスィペーレ……闇属性。対象の足元から黒いものが繭のように覆っていき、最後には黒い繭で拘束される。内側からの攻撃に強い。無属性が使えない者にとっては最大の拘束方法として使える。音も光も空気も魔力もすべてを通さない。詠唱無し。意味は閉ざせ、繭。
イメート
◆ルザーヴ……帝都外に現れた金属の体を持つイメート。獣のように見えたが、主の丸い男曰く竜だと言う。酸化の吐息で帝都中を錆びだらけにする力があるが、クリスタル達により防がれた。
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次回『終息と疑問』