Ⅰ
魔法とは
光・風・水・闇・土・火の基本六属性の環と中央に時間・空間の無属性、計七つの属性がある。それぞれは反対にある属性と相性が悪く、隣同士は相性が良い。
基本的に六属性の中の一つないしは二つか三つの属性をすべての人は持つ。六属性の中で一番自分に相性の良い属性が自分の主属性になる。しかし、中には無属性を持つ者もおり、全ての魔法属性を一通り使える。無属性の者は魔法使いの中でも極めて少ない。無属性でも、六属性の中で一番強い属性のものをサブとして使うことがある。
一人の魔女が弟子に召喚魔法を教えていた。
「じゃあ、手本を見せるからしっかり見ててね」
そして、手を下に向けて前に伸ばすと足元に水色の魔方陣が浮かび上がる。
「我が名において命ずる。我の前に姿を示せ。召喚!」
すると、光の柱が立ち辺りは眩しい光で包まれた。
幼い兄弟が仲睦まじく遊んでいる。
「兄ちゃん草笛うまいね!」
「お前も、練習すれば俺と同じようにできるようになるぞ」
「ほんと!? あ、でも、僕は兄ちゃんよりも上手になる!」
「ああ、楽しみにしてるぞぉ」
心地よい夏風が草原を駆ける。遮るもののない丘の上には、草笛の音が響いている。
しかし、そんな穏やかな時間を切り裂くように、世界が変わった。
「! 空が……」
青空は、セピア色の写真のように急に色が変わった。
「兄ちゃん……」
不安げに空を見上げる弟。
「なんだろ……戻ろう」
弟の手を引き、丘を駆け降りた。丘を降りれば、彼らの家は見える。もう少しだ。
「あっ」
弟の体がフワッと浮かんだ。風に巻き上げられるようにどんどん上空に浮いていく。
「しっかり捕まってろよ!」
兄はしっかりと弟の手を腕を掴んで丘を駆け降りる。このまま家に引っ張れば、と考えたのだ。
「兄ちゃん!!」
「大丈夫だから、捕まってろ!」
そう言う兄の体も浮き始める。
「っ!……大丈夫、大丈夫!」
「……あ、あれ?」
「キュリア、来ないよ」
「お、おかしいわね。ちゃんと呪文は唱えたし、間違えてはないし……。えい、もう一度!」
魔女はもう一度呪文を唱えた。
風が更に強くなる。兄弟の体は完全に空中にあった。
「……兄ちゃん」
「絶対に離すなよ!」
その時、一際強い風が吹いた。その勢いで兄弟の手は離れてしまった。
「にいーちゃーん!!」
「!!」
どんなに手を伸ばしても、もう届かなかった。どんどん引き離されていき、弟は風の渦に飲み込まれて消えてしまった。兄は風に押されて地面に叩きつけられた。
「くっ! カイー!!」
消えた弟の名を叫び続けた。
魔方陣から風が巻き起こる。
「来た!」
そして、風が渦を巻き、そして、召喚されたものが姿を現すと、やんだ。
「キュ、キュリア……あの、これって」
「……う、うん。人……よね……」
そこにいたのはまだ年端もいかぬ、男の子だった。
「た、大変! だ、大丈夫?」
声をかけ抱き起こすと、その子供はゆっくりと目を開けてこう言った。
「…………にい、ちゃん?」
弱々しく呟いた。
ーーウルガルド城
「キュリア! 貴様、またか!! いつもいつも失敗ばかりしおって! 今度は間違って異世界の少年を召喚したか!」
「ラツィオ、そんなに大声出さないでよ。この子が怯えてるわ」
「……大丈夫。君に怒ってないよ。君を抱いてる人に怒ってるの。大丈夫だよ」
少年は震えながら頷く。
「カルラ、ちょっとお願い。怒られてくる」
「いってらっしゃーい。ラツィオさん、よろしくお願いしまーす」
「心得た!」
ラツィオはキュリアを引きずりながら王の間に連れていった。
「ラツィオさんは本当は優しい人。真面目でいい人。キュリアはダメ魔導師。賢者なんだけど失敗ばかりするの。でも、反面教師でありたいんだって。それで、自分よりすごい魔導師になってほしいから、あんなことをするの。弟子の私は賢者になれるかわからないけど、いつかキュリアを越えたい」
「おねーちゃん」
カルラはカイの手を取った。
「なるべく私が貴方を守る。お姉ちゃんって呼んでいいから」
「ありがとう。お姉ちゃん」
その時だった。
「バッカモーン!!」
一際大きい怒声が響いた。
「……あぁ、王様の雷が」
「王様?」
「うん。ウルガルド王国の王様。普段は怒らない。キュリアのせいね」
カイはカルラの表情がないことに気がついた。少し怖いと思ったが、優しい言葉をかけたり、ずっと手を繋いでいるので、優しい人だと感じていた。
小姓が王の間へ来るようにと二人を案内して、二人は王の前へ来た。
「こんにちは、ご機嫌は、あまりよろしくないようで、王様。師匠のせいで……」
「カルラよ、よいよい。そなたが謝ることはないのだ。よいよい。面を上げよ」
顔を上げるカルラ。後ろにはカイがくっついている。
「そなたが異世界から召喚されてしまった者か。すまんのう」
「どうして王様が謝るの?」
「こら、王様の前だ。言葉を慎め」
ラツィオが小声で注意する。
「よいよい、ラツィオ。この子はわしが王ということを知らなんだ。それにまだとても幼いではないか。異世界から召喚されてしまった者ゆえ、赦してやるがよい。よいよい」
「は、はぁ」
「この魔女はわしの友人での。色々と自由にさせ過ぎてしまったと思ってるのだ。そして、今回のようなそなたがここに来てしまう出来事が起こったのだ。少しはわしのせいなのだ」
「…王様は悪いことしてないよ?」
「しかしな…大人になればわかるぞ」
「うー」
首を捻るカイ。
「ウルガルド王、この子はどうなるのか聞いてもよろしいですか?」
「カルラ、そんなに深刻にならないでよいぞ。キュリアと主でなんとか戻そうと頑張ってくれたそうじゃな。ありがとう。しかし、戻せなかった。いつ戻るかもわからない、ずっとこのままこの世界にいるのかもしれぬ。そうなったときのために、この世界を知らねばなるまい。そこでの、キュリアとラツィオがこの子の師となる。カルラ、そなたはこの子の先輩になるぞ」
「わぁ……。あ」
カルラは隣のカイを見る。なんのことかわからないという顔で困っている。
「君が元の世界に戻るまで、この世界で色々なことを学んでいこう。あの魔女と、このおじさんが君の先生になってくれるって」
「おじさんが…怖い」
「なっ!」
「ぷっ! フフフッ」
「笑うな、キュリア!」
「だってー、この子のめっちゃ素直なんだもん。将来大物よ」
からかうキュリアにラツィオが吠える。
「大丈夫。本当はとても優しい人、怖くない」
カルラの言葉を聞いて恐る恐るラツィオの表情を伺うカイ。それに気づき、ラツィオはカイの目線と自分の目線を合わせて言う。
「この迷惑な魔女と共にお前の師になるラツィオだ。お前にはこの世界のこと、それから学問、剣術を教えてやろう。安心しろ。この魔女ほどひどいやつでない限り俺は怒らん。約束だ」
小指を出すラツィオ。
しばらくためらっていたが、カイも小指を出し、約束した。
「信用してくれて感謝する」
「ラツィオ、言葉が固いわ。相手は子供なんだから簡単な言葉で言わないと理解できないわよ」
キュリアに言われて渋々頷く。
「し、信じてくれて、ありがとう」
「うん」
なんとか二人の絆は繋げたようだ。
「さ、これから忙しくなるわね」
「私も手伝う。お姉ちゃんだから」
王は微笑んで頷いていた。
それから時が経ちーーー。
「カイ、貴方もう私達から教わることないわよ」
「いや、僕はまだですよ。まだ学んで修行しておかないと、この世界では生きていけないです」
「いや、貴方十分生きていけるわ。イメート達だって申し分ないわ。できる弟子を持つと嬉しいけどちょっと悔しいなぁー」
「キュリアさん……」
まぁまぁ、とキュリアをなだめているところにカルラがやって来た。
「カイー、いるー? いるねー」
「いるけど、どうしたのカルラ姉」
「王が私達を呼んでる」
「おや? 何かやらかしたのかな?」
「キュリアじゃないから大事件は起こさない」
「すいません」
「まぁまぁ。用件は?」
「機密事項だから教えてもらえなかった」
「機密事項って、あ、あんたたち、な、な、何をしたの!?てか、するの!?」
キュリアが取り乱す。
「キュリア落ち着いて。落ち着かないとつれていってあげないわ」
「えーん、カルラー」
「引っ付かない! 重い! 暑い!」
キュリアを引き剥がし、落ち着かせて城に行く。そういえば随分城に行ってない。王は元気だろうか。よいよい、が懐かしい。
「おお、来たか。遅いぞお前達」
「キュリアが取り乱した」
「まぁ、仕方ない、機密事項なんてこいつには程遠い言葉だ。暴れるのも無理ないか」
「暴れてない!!」
暴れだすキュリア。
「キュリアさん、どう、どう、です。それに、ここで暴れたら呼ばれた理由がわからないまま外に出されますから」
キュリアは、何とか落ち着いた。もう少しで暴れてしまうところだった。ぼくらはいいが、城の人達が危ない。
「ごめんなさい」
「あ、いや、落ち着いたなら結構です。王のもとへお連れします」
小姓に連れられて行くと、ぼんやりとここに始めてきたときのことを思い出す。心配で仕方なかったあの時はカルラが手を握ってくれていた。もう、自分には手が届かなくなった存在のカルラの後ろ姿を見つめていた。
「ん」
カルラが急に手を差し出した。驚いているとカルラが顔をくいっとしゃくった。手を繋いでやる、ということだ。頷いて昔のように手を繋いで歩いた。前ではキュリアとラツィオが何で呼ばれたのか話をしている。小姓は聞かれて困っている。早くついてほしいよね。少し同情した。
「キュリア、ラツィオ、カルラ、そしてカイ。よく来てくれたのぅ」
「王が我々を必要とするならばすぐさま駆けつけましょう」
「固いなぁ、ラツィオ。それで王、機密事項ってなんですか?」
固いラツィオの言葉のあとにキュリアの軽い言葉を聞くと、なぜかハラハラする。二人は友人だから、それで、王が怒ることはないのだが……。
「実はの、世界のあちこちで魔物が不穏な動きを見せ始めておる。先日、カルラの力を借りて集団で移動する魔物の一群を捕らえ、目的を聞き出したのじゃ」
カルラに顔を向けるとカルラは立ち上がり僕らの方に向いた。
「魔王の眠りが覚める、と魔物は言っていた。眠りが目覚めれば、魔王はこの世界から平和を憎み暴れだす。略奪だって戦争だって起こす。だから、昔の人々は魔王を封じ、眠らせた」
「でも、どうして目覚めるの?」
「依代が現れたみたい。依代となる人間が現れれば、魔王の力をその人間に移し、魔王を復活させることができる」
「あの組織が絡んでいるのね」
キュリアの言葉にカルラは頷く。
「闇の道化師か……」
「闇の、道化師……」
以前、修行していたときに我々を襲ってきた奴。あれが、闇の道化師の一員だ。あいつらは国から追放されたもの、追われたもの達が所属する。闇ギルドみたいなものだ。
「犯罪組織みたいなものだけどね」
「悪い話しか聞かない」
キュリア達は知っているようだ。
「変に気を使われたくなかったから、お前には話さなかった」
「それなら、仕方ないです」
それで、自分を守った人達が傷ついてしまう。そんな姿を見たらきっと悲しむだろう。皆の優しさなのだ。
「魔王が目覚めればこの世界は大変なことになる。目覚める前に依代となる者を奪うのじゃ。できることなら闇の道化師を壊滅させてほしい。カイ、カルラ、お主達二人にこの任務を依頼する」
「僕が、ですか?」
「キュリアやラツィオからお主達の実力は聞いておる。カルラは最年少の国家魔導士として、数々のギルドの依頼をこなしてきた。カイはイメート達も育ち、魔法も剣術も申し分ない、立派な魔剣士になったとキュリアやラツィオから聞いている。ギルドの依頼もこなして力もある。わしはお主達が一番の適役であると思っておる」
皆の顔を見ると期待の色が見えた。
「カイが一緒なら何でもできる」
「自分に自信を持て、カイ」
「大丈夫。貴方達は私達の今までで最高で最強の弟子よ。すごいんだから」
「皆…僕、頑張ります!」
カイは宣言するように言った。
役職
・魔導士の階級
魔導士には階級がある。
最高位は国家魔導賢者。キュリアがこれにあたる。次いで国家魔導士で、国王や大臣から認められ、実力及び魔法の扱いに長けている者。カルラがこれにあたる。次に国家魔導師で国の定める魔導学校で魔法を教えることを許される位。これより上の階級の魔導士は教えることができる。試験を受け、実力があり、人格に大きな問題がない者がなれる。
それ以外は一般魔導士、または魔導士、と呼ばれる。学生は魔導生と呼ばれる。
その他
・聖剣士…剣の扱いに長けて、剣で国を守る、騎士階級の一つ。ラツィオがこれにあたり、他にも聖剣士はいる。聖剣士は魔法が使えなくても、剣術や精神を鍛えればなれるので、魔法が使えない少年達の中でとても人気がある。
・魔剣士…カイがこれにあたる。聖剣士には及ばないが、剣の扱いに長けていて、魔法を使う者のこと。剣に魔法をまとわせれば更なる力を得る。魔剣士になるには魔法を学ぶ必要がある。