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あ、そういえば盛り塩しようと思ってたのに忘れてた。
塩を持ってきたのは、これが私の使える武器だからだ。闘うわけじゃないけど、それなりに効くだろう……体験者ですから。
ぼんやり、風景を見ながら考え事をしていると、この世界も悪くないな、と思ってしまう。
文明的にはローマぐらいかな。水路があって、思ったよりも清潔だ。もし、これが過去なら歴史の流れ的に文明の衰退が来る。それだけは、辞めてもらいたい。だって、汚物を窓から投げ捨てるとか、恐くて町を歩けない。
視界には、舗装されてないけど、土の柔らかい道が続いている。
んー……、どっちから来たっけ?
道が迷路みたいにぐねぐね曲がっている。
私は、来たときの道を思い出しつつ、戻り始めた。
「……」
足音がずれて聞こえる。
最初は、気のせいだと思った。
カーテン代わりの布が風で揺れているのを眺めながら、見るものすべてが目新しくて新鮮だった。
そっと開いた布の隙間から、コチラを覗く女の人を見るまでは――――――
まるで汚いモノを見るかのように、その表情は歪んでいた。
気付くと、そこかしこから視線を感じる。何気なく、路地の端に座っている子供も、不審そうにコチラを見てる。
私は、歩く速度を早めた。
……………………それは、どれだけ道を曲がっても着いてきて、だんだん私の方へ近づいてくる。
私は足を早めた。気のせいだと自分に言い聞かせた。息が荒くなって、心臓が口から出そうだ。
足音は、私の速度に合わせて着いてくる。
私は、思わず走り出した。後ろは振り返っていない。
頭の中で、どうして? と考え続けた。
私は、すぐに速度が衰え始めた。ジョギングでもしておけば良かったと後悔した。
思ったよりも、長く考えていたらしい。路地は、薄暗くどこまでも続きそうな気がした。
「う……!」
背中に衝撃が走って転んだ。
バランスを取ろうとした足は、サラに借りたローブに引っ掛かっていた。漫画のように、顔面からベシャリと潰れる。
走るような足音は、私の上に影を作った。
恐くて顔が上げられない。
倒れたまま固まる私は、地面を見ながら影の動きを目で追う。
生活音が感じられないほど、意識は背後に集中した。体を動かそうとするのに、恐怖からか全く動かない。視線だけが成り行きを見ている。
影は、段々と大きくなって……倒れたまま動かない私に何を思ったか、触れられる位置に近づいて、何もせず足早に立ち去った。
私は、しばらく体を動かさず、地面に横たわっていた。
だんだんと、体から力が抜けて動けるようになっても、亀よりも遅い速度で体勢を立て直して座り込む。
少し擦りむけたのか、鼻と掌が痛む他は異常もない。
体を点検していると、遠くで誰かがコッチを見ている気がした。私と視線があったのか、その影はパタパタと音だけを響かせて去った。
本を読むときにしかメガネはかけない。目付きが悪いのは、視力のせいだとわかっていたけど、耳と鼻筋にかかる感触が煩わしい。コンタクトも同じような理由でしていない。だから、遠いと顔がわからないのだ。
あれは、何だったんだろう?
気が付けば、もうすぐそこに人気のある道が続いていた。
私は、恐くて人のいる道に出るのを躊躇う。足がまた動かない。
それでも、勇気を出して気を奮い立たせる。
大丈夫、大丈夫……。
小さく呟きながら、自分の声に耳を傾けた。
足を前に動かすまでに、時間にして十秒ほど。それは、自分にとって何十分にも感じる。それだけ、恐かった。
原因の不明の悪意を向けられるのが。
人気のある方に歩きながら思い出す。
子供は、ひどく汚れくたびれた服を着て、痩せ細った体を地面に横たえていた。
女性は、目の下が窪んで唇はカサカサに乾いていた。
空気は暗く淀み、奥へ行くほど景色は寒々しく殺風景になっていく。
あの道の端に、まるで電柱の代わりのようにあった棒が一つもない。
人混みに入って、私は安心した。
良かった。誰もコチラを睨んだりしない。
それは、当たり前の事なのにひどく嬉かった。
「たーちゃんっ! 探したんだから!」
声のする方を向くと、サラが人混みの向こうから走ってくる。
私は、自然に緩む口元を意識しながら考えていた。
気にしすぎたのかも……、たまたま虫の居所が悪いところに鉢合わせただけで、あの女の人は睨んでなかったんだよ。
そう思うことにした。
「ごめん。……でも、いきなり置いていかれたから暇で暇で」
「うっ……」
近寄ってきたサラは、お説教されると思ったのか口をへの字に結んだ。
「まあ、でも、迷子になりかけてたから良かった良かった」
私がそう言うと、サラは少しほっとしたのか、息を吐いて告げる。
「ここから先は、少し治安が悪いから市場に置いていったんだけど……何もなかった?」
「……なにもなかったよ」
私は、サラリと嘘をついて平静を装おったけど、内心は冷や汗をかいていた。
「最悪、殺される可能性もあるから、もう……この棒が立ってる場所より先は行っちゃダメだよ?」
「え……先に言ってよ!」
「知らないとは、思わなかったんだもん。こんな何もない町外れはまで歩いて来る予想も出来なかったし」
サラは、ちらりと私が出てきた路地を見つめた。
バレてる……。
私は、そう確信した。
「とにかく近寄らないでね」
サラは、私の手を持つと移転を使った。
なんで、あの地区の人が治安の悪いところに住んでいるのか、このときの私は知らなかった。
無関心に、この世界を羨ましく思っていた。
ここは、私の世界じゃないから良く見えたのかもしれない。




