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黒い――テケリがふいと、どこかへと行く。

なんとなく気になって、付いてく。

テケリが件の魔物かもしれないと思ったからだ。


……テケリ、とはテケリの鳴き声から付けた名前だ。

名無しでは呼ぶ際に、なにかと不都合があるだろう。


だが、なんとなくだがテケリは件の魔物とは違うような気がする。

何故かと思考を掘り下げていくが、湧き水が湧いてくるようにその作業はうまくいかない。


時間はある。


時間をかけて考えた。

ふと、頭に浮かんだのは、目の前で行われた食事だ。

あのように獲物を食べたら血も残らず、その行為の跡を悟らせないだろう。

そして、もしもテケリを目撃するほどの距離まで近づいてしまったら、捕食されてしまい、目撃情報など出ないだろう。


完璧だ。


私は長時間かけて至った答えに満足する。


ふと、目を上げる。

考え事から戻り、他者の気配を感じ取る。

――鹿だ。


テケリは肉を食べるのだろう。

狼の死体の末路を思い出す。

お腹が空いているのだろうなと思う。


腰の剣を抜き、投げる。


少し弧を描くようにして刺さる。

私は騎士なので、投擲槍も得意なのだ。


テケリに、腿に剣を貫通させている鹿を指さし、あれを食べていいよと言う。


…………。


少し震えたきり、動かなくなった。

いや、動いた。

物凄い勢いで鹿のほうへと滑り、覆いかぶさる。

うごうごと蠢き、鹿を咀嚼している。


やはりお腹がすいていたのだろう。

そういえば、私の剣もテケリの身体の中に入ってしまったがどうしよう。

固まっている筋肉を動かし、不格好ながら急いでテケリの傍まで近づく。


ペッと剣を吐き出された。

なんだか納得いかないが、食べられなくて良かったと定位置へと戻してあげる。


気のせいか、刀身が少し綺麗になっている気がする。

……気のせいか。


テケリに目を戻してみると、ふるふると震えていたり表面が波打っていたりとしている。

何故だろう、動きがない。

もしかして、満腹になり寝てしまったのかと不安になる。

いや、不安になる必要はないのだが。


ただ、動き出すまでテケリを待つか、私だけで先に進むかだ。

そもそも、待つ必要なぞありはしないので、この選択肢も意味はないだろうと悩む。

いや、悩む必要はないのだが。


そんな葛藤をしていると、テケリがまた「テケァリ・クリ、テゥケリ・リィ」と鳴く。


……よくわからない。


なにかを伝えたいのはわかるが、そのなにかがわからない。


…………。


寝る、とでも言ったのだろうか。

しゃがみ、鳴いたきり動かないテケリをツンツンとつついてみる。


…………。


反応がない、ただの屍のようだ。

いや、屍は私のほうなのだけど。

それからテケリのつつき具合を楽しんでみたが、一向に反応がない。


仕方がない。

本当に寝てしまったようで、私がテケリを起こすこともできなさそうだったので、立ち上がる。

「じゃあね、テケリ」と呟いてみる。

テケリの呼ばれている本人がそれと気づいていなかったら意味はないが、気分だ。


この奇妙な生き物との別れを少しだけ惜しむが、いつか来る別れだった。

踵を返して別れる。


……ん?


振り返る。

気のせいか、テケリが動いたような気がした。

……気のせいか。


ジッと見定めてみるが、まったく動きが見えないので再び歩きだす。

テケリにそこまで執着していたのかと私は私に飽きれるが、あの不思議な触り心地は確かに少しだけ惜しかったかもしれない。


……ん?


振り返る。

これは明らかに私の後を付いてきている。

先ほど振り向いた時からテケリとの間隔が広がっていないのだ。

いま止まっているのは、私が止まっているからかもしれない。

今度は目を離さずに、すり足で少し進む。


テケリも進む。


うん。

抱きつく。

なんだろう、この生き物は、すごくかわいい。


水と表現するよりは、滑らかな泥と表現したらいいのか。

ふるふると、しっとりと、しかし液体というわけでもなく柔らかすぎず硬すぎない肌触りを堪能する。

たっぷりと堪能したら、すぐに離れる。

つい、衝動的に抱きついてしまったが、過度な接触は野生生物にはあまりよろしくない。


今度も付いてきてくれるかなと少しドキドキしながらも再び歩き出し、変わらず付いてきてくれることに安堵する。

いや、安堵する必要はないのだが。




そうして歩きながら、テケリの為に鹿を殺し、与える。

テケリは、底なし沼の化身かのようによく食べる。


私は魔物を探す片手間だったので、特に負担と思わずやっている。

時間も、もはやあってないようなものだし、これくらいの余裕は持っていてもいいだろう。


――ッ!


歩いていた。

いや、私もだが、鹿を探すために視線を遠くまで投げかけていた中に歩いている姿を発見する。

彼だ。

茶髪が混じり、少しくすんだ金髪に蒼の瞳、人によっては皮肉げなと表現されてしまうような笑みを浮かべている彼は、騎士の正式兵装の、今はそんな面影は見られないが私も着ている鎧を着ている。

革のズボンに鉄板入りのブーツ、チェインメイルとその上に金属の胸当て、上腕には鎧の重量が肩に集中しないようにと革のベルトが巻かれ、革のグローブが続く。

左手には小さな丸い金属盾が、腰には私の刺突剣とは違い、幅広い刀身が特徴のブロードソードが下げられている。


最後の記憶の中にいる彼と同じ姿だ。

私が好きだった彼と同じ姿だ。


……だった?


…………なにか、思い出せそう、だった。

だが、もはや馴染みの頭の中に沸く霞に、微かな思い出の残滓が隠され流されてしまった。


舌打ちをしたい気分だった。

彼は私に気がついたのか、近づいてくる。


逃げなくては。


今の私はアンデッドだ。

彼は優しい男性で、私がこんな姿になってしまったのを嘆いてしまうかもしれない。

そして、いつ自我を無くしてしまうかもわからないので、剣を抜くかもしれない。


その事については私も覚悟ができている。

しかし、彼には斬られたくない。


……好きだか、ら?


また、ぼんやりとしてきた。

考え事もままならないこの身を呪いながら、私を発見してしまったのだろう。

すでに逃げられない距離まで近づいてきている彼を見て、死後硬直とはまた違うが、固まってしまう。

柄にもなく緊張してしまったのだろう。


近づいてきた彼が、少し距離を置いて、戸惑っているように「○○か?」と問う。

私は声が出せない。

悲しいが、黙って聞くことしかできない。


彼はため息をつくと、優しい彼には不似合いな罵声を次々と並び立てると、剣を抜く。

私は、彼には、彼だけには斬られたくない。

私も、剣を抜く。

優しい彼は、あまり暴力事は得意ではない。

もちろんそれは剣であっても例外ではない。

剣を叩き落とし、その隙に逃げようと思う。


彼が迫ってきた。


頭が痛い。


私の傷口に再び剣で攻撃するようだ。

その軌道上に私の剣を置く。

そのままだと華奢である私の剣は折れてしまうので、剣と剣がぶつかる瞬間に力の流れを脇に退かす。


頭が痛い。


そのまま彼の手首を剣の腹で叩く。

彼が剣を落とした。

彼はなにか言っている。


頭が痛い。


興奮しているようだ。

だが、なぜだろう。


何を言っているのか、わからない。


少しかわいそうだが私の剣を眼前に突き出して、少し退いてもらう。

私は彼の剣を拾うと、近くの木に思いっきり突き立てる。


彼は苦々しそうな顔をしている。

当然だ、騎士の命でもある剣をこんな扱いをされたのだから。

心の中で、ごめんなさいと謝り、踵を返してその場から離れる。


テケリは彼のことをご飯だと思っていたのか、少し名残惜しそうな雰囲気をまとっているが、付いてきてくれる。


彼は後ろでなにかを叫ぶと、剣をそのままに離れていく。

剣、深く突き刺してしまったのかもしれない。

反省。


テケリにはご飯をお預けしたようなものなので、復讐はさておき再び鹿を探しに行く。


……復讐?


よくわからない。

彼を見てから記憶の混乱具合が激しくなった気がする。


無いはずの痛覚が頭を刺激しているので、うまく考え事ができない。

うむむ。

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