1
たまに編集します。
自分が生活をしている世界に、並行に広がる別の世界がある。
それが魔法を使える世界だとしたら、そこで生活している自分が科学の発達した世界と同じようにいる訳で……。何が言いたいのかと言うと、つまりそれは永遠に交わることのないパラレル的な話だということだ。
科学じゃなくて魔法が発達していたら、人生が今と変わっていたかもしれないと、まあ、そう思うことがあったとする。で、別の世界から「こんにちわんこ」とか言って自分が現れたら……どうしよう。
自覚はなかったけど、もし友人に話したら、中二病をこじらせているのだな、と思うに違いない。私のお気に入りのマグカップが勝手に浮いて、朝食用のパンに「ジャムはつける?」とか言いながらバターを塗って、歌いながら踊る女。……いや、そんな幻覚、もしくは夢を見たら、自分はどうなったのだろう? と思うはずだ。ああ、神様……どうにかしてください。目の前にいるのは、どう見ても自分じゃないですよね?
なんとなく、本能でわかる。
髪は黒いし、肌が白くて、今より若いけど、目が一重でよく睨んでると誤解された見たことのある顔。
認めたくないが……あれは、私なのだろう。あのハイテンションのときの仕草がそっくりだ。
「たーちゃん、コレ何!?」
幼少から呼ばれているあだ名で、もう一人の自分が叫ぶ。中古を安く、と言っても税込み十二万ほどの品はデリケートで水に弱い。
「すごいね! 人がいっぱい詰まってて、中に木とか建物が入ってるなんて夢見たい」
そこは、魔法みたいと言うところじゃなかろうか。私は、まだ十代だろう黒髪の少女を微笑ましく見ていた。
「うわー! 凄くない? これ、全部食べ物なの!? …………この宝石みたいなケーキ、箱から出せないの?」
性格は、やはり自分そっくりで食い意地がはっている。
「出せない」
私は、キラキラした瞳を向けてくる少女を突き放し、ナゼか罪悪感にさえなまれた。
「そう……」
残念そうに、指をくわえる姿は本来の私のモノなのだろうか?
「……お菓子ならあるよ」
そう言うと、彼女は嬉しそうに飛び跳ねたのだった。
――――――――――
少女の名はサラ。この世界の並行世界からやって来たという。
なんだろうね、このファンタジー的なナニカは……。
「私は……んくっ、あなたと見えない紐で……つながってゆ、わへだんだへど」
「わかんないから、重要な部分が伝わらないから、お菓子は後にしなさいね」
私は、少女が持つポテトチップスの袋を取り上げた。そして、さっきから付けっぱなしにしているグルメ番組が写ったテレビを消したのだった。
少女は、すこし潤んだ目を向け、視線で菓子を要求してくる。
私は、それを見ながら菓子を口に入れた。いや、これ、元は私のだからね。少女の視線に、良心の呵責を覚える私だった。
「つまりー、これが私のいた所で、これが今、私達がいる部屋。他にも、こうやって同じ場所に空間が繋がってるの」
彼女は、クッキーを束にして重ねた。あの中の一枚が私達のいる部屋だという。
「同じ場所で、同じ時間、同じ空間に私やあなたは存在してるんだけど、全てが同じじゃないんだよ。生まれた環境、天気、私が死んでる世界もある。私とあなたは、たまたま、同じ場所に居ただけなの」
「私達がみたいに、同じ空間や同じ時間にいることが珍しいってこと?」
話がややこしくなってきた。少女は、首を傾げる。
「時間は一緒だけど、問題は同じ場所に居るか、否か、ということなのよ。環境が違えば、この時間、働いてたりする訳でしょう?」
「まあね。私が今、会社を辞めて無職なことをなじってるんだったら、またお菓子を取り上げるわよ」
彼女は、急いでクッキーを口に頬張ると、残りを天上近くまで移動させた。いじきたない。
「だんりゃ、わたふがとふへこへたん」
「わかったから、もう取り上げないから、これでも飲んで、説明を再開して」
私は、ペットボトルのお茶を彼女にほおり投げ、呆れた視線で見下ろす。買いだめの菓子は、彼女によって今日中に消費されるだろう。ため息をついて、席につくと少女は嬉々としてペットボトルをいじくりまわしている。
私は、ふたを開け、確保していたチョコをつまんだ。
話はおよそ、二時間をかけて行われた。途中、色々な菓子の誘惑に説明を放棄されかけたけど、それは新たな菓子で釣って、なんとか全て聞き終えた……と、思う。
「要約すると、あんたと私は繋がってて、私達は同じ時間に同じ場所に居たから、あんたはコッチの世界に来れたって訳ね」
「そう」
「で、何しに来たの?」
もう一人の自分と言っても、育った環境が違えば性格も違うわけだ。彼女が悪人だとしても、可笑しくはない。私自身、善悪の定義が違う世界で生きたことがないからわからない。
「逃げてきたの」
少女は、クッキーを飲み込んで言った。軽い口調で、何かに悩んでいる様子は全く見られない。
「何から?」
私は、注意深く動向を観察する。これらの話が嘘か、本当か、なんてわかる訳がない。でも、この状況から知ることもある。
震えてる手とか。
伏せられた瞼とか。
目の奥の暗い光とか。
悲しいとき、辛いとき、私は誰にも相談せずに一人でモヤモヤしている。
「いいじゃない。誰でも」
こんなときでも、お菓子を手放さないので同情が散りそうだけど……まあ、いっか。言いたくないなら、無理に聞くことはないよね。
「たーちゃんはどう?」
「私? 私は……」
そして、思い出す。
セクハラ上司に、嫌味な先輩、生意気な後輩、全てが嫌でリセットしようと会社を辞めた。嫌な環境だったわー。
笑ってたら大丈夫なのか、と言ったらそうじゃないと思う。表で平気な顔して、心で泣いて。まあ、暗い話は嫌いなので引きずらないよう努力はする。
だから「平凡。刺激がないからねー」と、少女に笑っていう。
「刺激? ………………じゃあ、私の世界に来るとか!?」
彼女は、名案を思いついた、といった嬉しそうな顔でのたまう。
「いかないから! 私は、そんなこと出来ないし」
「大丈夫! 私が連れてくから、足とか取れないように気をつけるから」
「どういうこと!? 足とか腕とか、代償に取られるの? そんなの嫌!」
「違うよ。指定範囲間違えて、この世界に足を取り落として出発しないようにするってこと! 気に入ったら、私の世界にずっと居ていいから。代わりに、私がこっちに住みたい!」
「それが本音か!」
こうして、移住計画は発動した。
彼女がどこか別の世界に行きたいと願っていたように、私も心のどこかでは、願ってたのかもしれない。誰も知らない場所に行きたいと。