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もしも、君が赦してくれるのなら__
何度だって会いに来るよ。
貴方の体温は、変わらず不覚にも安心してしまうもので。
その、温かさに優しさに救われたの。
* * *
あの、嫉妬と言う感情をハルトにぶちまけて横を通り過ぎて村を出てから一週間がたった。ギルドや商人に薬草を売ったりして場所を転々としながら旅をしていた。
フリード様が何でも私を捜しているらしくてそれなりに大きな街には私の特徴が噂されていた。だけど、対して目立つわけでもない私の顔立ちや髪や瞳の色は却って噂に尾鰭をつけて今では誰もが魅とれる太陽の色をもつ絶世の美女らしい。
フリード様、庶民の噂話を舐めていましたね。とニヤリとしてしまうのは私の性です。
と余裕ぶっこいていたのも束の間フリード様直々に街へ繰り出してきたので慌てて逃げ出しましたよ、えぇとんだ迷惑です。本当はそこ街の宿で一泊しようと思っていたのにこれじゃ野宿ではないか、とため息が出そうになったのは仕方がないことだと思う。
うじうじ悩むのは私の性格ではないのだけど、いつまでも引きずってしまっている。夜寝るときは決まってハルトの最後のあの顔が浮かぶ。
ぼんやり、としながら歩いていたらいつの間にか森に入ってしまったらしく、川沿いを歩いてきたはずだったのに右も左もわからない森の中で途方に暮れてしまった。おまけに今は昼ではなく夜だ。そこらへんに獣がいることは確かだ。慎重に、慎重にあたりを警戒しながらもと来た道へ進むけれど…。
低い、うなり声が木霊した。
恐る恐る振り返ってみると狼が数匹、涎を垂らしながらこちらを伺っている。赤い目はぎらぎらと獲物である私を狙っている。
ジリジリと少しずつ後退する私に対して狼たちは一歩、一歩ゆっくりこちらに近づいてくる。
背を向けて走って逃げたいところだけどそんなことしたら格好の餌食になるのはわかっている。けれど、だんだんと縮まっていく距離に膨れ上がる恐怖。喰われるという事実が目の前にチラついてだんだんと大きくなる。
「……ぃ、や」
ガタガタと震え出す体を止める術は無く、視界が滲む。
恐怖が体を支配するけど、このまま死に逝くのは嫌だ。足下には石がゴロゴロと転がっていてふと蹴ってしまおうかと思ったが手負いの獣ほど厄介な物はない。
悟られないように視線を下げたつもりだったけど、狼たちは気づいたらしく一目散に走ってくる。
「…いやぁぁぁ!」
ゴツッ____
鈍い音が響いて辺り一帯の時間が止まった気がした。次の瞬間、先頭を走っていた狼がバタンと倒れて頭に石を乗せたままひっくり返った。
「…………きゃああ!!」
くるり、背を向けて一目散に逃げる。
やっちゃった!やっちゃった!やっちゃった!やっちゃった!!
手負いの獣ほど厄介な物はない、なんて自分で言ったくせに一匹ノックアウトしちゃいましたよ!
後ろから荒い鼻息が聞こえてきていっそうスピードをあげる。いつまで走ればいいとだろうかと思った瞬間、木の根に足を取られて転けてしまった。手や膝から滲む血が痛覚を刺激する。けれど、それ以前に足を挫いてしまって立てないことに気付いてさぁと青ざめる。
もうすぐそこに狼たちはいて、私を取り囲む。対する私はボロボロでもうたって逃げることすらかなわない。手元にあるのはへなちょろな木の棒だけ。
じゃり、と石を蹴った音と同時に狼が私を喰らおうと口を開けて飛びかかってくる瞬間、顔が浮かんで__
「___助けてっ!ハルト―っ!!」
涙が頬を伝った瞬間、風が吹いて。
優しい腕に抱き留められた__。
「もう、大丈夫だよ」
耳に馴染むのは聞き慣れたあの音。いつだって、安心をくれるのは貴方なの。
「……は、ると!」
私を見て優しげに微笑むあなたをちゃんと見たいのに涙が邪魔して何も見えない。きゅ、とハルトの服を掴むとそれに応えるように私を抱く腕の力を強くする。
そして、狼たちをひと睨みするとあんなにも恐ろしかった狼たちが尻尾を巻いて逃げてしまった。




