*翠の鬼守と碧の鬼狩*
愁杜を嫌う翠憐。翠憐の思惑とは――…?
「<この……鬼狩めが……ッ!!!>」
翠憐は叫びながら空を進み、愁杜の頭上高く、鈍く光を反射する切っ先を掲げた。しかし、
「<いい加減……止めろってッ!>」
「ひゃ……<ぃやぁあ! 放せ! 触るな鬼狩ぃ~~~!!!>」
武器は叩き落とされ、いとも容易く担ぎ上げられ、捕獲される。
「<……うん。今日も仲がよくて何よりだ>」
緋誓の執務前の恒例行事となりつつある朝の微笑ましき(?)光景だ。
「<緋誓姫様! 仲よくなどありません!!>」
「これが仲いいように見えるのか、緋誓?」
「ああ、見えるよ。やはり一月半も経てば心を開くか」
そう、あれから……皇帝、皇后両陛下の来訪の日から早一月半の月日が流れた。
「<緋誓姫様! 憐はこいつ嫌いです!! 何故鬼神である緋誓姫様の側にこんな鬼狩りがいるのですか!>」
「<まあそう言うな翠憐>」
緋誓と愁杜と翠憐。主従と言うよりは兄妹のような関係だ。
「……っと時間だ。悪いけど今から明日の夕暮れまで私は地下に籠もるよ。愁杜、何かあったらお前が知らせてくれ」
「食事は?」
「あー……それも頼む。自分では意識しないからな」
「わかったよ」
緋誓は愁杜との話に満足すると、翠憐に向き直り言った。
「<翠憐。呉々も愁杜を傷つけないように、な? 傷つけた場合は、譬えお前であっても許さない。いいね?>」
翠憐は何も言わなかった。緋誓はその沈黙を肯定と取り、地下へ行った。
「さてと、書類整理でもしといてやるか」
緋誓のいなくなった部屋で、愁杜は書類の整理を始めた。
「<何ならお前は部屋に戻ってるか?>」
「……ら……しい……」
「<え?>」
鬼の言で問い掛けた愁杜の耳に、途切れ途切れの言葉が届いた。
「<何か言ったか?>」
「…………」
暫しの沈黙の後。
「……穢らわしい……」
嫌悪感も露わに翠憐は言い、そのまま部屋を出て行った。
「……けがら……?」
愁杜は翠憐の口から『穢らわしい』と言われたことに多少驚いていた。だが、それを上回る衝撃があった。それは、翠憐の放った“言葉”が鬼の言ではなく……
「人間の……言葉……?」
人間の話す言葉だったことだ。
「……まあ、別に解らない訳じゃないんだな……」
(俺が鬼の言解るのと同じか)
そう一人納得し、愁杜は山積みになっている書類の整理に勤しむのであった。
「翠憐様」
愁杜を残し、執務室を後にした翠憐を呼び止める声があった。
「…………」
翠憐は、無言のままゆっくりと声の方へ振り向いた。そこには翠憐付きの侍女がいた。
「大丈夫ですか……? 御気分が優れぬ御様子ですが……」
「あーうん、大丈夫。何も問題ないよ」
「そうですか」
翠憐は侍女と二人きりで話す時だけは、はっきりと人間の言葉で話す。
「鬼神様の御機嫌は如何でしょう?」
侍女は、そっと静かに翠憐に問い掛けた。
「悪い。……急を要するかな。まだ?」
「申し訳ありません。今暫し時間を要するものかと存じます」
「……そう……」
翠憐は遠い眼をして、誰にともなく唇を動かす。
「もう少し……。もう少しで我が兄様が……。鬼守の片割れが、目を覚ます……」
「……はい……」
「そうすればきっと、緋誓姫様も……。早く……早く目お覚め下さい……音璃呪兄様……」
翠憐は嗤った。満足そうに、嘲るように。その時、
バサバサ……バサッ!
「!!」
翠憐達の背後に現れたのは――…。
「何故、あなたが……ッ!!」
運命は嗤う。ふわりふわりと舞いながら。悲鳴の様に、狂気の様に、乾いた軋みを上げながら……。
今回も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。マイペースな更新ですが、これからも読んでやってください。評価、感想など頂けると嬉しいです。