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「ずっと、俺は君を守るよ」
ずっと、は必ずあると信じていたあの時に戻れるなら。
もう少し素直になっていただろうか。
切なげに微笑う彼が私の前を去らなかったのだろうか___
* * *
うっすら、と覚醒する意識がじんじんと熱くなる目の奥を強調する。ぼんやりとする頭であぁ、泣き疲れて寝てしまったのかと理解する。窓を見てみると幸いにもまだ夜明け頃で薄く朝日が覗いている。よかった、これならユミリがくる前に村を出れそう。体を起こして背伸びをしながら床に足をおろす。ひんやりとした冷たさが裸足の足を包む。ひたひたと数歩歩けば窓際まで来て窓を開ける。この国独特の朝靄の景色を目に焼き付けるようにして肺一杯に息を吸いゆっくりと時間をかけて吐き出す。
「さよなら、だね」
もう一度、景色を目に焼き付けて支度にかかる。といって荷物もそんなに無いため身支度だけで終わる。
まだ朝早い時間帯だけど早めにでよう。誰が来るかなんてわかったものじゃないもの。
宿からでで外套を羽織って、荷物を持って歩く。まだ暗い中で森へ行くのは危険だから森の横にある川沿いに沿ってあるく。流石に昼間ではないから獣がいつでても可笑しくはないから当たりに注意を払って前へ進む。
どれくらい歩いたのだろうか川が細くなってゆき山のふもとが近くなってきた。関所がもう直ぐだというところでぼんやりと人がいるのがわかった。外套を羽織りフードを被っているために顔や性別などがわかりにくい。
旅人ならいざ知らず物盗りならどうしようと不安がよぎる。思わず遅くなった足を無理やり進めて腰から護身用の短剣を取り出しいつでも抜けるようにしておく。ドクンドクン、と心拍数があがっていく。緊張が体中を駆け巡る。
相手がしっかりと見える位置まで来たときに目の前で焦げ茶色の髪が靡いて__。
「……やっぱり、そうだと思ったよ」
嬉しさと悲しさを交えた声色で私に話しかけるあなた。
もしかして、なんて思ってたけれど絶対に無いと高を括っていたのに。
なんで、なんで__
「なんで、なんでいるのよっ……!ハルト!」
どうして、どこまで追いかけてくるの。
だってあなたはもう私の特別なひとじゃなくなってしまったのに。
困惑する私に対して彼は一定の距離を保ったまま困ったように寂しそうに笑いながらでも私をみる瞳には鋭さが宿っていて動けない。
「絶対、ミアは俺から逃げようとすると思ったから」
哀しい確信だけどね。
彼はそう付け足して少しだけ目を伏せてから私を真っ直ぐに見据えた。その瞳の鋭さに、切なさに、熱っぽさに何も言えなくなる。
「……な、によ」
「ミアのことを誰よりもしっているの知っているのは俺だよ。だからミアが朝早くに村をでようとすることもここを通ってウェンデルに行こうとすることもわかってた。」
それ以上は聞きたくないと思っていても体は、腕は、耳をふさぐためになんて動いてはくれないし彼の声を聞き取れないような距離にいるわけでもないし朝早い時間帯に人が横を通るわけがない。つまりは一言一句逃さずに彼の話を聞かないといけない。
「__ずっと、ミアを見てきたんだ。ずっと、隣で」
彼が少しだけ体を堅くして私を見つめる。
ずっと、ミアを守るよ
ずっと、は必ずあると信じていたあの時に戻れるなら。
もう少し素直になっていただろうか。
ありがとう、と彼の横で笑っていたのだろうか。
切なげに微笑う彼が私の前を去らずにすんだのだろうか
もう、遅いのに。
そんなこと今さら想ったって何かが変わってくれるわけでもない。過去に戻ってやり直せるわけでもないのに。
自嘲気味に笑った私に少しだけ疑問の眼差しが送られる。相変わらず素直なあなた。少しくらいは疑うということをしないと生きていけないわよ__
もう振り向かないと決めたの。
傷ついたままあなたと向き合うには辛すぎる。
「通して、ハルト。」
「ミアッ!」
出来るだけ穏便にすましたかったのに、彼が私の名を大きな声で叫ぶと同時に私に詰め寄る。彼が開けていた一定の距離が一気に無くなって腕も捕まれる。
「なんでなんだっ!ミアッ!」
怒っている、ともとれる彼の声色に頑なに閉ざしていた物が溢れる。
「……なによ、裏切ったのはあなたじゃないっ!!」
掴まれた腕を振り払おうと身をよじるけれどびくともしない。それが何故か哀しくて辛くて余計に感情が溢れる。
「“待っててくれ”そう言ったのは誰?それを信じてずっと待ってたのに、なんで?やっぱり辛いときに側にいてくれた綺麗な姫様がよかったんでしょ!勇者として行かざるをえないからって、すぐに戻るって!難しいことも命を落としてしまうかもしれないことも覚悟してた!だから新聞で魔王討伐の文字がでてハルトが生きていたとわかったとき物凄く嬉しかった!なのに!待っててくれって言った本人が約束を違えた!結局ハルトの言葉は所詮その程度なんでしょ!?だから、私は!私は…!」
腕の拘束が緩くなっていく、呆然と聞いている彼の手を振り払って。
止まらない感情を吐露してしまう。
「もうあなたを信じれない!裏切られることがわかっていてあなたに会いたいと想うほど馬鹿な女なんかにはなりたくない!!」
力なく落ちた彼の腕。
ありありと悲しさが浮かぶ瞳なんかみれなくて彼の横を走って通り過ぎた。




