ⅩⅤ
一時ウルガルド王国へ戻ったカイ達は、ほんの少しの休憩をとる。意外なことを知ったり、人に会ったり。しかし、そんな穏やかでいられない人達もいて……。
夜。カイとエルバはラツィオの家に泊まり、今頃自分達の若い時や旅の思い出なんかを話しているのだろう。
「カルラ」
窓際に座るカルラに紅茶を持ってきたキュリアが声をかける。
「……」
無言で紅茶を受けとる。庭でとれたハーブティーだ。それに満月が映る。
紅茶は受け取ったのに、キュリアはカルラのそばから離れない。顔を見れば、キュリアのその顔は心配に染まっていた。
「もしかしたらだけど、貴女、この旅の途中であそこに行くことになる」
「……知ってる」
そんなことか、と外に視線を戻す。闇夜に浮かぶ満月を見上げながら、短くそっけなく答えた。
「私は行ってほしくないわ。例え自分の生まれた国で、家族がいて、心残りがあっても。貴女が殺されるかもしれないのに、そんなところへ」
「キュリア」
キュリアの言葉を遮る。もう言うな、言いたいことは全てわかってる、という目でカルラは顔をキュリアに向けた。
「でも、シュラさんとの約束だから。あいつを殺さないと、これからもまた誰かが殺されてしまう」
「それはそうだけど」
「何のために私は逃がされ、何のために強くなったのか。その理由を奪わないで。もう二度とウルミラの好きにはさせない。12年前の誓いを誰にも、キュリアにもカイにも折らせない」
その目には強い光が宿っていた。そんな目をしていたら、何も言えないじゃない、とキュリアは目を伏せた。
「約束して。必ず生きて帰ってきて。その体で、その足で、何も変わらずに。それが家族としての願いよ、カルラ」
「絶対に、約束」
キュリアはカルラを抱き締めた。なんだかこのまま消えていなくなってしまいそうだ。そうならないように、ここにカルラを繋ぎ止めるように強く、きつく。カルラは痛みで顔をしかめるが、キュリアがどんな気持ちがわかるからただ、黙って何も言わず優しく抱き締め返した。
「カルラは寝たのか」
「ええ。カイ達も寝たのね」
「意外と早く寝たぞあいつら。気づいたら寝ててなぁ。俺の話、面白くなかったかなぁ」
酒瓶を煽りながら言うラツィオ。テーブルの向かい側にキュリアも座る。
「やっぱり、行くと?」
「ええ。この12年の生きてきた意味を、誓いを折られたくないって。本当に、強くなったわね」
ラツィオから酒瓶を奪うと煽るように飲む。慣れない風味に噎せてしまう。
「強くないのに飲むんじゃない。まったく」
酒瓶を取り上げるとグラスに水を入れ渡す。
「飲みたい気分なのよ」
「まぁ、わからんでもないが」
キュリアの隣に座り、話を聞く。
「……カルラはこの12年、ずっとそれを目標に生きてきたんだな。確かにウルミラのことは俺も許せない。人間のすることじゃない。だが、俺達には力があっても、その力が俺達の行動を制限する」
「何もできない、わかってるわよ。そんなこと」
キュリアはテーブルに突っ伏した。
「俺達は無力だな。こんな俺達にできるのは、あいつらをサポートしてやることだけなんてな」
キュリアは肩を震わせる。大丈夫だ、と言うように肩にラツィオは手を置いた。
しばらくして落ち着いたキュリアは真っ赤に腫らした目を開けた。冷やされたタオルをラツィオから受けとると腫れを取る。
「落ち着いたか」
「ええ。ごめん、ラツィオ。私、昔から何も変わらない」
「お前は俺と出会った頃と比べると結構変わった。死にたがりがこんなに感情的に笑って泣いていられるほどに。……お前に全てを任せた俺の方が酷いだろ」
「私、カルラがいなくなったら、また戻るかもよ?」
「その時はカイが止めるさ。あいつは誰かの心を変える力を持つ。お前だって、カイのお陰でかなり変わっているんだぞ」
「……そうね」
力のない笑顔だが声からは安心が伝わった。
「さ、冷やしたら家に戻れ。あまりカルラを一人にするな。今はあいつについていて、安心して帰ってこれる場所を守れ」
「わかったわ」
目からタオルを離すと腫れはだいぶ引いていた。タオルを返してキュリアは家に戻った。
「お前には全てを背負わせてすまないな、キュリア」
死にたがりの賢者が、人を生かすために選んだ道。それは彼女に大きなストレスをかけていることだろう。代償に彼女は今までの自分を封印することになった。それもこれから先ずっと。あの時の騎士は何もできなかった。まだ聖剣士でなかった騎士は賢者に全てを背負わせた。
「本当にすまないな」
呟きは夜に溶けていった。
朝。
カイは目を覚まして驚いた。自分達はいつ寝てしまったのだろう。記憶がない。朝までずっと話そうと思っていたのに、気づいたら眠っていたなんて。
「ラツィオさんは」
起きて探すが家の中にはいない。
「あ、まさか」
外に出て見ると微かに空を切る音が聞こえる。朝起きたら鍛練をするのが習慣だ。最近は剣を振れる場所がなかったし、振っていたら危険人物に間違われるからやめていた。久しぶりに自分も師匠と剣を振るおう。
すぐに部屋に戻り剣を取りに戻る。
「……」
エルバも誘おうか。いや、せっかく寝ているのに起こしては……。いやでも、きっと起こさなかったら泣くだろう。それに一緒に鍛練ができたときっと喜ぶだろう。ならばよし。
一人悶々と考えて、結論を出し、早速動く。
「エルバ。エルバ、朝だよ。さ、早く起きて。早く起きないとラツィオさんと鍛練ができないよ」
「ん、カイ殿………鍛練? ラツィオ殿と」
ぼんやりと繰り返すと、すぐにはっとしてがばりと体を起こした。
「それは行かねば!」
顔を洗い、剣を取って二人は外の庭で朝稽古をするラツィオの元へと駆けていった。
「……全く」
まだ引ききれていない目の周りの腫れを見てカルラはため息をつく。
「バレバレ」
しばらく寝かせておいてやろう。そして、腫れには気づかないふりをしておいてやろう、とキュリアに毛布をかけ直す。
「っ!」
仄かに香る酒の匂い。この家に酒はない。キュリアは酒を飲む人ではないし、自分も飲まない。酒を隠しているなんてことはしないし。
そうなると一つだけ思い当たるのは、昨夜、自分が寝てからキュリアがラツィオの元へ行ってやけ酒でもして、愚痴を言って、不安を吐露し、泣いたのだろう。きっとこれだ。間違いないだろう。
「……12年、か」
全てを押さえた声で呟くとカルラは早朝に取るべき薬草を取りに外の庭に出た。
「全く。どこもかしこも光ってて……。眩しい。でも……」
家を振り返る。かつて一度だけクロによって壊された家。12年、自分が世話になって、世話をしてくれたキュリアがいて、たまにラツィオやカイも来て。
「ここに帰ってきたくなるのは、なぜかしら」
簡単なこと。答えはもう出てる。ここが自分の帰るべき家だからだ。血は繋がっていないが、キュリアもラツィオもカイも、自分の家族なのだ。
ふっと口元が緩む。そして、再び歩き出した。
王宮の軍の軍事用の作戦会議を行う部屋にカイ達は居た。もちろんキュリアもだし、そこにはウルガルド王もいた。
「次の場所は北のアルス帝国。極寒の地よ。容赦なくその冷気が貴方達の体力を奪うわ。気を付けて行ってね」
大陸の最北端に東西に長く広がるアルス帝国。その地図には国の中央から北には寒さのため、人が住んでいないことが書かれていた。地元の人でさえ、厳しい寒さの中にある環境。そこまでしてなぜそこに住むのだろうか。
「昔、大陸の各国で大罪を犯した者を北方に流刑していたっていう伝承があるのよ。それがこのアルス帝国って言われていて、流刑の地なんて噂もあるわ。真偽は定かじゃないけど」
それが本当だとしたら国民のほとんどが大罪人ではないだろうか。それで国家が成り立つとは思えない。
「まぁ、でも、国民は悪い人ばかりではないわ。貴方達に訪ねてもらうのはアルス帝国の女王、イリーナ・アルス・イシンバエワ。氷界の女王とも呼ばれているわ。それと結晶の魔女、クリスタル・クルツェルト・ウラーノヴァ」
この国は女性が国を治めているらしい。あまり、女性が治めている国はなかなかない。あとは中東のモクシュカ・ジャドゥくらいだっただろうか。この世界にもたくさんの王やら首相やらがいる。その全てを覚えるのは困難だし、首相はすぐに変わってしまう。そんなものを覚えるなら剣の腕を磨け、とラツィオさんに言われたっけ、とカイは思っていた。
「アルスの女王は協力してくれるのか?」
「ラツィオ、彼女も悪者ではない。何より平和を愛する女王じゃよ。必ず協力してくれるであろう」
「あら、ウルガルド王。イリーナ女王のこと、よくご存知で」
茶化すように言うキュリア。ラツィオがこめかみに青筋を立てる。
「一回見合いをした仲じゃ。勿論、彼女のことは断ったがの」
「あら、気に入らなかったの?」
「キュリアッ!」
「よいよい。どうどう」
ついに声を上げたラツィオをウルガルド王はなだめる。
「彼女はまだ幼かった。わしとは20も離れておった」
「あー……親と子、みたいになりますね」
「そうであろう」
カイでもそんなに離れていればもっといい人を見つけなさいと断るだろう。
「クリスタルの方は?」
「私と同じ、無属性国家魔導賢者よ。彼女は一時期他国に留学していてね、それから地位を上げて、今では女王のお付きの魔導士。私とウルガルド王みたいな関係ね」
氷界の女王と結晶の魔女。どんな人物なのだろうか。
「イリーナ女王は実際に貴方達に会うことを所望しているの。だから、会ってきなさいな。きっといい人よ」
「わかりました」
次の目的地はアルス帝国。
カルラとキュリアの会話に気になるものがたくさんでした。キュリア師匠とカルラは親子ではありませんが、一緒に暮らしていました。12年前から。
はて一体カルラの過去とは? 12年前に何があったのか? それについては、アルス帝国編後までお待ちを。
キュリア師匠とラツィオの過去はちょっと暗いものがありそうです。それは外伝として今、書いていますので、次の次の章が終わってから投稿する予定です。ただ、外伝が年齢制限に引っ掛かるかどうかが心配。どうか師匠ズの過去はもう暫くお待ちを。
次回、『白い世界』
次回よりアルス帝国編、開始です。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。