6
乾いた石肌に囲まれた薄暗い空間。
その場を照らす光は洞窟の入口から入り込む陽の光と、永久光鋼石と呼ばれる光を放つ石を利用して作ったランタンの灯りのみだ。
「はっ、ん……あっ!あっ、っ、ん、んぁ!」
半分閉ざされたそこは、上半身を鎧に身を纏ったままの2人の人間の男女が絡み合い、くぐもった熱い吐息や淫らかな粘ついた水音と素肌を叩き合うような音が耳を支配し、互いの火照った身体から立ち上る情欲によって肌が熱く支配されている。
薄闇の中、ランタンの光を受けて妖しく綺麗に輝く長い金の髪と同じ色をしている瞳が、次々と迫ってくる快感の波に押され、蕩けそうな焦点を必死に男へと注がれる。
男に回された腕は快楽に揺らされながらも離されることはなく、恋慕からくる意思によって、ただ快感に流されるだけをよしとしない性格からしっかりと繋がれている。
「こんなところでしてるのに、すごい濡れ様だな○○」
「ぐ……ぁ、っは、っふぁ、あっ、っ、っあ、も、やめ……」
男はそんな女を獣欲のままに腰を打ち据え、ピンク色を充血させている芽を、鎧に隠された胸を責め立て、体の下で乱れる姿を征服欲に歪んだ笑みで見つめる。
女の内蔵をかき混ぜ、貫くように動く度に面白いように悶える様に加虐心を煽られ、また男の快感も昇ってくるのを暴発しないように抑えつつも楽しむ。
その表情は普段被っている仮面が剥げて落ち、まるで誇り高く優しい騎士というよりは粗暴な山賊のようだ。
「そんなこと言って、さっきからイキっぱなしじゃないか」
「にゃ、んぁ、んで、そんな……」
ただ、愛と熱に濡れる女の瞳には何時も接している優しい彼のように見えるのだろう。
涎がつーっと口の端から垂れ、激しい動きで玉のような汗が全身に滲み、永久光鋼石の白い中に僅かながら蒼が混じったような光を受け、純白の中に朱が浮かぶ肌にキラキラと輝く水晶の欠片を散りばめたような女は、上気した頬を緩ませてうまく回らない舌を動かして、喉から勝手に出てくる嬌声混じりに男に聞く。
なぜか普段よりもいいようにされ、感じ方も尋常ではない。
……嬉しいのだが、これはおかしい、と。
男は粗暴な顔を引っ込めると、すぐに少し意地悪そうな微笑みを貼り付けて教えてあげる。
「わかるかって?ちょっと飯の時にクスリを混ぜといたんだよ」
「ぇ、なんっ!そんな……あっ、ああ」
「それにこんなに締め付けてるし、なっ、痺れて動けないくせに淫乱なやつだな」
薬、筋弛緩剤の一種であり媚薬でもあるそれは、少量でごらんの効果をもたらしてくれる。
もちろん、通常の方法では入手できない特殊な薬物だが、女はそんなことはわからない。
ただ、なぜそんなものを使ったのかということだけ、グルグルと纏まらない思考の中考えることしかできない。
「あっ、そんあ、そんっ、ことぉ……ないっ、よお、んん!あっ!」
「そうなんだよ、こんないい女なんだが……惜しいな」
「……?」
男のそんな些細な、肉と肉がぶつかり合う音に消えいってしまうほど小さな呟きに対しても、頭が回らないようだ。
男はそんな愚かしくも愛おしい女に口づけをし、口内の舌を弄ぶようにねぶり、吸ってやる。
それだけで女に浮かんだ疑問は綺麗に溶けさり、従順な娼婦のようになる。
美しい髪に顔を寄せて匂いを嗅げば、旅の途中で体臭を気にしてか香水を使ったようで、微かに花の香りが汗の匂いの中に紛れている。
その匂いに興奮し、少し肉厚で柔らかく可愛らしい耳たぶを甘噛み、胸を愛撫してやる。
「まあ、最後だ、最後だからその分楽しまないとな」
「最後……って、どう、んっ、いう……」
女の言葉は聞こえているだろう。
しかし、男は聞こえていないかのように無視し、どんどん動きを早くしていく。
女の訝しむ思いも、その圧倒的な異物感に押しつぶされ、どんどん口から漏れる嬌声が大きくなってくる。
「ん?ああ、まあそれは……っと、イクぞ」
「ぇ、あ、らめ……外じゃないと、赤ちゃ、あ!んっ、あああ!」
「○○は気にしなくていいんだ、よッ!」
「んぁ、わた、い、くぅぅううう!!」
男はさらに打ち付け、女はさらに快楽を受け入れる。
そして、それが最高潮に達した瞬間、男の中心を女の最奥へと突き刺し、女は痙攣によって大きく身体を仰け反らせる。
2人は汗まみれになりグッタリしながらも、その苦ではない疲労感に一息ついて抱き合う。
少し経ち、事の余韻を楽しむかのように寝転がる女を見下ろす男の眼差しは冷たく、養豚場の豚を見るような目をしていた。
先ほどの行為の最中にあった笑みは消え去り、女を愛おしむような眼差しは幻想だったかのように欠片も見られない。
「っふう……気持ちよかったぞ、ありがとな」
「あ……中……けど、うん、#*が気持ちよくなって良かったか、な」
だが、女からはその表情は見えない。
ランタンからの光が逆光となって、影が男の顔を覆い隠しているのだ。
女は幸せそうに、だが股から垂れる白くべたつくなにかを不安そうに眺めながら、様々なことが頭に浮かぶのが止められない。
子供が出来てしまえば騎士を続けられないかもしれない。
男と結婚、するかもしれない。
さっきはすごく、気持ちよかった。
そういえば、薬とはなんだったのだろう。
まだ、身体の痺れが取れないが、男はなぜこんな所でそんなものを使ったのだろう。
しかし、女の疑問は男の次の言葉と行動で明白にされる。
「ん、ほんとに○○はいい――都合のいい女だったよ」
「……え?」
――言葉とともに、いつの間にか手にされていたブロードソードが女の喉を裂く。
女を、殺すためだったのだ。
明白にされるが、どうしてかはわからない。
焼けるような喉の痛みと、深く冷たい沼底へと沈んでいく、やり直せない致命的な絶望に目の前を真っ暗にさせながら、ただただ混乱する。
「あ……ごぼっ、ご、あ゛……?」
「ごめんなあ、魔物退治なんて出来るわきゃないし、俺の出世のためだ。死んでくれ」
数秒前まであった幸せな気分など、露もなく霧消する。
男が発する言葉が全くわからない。
言葉とは裏腹に、悪びれた様子も後悔の念も感じられない男が全くわからない。
肌を重ね合っていた人物とは思えない表情に、恐怖する。
こわい。
あれは、あれはなんなのだろう?まさか依頼の魔物が化けた邪悪な生き物なのではないか。
出世などと世俗にまみれた事柄はくだらないと笑い飛ばしていた彼はどこにいってしまったのだろう。
優しい彼の声の面影すら見えないこの音はなんなのだろう。
再び湧く疑問の泡を、再度――
「ごっ……な゛ん、ご、げぼっ、がはっ」
「姿形がわかんねえもんを殺せようがないじゃねえか。第一、いるかどうかも分かんねえしな魔物なんて。だが○○はバカ正直に報告すんだろ?見つかりませんってよぉ」
今度は胸を袈裟に斬られる。
喉といい、致命傷だ。
傷は肺まで達し、血を流しすぎてもう長くはないだろう。
息を吸い、吐く度に血が紛れ、男の声も、耳鳴り混じりになってよく聞こえない。
ただ、男へと手を伸ばし、最後に触れていたかったが、痺れた腕は指一本をピクリと動かすのが精々だった。
涙が出る。
どんなに訓練で苦しい目に会おうとも、山賊との斬り合いで傷つこうとも、母が死んだ時でさえ流さなかった涙が、溢れてくる。
苦しくて、悔しくて、止めようとするが、心から湧き出す感情がそれを許さない。
最後くらい、姿はどうであろうと毅然としていたかったが……。
「なら、○○という犠牲は出たものの殺しましたとでも言っておけば、また街に戻れる。こんなクソ田舎まで飛ばされりゃあ手柄も立てようがねえ」
目が、見えなくなる。
開いているはずの視界は黒く、役に立たない。
息も、もう……。
「こんなとこで一生過ごせるかよ……って、もう死んだか」
意識は朦朧としていて、血を失ったことによる寒さも感じない。
魂が身体から離れていくのを感じながら、男もまた、女の傍から離れていくのを感じる。
話をしながら服を着ていたのだろう。
女の荷物はそのままに、男は自分の荷物を手にして足早に洞窟の入口へと向かうと、最後に振り返り。
「まあ、お前の身体は惜しいと思うが、邪魔なんだよ。じゃあな」
最後に聞いた人間の声は、酷く冷たく痛かった。