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after blue  作者: London tower
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さてあなた、本当はどこにいるのでしょうか?

 あの日、どうやって家まで帰ったのかはっきりと思えていない。結局青臭い男子高校生のように泣いたかもしれないし、案外そんなことはなかったのかもしれない。けどそんなことは今割りとどうでもよかった。


「何でそんなこと思い出したんだろうな・・・」

汚い6畳間の万年床の上に、おっさんが横たわっていた。


 散らかったパンフレットに、電気代の請求書、いたるところに脱ぎっぱなしになっている衣服から濃厚な生活臭が漂う。また同時に、男のものぐささをその身をもって体現している。

 つーか、俺のことなんだけど。


 天井の蛍光灯が煌々と光ってまぶしい。垂れ下がった紐が機嫌が悪い犬の尻尾のようにそこにたたずんでいた。その尻尾を手で二度引っ張れば、いつものように暗闇が部屋を満たすのだろうがしかし、そんなものを引っ張れば気力すら、ない。


 実は別段たいしたことなどない。いつものように会社が終わり、いつものように家に帰っただけ。唯一違ったのは、帰り際に2,3言文句を言ってくる上司がその日たまたまいなかったので、帰りがご機嫌だった。ご機嫌だったので、帰路に読む小説が思った以上に進み、気分がよかったので、いつもはしない寄り道をし、そうしてようやく家についた頃に、携帯に着信があったことに気づいただけだった。折り返した電話口からは怒りが流れ出した。いわく、社会人の心得がなってないとのこと。いわく、人としての心構えがなってないこと。いわく、学生気分が抜けずプロとしての心構えがなっていないとの言。

 まあいつものおきまりの文句だった。怒りは言葉を増幅させていたのだろうが、内容は結局いつものカビが生えたお説教。結果帰り際に聞くか、かえって家で聞いたかの違いしかない。そう、それだけなんだ。なのだが、しかし、なぜだろう・・・目じりに湿気がにじみ出る。


「きっと疲れたんだろう。あくびもでるよ、うん。・・・今日は早く寝よう」


 視界が滲むのをむりやりあくびのせいにして、しかしどうしても目を閉じられなかった。自分の言葉とは裏腹に、息はどんどん浅くなっていき、心臓の音はクレッシェンドがかかったように、自己主張を続ける。そうして、8年前のことを思い出しながら、俺は明かりも消さずに意識を朦朧の内に放り投げた。



まぶたに光と顔全体にわずかな熱を感じて、俺は目をあけた。

窓から一筋の太陽が自分にふりそそいでいだ。


「・・・だるい」


今が何時であるか、仕事に遅刻するのでないか、また上司に怒られるのではないか。

ふとそんな事がすべて、どうでもよくなった。

どうだっていいじゃないか。こんなにやさしい目覚めがあるんだから。そうして俺は暖かな布団に体を包まれながら、身じろぎをひとつすると、柔らかなマットレスがわずかに軋んだ。


・・・・・・マッドレス?



・・・・・・俺、敷布団しか、もってない。


 急に頭脳がさえ始める感覚とともに、それに比例するように去っていく眠気。ぼやけていた視界が早送りのようにクリアになってくる。


「・・・知らない、天井だ」


 どうやら悲しみはきまくれな黒猫のように去り、ジョークを言えるぐらいには回復したらしい。


 がらんどうな部屋だった。真ん中にベッドが置いてある以外何もない。洗濯しなきゃならないと思っていた服も、積みっ放しになっている食器も、地面に転がっているビールの空き缶も、何もかもがなかった。四方の壁には一様に空の絵が描かれていた。上半分が薄い水色で、下半分はくもの形に白く塗られていた。方一面には、ガラスが大きくはめ込まれいて、そこから太陽の黄色いビームが俺の顔まで伸びていた。そしてガラスの反対側の壁には、細く、四角く黒い線が入っていた。おそらくそこがドアだろう。


どうしてこんなところに来たのか、思い当たる節など一切ない。

点滴も、体につながる管もないのだから、おそらく病院でもないだろう。

誘拐にしたって、この扱いは丁寧すぎるでしょう、と、いうか30近い安月給のおっさんを誘拐なんて、まあ、ない。


ただ最も不思議だと思ったのは、そんなことよりも何よりも、自分がしごく、安らかな気持ちだったこと。


「死ん・・・だ・・・?だとしたら死因はかな死・・・・・・あほか。」


 30になって身についたくだらない駄洒落を言いながら、体を起こす。まるで新品のように体に張り付く真っ白いシャツと下着は、しかしずいぶんと体になじむが、俺が寝たときに身に着けていたよれよれのシャツとパンツではなかった。


「・・・うわ、この年でパンツを替えさせられてしまった。こりゃ遅すぎるのか、早すぎるかのどっちだろう・・・?」

 くだらない独り言を言いながら、窓を一瞥すると、俺は黒い線があった壁に近づた。すると黒い線が一瞬わずかに光り、そうして区切られていた部分が音もなく消え去った。目の前に真っ白な長い廊下が現れた。


知らない部屋に未練などあるはずもなく、そしてなぜかいつもこんなときに抱くのであろう恐れもなく、私は廊下に歩みを踏み出した。


長い廊下をあてどもなく歩いていると、やがて出口がその光り輝く口腔を四角く開けているのが見えた。心なしか歩みを早め、ようやく出口にたどり着くと、そこはまだ外などというわけではなく、さっきの部屋よりはちょっと広い、似たようながらんどうな四角だった。


ただ部屋の真ん中には、ベッドのかわりに小さな学習机と、座り心地のよさそうな椅子と、そして一人の痩身なおっさんが座っていた。


「どうも、おはようそしてこんにちはあるいはこんばんは。」


おっさんはこちらにに一瞥することもなく、一心に机の上の書類を見つめながら、俺にそう話しかけてきた。


「あ、どうも、はじめまし・・・」


そう話しかけようとしたところで、おっさんが手あげ、俺の言葉をさえぎった。

「ちょっとまってね、これすぐ終わるから。」


 よどみなく進む右手のペンは、やがて書類の下半分まで達し、さらさらと動いたあと、そして程なくしてようやく止まった。おっさんは書類を持ち上げ、改めて読み直すようにもう一度上から下へ眼球を動かすと、ひとつうなずいてメガネをはずし、目と目の間を指で押さえながら口を開いた。「ごめんね、最近書類仕事ばっかり増えてで実際にこっちにくる人が少なくてな、それで私みたいな本来は面接担当にもこんな仕事ばっかりさせられるんだよ。」

そういっておっさんは顔を上げ、とんとんと机の上に積み重なった紙をさして微妙な表情で笑った。


「えっと。それで、ここは・・・いったい・・・?」


「あ、初めての方でしたか、あーこりゃめずらし・・・くもないか。さっきもはじめましてなんて言おうとしてたもんな。いや、最近人も来なくなったし、そういうことにもなるか。」


改めてメガネを付け直して、おっさんはこちらを向きこういった。


「ようこそ、XXさん、世界移転ゲート、ターミナルロビーへ」


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