2こけし:こけしでおかしなクラスメイト
入学式を終えてから帰宅までに、美砂の母親は二回こけしと化した。運転中でなくて本当によかったと、美砂は車を下りて安堵する。
家に着いてすぐには姉が。いつもの調子で美砂をからかおうとして自滅した形だ。
夕方を過ぎたら父親が。これがまた厄介で、制止しても警告しても突っ込んでくるものだから、美砂は何度メガネ顔のこけしを投げたかわからない。
母親は「かまってもらえて嬉しいのよ」と言っていたが、思春期と反抗期が重なりつつある今は鬱陶しいことこの上ない。
最後の方はさすがに面倒になって、姉と母親に(文字通り)投げて善きにはからってもらった(ふたりとも妙にノリノリだった)。
その夜、
「ねえ美砂、うちの学年にも“こけし女”って広まってるみたいなんだけど……」
電話の子機を持った姉が、微妙に距離をとって知らせてきた。友人と話していたらしい。
美砂はもう、膝から崩れ落ちたくなった。
◇ ◆ ◇
入学式の翌日、初登校。
道中、こけしにしたのは三人。
学校の玄関から一階にある美砂の「1-2」まででふたり。
こけしがうんぬんの前に、やたらと接触が多すぎやしないだろうか。適当にこけし(もちろん人間である)を放り投げて戻しながら、美砂はそんなことを考えていた。
「おっはー琴井」
字面は愉快でもテンション平坦。
教室に入って早々、そんなあいさつをしてきたのは、
「……おはよう、松葉くん」
そもそもの原因である、松葉淳その人であった。
顔立ちがいいからなのか、ぼんやりと眠そうなくせにそれなりに見える。
美砂はなんだかイラッとして、淳の肩を軽くどつく。
ぽわん、と気の抜けた音と煙とともに、妙に面相のいいこけしが机に転がった。
美砂は遠慮なく思い切り力の限り、それを床にたたきつける。
淳は、床にしりもちをついた姿勢で人間に戻った。
「いきなりひどいなー」
白黒の、細かい千鳥模様のスラックスについた埃を払い落としながら立ち上がる。
「いや、当然でしょ。むしろ自業自得でしょ? 誰のせいでこんなことになってんのよ」
「あー、俺だね。昨日誤ってみたことは許されてないね」
「ちょっとこれ以上誤んないでよわざとなの!? 昨日のは謝ってるってカウントしたくないんだけど」
「やー、俺漢字よくまちがえるんだ。国語ちょっと苦手」
「そういう話じゃなくて!」
元よりかみ合っていない会話がさらにズレていく。美砂が頭痛を覚えつつ口を開くと、
「おっはよー美砂っち!」
美砂の背中に弱い衝撃があった。「ぽわん」という音とどさりと何かが落ちた音から考えるに、誰かが美砂に突撃しようと接触した瞬間こけしと化したのだろう。
美砂はむんずと同級生をつかむ。脳天気そうな笑顔のこけしだった。
「あー……」
その場で中腰になって、ソフトにイスの上に転がす。
「ぽうん!」という煙の中から、女子生徒が現れた。
「どうしたのナナ、朝からテンション高いじゃない」
「えへへー」
ナナこと窓川ナナは、にへらと笑ってイスから立ち上がる。焦げ茶のポニーテールが揺れた。
「友だちとのちょっと変わったスキンシップだよー」
ナナは美砂の腕をばしばしたたこうとして、またこけしになった。
美砂がため息混じりにそれを拾う。
「窓川さんとは同じ第一小だったっけ」
「そう。五年生六年生で同じクラスだったの。元気な子なんだけど、今のあたしに対しても物怖じしないなんて驚きだわ」
「へー。でもよかったじゃん。気楽に付き合える友だちって感じで。こけし係にうってつけだよね」
「ナナのそういうところはほんと助か……、こけし係って何よ!? そんな係ないでしょ!」
ナナをイスの上で元に戻したところで、担任教師の伊波が教室に入ってきた。
「おはようみんな! まだ時間じゃないから好きにしてていいぞー」
クラスメイトたちがまばらにあいさつを返す。
美砂たちもそれに加わる。
ちなみに、今朝校舎に入って一番にこけしになったのは伊波だ。よそ見して廊下を曲がってきたあちらが悪いと、美砂は思う。
そんなことを思い出していると、伊波が美砂たちを見つけて一瞬微妙な顔をした。
「あー……」
頑丈そうな顎をさすってから、
「松葉に窓川、ふたりはこけし係な。色々頼んだ」
そしてさっさと教師席に行ってしまった。
美砂は反射的に淳を見る。
淳は片手を自分の口の前に持ってきて、
「またやっちった」
めんごめんご。
美砂はためらいなく、淳のすねを蹴りつける。
つま先が少しふれたあたりで煙が出たので、さして痛みはなかっただろう。
「へー、こけしでもイケメンてわかるんだね!」
笑うナナから淳を奪い取り、適当な方向に投げつけた。
◇ ◆ ◇
オリエンテーション後の臨時HRで、本当にこけし係が新設された。
メンバーは淳とナナ、そしてなぜか美砂。一年間固定らしい。
この様子だと、委員会も妙な手回しがされそうだ。
飼育委員になりたかった美砂だが、もう諦めている。こけしになった動物を投げるのは、罪悪感をいだくどころではないだろう。
こけしに動物耳がつくのかは知らない。気になってなどいない。断じて。
「松葉くんの家って、そういう家系なんだ?」
帰り支度を終えたナナが、淳に話しかける。ナナと一緒の美砂も、自然と会話に加わる流れになった。
「うん。“言霊使い”。昔と比べてだんだん力は弱くなってるみたいだけど、口にしたことがほんとになるんだってさ」
「へー、おもしろそう!」
「ナナ、あたしそのせいでこうなってるんだけど……」
「そうだった。ごめんごめーん!」
パチン、と片目を閉じてウインク。星が飛び出しそうだ。
「窓川さんのそれ、星が出そうだよね」
「そう?」
ふたたびパチン!
ナナのウインクで生まれた小さな星が、くるくる回りながら淳の肩に刺さって消える。
「ちょっ!?」
「ほんとに出たー!」
はしゃぐナナと、
「ちょっと痛かった、今の」
肩をなでさする淳。
どちらにつっこんだものか混乱した美砂は、ふたりの肩口をどつく。
ふたつのこけしが自由落下し、床に転がった。
ナナをイスにそっと落とし、淳のことは雑に投げる。
ぽうんぽうん。それぞれ煙とともに元に戻った。
「今の、俺どつかれる要素なかったよね?」
「あった! 十分すぎるほどあった!!」
「てへっ☆」
ナナが飛ばす星たちを避けて、美砂は確信していた。
言霊うんぬんではなく、その能力を持った淳の発想とセンスが問題なのだと。
最低でも一年間、監視しなければいけない。
頭痛とともに、美砂は仕方なく決意したのだった。
後日渡された「こけし係ノート」メンバー欄に、「ツッコミ役:琴井 美砂」の文字を見つけた美砂は、真っ先に伊波に拳をめりこませ(る前にこけしになったが)た。
無理からぬ話である。
こけし係ノート
「窓川さんが出す星には消えないものもあって、おしゃれながびょうだと評判だ(松葉)」