*葬られし呪の目覚め*
長く更新できずにすみません。
また読んで下さる方がいるといいのですが……。
「――失礼します」
言葉の後、一拍ほど置いて部屋に滑り込む一つの陰。その主は、
「……音璃呪……」
スラリと高い背に長い黒髪、柔和な面を持つその者は、かつて緋誓が屠った鬼守の片割れ、音璃呪であった。
「音璃呪……? こいつがそうなのか?」
「ああ。私が屠った男だ」
緋誓の姿をみとめ、次いでその側に立つ愁杜に目をやり、音璃呪は目を細めた。
「お久しぶりですね、緋誓さん。そちらの方は存じませんが……あまり穏やかではない気を纏っていますね……」
音璃呪の言葉を危険と取り、愁杜は腰に帯びる対鬼刃器に手を伸ばす。しかしそれは、緋誓の言葉によって止められた。
「止めろ、愁杜。音璃呪は危険じゃない」
「用心にこしたことはない。ただの威嚇態勢だ」
間近の緋誓にでさえ、聞こえるか聞こえないかの、本当に小さな声で愁杜は言った。
「物騒ですね……。そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ?」
至極穏やかな笑みを浮かべて音璃呪は言う。
「どうかな。あんたは生身の存在じゃないらしいから。何が起きても、出来てもおかしくはない。そうだろう?」
小さく、不敵に微笑む愁杜に、音璃呪は切なそうな視線を向けた。
「……そうですね。私は、一度死んだ身ですからね」
笑いながらそう言う音璃呪に、緋誓問うた。
「負担は……ないのか?」
「ええ、ありません。今の所、死する前と何らかわりはありませんね」
手を開いたり閉じたりしながら返答する音璃呪。
「そうか……。翠憐は? 彼女にはもう会ったのか?」
緋誓が翠憐の名を口にした途端、表情を一変させ、緋誓の前に平伏した。
「申し訳ありません、緋誓様!」
「!?」
平伏したまま動かない音璃呪とそれに驚き困惑する緋誓。見かねたように愁杜は音璃呪に近づき顔を上げさせようとする。
「止めろよ、あんた。緋誓が困ってるから……」
「いいえ、そんなわけには……」
「どうしたんだ、音璃呪? 平伏すことは疎か緋誓“様”だなんて、ただの一度も口にしなかったのに……」
緋誓も駆け寄り、なんとか顔を上げさせようとする。しかし音璃呪はなおも抗い、顔を上げようとはしない。
「本当に、本当に申し訳ありません……! 未だ未熟とはいえ、かような真似を致しますとは思いもよらず。我が妹ながらお恥ずかしい……!!」
音璃呪は必死に、妹の失態を謝り続ける。恐らくは自らを蘇らせたことであろう。
「……気にするな。いずれこうなるだろうことくらい、私にだってわかっていた。翠憐が悪いわけじゃない。大丈夫だ」
音璃呪を宥めるように、緋誓は言った。
「緋誓さん……」
「こんな事になったのは、全て私の責任だな。私にできる限りではあるが、どんな償いでもしよう」
緋誓は目を閉じて頭を下げた。そうすることで、音璃呪への謝意を表したのだ。だがしかしそんな緋誓の前で、音璃呪は目を見開き驚いた表情をしていた。
「な……おやめください、緋誓さん。そんな……私如きに頭を下げるだなんて……」
「そうだよ。やめろよ……」
2人は頭を下げる緋誓を止めた。緋誓は顔を上げ、真っ直ぐに音璃呪を見つめて言った。
「嘘じゃない。出来ることならば何でもする。どうすればいい? 音璃呪、お前は私に何を望む……?」
「…………」
「…………」
音璃呪も愁杜も、緋誓の言葉に押し黙る。沈黙が続く。そんな中、遠くで誰かの声が聞こえた。
「…………様……」
「……か…………た……」
「本気で、仰っているのですか……?」
音璃呪の声音は重く、慎重さが伝わる口調だった。
「ああ、本気だよ」
「では――…」
「兄様!」
音璃呪の言葉を遮り、部屋に飛び込んできたのは翠憐だった。
「あ……緋誓姫様。……本当に申し訳ありませんでした!」
緋誓と目があった翠憐は、一言目にそう言った。
「兄様を蘇らせたこと。そして、ここにお邪魔させてしまったこと。本当に申し訳ありません」
「謝るな、翠憐。別に私は―…」
「では、緋誓さん」
翠憐の登場になど気付いてもいないかのように話し出した音璃呪。その表情は本当に穏やかで。しかし次に紡がれた言葉は、柔らかに微笑むその姿にはあまりにもそぐわない言葉だった。
「その命を以て、償ってください」
微笑む音璃呪から放たれた言葉。緋誓はそれを、すぐには理解できなかった。
「い、のち……?」
「はい」
「……兄様? 何を言って……命を、以てって、どういうことです……?」
「そのままの意味だよ、翠憐」
ようやく翠憐を振り返り、優しげに、愛おしげに、深く、深く微笑んだ。そして音璃呪は緋誓に視線を戻し、再度同じ意味の言葉を並べた。穏やかな笑みを、絶やすことなく。
「死んでください、緋誓さん」
呪いを纏いし鬼守は、復讐の意を持ち蘇る。それは己を失った狂鬼そのもの。禍招きし呪の狂鬼が降臨する――…。
読んでくださった方、ありがとうございます!!
こうしんペースは不規則ですが、まだまだ続く予定ですので、どうぞよろしくお願いします。