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ひとつ、ふたつ、みっつ___
雫が落ちていく。
それを拭う手が優しくて温かくて縋りたくなる。
* * *
公爵様と奥様にお暇をいただき自分の村にいったん戻ってから違う町へと行こうと思っていたけれど案外日が暮れるのが早くて結局村で泊まることになってしまった。これじゃあ勇者とかち合うじゃないか!と思ったがちょうど事情を知っている友人のユミリに出逢ったので、泣きついてみると案外スムーズにことが運んでいったので勇者どころか事情を知らない人には見つからないような場所を提供してくれた。まぁ、見つかった時点でアウトだ。あれよあれよという前に勇者が連れてこられるかはたまた連れて行かれるかのどちらかだ。あぁ、恐ろしい。
「ねぇ、本当にいいの?」
案内をしてくれたユミリが不安げに私の瞳を覗き込んで問いかける。私は力無く笑う。
もうしょうがないのよ、何もかも。
彼女はそんな私を見て切なげに微笑んだ。その彼女の微笑みの訳もわかっている。だけど、今だけはわからないフリをして彼女と別れる。
窓から見えるユミリの後ろ姿はやけに小さく見えて視界が滲んだ。
誰よりも何よりも勇者との仲を喜んでくれた彼女には申し訳なくて。それでも勇者とはもう会えないと頑なに逃げようとする私を優しく慰めてくれる。そんな彼女に私は何も告げずにこの国を出ようとしているのだから薄情にも程があると自覚している。だけど、それでも。生まれ育ったこの国を出ても勇者とは会いたくない。
ただ__
「ごめんなさい………っ、」
ひとつ、ふたつ、みっつ__
こぼれ落ちる涙を拭ってくれていた優しい手は、指先はもう無い。
自ら要らないと切り捨ててきたのに何もかも持たなくなってすがりつくように思い出してしまう。
思い出は会いたいと叫んで
記憶は会いたくないと拒んで
彼の、勇者の、ハルトの、顔が浮かんで消えていく。ぽたぽたと落ちる涙は床を濡らして丸い染みをつくっている。忘れようと決めて来たはずなのに、思い出すのは彼の顔ばかり。あぁ、女々しすぎる。自分で自分を嘲って笑う。頬を伝う雫は未だに止まることを知らなくて崩れ落ちる体を誰かが抱き留めてくれたような気がするけれど気のせいだと、そのまま意識を手放した。
ふよふよと、浮く体にふと疑問を抱く。周りにはいつも見慣れた自分の家。何かを忘れているような気がしていたけれど名を呼ばれて振り向くと考えていたことが飛んでしまった。彼が呼んだのは私ではなかった。いつの日かの私。彼や私には私が見えていないらしくて近くを飛んでいても何も気づかずにいるのだ。今よりも数年は前の話なのか。断片的にだが覚えている範囲と被る。彼が私に何を言ったのかもおぼえてる。
確か___。
思い出そうとしてるときに私の意識は浮上した。




