1. 『はぐれ者』は異世界に招かれます
ゴゥン!
重い鉄塊同士がぶつかる音が、狭い空間に響いた。
しかし、片方は金属の光沢を持っているものの、本来はそんな音がするはずの無い物、それどころかこれほど大きいはずのないものであった。
人の頭ほどの大きさのソレは、黒光りするカナブンによく似た甲虫だった。
そして、甲虫に打ち付けられたのは、解体現場などで使われる大型のハンマー。1メートル程の木の柄に、10キロ程の重さはあるであろう鉄の鎚頭を付けたハンマーを握るのは、大柄な男。
2メートル近い身長に分厚い胸板、丸太のような腕に女性の腰ほどもある太もも。身に纏っている服はワークパンツにTシャツ、足元はゴツい登山靴。ただ、この薄暗い空間では表情どころかどんな顔をしているのかも分からない。
「ぐぬぅ、思ったより硬いなあ。
アレだけ強く殴って、凹んだだけだよ」
男の言葉通り、土の地面に半分埋まるほど打ち付けられたにもかかわらず、甲虫の外骨格は凹んだ程度に見える。
「あ、でももう動けないから、このまま捕まえてしまえばいいのか」
男は独り言を呟くと、埋まった甲虫をそのままに、後ろに置いていた背嚢から網袋を取り出す。
ハンマーを背嚢の横に立てかけて甲虫のところに戻ってくると、大きな右手の掌を広げ、バスケットボールでも持つように片手で甲虫を持ち上げ・・・・・・ようとするが持ち上がらない。
「何だコレ、おっも!」
どうやら思っていたより重かったようだ。
左手に持っていた網袋を地面に置いて、埋まっている周りの土に指を挿し込み、腰を入れて両手で持ち上げるとやっと持ち上がる。
外見から見て、自身の体重が100キロは下らないであろう男が苦労して持ち上げるほどの重量には見えないが、男は重そうに横に口を開いておいた網袋に入れ口紐を絞ると、まるで何も入っていないかのように片手で網袋を持ち上げる。
「マジで重かったな。トンはあったな、トンは」
どう考えてもそこまでの重くは無いであろうが、余程重かったのか、腰を伸ばしたり肩を回したりしながら背嚢まで戻り網袋を背嚢に戻す。
「ん〜、今度こそは食べられそうな生き物だといいなあ」
男は独り言を呟きながら背嚢を背負い、ハンマーを右手で軽く肩に担ぐとその場を後にした。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
数時間前
男が目を覚ますと目の前には見知らぬ天井……というか、岩肌が見えた。
「あ〜、寝惚けてるな・・・・・・」
男は寝直すことにしたようだ。布団の中に潜り込んだ。
30分後
「うわ〜、夢じゃなかったか。
ここ何処だよ」
目を覚ました男が見回すと、薄っすらと明るいその空間は、10メートル四方程で3メートル程の高さの岩肌の洞穴といった感じだった。
アパートの自室で寝たはずなのに、家具の類は今起きたベッド(自室で使っていたパイプベッド)くらいで、ベッドの横の木箱と部屋の隅にあるよく分からない巨大な機械以外は何も無かった。
とりあえず木箱を開けてみると、中には無地の白いTシャツとワークパンツが数着、靴下が数足とつま先に鉄板が入った登山靴が一足、それに背嚢が一つと何かが入った2リットルくらいの容量の水筒(確かめてみるとただの水だった)、いくつかの工具類が入っていた。
「手掛かりになるような物は無いか・・・・・・」
寝巻き代わりのタンクトップとハーフパンツから木箱の中にあった服に着替えて(サイズはぴったりだった)、ポケットの中まで調べてみるも、手掛かりになるような物は何も入っていなかった。
「後は、あの機械か・・・・・・」
部屋の隅にある巨大な機械の方を見て呟くと、意を決したようにそちらに向かった。
近付いてみると、機械は幅2メートル高さ2メートル程で、奥行き50センチ程で真ん中辺りにモニターとキーボードらしき物があり、右側には人が一人入れるくらいの金属製の筒が、左側には一辺1メートル程の金属の箱が機械から繋がっていた。
「コレって電源だよなあ・・・・・・」
モニターとキーボードの間に、よく見かける電源マークの付いたボタンがあった。
男は少し迷ったようだがボタンを押してみた。
ウゥゥゥゥゥ……
機械が起動して駆動音を立て始め、各部に付いたランプが点灯しモニターに『Now Loading』の文字が出てきた。
同時に、薄っすらと明るいという程度だった空間が、蛍光灯を点けたくらいの明るさになった。特に何もないように見える空間に、光源となる光の玉が浮いていた。
1分程でモニターの文字が『Now Loading』から『初回起動時 情報受信中』に変わり、文字の下にシークバーが現れた(パーセント表示やどんな情報を受信しているかなどの表示は無い)。
シークバーには少しずつしか動きが無い。溜まるのには結構掛かるようだ。
結局溜まりきるまで30分ほど掛かった。
その間、男は空間内を見て回ってみたが、現状を知る手掛かりどころか出入り口すら見つからなかった。
男がそろそろ溜まる頃かと機械のところに戻って来ると、丁度シークバーが溜まりきるところだった。
『パンパカパーン』
シークバーが溜まりきり、画面が暗転したかと思うと、いきなり能天気な音声と共に画面にデフォルメされた顔(有名な黄色い笑顔を白黒にしたような感じ)が現れた。
「は?」
『やあ、初めまして。僕は神様だよ。
まずは名前を教えてもらえるかな?』
男が呆然としていると、画面の中の顔が話しかけてきた。
しかも、自分で『神様』などと名乗っている。これはイタい。
『うるさいなあ。事実なんだから仕方が無いじゃないか。
それはともかく君、名前だよ名前、ハリー、ハリー』
地の文と話すイタい自称『神様』が男を急かした。
「あ、俺は九尾狗繰 敬鬼って言います」
『(もう、地の文ウルサイ。)
クビククリ・ケーキ君か。不吉なんだか甘そうなんだか、よく分からない名前だねw』
男――敬鬼が名乗ると、画面の中の自称『神様(笑)』が人の名前に失礼なコメントをする。
「ええと、神様?
ここは何処でしょう?何でこんなことに?」
『君は素直でいいねえ。神のことを(笑)なんて言う地の文とは大違いだ。
そうそう、ここの説明だったね。ここは君から見たら「異世界」って感じかな?
いやいや、良かったねえ。オタク憧れの異世界転移って奴だよ。おめでとう」
「いや俺、オタクってわけじゃないですし。
しかも何かここ、閉じ込められてますし」
『あ〜、そうだったね。この空間は『始まりの石室』といって、君みたいに僕が招いた転移者たちのために作った拠点用の施設だよ』
「あの~、俺は元の世界に帰れるんですか?今日も仕事があるんですけど」
『あっ、それは無理だね。僕が招いた転移者って、元の世界の『はぐれ者』なんだよね。
『はぐれ者』は普通の人と大きく違う能力を持っているんだけど、存在するだけでその世界を不安定にして、最終的に世界を壊してしまうんだよ。
だからこうして、その存在を許容できる世界に転移させて、元の世界ではいなかったことにするんだよ』
「えっ!?それじゃあ」
『そう。もう君には帰る場所は無いんだよ。
それに、『はぐれ者』はその存在の大きさのせいで、基本的に周りから孤立するからね。まあ、例外も有るけど。
君にも思い当たる事があるんじゃない?今までに恋人や友人ができなかったり、能力はあっても見合った職に就けなかったり』
確かに、『神様(仮)』の言う通り、敬鬼は高卒とはいえ、その体格に見合った身体能力を持っていて頭も悪くないのに、就職の面接で落ちまくり、ずっと日雇いの肉体労働のような仕事ばかりをしていた。
それに、学生時代から恋人はおろか、友人もできた事がないのも言われた通りだった。
ちなみに敬鬼は男臭い老け顔だが、実年齢は22歳である。
『(地の文、マジでいい加減にしろ。)
まあ、そういう訳で、今回は僕が君をこの世界に招いたんだけど、『はぐれ者』を受け入れる世界って大体、何か問題が起きていて、その解決の為なんかで受け入れる事が多いんだよね。
でもこの世界って、特にそういう問題も起きてないから、君にやってもらう事が無いんだよね』
「じゃあ、なんで?」
『まあ、面白そうだったからかな?
この世界は君のいた世界と違って、個人の力の差の許容範囲が広いから、君くらいの存在力を持つものも結構いるし、そこに転移者という異物を入れることで新しいモノが生まれたりするかもしれないからね。
だから君は、この世界で自由に生きてくれていいんだよ』
殆ど敬鬼に喋らせず言いたい事を言った上に、右も左も分からない異世界で「自由に生きろ」などと無茶を言う『神様(?)』。
マジで鬼畜の所業である。
「いきなり、自由に生きろと言われても、「異世界」ですか?ここの事なんて、右も左も分かりませんし、どうしたらいいのか・・・・・・」
『(うわぁ、主人公の台詞先に言うとか、地の文さんマジ鬼畜。)
大丈夫。そのためのこの装置とこの空間だよ。
この装置には、この世界の色んな知識が詰め込まれていて、更に色んな便利な機能が付いているんだ。
使い方もヘルプ機能で調べられるから、後で見ておくといいよ。
この空間『始まりの石室』も色々と便利にしてあるから、その説明も装置で確認してね。
それと、何か目標が欲しいなら、とりあえず僕がミッションを出してあげようかな?
ん〜、そうだな〜、『この世界の色々なもののデータを集める』なんてどうかな?
動物や植物、鉱物などの君のいた世界にもあったモノから、魔物や魔法みたいな君が初めて見るだろうモノまで、ありとあらゆるモノのデータを集めてごらん。
このミッションについても、後で装置にデータを送信しておいてあげるから』
「あ、ありがとうございます。
どれくらい出来るか分かりませんが、頑張ってみます」
『うんうん。素直でよろしい。
それじゃあ頑張ってね。また気が向いたら連絡するね』
そういうとモニターに映っていた顔が消え、いくつかのアイコンが現れた。
その内容を少し調べていくつかの機能を実際に使った後、『始まりの石室』に出入り口を作り(これも装置の操作で作る事ができた)、敬鬼は外に向かった。
読んでいただいて、ありがとうございます
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