9
テケリが、ヒトガタになった……。
びっくりした。
すごく、びっくりした。
手を繋いで歩き出そうとしたら、なぜかそうなってた。
なにを言っているかわからないと思うけど、私にもわからない。
隣にはのっぺりとした、影を立体に起こしたようなテケリが立っている。
びっくりしすぎて、リアクションができなかった。
表面は変わりなく、ペタペタと吸い付くような柔らかさをもっているが、その中に芯のようなものができたようにしっかりとした形をもっている。
テケリが、私の手を握り返してきた。
これがしたかったのかなと思う。
思い返せば、これといった形がないテケリの身体で、私の身体に触れ続けるのは意外と負担が大きいのかもしれない。
今は、おそらく今までたべてきた動物の骨を使って形の元となる部分を作ったのだろう。
少しあやうげだが、先程までの不定形ほどではない。
ただ、まだヒトガタに慣れていないからか少し姿勢がおぼつかなく、少しあぶない。
腕に少し力を入れ、テケリを支えてあげると、一歩、踏み出す。
あぶない!
崩れそうになる身体に思わず手を差し出しそうになってしまうが、私が手を出して重心をずらしてしまうと、そのまま泥人形が崩れ落ちるようにテケリが地に伏してしまうのではと引っ込める。
……よかった。
テケリは、どうにかこうにか地面を踏みしめると、立て直す。
小さな、私の半歩ほどの距離だったけど、いきなり動けたことに驚く。
これは、歩くことを知らない赤子が生まれてすぐ立って歩くようなものじゃないかと。
諸手を挙げて喜んであげたかったが、そうしたらテケリが倒れるので、やらない。
もう一歩、足を前へと出す。
今度は、さきほどよりしっかりとした足取りだ。
もう殆ど私の支えが必要でないほど完成されている。
驚くべき学習能力と適応能力だが、そんなことを考えているうちに、さらにもう一歩。
完璧だ。
もう、人間と変わりないほどの動きをしているテケリに追いつくように、私も歩を進める。
テケリが進む。
私も、進む。
いつかの彼を思い出し、少しだけ、気分が落ちる。
なんだか、城に招かれたパーティで踊ったことを思い出してしまった。
あの頃は、使命に燃え輝かしい日々が続いていたが、もう、戻れないんだなと。
絶望的に、後戻りができない過去を振り返っていると、いきなりテケリが抱きついてくる。
――ッ!?
殴ってしまった。
いや、悪気は全くなかった。
ただ、彼を思い出していたところに、そんな接触をされてしまって、反射的に手を出してしまったのだ。
テケリは、大きく飛んで気にぶつかる。
不意なのもあるが、重心が定まっていない時点で顔に拳を叩き込んでこうなってしまったのだろう。
テケリは身体を大きく震わせる。
怒ったのかもしれない。
当然だ、いきなり殴られて平然としているはずがない。
いくら昔の彼と被ってしまったからといって、していいことではない。
テケリは私の様子を伺っているようだ。
戸惑うように、出方を伺うように。
私はどうしたらいいのか考える。
テケリに謝ろうにも私は声を出すことができないし、できたとしても通じないだろう。
行動で示そうにも、この場にテケリがたべれそうなものはないし。
撫でようとしたら、また殴ると勘違いされてしまいそうだ。
……抱きつく。
抱きついた。
テケリは、私をたべるかもしれないけど、誠意の見せ方がわからなかったから仕方がない。
半分半分だった。
私を許してくれるか、たべられてしまうか。
だが、どうやら許してくれたようだ。
優しく受け止めてくれたと思うと、そっと背中に手を回してくれる。
すごく、優しい動きだった。
私が殴った行為をしかえすというのもどうかと思ったが、いい感じだ。
テケリは私を撫でてくれる。
初めてじゃないだろうか。
人間でいた頃もひっくるめて、誰かに頭を撫でてもらったのは。
そのまま少しの間、のっぺりとした奇妙なテケリとの抱擁を堪能していると、離れる。
少し名残惜しい気もしたけど、私も離れる。
すると、手を握ってくる。
テケリからだ。
私も、握り返す。
少し照れくさかったが、これはこれでいいものかもしれない。
テケリと一緒に、歩き出す。
テケリのご飯を探しに。
歩いていると、ふと花を見つける。
テケリと一緒に見つける。
寒い空気が常に流れている森では珍しい、白い花が一輪。
テケリは、花を見つけてはいても、たべものではないからスルーしている。
私は、少し考えて、手折ってしまう。
テケリの身体は黒一色のヒトガタで、それ以外の色をもっていない。
なので、手に取ったその花を、凹凸のないテケリの頭。
人間ならば耳の上あたりに差し込んであげる。
テケリは、首を傾げる。
たべものでもないものを、そのようにされても戸惑うだけか。
その様子を見て、少し笑ってしまう。
なんだか、子供のように純朴なのだ。
テケリと共にいると、穏やかな気分になれる。
テケリがしてくれたように、その頭を撫でてあげる。
テケリは、嬉しそうに全身をぷるるんと震わせる。
彼を殺したら、テケリと隠居しようと決意する。
決意すると、その思いに惹かれるように鹿が視界の隅に映る。
テケリのご飯だ。
ソッと手を解くと、すっかり投擲武器としての面構えになってしまっている腰の剣を代わりに取る。
肩へ担ぐようにして構える。
投げる。
当たる。
倒れる。
再び、テケリと手を繋ぎ、ゆっくりと剣の塔の土台となっている鹿の元へと歩いていく。
私が、鹿から剣を抜くのを待って、未だ血が温かいそれに覆い被さる。
どうやら、食事中ではヒトガタを維持できないらしい。
以前のように、水泡のようにフルフルとした姿でご飯をたべる。
私は、それを眺める。
むぐむぐと咀嚼している様は、恐ろしくもあり、愛らしいくもある。
テケリがたべおわるのをゆっくりと待ち終わると、再度ヒトガタになった手を取り、歩き始める。
また、次の獲物を探しに。