ⅩⅦ アルス帝国編_2
『登場、氷界の女王と結晶の魔女』
前回のあらすじ。
応援要請と外交のため、カイ達は雪と氷におおわれた最北の国アルス帝国へと向かう。イメートのスノウが作った雪のドームの中で眠ったとき、カイとエルバは不思議な夢を見るが、起きたときにはもうその夢を覚えていなかった。
そして、カルラはどこまでも続く白い世界に恐れにも似た嫌悪感を抱いていた。
一行は再びアルス帝国の首都を目指し歩き始めた。体全体を撫でる弱い風は冷たい。吹雪いていないだけまだまし、と思いながら三人は歩いた。こんなに冷たい風が吹いていればスノウに乗ることさえ出来ない。スノウには道案内を頼んで歩く。乗り物があれば、と考える。リーゲルト公国で乗った風魔法で走る自動車を思い出す。あればきっと楽なのだろう。ここにないものを望んだところで、出てくるものではない。
「あっ」
「どうしたの、スノウ?」
「街か?」
「エルバ、残念ながら違います」
その言葉に違うのか、とがっかりした声を出すエルバ。
「しかし、いい方法を思い付きました」
ふうっと息を吐くと、吐息から氷の船のようなものができた。ああ、とカルラがわかったように荷物をあさり、ロープを取り出した。
「流石です、カルラ。貴方はこの上だけに結界を張っていなさい。風だけを通さないものでいいです」
「そうね。それだけなら魔力の消費も少ないわ」
ロープの片方を氷の船の先端に引っ掻ける。ロープが取れないように先端の形を加工する。ロープのもう片方の端を輪っかにして、スノウに持たせるとカルラは氷の船に乗り込んだ。
「早く」
あ、雪車か。カルラとスノウの考えに気付き、カイとエルバは雪車に乗り込んだ。カルラが結界を張るとスノウはロープの端を器用に片足に通し、飛び上がった。
スノウが飛び、雪車を引くことで、移動はとても楽になった。移動が早ければカルラの魔力ももつし、スノウの力をいかせる。きっとスノウももどかしかったのだろう。遠くまで見通せる目を持っていても、そこに近づけないことに。
「乗り心地はまあまあだが、この際、わがままは言えないな」
「当たり前。ただ雪と氷の上を滑っているだけなんだから。文句言うな、ボンボン」
「スノウ。ありがとう」
方角と位置を確認しつつ、一行は漸く村に着いた。滅多に来ない来客に驚く村人だったが、快く温かい食べ物をくれた。この村からまた二つの村を超えると首都に着くことを教えてもらい、再びカイ達は出発した。
「あ、これ辛っ」
「でも、体が芯から温かくなるわ」
「そうだな」
スノウにはアザラシの干し肉を与えてやる。
「おや、これは美味しい」
「本当? 興味あるなぁ。ちょっとちょうだい」
「どうぞ」
すぐ二つ目の村に着いた彼らはその村で一泊することにした。今はその村で食事を頂いている。以前テイマが言っていった。“住む人が違えば同じものでも味が変わる、だから旅はやめられない”、と。まさにそうだと思う。
一つ目の村と同じものを食べたが、味付けが少し違う。さっきの村の食べ物は素材本来の質素ながらも深く美味しい味。この村は塩気と辛味が特徴だ。パンチがきいて美味しい。帝国の端の方の村は素朴な素材の味が多く、中心と海側に向かうと塩気と辛味が少しずつ加わる、と世話になるおばちゃんが教えてくれた。
「でも、あんた達わざわざこんな時期に来なくても」
「何か、悪いことでも?」
「いやいや、今は寒気が活発で寒期なんだよ。寒い期間で寒期ね。寒期に入ったばかりだから今の時期の天気は荒れてるのさ。暖期の時に来ればいいのに」
「そうだったんですか」
アルス帝国の季節はウルガルド王国やリーゲルト公国とは違う。これから先、大きく文化が違うだろう。新たな出会いに心が踊った。
スノウに雪車を引いてもらって、とうとうアルス帝国の首都に到着したカイ達は宮殿へと進んだ。
この日救いだったのは、珍しく天気が荒れていないことだった。生憎、空は雲が多く晴れではないが、切れ間から青空が覗いたり隠れたりしていた。地上に風はあまりなく、上空だけ強い。
そんな天気だからだろうか。比較的穏やかなこんな天気のため、通りにはたくさんの人々が出歩いていた。市場には新鮮な海の幸や、温かい料理を出す屋台が多い。それらを眺めながら、お互いはぐれないように宮殿へと向かった。
「まるで氷の城だね」
観光名所にもなっている宮殿は世界で美しい城百選に選ばれている。最北の白銀の城、氷界の華、などの呼び名がある。一般に解放されているのは一の門から二の門の間までで、二の門からは宮殿を魔法や武器による攻撃を防ぐ結界に覆われている。しかし、一の門から二の門の庭は広く、それだけでも見応えは十分だ。美しい白銀の庭には氷の彫刻が美術館のように置かれている。
暖期にはきっと緑が生い茂り、色とりどりの花を咲かせるはずの生け垣なんかは今、氷の迷路に姿を変えている。そんな観光名所をじっくり見てみたいがそんな時間はない。
入場券売り場に事情を話し、宮殿内に通してもらった。事前に話が通っていると、本当に早い。すぐに応接間へと通された。外と違い暖かい。
「ふー」
「カイ、顔真っ赤」
「寒かったからね」
カイの顔はリンゴのようだった。丁度その時、部屋に入ったのは二人の女性だった。
一人の女性が外の衛兵に待つようにと手を動かした。彼女がイリーナ女王だろうか。入ってきた二人はどちらも同じくらいの歳のように思える。思ったよりも若く見える。
「おやおや、顔が真っ赤」
一人がそう言って優しく微笑む。外に指示を出した女性とは違う優しそうな落ち着いた人だ。
「座って」
その女性に促され椅子に座る。テーブルをはさんで向かい側に二人が座る。
「自己紹介をしましょう。私はイリーナ・アルス・イシンバエワ。この国の女王です。ようこそ、アルス帝国へ」
手を差し出す女王。真ん中に座るカイの方に出された手をカイがとろうとしたら、頬に手を当てられた。
「!?」
「あらま冷たい」
「はぁ……。イリーナ」
こらこら、と身を乗り出しているイリーナ女王をカイから引き剥がすのは、恐らくクリスタル・クルツェルト・ウラーノヴァだろう。なんだか苦労人という感じがする。
「女王が失礼を。私はクリスタル・クルツェルト・ウラーノヴァ。この国の無属性国家魔導賢者だ。女王の補佐と魔導学院の特別教師をしている」
「私はカルラ。キュリアの弟子でウルガルド王国の無属性国家魔導士です」
「僕はカイです。同じくキュリアさんの弟子で魔剣士です」
「リーゲルト公国のエルバ・エレニア。公国軍将校であります」
「遠いところからようこそ、カルラ、カイ、エルバ」
順々にあいさつをしていく。とても優しく美しい女王で、平和を愛するというのは本当のようだ。そして、少々お茶目な人だ。
「えっと、んんっ。……さて、事態は一刻を争うのですよね。クリス」
「私の生徒達にも優秀な実力者が何人かいる。力を貸そう」
「有難うございます」
威厳のある響く女性にしては太い声に安心感を覚える。学校の先生だからだろうか。
「ただ、うちの国民は皆暑さに弱い。しばらく慣らさなければ戦えないだろう」
北国だからしょうがない。しかし、力を貸してくれることはありがたい。
「この国はとても寒いでしょう。温かいものをちゃんと食べてね」
運ばれてきた温かい飲み物とお菓子を勧めながら、イリーナ女王は微笑んだ。
イリーナ女王と他愛ない話をしたあとは、アルス魔導学院の視察をし、大使という名目で施設見学をした。ほとんど観光だったが。
「そういえば、カルラ。貴女も無属性魔導士でしたね。中東のモクシュカ・ジャドゥに行ったことはありますか?」
「モクシュカ・ジャドゥ……。いえ。どうかしましたか?」
「あの国は無属性がたくさんいますから、きっと力を貸してくれるでしょう」
「そうですね」
カルラは短く返した。
モクシュカ・ジャドゥの魔導士がアルス帝国と同じように協力してくれれば、更に心強いだろう。極東魔族特区の闇の道化師と交戦したときには彼らの力が必要になる。カイがそんなことを考えていたときだった。
ドオーーン!!
大きな音が外から響く。
「なんだ!?」
「行くぞ!」
クリスタルの空間魔法で外に転移すると、帝都のすぐ外に巨大な怪物がいた。
「クリス様!」
魔導士の集団が近づいてくる。
「あれはなんだ?」
「わかりません。急に現れました」
「転移魔法か?」
「まだ確認できておりません」
「お前達はあの怪物を止めろ。帝都に被害を出すな!」
「はっ!」
魔導士の集団は帝都の外の怪物のところへ飛んでいった。
「あれだけ大きな怪物がいきなり現れるなんて、ありえない」
「いたとしても、こんな極寒の地にあのように大きな体に表面積。体温が低下しやすく死んでしまうぞ。あの光沢は金属光沢のようだし、体が金属でできた生物なんているのか?」
怪物の体は異様だった。体は金属のトゲトゲした鱗で覆われている。翼はなく、地に接地面の小さな手足をつけて四足で動いている。
「イメートでしょうか?」
「ならどこかに印があるはずだ。それに、その主も近くにいる。転移魔法でなければな」
クリスタルは眼下の帝都を見下ろした。あの大きな怪物に人々は叫び逃げ惑っている。
「帝都から人を避難させよう。君達も力を貸してくれ」
カイ達は頷いた。
IMATE世界あれそれこれ
人物
◆イリーナ・アルス・イシンバエワ
アルス帝国の女王。氷界の女王とも呼ばれる。カイ曰く、とても優しく美しい女王で、平和を愛する少々お茶目な人。
氷のような透き通るような白銀の長く美しい髪に、雪のように白く透明感のある肌、宝石のピンクスピネルのような瞳を持つ。年齢は凡そ30~40代設定。
◆クリスタル・クルツェルト・ウラーノヴァ
アルス帝国の無属性国家魔導賢者。女王の補佐と魔導学院の特別教師をしている。カイ曰く、苦労人の感じ。女性にしては低めの威厳のある声。結晶の魔女の異名を持つ。
キュリアとは賢者同士で知り合い。若い頃、モクシュカ・ジャドゥという中東の無属性魔導士がたくさんいる国に留学した経験がある。
愛称はクリス。
年齢は凡そ30~40代設定。キリリとした目付き。厳しいように見えるが、情に厚く優しい人。
気候
◆暖期……暖かい期間。アルス帝国の土が雪の下から見え始めてからがはじまり。秋の終わりから寒くなるまでが寒期。春、夏、秋の前半がこの時期に当たるが、寒期に比べると短い。初夏には完全に雪が消えて緑に覆われる。城の庭も緑になり、花が咲く。
◆寒期……寒い期間。アルス帝国に北風が吹き始める。それから急激に寒くなり雪が降る。この時期はとにかく天気が荒れる。晴れの日が珍しい。旅行者はこの時期ほとんど訪れない。無属性魔導士のいる旅行会社が最近、寒期のアルスツアーを開始したらしい。
雪は一晩で氷のように硬くなり、氷の彫刻になる。
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目的の人物に会えました。偉い人に会うときはどきどきします。ちゃんとしないと、って。イリーナは私が今まで見たアニメや漫画、ゲームに小説の中で一番美しくて女性らしく可愛らしいと感じたキャラクターがモデルです。多分、容姿から察した人は多いはずのあのお姫様。
そして実は、クリスの初期設定はパン屋の女将さんでした。それがどうしてこうなったのか、自分でもわかりませんが、こういう人は多分イリーナみたいな人についてやって、世話をしてやらないといけないのだと思います。だから、これでよかったと思います。初期設定がパン屋の女将さんでも、今の無属性国家魔導賢者でも、強いのは変わりません。
次回『鋼鉄の生物』
読んでいただきありがとうございました。
ご期待ください。