ⅩⅥ アルス帝国編_1
『白い世界』
前回のあらすじ。
一時、本拠地のウルガルド王国へ戻ったカイ達。それぞれが少しの休憩をとる。
舞台は極寒の北国、アルス帝国へ。
目の前は猛吹雪。視界が一気にホワイトアウトで奪われる。
「うわ……」
吐き出した息は白く、白くなった水分が瞬時に氷の粒になり吹雪に溶けていく。天地はかろうじて分かるが、それでも全部が真っ白の世界で、立っているのさえ気をしっかり持っていないとつらい。
「カイ、しっかり」
隣でスノウがカイの体を支える。
「あ、ありがと」
寒さのせいなのかなんなのか、もうわからないほどに足に力が入らない。エルバも剣を杖がわりにして立っているし、カルラは自分達を守るため、結界をはるのに忙しい。それでも、結界のどこかが綻び、そこから吹雪の風が入り混んでいる。
「まさか、こんなに、寒い、なんて」
「準備、不足……魔力、不足……」
あまりの自然のすごさに皆は疲弊しきっている。カルラの結界が壊れてしまえば確実に凍死してしまう。そして、後に冷凍人間として博物館に飾られているか、どこかの組織の実験体にされているだろう。そうはなりたくない。そうなる前にスノウに至急スノードームを作らせ、その中の避難した。
「コハクに頼んで暖を取りましょう。カルラ、貴女は休みなさい。今日はこれ以上魔力を消費してはいけません」
「ええ、わかったわ」
結界を解くとカルラは膝から崩れた。スノウがギリギリのところで受けとめ自分の方に抱き寄せた。
「出でよ、コハク」
「うわっ! 寒っ! 何ですかぃこの寒さ。氷河期ですかい?」
呼ばれるなりこんな真っ白な極寒の地。驚くのも無理はない。コハクでもとても寒いらしい。火を起こさずスノウの方へと駆けてくる。
「コハク、皆寒いんだ。暖を取りたい」
「この寒さには自分も耐えきれる自信ないですからねぃ」
燃料をコハクに与え、それにコハクが火をつける。
「雪で湿気りますねぃ。うまくつかないかも」
それでも、なんとかついてコハクも含めて皆でスノウの方へと集まり暖を取った。次第に少しずつではあるがドーム内が暖かくなってきた。
「救われたね」
微かな暖かさでもこんなに違う。それだけでなんだか生きてる、ということを実感する。
「この寒さでは体力が必要です。さ、何か食べましょう」
温かい食事は本当に体を芯から温めてくれる。なんだか元気になった気がする。カルラの顔色も少しよくなってきた。
「こういう雪の中で寝ない方がいいんだっけ?」
「寒さをしのげて、防寒対策をきちんとしていれば大丈夫ですよ。ドームの管理は私がしていますし、火はコハクがいますから適当なときに起きて燃やしてもらいましょう。そうすれば凍死することも、冷凍人間になることもないでしょう」
なぜだかスノウがそれをいうと物事がそう思えてくる。冷凍人間になったらどうしようと怖くなる。
「大丈夫ですよ。少し眠りなさい」
なぜだか、彼女の言葉には逆らえない。そのまま目を閉じ、カイは眠りの世界へと落ちていった。
カイは目を開けた。そこはどこかの建物の中で、白を基調とした清潔な感じのする場所だ。太い柱が自分の立っている通路に沿うようにずらっと遠くまで並んで立っている。天井は高い。教会のような城のような、でも、遺跡のようにも感じる。通路には藍色の線が引かれている。いや、線だと思ったのは、藍色の線で何かの模様の描かれたタイルだった。床と壁に横一直線に、何かのラインを描くように、それは敷かれている。
「カイ殿」
振り替えるとエルバが立っていた。
「エルバ。僕らはどうしてここに? ここは、どこなんだろう」
「雪の中で眠っているうちにどこかに来たのでしょうか。それとも、これは夢なのでしょうか」
「夢?」
自分の頬をつねってみる。痛覚があれは夢ではないはずだが、なんだか、ぼうっとした痛みがある。夢なのか現実なのかはっきりしない痛みだ。
「どうしよう。よくわかんない」
「それでは……出でよ、フウ!」
エルバが叫ぶが何も現れない。
「ふむ、イメートが呼べないところをみると夢のようです」
この世界はそういう確かめ方もできるようだ。なら、ここは夢なのかもしれないが、果たして、このエルバが本物である確証があるだろうか。彼もまた夢の一部なのだろうか。こういう時はカルラの意見を聞いてみたい。
「そう言えば、カルラ姉は?」
「いませんね。どこに行ったのでしょう」
人がいそうな気配がしない。不気味だ。自分達だけしかいないんじゃないか。
「……カイ殿、何か音がしませんか?」
「音?」
微かな足音がする。だんだん近づいているようだ。カルラだろうか。前方の角を曲がって出てきたのは水色の長髪の女の子だ。カルラかと思ったが、よく見ると違う。
「ここがどこだか聞いてみようか?」
「そうですね」
その人に近づき声をかける。
「すいません。ここどこですか?」
しかし、その人は反応を示さない。
「おい! 無視するな!」
エルバがその子の前に立つが彼女は速度を落とすことも止まることもせずに、エルバの体をすり抜けた。
「なっ!」
「えっ?」
少女は何事もなく歩いている。そして、そのまま歩き、角を曲がって見えなくなった。
「……エルバ」
「今のは一体……」
エルバの体に穴はない。エルバの体に触れても、カイの手は通り抜けることは出来ない。きちんと触れることができる。あの子は一体……。
「か、カイ殿……」
「大丈夫だよ、エルバ。僕は君に触れることができる。落ち着いて」
周りを見ても人の気配はない。さっきの彼女のことも気になる。それにここにいても何もわからないだろう。
「エルバ、少しこの辺りを調べてみない? 他の誰かに聞いてみようよ」
優しく言うと、エルバも少し落ち着いたのか頷いた。それを見て二人で手を繋ぎ、この建物内を散策しだした。
白く、太い柱が整列する通路の途中に部屋があった。しかし、開かない。
「なんだろ、鍵がかかってるのかな。開かない」
押しても引いてもドアは開かない。エルバと一緒にやってもびくともしない。
「どうする? 他の所に行く?」
「そうですね。ここで止まるより動いた方が何かわかるかもしれません」
再び散策。
しかし、本当に静かだ。誰もいないのか。もしかしたら、ここは廃墟でさっきの少女がここを守っているのか。いや、ここはまだとても美しいままだ。荒れていない。廃墟ならもっと荒れているはずだろう。純白の通路も床の藍色のタイルも色が落ちてくすんで、汚れていて、どこかヒビが入っているだろう。それがない。ここは建てられたばかりのように綺麗だ。
「カイ殿、あそこ」
扉が開いている。あの部屋に行けば何かわかるだろうか。エルバと顔をあわせ、頷き、そこへ向かった。
そこにはたくさんの人がいた。いたには、いた。しかし、その光景は異様だった。白い布を頭から被ったような服を着た人達は皆一様に胸の前で手を組み、俯いている。祈りのようだが、あまりの静けさと人の様子に驚きを隠せない。
「……カイ殿、出ましょう」
小さくエルバが言うとカイは頷いて、そろりそろり、と部屋の外へ出た。
「あれは、聞ける雰囲気じゃあなかったね」
「ここ、何か変ですよ。夢なら早く覚めてほしいです」
確かに気味の悪い夢だ。変にリアルだし、かと言えば、不思議なことは起こるし。そう思っていると視界の端に何かが映った。
しかし、すでにそこには何もなかった。もしかしたら自分の思い違いかもしれない。エルバが心配するだろうから、あまり言わない方がいいだろう。
「カイ殿?」
「大丈夫だよ、エルバ。何でもない。とにかく、ここを離れようか」
少し無理矢理だったかもしれないがエルバと部屋を後にすることにした。
「カイ殿、私も見間違いかもしれないのですが、人が先程通るのを見ました。でも、その人、気配がなかったんです」
「人……」
さっきのをエルバも見ていたのだ。気配がないこの建物内で何か生物が近づいてくれば気配を感じるはずだ。それは妖精や魔物、イメートでも同じことで、気配がないというのは、つまり……。
「エルバ。ここは夢の中なんだろ。現実のことは通用しないさ。大丈夫。考えなくていいし、考えたらだめだよ。夢なんだから」
夢の中、それに強引に結びつけてエルバの心をしっかりさせる。本当に嫌な夢だ。
「~~」
「カイ殿、あれ」
エルバが指差す先には先程エルバの体をすり抜けた少女の姿が。薄暗い廊下の奥にへたりこんでいる。その傍らには先程の人影が立っている。何か話しているようだ。エルバと顔を見合わせると頷いて二人の近くに近づいていった。
「……って。………そんな、まさか、……私達は……」
「……逃げましょう。ここはもう、いえ、初代からこうなのよ」
なんの話だろう。少女はひどくショックを受けている。何か恐ろしいものを見たのか。傍らの人影は昔を知っている口ぶりで逃げることを提案している。
「どこに逃げるの? 逃げても追ってくるわ」
「国外へ逃げるの。そうすれば追ってこない。どこかに亡命するの。貴女の体の時間を戻して、しばらくはただの子供として生きなさい。そして、いつかこの国を、あの人を倒すの。この国の未来を救うために、守るために。ひとまず、ここを移動してから時魔法ね」
なんだ、一体。この二人は何を見て何をするって? 時間を戻す? 国の未来を救う? 守る?
小人が詠唱を始める。
「カイ殿、どうします?」
「うん。気になるから行ってみる」
「それでは私も」
空間転移魔法の詠唱が終わらないうちに二人に近づいて一緒に飛んだ。
「あれ?」
飛んだ先は見たことのある場所だった。ここをカイは知っている。エルバも見覚えがあるようで驚いている。
「ここは?」
「ウルガルド王国の魔導賢者の家の近くね」
少女の問いにその人は答える。やはり、そうだったかとカイとエルバを顔を見合わせる。
「ここなら時魔法を使ってもあっちにバレることはない。それにあの人に気づいてもらえる」
さあ、始めよう、とその人は少女に魔法をかけ始める。詠唱は初めて聞くもので術式は複雑、それに膨大な魔力だ。確かにあの建物内で行えば大変な騒ぎになっただろう。国を出たらしいから、あの神殿の人達にバレることはないが、あの神殿からここまでどれくらい離れているのだろう。
そうこうしているうちに、少女の体は光に包まれてみるみる巻き戻り、自分達と同じくらいの背格好が小さな子供、自分がここに来たときよりもとても幼い、五歳ぐらいの体格になってしまった。
「カイ殿、時魔法で若返ることは世界で禁止された一級禁止魔法です。かけられ、時を戻された体にも負担がかかります。あんなに一気に十歳程若返れば……」
それを聞いたとき思わず時を戻した人に掴みかかった。しかし、先程のエルバと同じでその手はすり抜ける。何度も何度も挑むが、やはりその手は体をすり抜ける。
「カイ殿」
エルバがカイの手を掴み止める。
「ここは夢の中です。きっと我々は夢の中に干渉することは出来ないのです」
その言葉に力が入り震えていた拳は力なくだらりと垂れた。干渉できない夢の中では、自分達は見てるだけだ。歯がゆい。
見てるだけ。
……? 見てるだけ?
「ねぇ、エルバ。これは夢なんだよね」
「ええ。我々はスノウ殿が作ったかまくらで眠っていましたし、外は吹雪で動ける状態ではありませんでした。イメートは出せないし、これは夢だと思います」
「これさ、……誰かの記憶を見てるってこと、ないかな?」
「記憶を?」
干渉できない夢もあるのかもしれないが、それにしてはやけにリアルで、五感ははっきりしていて、そして、周りの景色もこんなにおんなじで。それに……。
「どうして、カルラ姉がいないの? それにあの子」
幼い姿に戻った少女を見て言う。
「カルラ姉に似てない?」
その女の子は顔を上げた。その顔は、虚ろな瞳で時魔法の魔導士を見上げる。闇にとらわれた無表情の女の子で、その顔は━━━。
真っ白な光に包まれたカイは夢の中から弾き出されるようにして目覚めた。
カルラは先に目覚めてコハクを抱いて火のそばで暖まっている。
「……カルラ姉?」
声をかければ気づいて振り替える。
「おはよ、カイ。でも、まだ夜明け前。もう少し寝ていたら?」
そう言うカルラの顔は夢の中の少女と大きく違っている。あの少女よりも柔らかい表情をしている。まぁ、それでもカルラを見慣れていない者からしたらまだ無表情に見えるだろうが。
「うん。そうするよ。ちょっと嫌な夢を見ちゃったから。次はいい夢を見れるといいなあ」
「そうね」
カイは再び目を閉じた。そして、完全にまた眠ってしまった。
「……」
完全に寝入ったカイに手を伸ばす。
「何してるんですかい、お嬢?」
抱いていたコハクが声を出す。眠っていたと思ったが起きていたらしい。
「何する気ですかい? 返答によっちゃ、いくらお嬢でも容赦しないですぜ」
飄々とした雰囲気は急速に凍るようになりを潜め、代わりに射抜くような冷たい殺気がカルラに突き刺さる。
「ごめんなさい」
「お嬢、誰にも言えないことですかい?」
ややあって、彼女は大きく息を吐くと、ぽつりぽつりと独り言のように呟き始める。
「……白は、嫌い。あの場所を思い出すから。……記憶は、誰にも言えない。見ては駄目。だって、カイは止めるから」
要領を得ず、全体がわからないが、先程のカイの会話と今のカルラの呟きでなんとなく理解した。無意識にカルラがカイに自分の記憶を見せていたから、その記憶を消そうとしているのだろう。
コハク自体は、そのカイが見た夢の内容を知らないし、カルラの過去も知らない。イメートである自分達は主の知っていること以上を知らない。それに主が見たものは、いくら主とイメートが心で繋がっているとはいえ、見えないのだ。イメートは主の分身であるが、主自信ではない。
「あっしはイメートなんで、カイさんの見た夢の内容は知りませんが、心はカイさんと繋がっていますからねぃ。カイさんは、お嬢が自分から話してくれるのを待ちますよぅ。あっしらのカイさんは、とても優しい人ですからねぃ」
「……知ってる」
腕の中のコハクに諭され、カルラは手を引っ込め、炎の方へ体を向けた。もう少し、寝かせてやろう。また夢を見れば、忘れてくれるだろう。
「あ、そうだ。エルバの方はいいわね」
「ええ、どうぞ。エルバの旦那のことは、あっしには関係ないですからねい」
「あら、冷たいのね」
キツネと魔女は、気が合うようだ。
IMATE世界あれそれこれ
◆アルス帝国
大陸の最北に位置している国。世界最大の国で横に長く、国のほとんどは雪と氷で覆われている(ロシアに相当する)。しっかりと防寒の装備をしていないと寒さで凍って死ぬ。
◆若返りの時魔法
世界共通で禁止されている一級禁止魔法。戻された肉体にも大きな負担がかかる。
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アルス帝国に入りましたが、一面真っ白な吹雪に覆われていました。ホワイトアウトは雪国ではよくあることです。
またカルラが気になることを言っています。いつか意味が分かるときが来るのでしょうか。
次回『登場、氷界の女王と結晶の魔女』
今回も読んでいただき、ありがとうございました。