*朱の始まりと碧の影*
穏やかに過ごせるはずだった午前が一転険悪な雰囲気に……。皇帝・皇后とともに現れたのは--…。
和やかな朝食を終え、予定では執務に取り掛かっておらねばならぬ時。翠憐を伴った緋誓は不機嫌の真っ只中にいた。何故なら、予定より遥かに早く、皇帝、皇后両陛下の来訪があったからだ。
「……おい、湖子」
湖子と呼ばれた侍女は、特に緋誓の機嫌を気にするわけでもなく応えた。
「はい。如何致しましたか、鬼神様?」
「……今日の予定は?」
「……? 本日の貴女様のご予定は皇帝陛下、並びに皇后陛下とのご対談でございますが……」
緋誓の問いに『何を今更』と言った体で答えを返した。が、それは火に油を注ぐかの如く緋誓の怒りに火を点けた。
「違う、そんなことを訊いたんじゃない! 今日の私の……私と翠憐の予定を分刻みで読み上げろ!!」
「……ッ!」
自らの失態により激高に達した緋誓の怒声に、侍女はその身を竦め緋誓と翠憐の予定を分刻みで記した手帳を取り出し読み始めた。
「み、明朝より御政務、及び御執務。午前7時30分より朝食。午前8時には執務に戻り、午前10時40分より皇帝陛下、並びに皇后陛下との対談。その後、罪人達のうちより貴女様が出所可能との判断を下した者達を連れ、城下の町々への視察に向かうご予定にございます……!!」
侍女は一気にまくし立てる様に緋誓達の予定を読み上げた。
「……はぁ……。では、今は一体何時なんだ?」
緋誓はこれ以上侍女を怯えさせぬように少し口調を和らげた。
「現在は―…」
「もうよいではありませぬか、緋誓殿」
と、突然皇帝が話に割り込んできた。緋誓の内に二つの感情が生まれた。それは、疎ましさと嫌悪感だった。
「……予定外の来訪は受け入れない、と何度申し上げたらご理解い頂けるのでしょうねぇ、シェルディランス皇国皇帝陛下殿? それに、貴方がたには我が名を口にされたくありません」
「まあそう言わず」
「そうですよ。もう少し私共に心を開いて下さってもよいではありませんか……」
「……はぁ……」
緋誓は嫌悪感も露わにため息をつき、隣でただ座っている翠憐に事を説明した。そしてそれから、皇帝、皇后両陛下の用件を聞き出した。
「それで? 一体何用で此方に? 普段は足を踏み入れることは疎か、近寄ることさえなさらぬと言うに……」
緋誓のあまりと言えばあまりの言いように、皇后は眉を顰めた。が、何を言うでもなく、ただ淡々と来訪の目的を告げた。
「人間の言葉を解さぬ鬼1人が従者では何かと不便であろうと思うてな。鬼狩ではあるが、そなたと気の合いそうな男を連れてきた」
皇后の言葉に、緋誓の中で不安と僅かな恐怖が生まれた。
「鬼狩……ですか……」
「お、に、がリ……?」
「<……人間に害をなす鬼を狩る存在だよ……>」
「<……害をなす鬼……。傷つける鬼?>」
「<あぁ……>」
緋誓と翠憐が話す間に、皇后は碧の外套を羽織る者を呼んだ。
「緋誓殿。彼が私共の用意した人間ですよ」
「そなたの従者となるに好きになさればよい。煮るなり焼くなり殺すなり……の」
ホホホ、と上品に笑う皇后の瞳は、嫌な光を帯びている。
「斐坐覇愁杜と申します。以後お見知り置きのほどを」
「見知るも何も……お前は従者となるのであろう? 宜しく……と言うのが妥当であろう」
「では……以後、宜しくお願い致します、緋誓様」
「ああ、宜しく」
緋誓と愁杜のやり取りに満足したのか皇帝、皇后両陛下は早々に館を辞した。後にシェルディランス皇国全土に驚愕を与える2人を残して。
決して交わらぬはずの歯車が、嵌め込まれた“私情”という名の歯車を介し交わった。嘗て無い狂いと歪みを生み出す歯車が今、廻り始めた。
今回も最後まで読んでくださってありがとうございます。今後も読み続けていただきたいです。評価、感想等頂けると嬉しいです。