5こけし:星と名前と、やっぱり星
「ナナちゃん家で勉強会?」
スナック菓子を片手にテレビを見ていた姉が、振り向いて聞き返す。
「そ。今度の日曜、みんなで」
「こけし係で?」
「……」
間違いではない。どころか、その通りなのだが。
美砂は無意識に姉との距離を詰める。
しかし姉も慣れたもので、二歩で美砂との距離を最大限に取った。
琴井姉妹の間に、何とも言えない緊張感が漂う。
ふっと、短く息を吐いて沈黙を破ったのは姉からだった。
「中間まではまだあるでしょ? 実力テストも、出来はまあまあだって言ってたじゃない」
「それはそうなんだけど」
中学生初めてのテストはまあまあどころか、苦手な数学(入学直後のテストとあって、内容は算数レベルだが)以外はなかなか上位に食い込んだ。得意の国語にいたっては、学年三位という快挙である。
「いや、なんか、ナナが」
――みんなで勉強会って楽しそうだよね☆
「その直後になんか、見たことないくらいおっきな星出してさ、その相談ついでというか……」
「そ、そう……」
姉は口許をひきつらせて微妙な顔をする。
「そういや、お姉ちゃん受験生でしょ? テストがどうとか言ってないで、毎日勉強しないとまずいんじゃないの?」
「もう、わかってるってばー!」
両手をひらひら、バレリーナのようにくるくると回りながら、姉はリビングから出て行った。
◇ ◆ ◇
がりがりごりっ。
土やら芝生やらを削りながら、高さ一メートルほどの星が、それなりの速度で進む。
美砂と淳の間を割ったそれは、地面に沈み、消える。
日曜日、窓川家の玄関前。
約束通り勉強道具などなどを携えてやってきたふたりに対する、ナナの出迎えだった。
「……」
「……」
体質はともあれ常識は持ち合わせている美砂は当然として、自由人としてセンスで生きているような淳までもが、星の残影を、唖然とした表情で見つめている。
「ごめんごめん、ついクセで☆」
ぱちりぱちり☆
やったそばから、舌の根も乾かぬうちに。
同時にナナを振り返った美砂と淳は、またしても同時に、飛んできた常識的な大きさの星をそれぞれ叩き落とした。
玄関に入って階段を上り、美砂と淳はナナの部屋に通された。
部屋の広さはほどほどで、あちこちに飾られた小物からナナの好みを知ることができる。
たとえば、壁につるされた星のオーナメントとか、星のマスキングテープで飾られた壁だとか、星とか――
「星ばっかりじゃない!」
「そだよ☆」
ぱちんと飛び出した小さな星が壁に突き刺さり、新たなオブジェとして加わった。
ナナの部屋はつまるところ、
「時給時速なわけか」
「言いたいことはなんとなくわかるけど、字が全然違うからそれ」
国語が苦手というのは本当らしく、淳はしょっちゅう書き間違いや言い間違えなどをしている。
勉強する時間があれば教えてやるか、と美砂は小さく息を吐いた。
「そうそう、今日久しぶりに姉兄そろってるんだけど紹介していい?」
「きょうだい?」
淳が聞き返す。
「ナナんとこ大家族なのよ」
「そう、私含めて七人いるよ! 窓川七人そろうとウィンドウズ」
「だめ」「だめ」
何かを察した美砂がナナの口をふさぎ、淳が手で制す。
ほぼ同時だった。
美砂はそっと手を離し、
「それ以上は、だめ。なんか、だめ」
淳も、うんうんと頷いていた。
ナナが飲み物とおやつを取りに行っている間に、代わる代わる窓川姉兄があいさつに来たこと以外はおおむね平和で。
部屋にはびこる星たちさえ目に入らなければ、ただ勉強しに来ただけだ。
「なんか、有効活用してるよね。窓川さん」
淳は、ローテーブルの上に落ちてきた星を指で軽くはじいている。
「あたしのこけしとはおおちがいよね……って、そうじゃなくて」
「友好活用?」
「ちがう。あながちまちがってないけどうまくもない」
「そうかなー」
美砂に滑り寄ってきた星をはじき返すと、流星のような軌跡を描いて淳の手に刺さり、消えた。
「痛いなー」
「元をたどればあんたのせいだからね? 忘れないでよ」
「わかってるって。これでもこけし係代表だし。琴井と窓川さんのことは責任を感じてるんだって」
「……」
淳のポーカーフェイス(にしか見えない)にうさんくさげな視線を投げた時、
「おっやつっだよー!」
ジュースとお菓子の載ったトレイを持ったナナが戻ってきた。
「そういや、ちょっと気になってるんだけどね」
星形と星形を大皿からそれぞれひとつずつとって、ナナが口を開く。
「松葉くん、私のことは“さん付け”なのに、美砂っちのことは最初から呼び捨てだよね」
「……言われてみれば」
初対面だった入学式のあの日から、美砂は淳に「琴井」と呼び捨てにされていた。
こけしのことが衝撃的すぎて、今までほとんど気にしたことがなかったが。
ふたりに注視され、淳はクッキーを頬張りながらきょとんとする。
「俺も気にしてなかった」
「なんでなんでー?」
ナナが楽しそうだ。
「なんとなく、その方が呼びやすかった、から?」
「そんなに変わる……?」
「じゃあ、琴井さん」
「やめてよ今さら、なんか変」
美砂は渋面を作る。
「じゃあ琴井美砂」
「どうしてフルネームなのよ」
「なんとなく? 琴井美砂。琴井美砂」
「連呼必要!? ……ナナは何で笑ってるのよ」
「べっつにー? なんでもないよー☆」
ニヤニヤにこにこと笑顔を浮かべて、ナナがいつものようにウインク。
ガツンという音をたてて、二メートルを超す巨大な星がその場に現れた。
三人や家具、窓ガラスをかろうじて避ける形で、壁、床、天井に先端が突き刺さっている。
星は出所を起点として、ローテーブルをまたぎ、対面に座っていた美砂と淳を分断している。
今日集まった本題を、否が応でも思い出すことになった。
「……どうすんのよ、これ……」
美砂が眉間をもみほぐしながらつぶやくと、
「消えなかったら邪魔だよね、さすがに」
星の壁越しに淳が答える。
「ついたてに使えるかも!」
「それはポジティブすぎだから」
「そっかなー」
ナナはにこにこと小首を傾げる。
本人が困っていなくとも、誰かの日常に支障が出るのは間違いない。
「ねえちょっと松葉くん。あんたの……言霊? でなんとかならないの? 能力自体消しちゃうとか。こけしもついでに」
美砂は常々思っていた疑問を(星の壁越しに)投げてみるが、
「むずかしいと思う。ご先祖様ならともかく、俺のは偶然だからさ」
「くっ、一縷の望みに賭けたのに!」
「そううまくはいかないよ、人生だもの」
「わかった風なこと言ってもだめだから!」
ローテーブルをまたぐ星の壁の隙間から、美砂は淳を覗きこむ。狭い視界に、いつも通りの飄々とした表情が見て取れた。
「そうだなー。せめて、窓川さんが大きさ変えたり消したりできるといいよね」
「まあ、それは妥協案だけども」
「おおっ!?」
ナナから驚愕の声が発せられる。
美砂が(おそらく淳も)ナナに顔を向けると、ナナの目の前に、照準器のような光の図形が浮いていた。その中で、星がせわしなく大きくなったり小さくなったりしている。
その星がナナの顔くらいの大きさになった時、
「えい☆」
声とともに、星が勢いよく発射される。
それは美砂たちを分断していた巨大な星にぶつかり、「カシャーン!」と高い音をたてて対消滅した。
砕けてキラキラと消えていく残像が、降り注ぐ花火みたいできれいだ。
美砂は正面の淳をばっと見る。
淳はぽりぽりと頬をかいて、
「偶然偶発ぐっじょぶ?」
「ぐっじょぶ!!」
ナナがびしっ! とサムズアップ。
ナナの「星大きすぎ問題」は、この時点をもって解決した。
なお、美砂が食い下がって試された「こけし化能力消滅実験」は、全て失敗に終わったのだった。
窓川きょうだいたち
イチカ、フセ、ミツオ、ヨシノリ、イスズ、ロクスケ、ナナ